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斉藤貴男 『機会不平等』 文芸春秋



斉藤 貴男 20001100 『機会不平等』,文芸春秋,295p. 1700 ISDN:4-16-356790-9 [amazon][bk1] ※


◆「私たちは知らず知らずに階級分けされていく!? 昨今の経済学者たちは、グローバリゼーションを生き抜くには競争原理を徹底せよ、と声高に主張する。が、その先にあるのは、機会すら平等に与えられない、新たな階級社会の現出ではないか。真に自由な人間とは何かを問い続けてきた著者の、総決算的現場報告。解説・森永卓郎」

◆帯
 「私たちは「機会の平等」すら失いつつある! ビンボーと弱者を固定化する新階級社会を告発する問題作」

 「斉藤貴男の著作のなかで、ベストは何かと問われたら、この『機会不平等』を挙げたい。私がこの10年間に読んできた無数の本のなかでも、ベスト3には確実に入るだろう。(解説より)」

 「日本経済がデフレを続けていけば、確実にそうした強者天国に日本社会が変貌してしまう。否、すでにそうした事態は起こっている。事実、ここ数年の所得格差や資産格差の拡大は、目を覆いたくなるほど激しいし、不良債権処理のかけ声の下で、リストラ、賃下げ、乗っ取りが日常茶飯事になっている。世の中は、斉藤貴男が見透かした方向に着実に歩みを進めているのだ。」(森永卓郎・解説より)



目次
文庫版のためのまえがき
第一章 「ゆとり教育」と「階層化社会」
    教育改革国民会議座長の「優生学」
    学力低下問題と“ゆとり”教育
    公立中学イコール落ちこぼれの恐怖
    日経連の日本的経営見直し
    ヨーロッパ階級社会への憧憬
    「非才、無才は、実直な精神だけ養っておけ」
    社会ダーウィニズム
    非“ゆとり教育”の成功
    東京・品川区の小学校選択自由化
    複線型教育の復活
    教師の顔色を窺う
    すばらしい新世界
    ゆとり教育“見直し”の嘘
    「和製イートン校」計画
    統治行為としての教育
    機会不平等

第二章 派遣OLはなぜセクハラを我慢するか
    住友不動産「夜のセクハラ大運動会」
    施行された改正労働者派遣事業法
    「生産性向上にセクハラを」
    セクハラを拒否できない
    商品としての派遣スタッフ
    年収三百万円未満が八割を占める現実
    ある名門企業の派遣労働者活用法
    弱者がより弱い立場の者をいたぶる構図

第三章 労組はあなたを守ってくれない
    労働組合はなんのためにあるのか
    労組が推進する“解雇のためのルール作り”
    経営責任を追及できなかったヤマハ労組
    日経連報告と労働組合
    公安警察と労働組合
    鈴木勝利・電機連合委員長の経歴
    客観的評価などあり得ない
    本質的な矛盾
    人らしく生きよう

第四章 市場化される老化と子供
    松下電工の高級ハイテク老人ホーム
    介護保険制度スタート
    十兆円市場としての高齢者介護
    「勝手に撤退」の危険性
    弱者を排除するシステム
    学童保育の危機
    親の働く権利と家族の生活を守る
    劣悪すぎる指導員の待遇
    軽視される学童保育
    誘拐された学童の子
    健康学園が消えていく
    プロ格闘家を生んだ健康学園
    「生きる力」の嘘

第五章 不平等を正当化する人々
    答申・提言に馴らされた日本人
    ダブル・スタンダード
    金持ちを優遇しろ
    中条潮教授−学者一家のお坊っちゃま
    理想郷としてのアメリカ−竹中平蔵教授
    フリードマンの変節
    「馬でもわかる」経済書−中谷巌教授
    日産で見た悪夢
    弱者への視点の決定的欠如
    「都会に住むお坊っちゃまの理屈」に翻弄される日本人
    「評論大臣」竹中平蔵は誰の見方か

終章 優生学の復権と機会不平等
   “ジーンリッチ”が支配する近未来
    ヒトゲノム計画と遺伝子差別
    十兆円市場へ
    レッセフェール優生学
    ノブレス・オブリージュ
    上流階級は立派な人々か
    「近代日本における社会ダーウィニズムの受容と展開」
    日本の新自由主義者の本質的矛盾
 あとがき
 主要参考文献
 解説……森永卓郎



◆各章の扉に書いてある文章

◇第一章
 「非才、無才には、せめて実直な精神だけ養ってもらえばよい。」基礎学力を培う義務教育の年間授業時間数をあえて削減する「ゆとり教育」について、三浦朱門・前教課審会長はこう説明した。九〇年代の日本型経営の崩壊とともににわかに加速した「複線型教育」への回帰−。
◇第二章
 住友不動産の「夜のセクハラ大運動会」で餌食になったのは、派遣OLたちだった。九五年に出された日経連の政策提言で「雇用柔軟型グループ」に仕分けされた彼女たちは、はたして「自由」を得たのか。容姿までもがランク付けされて切り売りされるその「市場」の実際−。
◇第三章
 市場化する雇用環境を積極的に受け入れよう−。年俸制、リストラが進む電気・情報関連産業の労組「電機連合」の急進派委員長は「被害者的運動から創造的運動」への脱皮を唱えた。だが、その彼が、東芝の労使による非公式組織「扇会」の出身であったのが私には気になった。
◇第四章
 わずか八畳の民間アパートの一室に三十一人の子供がすし詰め。神奈川県の学童保育の子供たちは雨の日が嫌いだ。雇用調整の結果、急増した「共働きでなければ生きていけない世帯」。だが、女性が安心して働くための社会的インフラは、財政改革の名のもと、逆に切り捨てられていく。
◇第五章
 「すべて市場に委ねよ」声高にこう主張しながら、九〇年代の日本の政策転換を図った一群の「改革」経済学者たち。彼らの思想はどのようにして形成されてきたのだろうか。「規制緩和」政策の理論的支柱となった中谷巌氏には潮路天皇支配下「日産」での強烈な体験があった。
◇終章
 日本の生命保険業界団体の内部向け報告書に「(今後)遺伝子情報に基づく査定を求めていくべきだ」との記述がある。「機会不平等」を是とする優生学的思想はなぜ、復権しつつあるのか。「社会ダーウィニズム」の視点から、日本の全ての「改革」の文脈を捉えなおすと−。


製作:橋口昌治 20040604
http://www.ritsumei.ac.jp/acd/gr/gsce/db2000/0011st.htm
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