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分配と支援の未来
立岩 真也


 *以下は研究助成申請書類からの抜粋

 2004年度〜2007年度(4年間)、科学研究費の研究助成を受けることになりました。

研究目的

1)ものや行為が生産され消費されるその過程のどこで、何が、どのように分配され提供されるべきか、それを社会のどの領域が担当するか。本研究は広義の分配的正義について、これまで言われてきたことを整理し、論点を検証し、それをふまえ規範的な論を構築する。

  政治哲学や経済学の一部に規範的な議論はあり、社会学・社会科学全般にとっての重要性も認識されつつあるが、その紹介や吟味も十分でないからさらに必要である。他方、それだけで答が見つかるとも考えられない。どこに問題がありどこに解決の糸口があるのか、学問的言説に限らず、この社会で語られてきたこと、特に受け取りの過少や介入の過大といった問題に自らが接してしまい実際に影響を受ける立場にいる人たちが何を語ってきたかに着目し、それを集積し整理する中から論点を抽出し、そこから従来の議論を再検討し、これからのあり方を考える。

2)より具体的に検討しようとする領域、考察すべき論点をあげる。

  第一に、分配の制約条件としてあげられるのが、@一つに「資源の限界」である。「少子化」「高齢化」の指摘もむろんこのような文脈にある。Aもう一つは生産、生産を促す競争、特に「国際競争」であり、競争可能な分野の優先が、そして分配の範域が国境によって限られていること自体が、分配を困難にしていると考えられる。これらのことがどのように語られ、論じられたか、またその言説がどう人々に受け止められたかを検証する。とくに日本の戦後について詳しく調べ、資料を作る。次にそれをどう評価すべきかを示す。

  第二に、分配は「再分配」に限られるものではない。生産・労働から消費の全過程を検討の対象とし、一方では、@労働と切り離した普遍的な分配の構想としての「基本所得(basic income)を肯定的に評価しつつ、他方でA「労働の分配」を主張することが可能でありまた必要であると考える。そしてB家族の位置、性別分業のあり方の理解と評価をこのことに関わらせて検討する。その際、労働、家事労働、社会的分配がこれまでどのように語られ、論じられてきたのかをいったんまとめ、そこから得るべきものを得る必要があるが、そうした作業も意外なほどなされていない。ゆえにそれを行い、成果を発表する。

 cf.労働

  第三に、何がどのように届けられるべきなのかを検討し、示す。@「必要」についての議論を整理する。一つに本人において必要とされるものをそのまま充足されるべき必要とする考え方がある。しかしこれで押し通せるか、押し通すべきかは、i)分配的正義のあり方を巡る理論的な争いの一部を構成してきたと同時に、ii)医療や福祉等の領域で自己決定とパターナリズムの問題として現実的な解を求められている問題でもある。ただi)とii)の問題の共通性が認識されること自体が少なく、例えばi)は問題の社会性・歴史性に自覚的でなかった。ここでも言説を整理し、接続すべき論点を接続し、どこまでのことをなぜ言えるかを示す。A各々の人と人の集団の固有性と社会的分配の関係について、例えば「(再)分配と承認のジレンマ」という事態の理解がある。また格差を解消しようとしてなされることがかえって格差を保存し、際立てせてしまうという指摘がある。こうした指摘をどう受け止めるか、次に問題に対するどのような対応のあり方、分配のあり方を対置すべきかを考える。

 cf.パターナリズム paternalism

3)むろんこれら一つ一つが大きな主題であり、各々を一つづつのプロジェクトとして行うべきであるかもしれない。だが、相互に関連させて論じられることのなかったものを突き合わせることによって、同じ主題に異なった学問領域の研究者が挑むことによって、また現代の歴史の中に存在する言説・言論と理論的な営みとの両方を知ることによって初めて見えてくる部分があると考える。国内外の理論的・実証的研究の蓄積を踏まえつつ、整理・紹介されていない部分を整理し紹介しつつ、看過されてきた部分、繋げられることのなかった連関を明らかにし、社会的分配と支援について一貫した構図を提出する。

  作業量は膨大なものになるが、その多くについて大学院博士課程に在籍する人たちの協力を得る。資料を集め、整理し、多くの人が読めるかたちで提供する。さらに必要があれば直接関係者にあって話を聞く。こうした地道で人手を有する作業のための出費がこの研究の経費の大部分を占める。研究分担者は議論に加わり、助言を行いながら、そこから結果を導く責を負う。このプロジェクトによって収集され整理された言説の集積は、他の研究者たちも使うことのできるものとして随時ホームページ上に公開され更新される。さらに各年度にその成果を論文にしていくとともに、2年目から4年目の間、またそれ以降に、単著、共著の書籍としてその成果を発表する。

I.準備状況

  各研究者には関連する領域について既に相当の研究と研究業績の蓄積があって、問題の所在と未解明の部分とがはっきりと認識されている。様々な共同研究プロジェクトに関わり、実際にかけられる労力の不足によって、その成果が中途半端なものに終わることが多かったことも経験している。必要なのはまず、予想される作業が膨大であるためにこれまで十分に行うことができなかった事実関係の確認、言説の布置の描画・整理である。まずその空白をこの研究は埋めようとする。問題の全容を把握し、蓄積することによって、かえって、既存の事実の羅列、学説の紹介にとどまらない立論が可能になる。

  次に、研究者の各々が専攻している領域は多様であるが、各々の研究について互いによく知っており、研究会など幾つかの場で既に議論も重ねてきている。多様でありながら共通の部分が確実にあることの認識からこの研究は企画された。互いに異なっているが同時に密接に連関する領域について各々が知り、また討論することができ、そこから刺激を受けられることは、自らの研究にとってもまた自らが属する学問領域にとっても資するところがあるはずである。

II.研究環境

  代表者と分担者のうちの2人が所属する立命館大学大学院・先端総合学術研究科・公共領域を研究の拠点とする。
  この研究科は博士課程一貫の大学院であり、他の大学院で修士課程を修了した院生や既に研究業績を有する院生が多い。必要な作業量は膨大なものになるが、その多くについて大学院生を研究補助者とし、協力を得る。その人たちの多くは既に研究業績を有する人たちや社会サービスや教育の現場を知っている人たちでもある。その各々の研究領域になんらかの関連のある主題を優先させつつ、その主題について基本的な資料収集、整理、入力、公開の作業に当たってもらう。同時に、研究代表者・分担者の論議にも参加させ、その作業の意味を確認しながら、自らの研究にも役立ててもらう。

  他方、備品の類はすべて既に用意されているものを利用し、それには研究費を使わない。最も基本的な資料、文献については既にある程度準備した。また、まだ不十分なものではあるが人名別・事項別のデータベース、文献の要約集を作成するなど、研究のための一定の素地を作ってきている。またそれを公開する方途についても教員・院生が試行錯誤しながらその媒体を作り実際に公開を始めている(http://www.ritsumei.ac.jp/acd/gr/gsce/d/index.htm)。その資産、方法を役立てることができる。

研究計画・方法(平成16年度)

  この年度には、以下の主題に関わる事実・言説の収集、その布置の確認、整理に力をいれる。とくに日本の戦後について詳しく調べ、資料を作成し、随時、研究拠点とする大学院のホームページに掲載し増補・改訂していく。その作業のために予算を使う。同時に、その作業の意味について、研究の方向について、作業を依頼する大学院生が理解を深め、自らの研究にもつなげていけるようにする。その時々の作業成果で公開可能なものを逐次公開していくのは、一つには成果公開の責務によるが、もう一つには、このプロジェクトに直接に関わる人たち、とくに研究補助者として関わる人たちが、同時並行的に進められる作業の全体を把握しながら、自らの位置を確かめ、作業を前に進めていくことを狙ったものである。

  1)分配の制約と可能性の条件について

  @「資源」に関わる言説について、初年度はとくに「人口」(の量、そして質)について何が言われ、そして行われてきたのか、そしてそれがどのように分析されてきたのかを検証する作業を行う。例えば「少子化」「高齢化」を危機として捉える言説がどのように現われ、どのように普及していったのかについて、また「有限な資源」と分配や支援の「限界」がどのように関連して語られることになったのか、それと例えば「人間らしい死」「ただの延命(のための医療)」といった言説がどのように関連してきたのか、マスメディアや学問的言説を追い、確認する。

 cf.人口

  A「グローバリゼーション」と呼ばれる現象と「国益の維持」と括られる行いとが同時に存在するのだが、そのことが社会的分配にどのように影響するのか。この年度は特に「技術開発と国際競争力」を巡ってなされている議論の流れを追い、それが国内外における分配に対して、それが現実的にまた人々の意識にどのような影響を及ぼしているのか、国の政策、政党や経済界、マスメディアの論調を分析する。

 cf.グローバリゼーション

  2)分配の場所、特に労働について

  @分配はいわゆる「再分配」に限られない。生産・労働から消費の全過程が対象となる。消費点における分配──いわゆる所得保障、サービス(にかかる費用)の提供──が十分になされるならそればそれでよいという論もある。ただそれが可能か、またそれだけが望ましいか。生産の場の編成のあり方も問われる。他方に「基本所得(basic income)」という主張も現われ、ここでは労働と所得との切り離しが主張されているかに見える。その主張の含意を受け入れながら、また一方ですべてを「機会の平等」に流し込む論調を批判しつながら、さらに「第三の道」という文脈の中でも語られる「ワークフェア」という論に全面的に与することなく、「労働の分配」を主張することは可能か、また妥当か。これらの議論の紹介と検討はまだ十分になされていない。この年度は主に文献を整理し、要約を作り、論点をまとめる。
  分析的マルクス主義派の議論を研究してきた**、政治学の領域で国内外の政策の変遷を追ってきた**が、生産の場の編成と所得の分配との関係についてなされてきた議論を示し、他の研究者もそこから示唆を得つつ、現状を評価し代案を示す準備を整える。

  A容易に働く機会が与えられない人たちは何を求めてきたのか。福祉政策がもっばら就労のための支援としてなされることへの批判があった。しかしその批判を行う人たちは、同時に、労働の場の確保を主張した。その歴史は既に30年を超え、その記録もないわけではないのだが、きちんと辿ることはなされていない。文字資料からそれを追っていくとともに、文字として残らなかった部分については当時を知る人たちに聞き取りを行う。そして現在について、特に労働への両義的な思いを有する人たちに、聞き取り調査、さらに必要に応じアンケート調査を行う。

 cf.障害者と労働

  B労働のあり方について何が主張されてきたのか。例えばワークシェアリングのアイディアもそれ自体は新しいものではない。それらの歴史を辿る。また1970年代以降、イタリア等で従来の労働運動との異質性を有する労働運動が現われた。その主張から現在得るものがあるとすればそれは何か。この領域に詳しい研究者から知見を得ながら、@で明らかになる部分との対照も含め、検討する。

  C家事労働、性別分業についてなされてきた議論を整理する。1950年代以降、日本で幾度かあった家事労働、性別分業を巡る論争、グローバリゼーションとの関係でなされている近年の議論等を対象とする。議論を詰めていけば、職種間の格差自体が問題にされるべきことが言えるはずである。

 cf.家事労働、性別分業

  3)必要と個別性と両者の関係について

  @必要についての議論を整理する。これは干渉と放置との間をどう考えるかという主題でもある。特に社会サービスがどのような姿勢のもとでなされるべきか。ここに「パターナリズム」の問題が現われる。特に精神障害や知的障害が関係する場合に、またその人の自身の死が帰結してしまう決定の場合に、これは重要でときに深刻な問題として現われる。樋澤を中心に、自己決定、パターナリズムについて、サービスの受け手の側と供給側、双方の捉え方・主張の流れを追う仕事を始める。パターナリズムについては法学・法哲学等の領域に議論があるが、それほどの量はない。1年をかければほぼその議論の全容は明らかになるだろう。余裕があれば、専門職者団体の倫理規定における変遷等も調査し、必要であればその関係者に対する聞き取りを行う。

  Aあまり指摘されないが、この論点は、何が分配の規準となるかという分配的正義論の主題でもある。本人の意向は現在では当然のこととされるが、他方では、自らの必要を低くしてしまう「安価な嗜好」の持ち主の言うことをそのままに受け取ってよいかという問題が論じられる。厚生経済学を批判的に発展させてきたアマルティア・セン他の理論をまとめる。またロールズやセンを研究し自らの理論を構築しつつある後藤の立論について議論し、理論と臨床の現場に生じている問題とを突き合わる。

  B社会的分配が人や集団の個別性・固有性に破壊的に働くという指摘、「分配と承認のジレンマ」という理解がある。人や集団の個別性をいかに捉えるべきか。「多文化主義」の主張をまず受け入れるとしても、その先にも問題がある。とくに言語的・文化的少数者が被る不利益がどのようなものであり、それに対してなされてきたことをどう評価するのか。聴覚障害者の教育について研究してきた上農を中心に論点を整理し、国民国家、文化に関わる政治についての考察を続けている西川らの議論との関係についても考察する。また分配と承認という問題設定での議論、またこの設定の妥当性を巡っての議論は、ヤング、フレイザー、ベンハビブ他、米国のフェミニスト等によってここ10年ほど活発になされてきたものである。その議論を跡付け、論点を整理する。


UP:20031222 http://www.ritsumei.ac.jp/acd/gr/gsce/p1/2004t.htm REV:20040812
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