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根岸毅宏, 20040930, 「ニクソン政権のFAP法案とアメリカの公的扶助制度
――1996年福祉改革に至る歴史的背景として」


根岸毅宏, 20040930, 「ニクソン政権のFAP法案とアメリカの公的扶助制度――1996年福祉改革に至る歴史的背景として」『国学院大学経済学』52(3,4): 417-72.

〈目次〉
はじめに
1.公的扶助制度をめぐる問題
2.AFDC制度をめぐる問題
3.FAP法案の策定過程:ニクソン政権内での調整
4.FAP法案の議会審議
むすびにかえて


  
はじめに


★公的扶助制度の給付水準と労働インセンティブのジレンマ
給付水準を高く設定すると同時に受給者を制限するためには、給付額の減額率を100%に近づけねばならず、その結果、労働インセンティブが損なわれる。反対に、労働インセンティブ効果を期待して給付額の減額率を引き下げるならば、給付水準を低く設定しないと、所得水準が高い者まで給付対象にしてしまう。

・例1 公的扶助の給付額:月額15万 稼得所得に対する給付額の減額率:100% 

稼得所得10万円を得ても給付額が10万円削減されるため、現金給付込みの所得は15万円となり、就労してもしなくても、経済状態は変化しない。就労経費を考慮すると、稼得所得を得る方が経済状態が悪くなるかもしれない。

・例2 給付額:15万 減額率:50%

稼得所得10万円に対して給付額は5万円しか減額されず、現金給付込みの所得は20万円になり、就労すると経済状態が上向くことになる。ところが、稼得所得が30万円に達するまで給付対象になるので、稼得所得29万円を得ても0.5万円の給付を受け取ることができ、公的扶助の受給者を増加させてしまう。

cf 稼得所得が29万だと減額は14.5万円(=29×0.5)で、給付額は15万円―14.5万円=0.5万円となる。稼得所得30万円だと減額は15万円(=30万円×0.5)で、このとき初めて給付額は15万円―15万円=0円となり、受給ストップとなる。

  
1.公的扶助制度をめぐる問題


貧困の再発見
 ↓
公的扶助の問題点
1ワーキング・プアへの扶助がない
2公的扶助の給付額の州間格差
3AFDC受給者の急増
4AFDC支出の増大→州財政の圧迫
5AFDC制度:就労の阻害 と 家族の解体を促進するような仕組み

3受給者の急増の原因
 1給付対象の拡大、申請時・離脱時の所得制限の引き上げ
 2受給抑制要因だった諸規則の違憲判決
 3扶助を申請する貧困者の増加

  
2.AFDC制度をめぐる問題


★給付額=最高給付額―認定所得(合計所得―控除項目)
・合計所得:稼得所得だけではなく、あらゆる源泉から受け取った所得含む
・控除項目:就労にかかった経費 など
*給付額の減額率を考慮すると
給付額=最高給付額−認定所得(合計所得×給付額の減額率―控除項目)

・AFDC:母子家族以外への給付の制限
→家族の解体:夫の賃金がAFDC給付学よりも低いか同水準である場合、またはその程度しか見込めない場合は、AFDCの受給を前提として、離婚を選択するか、そもそも結婚しないケース

  
3.FAP法案の策定過程:ニクソン政権内での調整


1ネイサン案 10−15億ドル
 →ワーキング・プアへの救済策がないと批判される(by 労働省の長官シュルツ)
 →ヴェネマン、ネーサン案への対案を考えるようベイトマンに支持

2FSS(Family Security System):負の所得税の提案 20億ドル
 →負の所得税の修正版(フィンチ、モイニハン賛成)
 →大統領顧問バーンズ:福祉受給者と財政支出の増加に反対
 →閣僚会議にかける合意とれず

3バーンズ案:FSSへの対案(ネイサン案とほぼ同じ) 10億ドル

4シュルツ案:1〜3の融合

5FAP案
 →議会へ


ニクソン大統領
 国家安全保障会議:外交
 都市問題会議:国内問題 〜責任者:モイニハン(共和党政権の中で唯一の民主党員)
   福祉小委員会 〜委員長:フィンチ(健康・教育・福祉省の長官)
    タスクフォース:福祉および貧困政策を勧告 〜責任者:ヴェネマン
(カリフォルニア州のリベラルな共和党員。レーガン知事のメディケイドの支出削減を阻止)
      ワーキング・グループ:ネーサン案への対案の模索 〜責任者:ベイトマン

 
4.FAP法案の議会審議


FAPに対する主要な主張

・議会の多数派である民主党を中心とするリベラル:より高い給付水準と受給者に課す就労要件の緩和もしくは廃止 就労要件の厳格化はワークフェアに繋がると強く反対

・共和党を中心とする保守:FAP=すべての国民に一定水準の所得を保証する保証所得、資産および所得制限や申請時の面接などがもたらすスティグマがなく、容易に受給できる → 労働倫理が阻害され、その結果、働かないで社会の規範を乱す者が現れると考えて反対   仮にFAPを実施するにしても、就労要件の厳格化を要求

・北部を中心とする都市部出身の議員:AFDCの給付水準高い → AFDC支出が与える州財政への圧迫の緩和が課題 → FAPに賛成

・南部(南部出身の保守的な民主党議員を中心に):低い給付水準と受給者への就労要件の義務付けを要求 
〜 南部はAFDC給付水準低い、賃金も低い 
→ FAP給付額 > 一部の低賃金労働者の稼得所得 
→ 低賃金労働者の経済状態を大きく改善、 低賃金労働者の激減の可能性
= AFDCの低水準な給付と共存する形で成り立っていた南部の低賃金労働市場を、FAPは脅かす危険性を持っていた
= 奴隷制から続いた社会構造、経済構造、権力構造の転換

・ソーシャル・ワーカー:自らの職を失う、あるいは労働環境の悪化の可能性 → 反対 → NWROとともにFAPを廃案に追い込むために、給付額を4人家族で5500ドルに引き上げる運動の展開

・NWRO:給付額が引き下げられる可能性 → 反対運動を展開 〜FAP:FAPより現行のAFDC給付が高い州に、AFDC給付水準を維持することを義務付けていたが、付加給付は含まれていなかった cf 付加給付:受給者の特別なニーズに配慮したもの

・NWROへの反感 例:民主党のグリフィス 同じ女性という立場から、私生児がいる家族を援助するために、その子が18歳になるまでの間、なぜ私が税を払わなければならないのか

・労働組合:FAPの給付がワーキング・プアに及ぶため反対 〜FAPの給付 → 最低賃金を下回るような低賃金でも就労する者や、そうした人々を雇う者が現れて、最低賃金を下回る低賃金労働市場が形成されかねない → 相対的に賃金水準が高かった組合労働者は賃金水準が下がるだけでなく、職も脅かされる可能性 → FAPではなく、最低賃金の引き上げと連邦政府による雇用保障によって、貧困の根絶を主張


1969年8月8日 ニクソンによりFAP法案の骨子がテレビ演説で発表
1969年10月 〜 1972年10月まで議会審議

1970年4月 若干の修正で、下院議会を通過
1970年11月 上院財政委員会で否決
1971年5月 大幅な修正、下院議会を通過
1972年4月 上院財政委員会で否決

共和党の大統領が提案 + 民主党が多数を占める下院議会で可決されたFAP法案

南部保守派の反対〜上院財政委員会の委員長:ルイジアナ出身のロング


  
むすびにかえて

母子家族の母親やワーキング・プアといった就労可能な者への現金扶助を、連邦政府が運営し、それに全米統一の給付水準を導入することが困難である理由

@低賃金な労働市場の存在(南部)
A州間の所得格差、経済構造の違いから、全米統一の給付水準を設定するのは困難
B米では、現金および現物給付がそれぞれ独立 → 現物給付だけで労働インセンティブ効果を制度導入の根拠にしても、現金および現物扶助全体で調整しなければ、インセンティブ効果が薄れる


製作:小林勇人(立命館大学大学院先端総合学術研究科)
UP:20060812 REV:0815, 20071112 http://www.ritsumei.ac.jp/acd/gr/gsce/db2000/0409nt.htm
根岸毅宏 ◇初期ワークフェア構想の文献表

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