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ジェレミー・シーブルック『階級社会』



ジェレミー・シーブルック『階級社会 グローバリズムと不平等』,青土社,p.196,¥1995 ISBN: 4791761308 [amazon]

Seabrook, Jeremy ,2001 The No-Nonsense Guide to Class, Caste and Hierarchies,New International Publication Ltd =渡辺雅男訳2004『階級社会』青土社


■目次

はじめに
1 「階級」と何か、「不平等」とは何か
 グローバルな不平等 グローバル・リッチ ◆富と貧困 不平等の拡大 ◆世界の富豪トップ20 なぜ「階級」がそれほど大事なのか 名称よりも中身 ◆ アメリカにおける労働者階級の消滅の謎 ロックフェラーのような金持ち 封建制の残存 特権の広がり

2 労働者階級の重要性
 なぜ「労働者階級」が重要になったのか ◆労働者階級の生活 チャーチスト運動 初期の労働組合 ◆ユージン・デブス 労働者階級の文化 ◆マザー・ ジョーンズ 階級の終焉か? それとも、歴史の終焉か?

3 階級――どっこい生きている
 労働者階級の縮小 新しい労働者 世界的規模での不平等 ◆サービス部門の雇用 今日のヒエラルキー アメリカにおける抵抗運動 ◆働く女性 ◆赤狩り  顔のない統計 「思想を欠いたデータ」 「資本主義の墓堀人」 ミドル・クラスあるいはブルジョワジーの興隆 労働者はどうか 戦争と動乱 戦後の世界  公正な競争条件

4 変化の一貫性
 限りない不安定 急進主義のルーツ 工場のグローバル化 階級と大きな世界 のしかかる重圧 仕事と職 労働者階級の再構成 富の生産 リオからムンバ イまで

5 階級とグローバル化
 闘争は続く ◆所得水準と消費水準 それで十分か、それとも、もっとそれ以上か 全世界はわれわれの手中にある われわれの名において 状況のなせる技  ◆抵抗せよ どのようにしてここに辿り着いたか マルクスは何を語ったか 人間的ニーズと経済が求める必要性

6 さらば労働者階級?
 負け組あるいは敗者としてのアンダークラス 戦後の富 ナチス的な意味 グローバル経済の中での新しい貧困、新しい階級 ◆生活、健康、人間開発指数  カネの流れ ショッピングへ行こう 幻覚状態で 人間性の荒廃 階級とよりよい生活

7 消えない傷跡としての階級
 「メリトクラシー(能力主義)」の暴力性 犯罪者階級と豊かな社会 階級とスノッブ アメリカン・ドリーム 前進と上昇

8 カーストと階級
 カースト制度の起源 伝統とハイテク 奴隷 ◆奴隷船 ◆児童兵士 グローバルなミドル・クラスの成長 数合わせ ◆平均寿命 ◆「仲間はどこにでもい る」

9 結論
 不平等を告発する

訳者あとがき
文献
連絡先
索引

■以下、作成者による引用

◆「階級は消滅したのだという説が、不平等がこれまで以上に拡大を見せている世界で流布されている。どうしてこんなことが起こりうるのか。それが本書の テーマである。」(p.14)

◆「工業化の負担が労働者に対して過重にのしかかったため、この重圧をなんとか軽減したいというのが改革者、理想家、社会主義者の夢となった。社会主義者 であるウィリアム・モリスのような人は、一九世紀末に、必需品の生産にとって過重労働が不可欠であるような時代は過ぎ去ったと指摘した。彼は「世界市場」 を非難して、それは貧者のニーズを富者の気まぐれに委ねることであると主張している。その後、オートメーション、ロボット、ジドーカ〔自動化〕(人工知能 の適用)が日々つぎつぎと生産過程に適用されている。このような状況では、「勤労の美徳」などと言っても無意味であることは、ますます明らかである。規律 とともに労働者に強いられた苦痛や努力は、労働を彩る英雄的な神話の世界を創造した。
 いまや広く認められていることだが、衰退する労働からの解放は実現可能であり、また望ましくもある。労働を抑圧したり搾取したりする必要性がもはや世界 の どこにも存在しないことは明らかである。だが、資本主義のシステムにとって、これを認めることは考えられない。なぜなら、際限のない労働が不可避であると いう原則の上にシステムは立脚しているからである。そこで、「労働せよ、労働せよ、もっと労働せよ」。根拠のないこの要請が続けられなければならない。そ の方法とは、「過度労働によってのみ、目の前の眩いばかりの商品をすべて購入することができる」という考え方で人々を縛り付けておくことである。」 (p.94-95)

◆「労働者階級は、その労働が彼らの社会的「上位者」によって奪われてからというのも、すっかり影を潜めてしまった。仕事はいまやエリートが行うもの、職 は労働者が就くものとなった。こうした言葉の使い方の変化は、階級全体の社会的表現方法や、暗示としてではあるが道徳的な表現方法に大きな歴史的変化がお きたことを暗示している。」(p.97)

◆「われわれは、なんと簡単に他人の不幸と折り合いをつけてしまえるのだろうか。われわれは、他国へ不幸を輸出しておいて、どうしてすぐそれを受け入れら れるようになるのだろうか。直接体験することのない遠くの不正や害悪なら、それでよいというのだろうか。われわれは、自分たちの幸運をほめてもらいたくて うずうずしているのではないだろうか。この幸運がどのような基礎の上に成り立っているか、その基礎がどの程度確固たるものなのか、どのくらい続くものなの か、およそ反省してみる気などないのではなかろうか。個人主義というイデオロギーが西欧諸国で広がったことにより、グローバル化の恩恵に浴した人々は、自 分たち自身の進歩はまさに自分たちのおかげなのだ、あるいは、彼らの生活向上は彼ら自身の努力や才能の結果なのだと思い込むようになっている。」 (p.102-103)

◆「第三世界が与えてくれる利益だけは慎重に選び取り、それが抱えている問題は無視する。これでは公正とはいえないだろう。だが、これには前例がある。 ジョージ・W・ブッシュでさえ、インドの首相あるいはパキスタンの軍事指導者の名前を知らなかった(二〇〇一年九月一一日以前には)。だとするなら、われ われが何を知っているかなど、どうでもいい問題ではないだろうか。それによって彼が大きな損害を受けたというわけではなし、彼は自由世界の指導者なのであ る。なぜわれわれがそんなつまらないことで自分たちの頭を一杯にしなければならないのだろうか。なにせ日々の暮らしが待っており、そこでのお楽しみが待っ ており、ダンスで過ごす夜が待っているのだ。」(p.114-115)

◆「人々をたんなる「働き手」、市場の必要に応じて取捨選択できる工業機械の付属物にしてしまうことには、激しい抵抗運動が存在した。だが、人々に消費者 という洗練され、受け入れ可能な役割を押しつけ、そうした形で市場の召使いにしてしまうことに反対を唱える人は、レバゴットが指摘するように、自称道徳実 践家や知識人以外ほとんどいない。
 もし労働者階級に何が起きたのかを知りたいと思ったら、かつてのわれわれと同じ仕方で現在も労働している第三世界の人々に目を向けるだけでなく、われわ れが何者であり、われわれが何をしているのか、この問題の意義を決定的に変えてしまった力にも目を向けなくてはならない。アンドレ・ゴルツは、仕事とは人 々が行ってきたこと、職とは現在われわれが就いているものと言っている。これは、一九世紀初頭を震撼させた変化に劣らないほど画期的な、われわれの時代の 変化である。」(p.124)

◆「「アンダークラス」は天から降ってきたわけではない。それが発見されたレーガン政権の時代は、政府が貧困問題の解決に失敗した時代であった。アンダー クラスというネーミングによって、政府か彼らの運命に対するあらゆる責任を免除されることになった。これは、道徳的、社会的な被差別者には自らを救う気が ないから、世間が放り出して思い切ってやらせてみるしかない、という社会観に通じるし、またそれを強めることになる。大多数の人々は模範的な仕方で労働や 消費に参加しているという、資本主義の再道徳化は、そうでない少数の人々を無視することで成り立つ。彼らは購買力のない有権者であり、大多数が自分たちを 勝者あるいは潜在的な勝者と見なす社会にあっては「敗者」である。負け犬は好きなようにさせておけ。あんな連中はひとまとめにしてゲットーから、アメリカ なら公営住宅から運び出し、設備の悪い公立病院や施設、つまり、工業化された人間を廃棄物として処理するためのゴミ捨て場に送り込み、生きようが死のうが 勝手にさせておけ。これが政策なのである。」(p.128-129)

◆「だが、再分配の正義に対する沈黙にはもっと説得力のある理由が用意されている。金持ちは、貧困対策に使われるかもしれない税の支払いをもはや強制され はしないのである。貧乏人に選挙権を与えることに抵抗した一九世紀の人々は、貧乏人が投票箱を通じて平和裏に有産者から所有権を奪うことになるのではない かとの恐怖を抱いていた。いまやその可能性はまったくない。金持ちは脱税の機会に恵まれている。オフショアによるタックス・ヘイブンや、秘密口座、コン ピューターを利用した所得隠しなど、さまざまな機会を利用すれば、たとえ大多数の人々が金持ちの富を制限しようと投票したとしても、彼らはいささかも恐く ない。」(p.136)

◆「(…)こうした高度に多様化した就業構造のなかで、人々は、自分がどうなるかは自分の努力と才能次第であることを繰り返し教え込まれるのである。
 現在までの経済の著しい拡大により、以前なら自己表現のために(ときには金持ちになるために)炭鉱や工場や製鉄工場へ行くことを運命づけられていた多く の人々が音楽業界、ファッション業界、映像関係の業界、広告業界に行く機会を与えられた。「ポスト工業化社会」を唱えた人々は明らかに時期尚早だった。工 業社会が脱工業化したどころか、多くの社会活動が工業化され、工業主義のイメージに合わせて新しい形を与えられたように見える。工業主義は、大量生産とい うその原初的形態においてのみ消滅したにすぎない。」(p.149-150)

◆「したがって、犯罪は高度にイデオロギー的な現象である。厳密に言えば伝統的な意味での「貧困」とは直接関係ないかもしれないが、膨大な富を抱えた社会 の中での不平等の構造とは直接関係している。犯罪率の上昇は不平等の拡大と関係している。犯罪は、金持ちが分配的正義を西欧の主要政党の綱領から削除させ た代わりに支払わなければならない代償である。犯罪を封じ込めたところで、不公正についてのこれ以上に解決困難な問題を隠すだけのことである。そして、こ の問題の効果的な解決策はいまだ誰からも提案されていない。」(p.152)

◆「人々の生活のこうした向上は、たびたび報道されたが、一九五〇年代とそれ以降の豊かさの時代にあって、階級意識の解体を促したようであった。一九五九 年にヴァンス・パッカードの『地位を求める人々』は、ほとんどの人が物質的豊かさの時代を長期にわたり享受しているような社会にあって、階級区分はいった いどうなってしまったのかという疑問への答えを模索した。「アメリカでは階級制度が消滅」し、すでに「一つの巨大なミドル・クラス」が成立していると信じ られていたなかにあって、彼は突破口を切り開いた。」(p.158)

◆「公式のカースト集団の外に置かれた人々が不可触民で、いまではダリット(被抑圧者)の名で知られている。伝統的に、そうした人々との接触は穢れと考え られ、自らのカーストとの社会的関係を再開するためには、その前に念入りな浄化の儀礼が必要とされた。最底辺のカーストがなんらかの意味で人間生活の最も 基本的な機能(汚物清掃、動物の屠殺や皮革加工、漁業、病や死への関与、環境の維持)と結びついているという事実は重要である。最も必要不可欠な人々が 「穢れた者」とされてきたのである。途轍もない逆説がここには潜んでいる。工業化が地球に加えた破壊の跡を眺めてみれば、資源の再生や保全を図るにあたっ て、われわれがインスピレーションを求めて目を向けるべき相手はこうした人々であることが分かるだろう。彼らを最下層におくカースト制度は、あらゆるもの を取り込みながら、地球の資源をかくも短期間に消尽しつくす工業化の現代世界に対してインドが遺した奇妙な過去の遺産である。
 (…)重要なのは、高いカーストほどその資質や徳で、低いカーストほどその機能で区別されていることである。この点では、工業社会における上流階級と下 層ないし労働者階級の区別によく似ている。」(p.164-165)

◆「世界最高の金持ち二〇人を挙げるのは簡単である(第1章を参照)。世界最貧の二〇人を挙げるとなると、まず不可能である。ただ、間違いなく、最も惨め で、最も囚われた人々のなかに児童兵士を含めることができる。」(p.173)




製作:橋口昌治 up:20051024
http://www.ritsumei.ac.jp/acd/gr/gsce/db2000/0100sj.htm
労働  

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