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Peck, Jamie, 2001, Workfare states, New York: The Guilford Press.


Peck, Jamie, 20010212, Workfare states, New York: The Guilford Press. 414p ISBN: 157230636X [amazon]


■Contents

Forword List of Figures and Tables
List of Abbreviations
Acknowledgements

Chapter 1 Introduction――States of Workfare

Defining Workfare
Transnationalizing Workfare
Workfarist Labor Regulation
Plan of the Book


Part 1 Roots of Workfare

Chapter 2 Regulation――Workhouse/Welfare/Workfare

Relief and Regulation
Regulating Labor
Spaces of Regulation
Situating Workfare

Chapter 3 Workfare――What Does It Mean?

Words of Wrokfare
(Re)Defining Workfare
Reading Clinton's Lips
Costly Rhetoric
The Quiet Revolution
The Politics of "Disentitlementarianism"


Part 2 Spaces of Workfare

Chapter 4 Postwelfare States?――Geopolitics of "Reform"

Locating Massachusetts
Making New-Style Workfare
Massachusetts's After-Welfare Settlement
Making Space for the Workfare State?

Capter 5 Local Dicipline――Workfare at Work

The Method and the Message
Work-first Labor Regulation
Selling Riverside: Discourse and Practice
Workfare versus the Cities
Go to Work, or Else: Toward "True" Workfare


Part 3 Echoes of Workfare

Chapter 6 Canada's Path――Permeable Welfare/Fragile Workfare

Toward Continental Workfare?
Permeable Fordism and Permeable Welfare
In and Against Ontario's Workfare State
Beyond the Safety Net

Chapter 7 Another New Deal――Workfare United Kingdom Style

Creeping Compulsion: Conservative Incrementalism
Radical Consensus: Ending Beveridge
Exploring Local Workfare
Making a New Deal: The New Labour Program
Britain's Winding Path to Workfare

Cahpter 8 Conclusion――Woprkfare States?

Funcitons of Workfare
Geopolitics of Workfare


References
Index
About the Author



■メモ(気になったところの翻訳や引用)

序文 Frances Fox Piven and Richard Cloward

・伝統的な福祉国家とその権利に基づく手当→労働を社会支援の条件にする

・劣等処遇の原理(最低賃金より低い救助)+市場原理(依存を阻害する要因の強化)

「一つには、非賃金収入を利用できることが意味していたのは、貧しい女性でさえ母になったり家庭のケアワークをすることができるということであって、それは女性がいつも行ってきたことであり、彼女たちの選択肢の一つであったハンバーガーをひっくり返したり会社を清掃する仕事に劣らず確かに価値があるものだ。」(xi)

・ワークフェアの絶対的な力を打ち負かし得る抵抗の政治への寄与



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第1章 導入:ワークフェア国家

・改革推進におけるアメリカの潜在的要素の例〜失業と貧困の“福祉依存”の説明の導入、ウィスコンシンのような改革が進む州の服従、フレキシブルな労働市場と積極的な福祉のマクロ経済的な調節

・反アメリカ的な国においても、ワークフェアは作用する 例:オンタリオのハリス政権

・現代のワークフェアの特徴:雇用創出はせず、福祉の要求を抑制し低賃金で不安定な仕事の受容を必要とさせる

・ワークフェアのもつ労働管理の本質:仕事をもたない人に仕事を創造するのではなく、誰も欲してない仕事のために労働者を創造すること(p6)

・著者の問い:積極的な福祉制度と発生しつつある不確実な労働市場の即席の対応が表現しているのは、ネオリベラル化した国における新しい懲罰的な“規制処置”のための基盤ではないのか。

・本書の焦点:ワークフェアの政治経済的なダイナミックスとその緒についたばかりの労働規制の役割

ワークフェアの定義
・‘80:知識人や社会ヴィジョンをもった人には最大の関心事 → 軽蔑的な含意
・ワークフェア:@労働のための福祉という個別のプログラムA労働を指向する福祉制度
・所得保障としての社会救助が、雇用改善に順応なプログラムに転換することへの危惧
・福祉→働くための福祉:労働や労働倫理に政策の“解決策”の関心は増加する

★一般的な形態のワークフェアが定義される三つの次元

@個々には、ワークフェア主義は、「強制的な」プログラム参加と行動の改良に結び付けられているが、それは権利付与に基づく制度と自発的なプログラム参加という福祉主義者のパターンとは対照的である。

A組織的には、ワークフェア主義は、仕事、労働力の付着、そして福祉の要求を抑止することへの「組織的な」順応を伴うが、それは被選挙権に基づく要求を処理する福祉主義の官僚的な論理や、社会保障受給者を労働市場へはらいのけることによりしつこい関心を持つ給付金の交付に取って代わるものである。

B機能的には、ワークフェア主義が含意するのは、活発でない労働市場の排除を超えた「活発な」労働市場の包摂の優勢な状態であるが、その時ワークフェア主義は貧困者を労働市場に押し出すか、労働市場に親密で頑なに不安定な状態に彼らを留めて置くことを求めるのであって、福祉制度の都合の良いように限られた賃労働の不参加者を是認することを狙っているのではない。

・OECDの見解によると、受動的収入救助に基づく労働市場規制の制度は以下のものに取って代わられている、すなわち、活発な再統合の政治、求職の積極的な動機付け、最低所得保障の形態でのセーフティーネットの組み合わせだ(p14)。

・ワークフェア主義者の傾向は福祉主義の傾向のままなので、福祉国家とワークフェア国家を対置させるのは誤っているだろう→ワークフェアは進行中→移行が実証できる程度で、巨大な転換としてではなく、ワークフェア主義の政治が出現している構造的で戦略的な文脈というより特殊な観点から理解されなければならない→その地域的な政策表明の特殊性をともなうワークフェア主義のマクロな特徴を結びつける必要あり

ワークフェアの脱国家化

★本書の狙い:ワークフェアの規制プログラムとしての特徴を探求するのだが、その方法はワークフェアの規制論理を引き出し、ワークフェア運動のマッピングをすること。

・アメリカのワークフェア戦略→カナダ、イギリス:戦略が分化していて“発展”しているから

・個別なワークフェアの経験と一般的な規制改革

★アメリカが先駆けたネオリベラルな戦略が優位な状態にあるのは、“効率的”または“機能的”だからではなく、グローバルな経済の自由化という文脈で、高賃金を破壊する独特な力量があり、より社会的にオルタナティヴを志向しているから。

・ワークフェアは積極的労働市場と貿易の自由化を補完→ワークフェアの実施は困難なままであることをも実証

・PRWORA:自己責任と労働の調停法1996

・ネオリベ:“フレキシブルな労働市場”という徳を作ることを求めるのであって、それらを改革するのではない。

・ワークフェアに対抗する例あまりない→ベーシックインカム戦略が操作可能になるのは困難なまま。これらの積極的な実験は育成、維持されなければならないが、なぜワークフェアが―欠陥にも関わらず―議論で勝っているように思われるのかを解き明かさなければならない

・ワークフェア運動のもっとも著しい特徴の一つは、実際、潜在的で政治的な抵抗の資源を無効にし非組織化する能力をもつ。

・ワークフェアへの移行はしばしば、脱中央化された譲渡の形態を伴う→ワークフェアへの抵抗は詳しく述べられるが、福祉への責任も譲渡されている。

・再読が必要な書:
Piven and Cloward, 1971, 1993, Regulating the Poor
Gough’s, 1979, Political Economy of the Welfare State
Offe, 1984, Contradictions of the Welfare State
Esping-Andersen, 1990, Three Worlds of Welfare Capitalism

ワークフェアの労働規制
・労働市場へのアクセスを条件付ける時、ワークフェアは誰が何を得るかを決める=政治的

・「福祉労働市場関係のパラドックスの一つは次のようなものだ、すなわち、これらの社会集団(ジェンダー、エスニック、階級)は救助の非賃金資源にアクセスしているのだが、彼らは典型的に雇用者や団体や二戸立ての労働者としての労働市場制度によって取り扱われる。それは差別やより良い仕事からの排除や、意地になって非賃金の手当ての必要を強化する不安定労働に対する救助に至る。その時明らかに知覚するのは、これらは不安定労働者であるという認識だ。」(p22)

・矛盾〜人種、ジェンダー、階級関係の様々な配置の下でのワークフェアの労働規制の論理、効果

・給付金制度内での労働強制手段は登録抹消したり抑止することである。それが男性より女性のほうがが多いのは、十分な量のパートタイムや柔軟な仕事があるという状況下でのことだ。しかしそれは“女性の仕事”としてコード化されたサービスセクターの仕事である。→若い女性の間の給付金の要求が維持される可能性を減らす

@ワークフェア制度→福祉と労働の関係を再組織化 → 不平等な社会分配の効果

Aワークフェアプログラムによる社会分断の問題 → 制度としてワークフェアを分析する必要あり

・矯正院や監獄と同様に、ワークフェア制度が意図しているのは、幅広い人々の規範や価値や行為を形作り、秩序の形態を「維持すること」だ。

・政策アクターの発言に注目して、ワークフェアの合理性、範囲、限界を明らかにする


本書の計画
パートT:ワークフェアの歴史的で理論的な起源

2章:さまざまな歴史的地域的に特殊な規制のパターンや制度が、覇権を握った支配的な国を前提にしている方法をなぞることによって理論的な文脈を構築する。救貧院の制度、福祉国家、新興のワークフェア制度という三つの制度が確認されるが、焦点は次の二点に絞られる。一点、救助処置と労働市場の相互作用、二点、不平等な空間の発展と、それらの裂け目を特徴付ける危機と不安定な時期の規制制度を測ること。

3章:福祉主義者の集落を再構築する文脈でのワークフェアのアメリカでの起源や最近の支配的勢力を考える

パートU:現代のワークフェアの空間〜アメリカの福祉改革政治の最近の実験や地方のワークフェア主義者の実験

4章:マサチューセッツ(リベラル→保守革新)のワークフェアの政治史をたどる。ワークフェアの政治は政策展開と実施の過程を“設計しなおすこと”と結びついている。

5章:リバーサイドモデル、GAINプログラム(カリフォルニア)→全米のみならず、カナダやイギリスまで広がった〜プログラムの設計の特徴や経営上の雑用を複製する可能性があるかもしれないが、様々な労働市場や政治状況下でその「結果」を再生産することはまったく別のことである。比較可能な結果を勝ち取る際の遅い進展→輸入された政策への乾きを増大させるだけ

パートV:カナダとイギリスの例

6章:カナダはアメリカの影響が強いが、カナダ人のワークフェア制度の軌道は幾分固有 例)オンタリオ〜経済的政治的な状態は改革主義者の利益に広く良好なままであるにもかかわらず、プログラムの制度的統合が問題になってきている。

7章:英国のワークフェアへの道の特殊性〜1980年代と1990年代初期の保守行政→ブレア政権の“第三の道”。英国の働くための福祉は、円滑な労働市場の状態に依存したまま。ワークフェアへの移行はゆっくりであり理念的→現在の政策パラダイムの内部においてでさえ調整を変化させる余地あり。田舎の景気が後退したとき急激に制定された。1997年以降のクリントンとブレア行政の親和性は、働くための福祉と労働市場規制の分野で構築された。改革の政治や戦略は同じ道を辿った。

8章:抽象的にはワークフェアは福祉主義へのもうひとつの規制論理を体系化するが、それは低賃金労働の強制とより一般的には不安定な労働供給に基づいている。ワークフェアは福祉主義者の権利付与とプログラムの擁護を混乱させるのに効率的な手段。




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第2章 規制:救貧院、福祉、勤労福祉制度

「救助の多大な拡張は“危機”と圧力の増加を構成するのだが、その目的は、“改革”という名の下に・・・、制度を再組織化することである。改革を求める過去の提案における類似の出来事が強調して示唆するのは、諸救助処置の主要な諸機能における転換であって、―その転換とは治安の混乱を規制することから労働を規制することへの転換である。」(Piven and Cloward, 1971:342)

・福祉「爆発」の原因:南部農業の近代化と北部都市の不完全雇用の問題によって引き起こされた治安への脅威に対する応答

★救助政策の循環過程:拡張的な救助政策(治安の混乱を弱めるため) と 制限的な救助政策(労働規範の強化のため)

・1960s ワークフェアの言葉が新しく造られる:完全な“福祉改革”への圧力

・1972 Talmadge Amendments:福祉制度の内部における“労働インセンティブ”強化
〜保守派の“福祉メス”要求への応答はわずか → 不満

・1973 福祉改革は困難、長引く政治的緊張:貧困の原因、給付者の道徳状態、低賃金労働市場の規制、都市の貧民街の状況〜たいていの福祉言説を暗号化する人種、ジェンダー、階級

・1970年代の初頭:福祉批判についての合意が出現し始める〜福祉制度に代わる別の制度は何かという疑問は残る、保守主義、自由主義、急進主義で福祉批判の根拠は異なる

・1980s ワークフェアの時期 > 福祉擁護運動

・〜1990s “福祉改革”はその時代を特徴付ける問題になった

・1990s〜 クリントンの運命的な誓約“福祉の終焉”:単に“福祉メス”を完了するだけではなく、福祉「制度」を何か違うものに取り替える

・1996 ニーズに基づく権利付与 → 労働に基づく制度(給付の資格や水準に制限)
・“真に救貧な”人々のための福祉:身体的、精神的に深刻に不能な人々は働くことができないとみなされる→母親の子育て責任は労働市場への不参加の理由とはみなされない⇔1996年の福祉法の後でさえ、ほとんどのアメリカの州は幼児の母親にワークフェアの要請を免除した。

・労働市場規制の言葉では、賃労働力の“能動的”か“受動的”な構成要素の境界線を周期的に再構築している〜労働需要の水準と構成の転換:女性の賃金雇用の増加のような労働供給における変化と関連している

・福祉制度や貧困救助制度は労働市場の基本的な規制機能を果たし続けており、それらのルールが調整するのは、誰が働くべきか、非賃金収入へのアクセスを分割し規制する道徳環境は何か、である

・本章の残りは、これらの労働規制の役割とそれらの歴史的地域的な形成の解明に捧げられる


救助と規制

・貧困救助制度、家族制度、高齢者・児童・病者・障害者にとっての法的な保護制度、男女にとっての“適切な”形態の労働に関する文化的な慣習、人種差別のような根強い慣行は、複雑で不確定な仕方で結び付いている。

「市場の隙間、自由な空間そして緩衝地帯・・・の中で、人々は・・・無産ではあるが賃労働者ではない・・・[これらが]社会的に構築されたのは文化的で政治的な規範を通してのことであるが、その規範は多かれ少なかれ恒久的に、どの人間の生活状態が労働市場に労働力を提供することを必要とされない(あるいは認められない)のかを決定する。長期間の時を越えて、メンバーの半分以上が自分達の労働力を、通貨を介した交換関係に注ぎ込んだ社会は、過去にも現在にもない。」(Offe, 1985:26)

「制度としての救貧院は廃れたが、概念としての救貧院はワークフェアとして生まれ変わってきている。それゆえこれらのプログラムは労働を規制することと社会救助の給付金に対する他の要求を抑止することの両方に作用する・・・。失業して貧困な労働者の存在は賃金の下降圧力を創り出し、職を求めての競争を増加させることによって、労働者の政治的社会的な力を弱める。言い換えると、労働市場の内側と外側の間には明らかな関係がある・・・。余剰人口は、労働市場から“排除”されるけれども、それに参加させられる他の経路にいる。ワークフェア政策は余剰人口を労働市場の原理に結びつけるのであり、ワークフェアは余剰人口を労働市場に先導する手段なのだ。」(Shragge, 1997: 29-30)

・福祉改革の典型的議論:供給側の要因(制度費用、受給者の慣習)→実際は需要側の要因も

・福祉改革の周期と労働市場の周期:「構造上」の一致

「生産物の社会的な組織化は、救助プログラムの本質と形態を決定する。仮に救貧法が、固定した労働力を必要とする封建的な農業社会の産物ならば、国の福祉制度は、産業資本下の労働の商品化と流動的な労働力の必要性とによって生み出される矛盾から出現する。」(Quadagno, 1988: 6-7)

→ より複雑で不確定:救助制度が労働市場の作用する手段を形作る一方で、労働市場が救助制度の作用する手段を形作る

・変動する労働市場の状態によって産み出される継続的な圧力と緊張 政治制度の圧力

・社会的な権利付与の全制度、救助制度、労働市場の行為の受容された規範の構造上の後退

「歴史的に、救助周期の労働規制の局面において、救貧法の当局は労働を強制するために救助処置を再組織化したのだが、その手段は人々をその名簿から追放することと、労働規範を強化するために名簿にとどまることを許されたこれらの“無能な”者の不名誉を増大させることの両方であった。過去においてこの目的を達成する最も一般的な手段は、院外の救助処置を閉鎖することであったり、救貧院とよばれる地獄の巣穴の中にのみ救助を承諾することであってきた・・・。これより極端であることは少ないが[現代のアプローチは]、下降する賃金水準と平行して給付金を大幅に削減することであり、貧困者のより多くに強制して、彼らの多くを救助から追い払うことによって、悪化する市場労働の状態を引き受けさせることであり、“ワークフェア”や儀式化された不名誉の他の形態の名簿にとどまっている人々を支配することである。」(Piven and Cloward, 1993: 366-367)

・救助周期の歴史的パターンと周期の中での反救助/労働強制の特定の制度形態の両方に敏感であることが必要


労働を規制すること

・貧困救助や福祉が、最も直接に労働市場を規制する役割を担うのは、労働市場の底辺の労働の流れを規制し、低賃金労働が売り買いされる状況を作り出す時

・救助処置が労働市場の自己破壊的な傾向を抑止し調整しなければ、労働市場は生存水準以下の賃金を促進するであろう

★「「低賃金」労働者の保護は、この意味において、「全」労働者の保護なのである。」

「市場においてほとんど価値のない労働をする人々の暮らしが良くなるのは、所得保障を受ける時であり、他のほとんどの労働者の暮しもまた良くなるのは、彼らがもはやそのような不安定労働者と競争しなくてもよい時である。」(Piven and Cloward, 1987b: 7-8)

・ 現在のアメリカのワークフェア戦略の二つの欠点

@ 非常に好調な労働市場状態においてさえ、かつての福祉供給者のための労働市場における“不景気”の証拠はほとんどなく、結果として彼らは「既存の」労働者(彼らの大半はすでに低賃金で不安定な職である)との厳しい競争に直面するのだが、それらの試みは福祉から労働への転換を行うものである。

A 労働市場がこの新しい労働者の流入に適合する時不可避的に生じるのが、雇用範囲の底辺における賃金の下落である。

Cf: Solowの理論的な見積もりによると、福祉取り扱い件数の2/3を労働へ吸収するために、アメリカの労働市場の底辺の賃金は5%下落しなければならないだろう。

救助政策と労働市場

・Great Relief Hoax: 貧困の揺れる労働倫理に対する政治的猛襲と、救助の寛大さへの抑止と、労働と労働倫理の両方の強制に結合されている → “倫理の混乱”と規制の危機

・“倫理の混乱” → 政治的応答:19世紀後半の“科学的慈善”あるいは20世紀後半のワークフェア

・規制の危機 → 救助処置と労働市場の状態との量的かつ質的な再同期化の要請

・量的:“劣等処遇”原理〜ベンサム:矯正院が提供すべきなのは「最も倹約的で最も質素な形での保持」に過ぎない。「慈善による保持あるいは他人の費用による保持は自己保持より望ましいものにはなされるべきでない。」

・質的:「市場の中への労働の流れと一般賃金の両方を管理〜貧困処置は賃労働の社会的分配に強力な影響を与え、ある社会集団が市場の外部での生存手段に接近することを認めるが、その過程で形作られるのは、賃金所得へ周辺的にかつ/あるいは不連続に参与する“不確定な”あるいは“二流の”労働者のアイデンティティーと労働市場の機会なのだ。」(p41: Ofee, 1985; Peck, 1996)

★「数世紀を経た現在の救助議論の主題は、働くことを要求される人々と、何らかの理由で合法的に免除あるいは排除される人々の社会的制度的境界線を操作することである。」(p41)

・19世紀アメリカの戸外救助の受け手の多数:未亡人、幼児、高齢者、意志薄弱者→身体が丈夫だが仕事嫌いの人々のための疑わしい避難所として制度への批判

「反対者が恐れたのは被救助者ではなく被救助者になるであろう人々だ。戸外救助が危険だった原因は、それが救助した人々ではなく、それが例によって教えた教訓なのだ。まさにその存在が生産性や道徳性、税率への脅威であったのは、尊敬すべき労働者階級が労働なしの人生の可能性を学ぶかもしれなかったからだ。救貧院と同様に、政策は再び病人や身体の不自由な人の宿泊所を設けたが、それは社会秩序についての不安や、喜んで低賃金で働く頼もしい産業労働力への必要性からだ。」(Katz, 1986: 41-42)

・アメリカ福祉国家の二重構造:ジェンダー分割と、“補助労働者”と“主要労働者”の間の基礎的な労働市場の分割=労働市場の構造は“需要側”の影響を福祉制度に与える

・「雇用」は体系的に不安定なのであって、繰り返される福祉利用の根本的な原因は、(供給側での)個人の動機や社会環境よりも、(労働市場の需要側での)構造的な経済状態に関係している。

・労働市場は権力関係の領域:@労使間の“主要な非対称性”と、A様々な割合の資本間や労働力における様々な社会集団間の多様な“補助的な非対称性”の間に突出

・広範囲の救助提供→@:労働市場の気紛れから一時的な避難所を提供→就労者は著しく収奪された雇用関係からの“離脱”という戦略的な選択肢を行使でき、労働者は安定した雇用機会が生じるまで労働市場の周辺で“待機”できる。労働供給を制限し労働市場を締め付ける時、福祉供給は結果として労働者の賃労働への依存を弱める。

・救助へのアクセスは労働者階級間で不平等に分配→A:賃雇用の外部に別の生存手段へのアクセスがある社会集団は、雇用、昇進、解雇の差別に耐える傾向あり

・不安定な労働力の流動性、補助的なセクターの雇用の不安定さと景気循環、変動する福利厚生と賃金の関連性、変化する官僚的な救助基準→労働市場と救助処置の脱同期化への継続的な脅威→“福祉改革”は続き、福祉の危機は解決されず他の形態で再現する

・ワークフェア制度と“流動的な”労働市場の現代の相互作用 cf: Polanyi


規制の制度

・矯正院制度:劣等処遇〜不名誉を強化する効果を持つ救貧院と連携、封建的な依存〜小作農を土地に拘束、救助資格の有無や救助水準〜地方のエリートが決定

・福祉制度:福祉プログラム→標準化・官僚化=地方から国へ、福祉の権利、古い封建的な依存 → 新しい「産業的な依存」、救助資格の有無〜道徳問題 → 二重の福祉制度=賃労働市場の中心への流入とその周辺への流出の観点から構築、ジェンダーと人種(例 主婦・家族賃金)、女性・障害者・マイノリティー・貧民を特に不安定な位置に配置

・1996年の改革:福祉権を制限的な制度に置き換え → 女性やマイノリティーに影響

・AFDC→TANF:国の救助の効率的な削減

「むしろ、労働市場の成功が左右されるのは、学歴や文化資本であるのと同様に、労働者がケアの応答責任を負担する、あるいはそれから自由である程度による・・・。多くの福祉受給者に労働を要請することに伴う問題は、彼らが持つ雇用の性質であり、彼らが子供のために提供できるケアの性質なのだ。」

・自由主義的福祉/新自由主義的なワークフェア制度:社会経済的不平等の観点〜労働市場への参加が条件、低賃金労働市場の不平等〜以前の非賃金セクターの国家主導による商品化

・国家が深く関与して形作るのは、様々な社会集団の間の労働市場の包摂と排除の形態

・“福祉改革”は労働市場の要請によって組み立てられた社会闘争として理解する必要あり

労働市場の境界を転換すること

・資本家の労働市場における規制の持続的なジレンマ:賃労働の持続可能な社会的配分は“主流な”労働力のための市場への参入の要請を侵食することなく達成さなれければならない=全人口の賃金雇用は不可能

・労働市場から排除(免除)される基準(Offe, 1985: 37)

@彼らは個人的に自由には選ばれない→労働市場からの戦略的撤退が潜在的に不可能

A彼らの選ばれ方:全住民の“免除された”部分は、生産や職業制度における生存手段への必要について“過剰な”要求や政治的に効果的な期待を設置する立場にいてはならない

・規制の再構築:労働市場の構造的変化や災難をもたらす労働市場の“衝撃”と連携〜戦時下の労働の大衆動員や不景気時の“雇用創出”の増大

★労働市場の構造的変化 → 境界制度の基礎的な再編成、規制制度の破損→量的な調節、「質的な」改造=賃労働の内外への「労働者の流れを調節」、「労働者自身を作り直す」:労働や賃金への態度、継続的雇用や昇進の見通しへの期待、経済的アイデンティティー

★福祉制度の機能は、単に労働市場からの“避難所”を提供するだけではなく、不安定就労者のアイデンティティーに刻みこむというやり方で、労働市場への参加という規範を定義し強制する。

・“福祉改革”の実践が没頭させられているイデオロギー:自尊心や家族責任、貧困者の道徳経済、“自立”の定義や労働倫理それ自体、“適切な”ジェンダー役割の立法化

救援制度の危機と変化

・賃労働の威厳の鏡像は、福祉のスティグマ

・1929年から1931年の間に、公的私的を合わせた貧困救済の費用は、81のアメリカの都市で4200万ドルから1億7000万ドルに上昇

・ニューディールが制度化したのは様々な社会集団の権利付与のパターンだが、本質的に設置したのは、1990s年までの貧困政策と経済参与の両方の媒介変数だ。

「公的救済は、かつて貧困を改良するための国家干渉の単独形態であったが、所得補助プログラムの一般的構造の中に埋め込まれるようになってきている。そのプログラムの顧客層は幅広く、高齢者から障害者・失業者までだ。この発展を生じさせたアメリカ社会の変化が我々にもたらす結論とは、「国家による生存資源の供給の周期的なパターンは、永続的な所得維持の様々な権利付与にとって変わられてきている・・・。」20世紀後半の政治経済学は18世紀のものでも19世紀のものでもない。国家の経済への関係が劇変したやり方は、人々は生存権を持つという理念のための強力な支援を提供することであり、特殊な立法上あるいは執行の行動はその理念を識別できないであろう。つまり、我々は確信しているのだが、貧困を規制することが表象するのは、未来予測よりも良い過去の特徴づけなのだ。」(Piven and Cloward, 1985: X-Xi)

・レーガン政権:反福祉を特徴づけ → 社会的に正当な権利付与集団の分断の拡大:スティグマ化された福祉受給者と他の権利付与集団、人種、ジェンダー → 福祉受給者の集団的な政治能力を弱体化 → 1990sまでにークフェアの台頭

・福祉「国家」の台頭は、本質的に国家―経済関係の範疇に入る質的な転換を示唆。この制度への攻撃は別の周期的な下降以上のものを表す:深く構造的な再編成の予兆 → ワークフェアの精査必要

@ワークフェアが台頭している構造的文脈は、福祉主義の制度と原理の最終的な衰退。ワークフェア主義は特殊な調整力のある方針を成文化し始めている。

Aワークフェアの優勢は労働市場の組織化と労働市場政策の正統性の両方における根本的な転換と同時に起きている。“流動化”=労働市場の“新秩序”:“規制緩和”、雇用促進、労働市場の包摂

規制制度としてのワークフェア主義
・ワークフェアの考察:経済の機能性、労働市場の組織化、労働市場政策の論理的根拠
・ポスト福祉の規制制度を明らかにしつつある

「政治はその焦点を階級から契約へ移している。最も意見を異にする論争はもはや労働組合主義や社会主義ではなくて、新しい異文化マイノリティーの問題である。そのマイノリティーはたいてい移民であるが、多くの者は社会秩序を脅かされていると感じる。経済費用と同様に、社会的団結についての関心は、なぜヨーロッパの福祉国家が成長を止めたのかと同様に、なぜアメリカの社会改良が中断されたのかを説明する・・・。古い諸問題は経済的・構造的なものであるが、新しい諸問題は社会的・個人的なものである・・・。進歩的な時代の典型は、ストライキを実行し、組織化して左翼の政党の票を引き出す工場労働者である。依存の政治の典型はより無力である。つまり都市のスラム街の失業若年者、都市のより良い場所で物乞いをするホームレス、とりわけADFCにより家庭に留まるシングルマザーである・・・。そのような人々は「個人的な」問題を抱えているが、それは伝統的な類の非個人的な改良がまさに考えられる前に、注目されなければならない・・・。動機は不可避的に機会より争点である。」(Mead, 1992b:211-212)

「最終的には、福祉を労働に置き換えることに期待され得るのは、貧困の全文化を転換することである。それは一世代では起こらないであろうし、必ずしも二世代では起こらないだろう。しかしそれは起こるであろう。下層階級文化は福祉の終焉を生き延びることはできないが、それは封建文化が資本主義の到来を生き延びることができなかったのと同様である。」(Kaus, 1992: 129)

・workhouse、welfare、workfare: 値しない貧困、賃労働者の他のもの、“ポスト産業的依存”

・「現在のワークフェア制度下の労働義務は“リハビリ用語でのギブス”であって」(Handler and Hasenfeld, 1991: 202; Mead, 1997b)、個人に機会を提供し、強制と原則の制度によって実施し、依存から社会的経済的な“主流”へ持ち上げるのだ。

・ワークフェアの関心:今日の労働市場の流動性のための労働者の再社会化

・規制の空間的階層における変化:救済対策の地域性、貧困の地域性

・空間に広がりのある構造や関係での運動 → 救済制度の再構築の幅広いパターン→空間がワークフェアのために(再)創造されている証拠


規制の諸空間

「労働原理の問題と逸脱行為の社会的制御が最も強力な時、プログラムは地方で運営される傾向がある。」(Handler and Hasenfeld, 1991:31)

「貧困の道徳的な曖昧さはいつも、社会規制としての福祉事業の品位を脅かす。福祉政策自体に埋め込まれたイデオロギーを論争することは、矛盾した調整する儀礼上の要請を創り出す。さらには、いったん「逸脱者」階級が創り出されると、強制制度が設立されなければならないし、分別の練習が必要となる。それ故、福祉政策の行政での主な関心事は、管轄区域の責任を配置することである。貧困な人々のうちでの様々な道徳的/経済的な下位分類の間に―言わば貧困に値する人と値しない人の間、あるいは雇用に適している人と適していない人の間に―明確な線を引くのが困難な時、福祉事業の管轄区域はより地方で行われる可能性が高く、地方の共同体がその曖昧さを解決することができるようにする。」(Handler and Hasenfeld, 1991: 30)

・救貧法「マンチェスター規則」:労働査定と戸外救済の資格基準の特に過酷な地域の解釈

・welfare-to-workプログラムの労働市場効果:場所によって変わる
a 下降ぎみの労働市場:需要の欠如という文脈で失業を包摂
b 上昇ぎみの労働市場:労働市場への参加者をふるいにかける機能

救済の地理学
・空間関係の特殊な構造は、様々な規制制度の基調をなす論理と結びついていた

救貧院制度

・地方のエリートと、彼らの代理人である教区の民生委員:戸外救済にアクセスするための規則を公式化、「定住」法を適用して外の地域からの「よそ者」への援助を否定、救貧院の規則と実務を成文化、相場を決定、地方の道徳的な慣習を地方の行政処置に翻訳

・英国の1834年の新救貧法のように、救貧院制度の中央化は、制度の地域性をほぼ変えなかった

・たびたび起こる中央と地方の戦い:水準を上げることに気をもむ改革的な官僚と経済に熱中している倹約な監視者の間の戦い

・アメリカの救済制度との共通性

「地方の責任はしばしば、一方で不適切で不平等な基準を、他方で非効率的でしばしば腐敗した行政を引き起こした。貧民の幾千の未熟練でしばしば非競争的な民生委員の多くは非常勤の基盤のみで雇われていたが、彼らは効率的な運営には役立たなかった。より重要なことなのだが、貧民地区の多くには高い割合の困窮した居住民と、栄えている地区と比べて少量の救済費用があったので、貧民の扱いが不平等なだけではなく、費用を最も少なく提供することができた共同体は、たいてい最も高い割合の貧民がいた。」(Trattner, 1984, 47-48)

・定住法→地方の居住者に救済を制限→新しい地域に雇用を探して移動した労働者は、効果的に自分たちを救済制度の外に置き、全体的に都会の労働市場のなすがまま → 問題

・都市化と賃労働市場の拡大は救済処置の進化と手を携えていった。

★「一方で学校と病院から他方で監獄と混乱した場所までの道全てを広げる制度の巨大な成長が・・・示しているのは、単に医療・教育・犯罪予防の進歩なのではなく、「経済的に活発」で「機能する」社会成員以外の全ての市場を明らかにすることなのである。」(Braverman, 1974: 280)

・都市化の過程:労働関係の新制度のための必要条件、矛盾の資源

・19世紀末のアメリカのストライキの波紋 → 創業間もない企業の反応:生産の郊外化、職場管理の新制度の導入

・20世紀最初の10年、シカゴのような都市:規制されてない労働市場 → 危機

・1929の株式市場の暴落〜4年間で国の失業率:3% → 25%

・恐慌 → 労働市場の社会制度を取り壊す

・「ただ失業者の1/4だけが1932年までに救済を受けていたという事実にも関わらず、救済費用は膨張した。」(Piven and Cloward, 1971)

・地方の個人的な現象として始まった救済の危機は、国家的で構造的になってきた

福祉制度

・1932 Franklyn D. Roosevelt 民主党の大統領指名を受けた時
「この国が必要としているのは、私がその気質を誤解しない限り、国が要求しているのは、大胆な、大統領の実験だ・・・。手段を選んで試すというのは共通の認識だ。失敗したら、次を試みよ。しかしとりわけ、何かを試みよ。」(quoted in Trattner, 1984: 262)

・1934 the Works Progress Administration(WPA):大胆であると同時に保守的〜「半福祉国家」(Katz, 1986)

・ニューディール対策の規模:強大、社会秩序への脅威〜アメリカの「主流」労働者が仕事を見つけれず、救済制度のなすがまま

・「事業が構築された方法は、様々な分類の受給者が、規範的な労働市場の地位に合致した様々な対策の形態に導かれることだった。」(p65)

・特に産業労働者を「他の労働者」から隔離することに特別な注意を払った

・労働事業の拡張に財界指導者は反対(南部の多くで)〜特に失業手当が賃金率を凌駕することに

・連邦政府と州−地方の水準での利害間の緊張:失業の規模

・1934年の2月ピーク〜三大事業:the Federal Emergency Relief Administration(FERA), the Civil Works Administration(CWA), the Civilian Conservation Corps(CCC):800万人の世帯を援助=アメリカの人口の22%(Katz, 1986: 246)

★1935 社会保障法:州や地方に基づく法の福祉プログラムについての明確な事例→にもかかわらず連邦化の過程が始まった

・1932〜1939:公共支援の支出の連邦の分担率2.1%→62.5%

・「社会保障法が成文化し始めたのは、福祉主義の権利付与のパターンと、国家水準での福祉主義プログラムの目録とであり、これらを連邦政府の構造の中と、労働者と雇用者の両方の労働市場の期待の中へと、埋め込んだ。」(p65)

・ある業界からの反対と、別の業界からの暗黙の支援〜最低限の国家福祉制度:干渉主義や社会主義の代替案よりも好ましい

・中央化:戦後福祉制度の基礎を成す傾向と決定的な特徴になる

・アメリカの中央化vs業界、州や地方政府、その他の抵抗勢力〜社会的なケインズ主義と連携した法案

・民主党の地域的な分裂(特に、南部の保守派vs北部の都市のより自由な幹部)

・南部の保守派(州の自立や「流動性」、給付水準の地方の制御、地域の後退的な労働市場の規範を維持することを通して行政における地方の裁量) → アメリカの福祉制度を抑止的なものに

・1960s後半の「福祉爆発」:南部農業の近代化、北部都市の都会の無秩序の上昇→南部の州は福祉の時代へ

・1964 Civil Rights Act

・AFDC(Aid to Families with Dependent Children児童扶養世帯補助(制度))

・1960-1969AFDCの割合:北部の都市多い。南部の保守的な地域で生活保護該当者名簿の増大の98%は市民権法の通過後に生じた

★アメリカの福祉の時代の中央化は統一化を意味しない:給付水準、連邦と州の資金調達の均衡、行政実務における地域的な差異は、福祉の時代を通してそのまま

・連邦化への変化:福祉の権利と権利付与が国の水準で成文化、政治的・官僚的な闘争が国の「貧困線」の周りに出現、AFDCではない給付(例えばfood stampsやMedicaid低所得者と身体障害者を対象とする医療扶助制度)は貧民に対する現金給付の地方の不足を補償し始めた、貧困への戦いとい新しい指導

・National Welfare Rights Organization(NWRO)のような活動家集団の発展が連邦政府に認められる←アフリカ系アメリカ人投票者への心配(未産業化と職の転置が問題)

・福祉は「国の問題として現れ、連邦政府による後援を受ける地方の主導の全配置は、都市のスラム街で方向付けられた・・・。これらは故意に計画していたのは、伝統的な政治構造を飛び越えて進み、連邦政府とスラム街の間に直接の関係をでっちあげることであった。」(Handler and Hasenfeld, 1991: 116)

・Great Societyプログラムと、生活保護該当者名簿の関連した拡大と、後の所得保障運動は、1960s後半の「権利付与の自由主義」を規定することになった

福祉の危機とワークフェアの約束

・権利付与の自由主義の歴史的意義:それが気づかずに動員した対抗政治勢力の可能性

・保守派:「福祉依存」の問題と都市スラム街の道徳的経済的な崩壊の関連

「依存に関連する制度が存在するのは、スラム街の中や周辺である。ここはホームレスの避難所や他の管理の制度が集めて一団にされる傾向がある場所だ。ここではまた公営団地が建てられ、黒人の若者はそこに住み福祉に頼って暮らすのだが、彼らが他の者と比べて学校に行ったり働いている可能性は目立って少ない。ここは福祉がもっともしばしば長期間あり、それがまた意味しているのは失業中であるということだ。そのような近辺に住むことは、余分な圧力を機能不全に加えるように思える。深刻に貧困で黒人の地域出身の若者は、幾分学校から脱落し、未婚の母親になり、低賃金を稼ぐ可能性が高いのだが、それは個人的な特徴を制御しさえする。不確かではあるが、彼らが犯罪に巻き込まれる可能性は高い。」(Mead, 1992b: 146)

・ワークフェアの要請:劣等処遇原則の邪悪な改定において、低収入労働者は急激な福祉削減の中でもっとも十分な利害を持つ階級として表象される。

・Mitchell Ginsberg:ニューヨーク市の前の福祉委員は、1972年11月のニクソンの失敗した改革努力に習って

★「福祉への嫌悪は信じられない。国中に弾圧し、人々を名簿からどける強い雰囲気がある。福祉改革は行き詰まりである・・・。明らかなのだが、私のように数年間改革を推進してきた人々は、あまり前進を遂げてこなかった・・・。我々は反対者の奥行きを過小評価していた。我々は福祉線の上にいた人々の懸念に十分な注意を払わなかった。福祉に反対する者の中心はそのちょうど上にいる人々からもたらされるのだが、それは肉体労働者、労働組合員ではあるが、労働組合の幹部や高水準の実業家ではない。それは下位にいる集団、より低い中間所得層の労働者なのだ。彼は福祉が自分から始まっていると感じている奴なのだ。「彼ら」によってより脅かされていると感じる異文化集団に、我々は注意を払わなければならないだろう。」(quoted in Davis, 1996: 236-237)

・「悪化する低賃金労働市場の状況に、福祉を抑制し受給者に賃金雇用を強制することによって応答することは、したがって福祉線に接している人々に対して有利ではない。」(p69)

→彼らの職はより不安定になり、仕事が得られるものには何でも競争が強化され、賃金率は福祉線とともに下降

★福祉線=有色の線、ジェンダーの線:それ以下の人は未だにしばしば「主流」労働者の「他人」として感じられている

・1990:貧困な人々の73%は大都市の地域の居住者(cf 1960:44%)

・福祉改革の問題は都市の労働市場規制の問題と結合〜強まる脱中央化の圧力にも関連

・脱連邦化:ニクソン政権は冗談→レーガン第一政権の課題「新連邦主義」〜連邦の福祉制度の基盤を裂く

・1990sの反福祉の正統性の基盤:「大きい政府」への批判、地方のワークフェアの試みの奨励、「州の権利」運動の洗練

・地方の福祉改革の実験:レーガン第二政権による奨励→ブッシュによる拡張→クリントンによる激増

・共和党のContract with America

・1996 PRWORA:自己責任と労働機会の調停法

・福祉の危機は、福祉の「脱中央化」と「空洞化」を、制度的、財政的、イデオロギー的に巻き込んだ

・福祉の脱中央化
@連邦が出資をやめる→州や地方は福祉を抑制するか、税収を高めるか〜固定された費用の限度で連邦制度の指示に従って操作
A効果:政治的な敵対を弱める、政治的敵対の断片化
B州や地方水準での資源競争を強化:低費用で目に見える成果
Cやり方:地方化したプログラム設計、裁量の強化

「ワークフェアは地方水準で遂行されなければならない。サクラメントやマディソンのような州資本からの小切手を郵送することは可能であるが、ベーカーズフィールドやジェーンズビルに住む受給者にとっての求職や訓練プログラムをそこから管理することは不可能だ。それについて考えてみよ、すなわちサクラメントやマディソンで栄光やマスコミを創りだしているものは、フレズノやベロイトでそれを怠けている人々によって供給されなければならない。」(Wiseman, 1987: 42)

・Greater Avenues for Independence(GAIN): カリフォルニア、リバーサイド

・脱中央化の効果が労働市場を通して調停された方法
@連邦の福祉の総合政策によって以前は維持されていた地方の最低賃金は、地方の労働市場の状態に合わせて、より低くより不公平にされた:AFDCの支払いの可変部分は、フードスタンププログラムや、貧しい家庭への医療給付の全国的な提案で相殺
A低賃金の州や地方の弱い財政能力:権利付与の給付水準を守るという目的は、賃金相場への下降圧力と雇用状態がもっとも連携させられている地域では妨げられる。
B「良好な企業環境」の質的な指標になり得る cf低い賃金相場と、働く権利を守る法律
C州や地方行政は流動資本の経済原理に攻撃されやすい:福祉の費用や税が投資家の計算に

・アメリカのワークフェア:「労働の流動的な離散」のための戦略(Cope, 1997)

ワークフェアへの他の道

「依存がアメリカのワークフェアの議論の中心であるのに対して、労働市場の流動性の探求がヨーロッパの第一線では目立つ。福祉制度間の対比のおかげで我々はこれらの差異の意味を理解できる。実際、依存の議論は北アメリカというよりは、福祉国家の自由主義の概念に支えられている。同様に、労働市場の議論は保守主義や社会民主主義の福祉国家の典型である・・・。ワークフェアについての議論はたくさんあるが・・・、それらは様々な国が制度化してきた福祉国家の型で変わる。」(Noeel, 1995:54, 57)

・ワークフェア戦略
@コーポラティスト福祉国家:労働市場の再統合
A社会民主主義福祉国家:人的資本への再投資
B自由主義福祉国家:労働力付与

・ワークフェア分析:地方の(反)福祉政策やワークフェア戦略と同様国際的なものにも敏感でなければならない

ワークフェアを位置づける

・ワークハウス:非動員化された労働者階級の残虐な混和を商品化労働市場の中に確保

・福祉制度:包摂と排除の特定の社会規範を固定〜「完全」雇用に近い産業労働市場で

・ワークフェア制度:雇用の分極化・女性化・流動化に直面して、規制の諸規範を再構築

「ニューディール以来、労働者階級の構成は変化してきている。現在それを構成しているのはサービス業で雇われる女性であって、製造業の雇用に就く男性より多い。製造産業の完全雇用された男性労働者の家族を、景気の周期的な変動や高齢期の失業から十分に保護するプログラムは、高い転職率と福利厚生給付の欠落で特長付けられる低賃金のサービス産業の非常勤の従業員を保護するには不十分だ。」(Quadagno, 1994: 181)

・ケインズ主義者の福祉パラダイム→シュンペーター主義のワークフェア制度

・シュンペーターの戦略「生産、過程、組織的な、市場革新の促進・・・と主に供給側の介入を通しての開放経済の構造的な競争力の強化」+ワークフェア推進者「労働市場の流動性や構造的な競争力の需要への社会政策の従属」(Jessop, 1993: 9)

★「究極的にはワークフェアは政治的な選択であって、経済的必然性ではない。」(p80)

・「ワークフェア国家の態度は、一方でワークフェアが終末的な危機の状態にある程度に関わり、他方でワークフェアが新たしい規制処置に安定化している意味に関わっているのかという疑問」

・ワークフェアの解剖(可能性、非一貫性、矛盾)は、進歩的な代替案のための必要条件の一つ

「福祉の危機が生み出してきた闘争は資源や権利だけではなく、福祉の意味やその代替案についてだ。」(Schram, 1995)

「公共の領域を満たすのは−実際構築するのは−、人々のニーズや権利付与について当然とみなされる様々な前提であり・・・、社会問題が告発され討議される手段を報告し、思考できる解決の範囲を定める前提だ。」(Fraser, 1993: 9)




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第3章 ワークフェア:それが意味するのは何か?

「Workfare. Any public welfare program that requires welfare recipients to work( work +welfare = workfare) or to enroll in a formal job-training program.」(Dorsey Dictionary of American Government and Politics)

「ワークフェア。福祉受給者に対して、労働か(労働+福祉=ワークフェア)、公式の職業訓練プログラムに登録することを要請するあらゆる公的な福祉事業。」

「A word is not a crystal, transparent and unchanged; it is the skin of living thought and may vary greatly in color and content according to the circumstances in which it is used.」(Olilver Wendell Holmes, quoted in Rossiter, 1955: 4)

・貧困政策の言語を再符号化:ニーズ・礼儀・慈悲・権利付与の「古い」言説→労働・責任・自己充足・権限委譲の「新しい」言説


ワークフェアという言葉
・ワークフェアという言葉の起源:1960s後半-1970s前半 アメリカで発展したwork-for-benefitsプログラム
・work-for-welfareの合成、welfare-to-workの同義語
・ワークフェアという言葉は「現在より幅広い意味で使われていて、所得補助の条件として、雇用の見通しを増加させることを計画した幅広い様々な活動を受給者に要請することを含む。」(Evans, 1995: 75)
・1981 レーガンの反福祉予算案
・1988 the Family Support Act
・1992~ the end of welfare
・1966 the PRWORA

★New Gingrich(GOPAC(保守派の候補者訓練機関)の議長)「我々は法案の観点ではより限られた成功を持つかもしれないが、政治の全言語は転換のさなかにあるだろう・・・。本当の切断点なのは、まったく新しい討論を新しい言葉で行っている自分に気づく時なのだ。」(quoted in Drew, 1996: 14)

・the Contract with America

・a Personal Responsibility Act(PRA):福祉資格に二年間の制限を導入、十代の親に福祉を与えない、福祉援助を受けている母親に産まれる子供に福祉を与えない

・クリントンの改革パッケージも共和党と同じ

・クリントンの1996年の演説「あまりにも長い間、我々の福祉制度は、家族や労働の価値を支援する代わりに、弱体化してきた。議会と私は、圧倒的な福祉改革に賛成に近い。我々が同意するのは、期間制限、困難な仕事の要請、最も難しい可能な育児給付の強化であって・・・。私は議会に挑んで私に超党派的な福祉改革を送らせるようにするが、それは人々を本当に福祉から労働へと移動させるものだ・・・。私はそれにすぐに署名するだろう。」(Washington Post, January 24, 1996: A13)

・クリントンの自慢:「全国的な福祉受給者の73%が、ワークフェア改革のプログラムの下で、給付を受け取っている。」

「失業が産業主義の明らかな問題であったように、依存は脱工業化社会の明らかな問題になってきている。」(quoted in Cloward and Piven, 1993:693; see Moynihan, 1989)

・1980s中頃からの福祉改革問題について民主党と共和党の接近=「ワークフェア合意」〜原理的にも実践でも福祉を守る準備をする政治家ほとんどいない

・貧困の原因として、またそれ以上に重要なのだが福祉制度の結果として、理解される個人の行動の機能不全(道徳的だらしなさ、不適切な労働原理)を正す


ワークフェア言説の地政学
・福祉という言葉が現在の意味で初めて使われたのは、産業の発達したアメリカの北東:「「福祉政策」の故郷はオハイオ州デートン都市で・・・、「児童福祉」や「福祉センター」などのような福祉が初めてこの意味で使用されるのは1904年のオハイオである。」(quoted id Safire, 1993: 866)
・ワークフェア言説の広がり:脱文脈化された「定まった場所のない知識」により円滑化

ワークフェアを(再)定義すること

「最後の分析で、我々は貧困を抜け出る道を語ることができない、つまり貧困から抜け出る道を立法化できないが、この国は貧困から抜け出る道をもたらすことができる。アメリカ人に今必要なのは、より多くの福祉ではなくて、より多くの「ワークフェア」なのだ。」(President Richard Nixon, televised speech, August 1969; quoted in Nathan, 1986: 107)

・1968 James Charles Evers:ミシシッピーの市民権運動の指導者

・1969 ニクソンの演説:連邦の「福祉改革」の文脈の中にワークフェアを位置づけ

William Safire(ニクソンのスピーチライター)の意図:ニクソンの福祉改革の開始を明確にし、Family Assistance Plan(FAP)の婉曲な権利付与、大統領による福祉の「ワークフェア」への転換として促進

・ニクソンの改革パッケージは敗北:リベラルな民主党と福祉擁護者(法案の労働要請と低水準の給付金に反対) と 南部の保守(新しい対策は給付金の水準を上げる) の異例の連携

★1971 Talmadge Amendments:規定された就労奨励プログラム(Work Incentive: Winプログラム)下で労働要請を強化するFAPの改定案(ジョージア州)

・Winアプローチ:福祉への「労働力の付加」あるいは「ワークファースト」アプローチ
cf: サービス・インテンシブルアプローチ:「人的資本開発モデル」

・the Supported Work Demonstarations(SWD):監督つきの職場で12〜18ヶ月の雇用を提供(長期間の福祉受給者、若い不登校者、失業中の超過違反者に焦点)

・the Community Work Experience Program(CWEP):SWDより懲罰的、公共機関か非営利機関で

・1974 the Manpower Demonstration Research Corporation(MDRC):プログラムの結果を観察し普及させる〜評価

・レーガン政権下でのカリフォルニアのCWEPは特に厳しい制度:資格のある参加者は、地域社会への奉仕活動の未熟練な仕事を転々とさせられた

・1980sのワークフェアの爆発の先駆け


レーガンのワークフェア運動

・1981 the Omnibus Budget Reconciliation Act(OBRA):レーガンの福祉への戦い宣言〜AFDCの制限(「州の必要基準」の150%より少ない総所得の家族に限定:公的な連邦の貧困基準よりたいてい低い州が定めた貧困の基準)、福祉給付金の削減、welfare-to-workプログラムを州に促進

・50万近くの家族を名簿から移動

・1970s中頃より衰えていたワークフェア政策を復活

・1985 22州が委託プログラムを導入:州全体の基盤でプログラムを操作できたのは7州

★1988 the Family Support Act(FSA):「連邦主導の強制的なワークフェアへの著しい合意」(Oliker, 1994: 197)〜MDRCの評価の影響(議論は数やテクニックの問題に):OBRAの低コストを証明するための研究→民主党員を説得

注10:「Block and Noakes(1988)によると、MDRCのアプローチには二つのさらに方法論的な流れがある、すなわち、それらの実験の基盤は、新たしい社会保障受給者と六歳以下の幼児を扶養する排除された母親である。新しい社会保障受給者への焦点は、長期間の福祉利用者を少なく見積もる傾向がある(福祉依存の政治関与と政治的レトリック)一方で、六歳以下の子供を扶養する母親の排除は効果的にAFDCの取り扱い件数の2/3を削減する。両方の集団は、福祉から労働への移転を行うためにより多量のサービスを強烈に要請するが(例えば、幼児の世話やそのほかの支援サービス)、それは不可避的により包括的なプログラムの費用を上昇させるであろうし、同時に、それはまたおそらくそのような部分的なwelfare-to-workの試みの中で達成された肯定的な効果を低下させるだろう。予期されるあらゆる理由から、ワークフェアの試みがより広い規模の主導へ一般化されるにつれて、参加者あたりの費用は上昇すると同様に肯定的な効果は低下するだろう。」(p123)


改革の言葉

・ETM(economistic-therapeutic-managerial:経済学者の治療管理的)言説の優勢:困窮者を自己利害のアイデンティティーのせいに→正しいインセンティブが与えられれば、自分達の行為を変えて貧困や福祉依存の問題を管理してよりよい状態にするだろう

・地方の実験は「福祉政策決定の制度化された部分に(なってきて)・・・、以下のような考えを(強化する)。すなわち福祉政策の調査の目標は、困窮者の特殊な行為についての脱文脈化された情報を生産し、その結果、貧乏にさせられた人々に彼らの行為を変えさせるために、奨励と処罰の適切な混合が再生産され得る、という考えだ。実験は完全にETMやそれが困窮者を福祉国家の欠陥のある臣民として構築する方法と一致している。」(Schram, 1995: 14-15)

・ある地方の実験結果が他の地方に「移転可能」とされ、ETMを通してワークフェアが普及していく。

・レーガンもMDRCの科学的な実証から、カリフォルニアのワークフェア実験に基づいた立法を推奨

JOBSの短い歴史
・FSA→JOBS(the Job Opportunities and Basic Skills program):不景気によって「成功」が疑われるものの、MDRCによって説得

クリントンの言葉を読み取ること
ブッシュは、ウェイバー(助成金)の過程を州が使いやすいように簡易化しようとした→クリントンは、「ウェイバーによる連邦主義」と呼ばれるようにウェイバーを実質的に展開

クリントンのウェイバー

@費用中立原則:急激な展開、費用削減、比較的低リスク戦略を追求するよう州は誘導される。それは長期間の受給を生み出すようなものではなく前もっての投資が必要とされるアプローチ。州によって不可避的に多様性に富むにも関わらず、福祉改革過程の方向は福祉の役割の削減を狙った懲罰的な方法へと、効果的に運命付けられていた。

A政策過程の不透明性:MDRCは結果のみに注目し過程は分析しない。ウェイバーは州に単一ではなく複数の政策刷新を同時に導入させたのであり評価は困難。

B政治的な周期は評価の周期より短い。福祉改革の政治的利益は、その過程の初期あるいは告知の段階で評価される傾向がある。

C州による福祉制度の差が新しい政治の活力となっている。以前はその差を連邦の基準で補おうと連邦化の正当化に使われたものが今では脱連邦化の正当化に使われる。

費用的なレトリック

右翼のレトリック
ワークフェアはコストがかかる。

ニュートの弁舌
「リベラルな福祉国家」を「保守的なチャンス社会」に置き換える




製作:小林勇人(立命館大学大学院先端総合学術研究科)
UP:20060808 http://www.ritsumei.ac.jp/acd/gr/gsce/db2000/0102pj.htm
ワークフェア関連文献表  ◇カリフォルニアのワークフェア政策文献表 

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