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『立命館大学大学院先端総合学術研究科パートナーシップ委員会2008-2009年度報告書』

立命館大学大学院先端総合学術研究科パートナーシップ委員会 20100506

last update:20110901

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はじめに

立命館大学大学院先端総合学術研究科パートナーシップ委員会 委員
石田智恵本岡大和

 大学院という場は、教育と研究とが一体であるという特殊な性格を有している。それゆえハラスメントの問題もまた多様に、そして複雑になり得る。教員は院生に指導を施すだけでなく、院生とともに研究に従事する。院生もまた学生としてだけではなく、研究者として学内外の協力者に接する機会をもつ。たとえばプロジェクトにおける研究指導と共同作業、臨床実習や対人調査による研究成果の発表、学術的なアイデアの提案と共有、共著執筆のための役割分担と負担などにおいて、教職員と院生はともに、そしてつねにハラスメントの当事者となるおそれをはらむ。
 こうした認識から、2006年3月に先端総合学術研究科では、キャンパス・ハラスメント防止ガイドラインが定められ、パートナーシップ委員会が発足した。そのねらいは大学院で生じ得るあらゆるハラスメントに対する問題意識を喚起し、情報・知識を共有することで、よりよい学究の場を創造することにある。その試みは2005年に院生会の有志と教員の代表がワーキング・グループを立ち上げることから始められた。当初、渡辺公三氏、小宅理沙氏、永田貴聖氏が委員を務め、北村健太郎氏、山本崇記氏、橋口昌治氏はオブザーバーとして委員会の設置に尽力した。その後、委員の交替を経て現在に至る。
 持続的な活動として、2006年度には江原由美子氏、2007年度には前田秀敏氏(立命館大学ハラスメント防止委員会事務局長・当時)から講演・インタビューというかたちでそれぞれお話をうかがった。これらの内容は、2008年3月発行『パートナーシップ委員会報告書』に収録されている。そして本報告書に収められているとおり、2008年度(2009年3月)には御輿久美子氏、2009年度(2010年2月)には牟田和恵氏をお招きし、幅広い実例とともに大学院におけるハラスメントの現状と対策について講演いただき、院生・教員への啓発活動を行った。人文学・社会科学の研究は、当事者意識の欠如と当事者間の認識のズレを問題にすることがしばしばあるが、大学院という場では研究者自身のハラスメントに対する当事者意識が欠如しがちであるというのは2006年度の講演において江原由美子氏が指摘されたことでもある(2008年3月発行『パートナーシップ委員会報告書』参照)。大学院におけるハラスメント問題の顕在化が絶えない近年の状況に鑑みても、こうした活動はますます重要だと考えられる。
 "Core Ethics"(核心としての倫理)を理念に掲げる先端総合学術研究科は、いかなる学究の場たりえるのか。研究科を構成する教職員と院生に向けて、そのことを考える機会と素材を提供することがパートナーシップ委員会の役割であり、本報告書はその一部である。

目次

はじめに 1

1.大学院におけるアカデミック・ハラスメントの現状と対策 3

2.ハラスメントの防止と救済
――大学がすべきこと、学生にできること
 41

3.立命館大学大学院先端総合学術研究科
キャンパス・ハラスメント防止ガイドライン(2006年3月制定)
 84

パートナーシップ委員会活動記録年表 90

関連リンク 91

おわりに 92

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1.大学院におけるアカデミック・ハラスメントの現状と対策

概要
日時:2009年02月27日(金)15:30〜18:00
場所:立命館大学衣笠キャンパス創思館303・304
講師:御輿久美子氏(奈良県立医科大学医学部教員/NPO アカデミック・ハラスメントをなくすネットワーク代表理事)
司会:天田城介(パートナーシップ委員/先端総合学術研究科教員)

開催趣旨
 2006年3月に立命館大学大学院先端総合学術研究科パートナーシップ委員会が発足したのち、パートナーシップ委員会では2006年10月に江原由美子氏による講演を行い、2007年12月には立命館大学のハラスメント防止委員会の事務局長を務める前田秀敏氏へのインタビューを行ってきた。上記の2つの企画を通じて当委員会において最も議論されてきたことの一つは「大学院という空間におけるハラスメント問題」をいかに考えるか、それはいかにして起こり、どのような解決(策)が求められているのかというものであった。そして、大学院なる空間においていかなるハラスメントが現実に起こっているのか、そのような大学院でのハラスメントはどのような力学と機制によって起こっているのか、ハラスメントのない大学院のためにはいかなる制度設計や解決策が求められているのかについて検討を重ねてきている。
 そこで、今回の企画では、NPOアカデミック・ハラスメントをなくすネットワーク代表理事である御輿久美子氏をお迎えして、現実に起こっているハラスメント問題を踏まえつつ、これらの問題についていかに考え、実践したらよいのかについて講演してもらう。
講師紹介
 御輿久美子(おごし・くみこ)。奈良県立医科大学医学部教員。NPOアカデミック・ハラスメントをなくすネットワーク(NAAH)代表理事。1998年3月、所属している講座の教授による研究妨害等の嫌がらせを訴え、アカハラ訴訟を提訴する。2001年10月、アカデミック・をなくすために、NAAH設立。共著に『人クローン技術は許されるか』(緑風出版)『生と死の先端医療いのちが破壊される時代』(解放出版社)など、訳書『職場いびり』(緑風出版)がある。ハラスメントに関する論文として、「アカデミック ・ハラスメントのない大学に向けて――誰
にとっても快適な学習・教育・研究・労働環境つくり」(大学評価学会編『アカデミックハラスメントと大学評価――より開かれた大学をめざして』晃洋書房,2007年)ほか多数あり。

本企画の経緯と趣旨、講師紹介
<天田>
 それでは、2008年パートナーシップ委員会講演企画として、本日は、大学院なる空間におけるハラスメントについてということで、奈良県立医科大学医学部教員でもあり、また、「NPOアカデミック・ハラスメントをなくすネットワーク」(NAAH)代表理事でもあります、御輿久美子先生にお話しをして頂き、我々の中で大学院特有のハラスメント問題について考えていきたいと思っています。少しだけこれまでのパートナーシップ委員会の流れについてご説明させて頂きます。2008年3月に作成した立命館大学先端総合学術科パートナーシップ委員会報告書にまとまっているように――ホームページ等でも参照できます――、2006年3月に立命館大学先端総合学術研究科パートナーシップ委員会が発足しました。その後、パートナーシップ委員会ではガイドライン等を作成して、これまで院生と教員がともにアカデミック・ハラスメントについて考えるという形を取ってきています。こうしたパートナーシップ委員会の設立の経緯と活動並びにキャンパス・ハラスメントの防止ガイドライン等々についても報告書を参照して下さい。
 そんな流れの中で、パートナーシップ委員会は2006年10月、江原由美子先生に講演をして頂きました。そして2007年12月には、立命館大学のハラスメント防止委員会の事務局長を務める前田秀敏さんへのインタビューを行ってきました。その2つの講演企画に関しても報告書にまとめています。この2つの企画を通じて、パートナーシップ委員会で非常に大きな問題になってきた点でもあり、最も議論されてきた1つは、やはり「大学院」という空間に特有のハラスメントの問題があるのではないかということ。そしてそれはどんなふうにして起こって、どんな問題解決が求められているのか、これがパートナーシップ委員会のほうで議論をしてきたところであります。
 そうした経緯の中で、大学院なる空間においてどんなハラスメントが起こっているのか、そしてハラスメントはどんな力学によって生じているのか、あるいはそうしたアカデミック・ハラスメントのない大学院にするためにはどんな制度設計や解決策が求められているのか、等々について考えてきたところであります。今回は、まさにこのアカデミック・ハラスメントの研究ならびに実践の第一人者であります御輿久美子先生に、「NPOアカデミック・ハラスメントをなくすネットワーク」等の活動ならびにそれを踏まえた知見を踏まえてお話しいただき、現実に起こっているハラスメントを踏まえて、大学院特有の問題について議論できればと思っています。私があまり長々と話をするのは皆さんの後々の議論の時間を少なくしてしまいますので、ここまでとします。
 御輿先生は、奈良県立医科大学医学部の教員であり、また、「NPOアカデミック・ハラスメントをなくすネットワーク」代表理事であります。1998年3月、所属している講座の教授による研究妨害等の嫌がらせを訴え、アカハラ訴訟を提訴されます。2001年10月、アカデミック・ハラスメントをなくすために「アカデミック・ハラスメントをなくすネットワーク」を設立され、様々な実践も展開されている先生です。ご著書として、『ヒトクローン技術は許されるか』(共著、緑風出版、2001年)、或いは『生と死の先端医療――命が破壊される時代』(生命操作を考える市民の会編、部落解放人権研究所、1998年)等々があります。また、は最近の論文として、大学評価学会発行、晃洋書房発売の『アカデミック・ハラスメントの大学評価――より開かれた大学を目指して』(2007年)があります。この本に「アカデミック・ハラスメントのない大学に向けて――誰にとっても快適な学習教育研究労働環境つくり」という論文を寄せられています。後日、こちらの先生の執筆部分はコピーしてお渡しすることもできますので、皆さんご参照頂ければと思っています。
 それでは、御輿先生のほうからお話しして頂きたいと思います。よろしくお願いします。

アカデミック・ハラスメントとは
<御輿>
 どうも、初めまして。御輿久美子です。では、始めさせて頂きます。
 今日は大学院におけるアカデミック・ハラスメントの問題ということで、主に大学院に重点的をおいてお話をさせて頂きます。
 まずアカデミック・ハラスメントと言いますのは、私どものNPOでは、研究教育の場における権力を利用した嫌がらせというふうに定義しています。ただしこの権力というのは、何も上から下、立場の上下関係だけではなくて、立場上生じる優位な力のことです。そういう力関係から起こってくるものです。例えば同僚間でしたら、一対多というような形の力関係ですね。学生間のハラスメントもやはりありまして、性差別に基づくハラスメントとか、クラブの先輩後輩の関係で起こってきます。それから指導・非指導の関係。これも単位認定権と学位認定権とに関わって出てきます。それから評価ですね。最近は大学が学生評価を採るようになりまして、この評価を利用しての嫌がらせというのも結構あります。この場合は評価するほうが、学生のほうが優位な力なので、嫌いな教員をはめるというような形の使い方がされていることがあります。しかも評価に関しては、大学側もですね、全部の教員の評価表を一律並べてポイント制にして、ポイントの高い教員に学長賞を与えるとか変なことをやっていますから、余計にハラスメントがおこりやすくなっています。 
 また、雇用形態。大学も、最近は色んな形の非正規雇用の方がおられて、そういう雇用形態の場合にもハラスメントはおこりやすくなっています。大学は、一見、キャンパスも綺麗で、アカデミックな雰囲気ですけど、その中にはパワーハラスメント――これは職場の嫌がらせで、日本で作られた言葉です、workplace bullying(米国でよく用いられている職場での嫌がらせを指す言葉です)、ヨーロッパではmobbing(モビング)と呼ばれています――が存在します。なお、職場でのいじめで、主にworkplace(ワークプレスブリング)と言うときは、1対1の同僚間のイジメみたいなほうに焦点をあてていて、モビングという時は集団イジメ、一対多ということに焦点当てています。それから、フランスではモラルハラスメントという言い方をしています。フランスでは、職場のモラルハラスメントに関して法律を作ってやっていっていました。その効果については、またディスカッションのところでもお話ししたいと思います。なお、WHOは職場での人間関係で、鬱であるといった疾患が起こっている現象に注目して、職場いじめについてサイコロジカル・ハラスメントの名前を与えています。日本語では心理的ハラスメントと訳してます。どれも言葉は違って、内容もほんのちょっとずつ違うんですけども、そういった、性的でない嫌がらせがどこの職場にもあるということですね。で、大学も職場ですから、そこで働く人たちにもパワーハラスメントがあります。
 では、パワーハラスメントではなくて、なぜアカデミック・ハラスメントというのかというと、大学でおこなわれている研究、教育は労働とは違う面があるからです。特に、大学がおこなっている研究、教育活動というのは、仕事ではなく、いじめを受けたとして今までは名前がなかったのです。そこで大学に関してはアカデミック・ハラスメントという言葉が必要になったのです。欧米でもアカデミック・ハラスメントは実際に存在していて、いくつかの国では問題とされてはいるんだけれども、特に言葉がありません。

用語の出現
 まずアカデミック・ハラスメントという語の出現についてですが、文字で出てきたので一番古いものが、1995年に京都大学の職員組合の教官部会ニュースの中に「京都大学におけるアカデミック・ハラスメントを一掃しよう」という記事です。これは、医学部と工学部の男性の助手の方が研究妨害活動を受けていたということに関して、アカデミック・ハラスメントという言葉が使われています。それより1年前、東京大学の女性教官懇話会では、女性教員を対象に性差別や嫌がらせの調査をしています。それについて翌年の「キャンパスの性差別を考える」というシンポジウムで内容が発表されています。この調査とシンポジウムで、女性研究者が受ける性差別とか、嫌がらせの実態が出てきました。これを基に、97年ですか、上野千鶴子さんが『キャンパス性差別事情――ストップ・ザ・アカハラ』という本を三省堂から編集して出しておられます。江原由美子さんもそこに書いておられます。
 ですからその時には、東京大学周辺では女性研究者が受ける差別や嫌がらせというのをアカデミック・ハラスメントと呼んでいて、京都大学周辺では男性も受ける性的でない嫌がらせ全般、今で言うパワー・ハラスメントをアカデミック・ハラスメントと呼んでいました。それからそのちょっと前に、セクシュアル・ハラスメントの問題に取り組んでいた女性グループは、大学で起こるセクシュアル・ハラスメントをキャンパス・ハラスメントと呼んでいました、そういう時代でした。

アカデミック・ハラスメントの社会問題化
 アカデミック・ハラスメントというのは、95年ごろはまだ大学の中で言葉が出てきたというところだったのですが、98年、奈良県立医大でのアカハラ訴訟がニュースになって世間に認知されるようになりました。それからその翌年、琉球大学で、これも医学部ですけれども、この場合は男性の助教授の方がやはり教授とか大学に対して学問研究に対する嫌がらせということで裁判を起こしてます。これがやはりアカデミック・ハラスメント訴訟ということで新聞に報道されています。その後、ちょっととばしまして、2003年までとぶのですが、2003年に、実態調査おこなわれました。これは私ともう1人のNAAH理事とで、科研費をもらっておこないました。私はそれまでは主に実験研究をしていたのですが、裁判をしていてなかなかその実験研究できないということで、アカデミック・ハラスメントの研究の方に変えたのです。
 それで、アカデミック・ハラスメント実態調査研究を行いました。その当時は、アカデミック・ハラスメントの言葉がようやく広まったところで、色んな、個別にひどい状況というのはあるのだけれども、実際に、本当に大学でどういう状況なのかがわからなかったのです。私も、自分の例は、こんなひどいのは他にはないだろうと思っていたら、裁判した後、あっちこっちから相談を受けるようになったんですね。そうすると、いやあ、私よりひどい、という話がいっぱいあって、実際に本当にどうなんだろうということで実態調査をしたのです。ひとつは、大学に、「アカデミック・ハラスメントに関する相談窓口の有無に拘わらず、あなたの大学で性的でない嫌がらせで紛争がありましたか」と聞いたらですね、114大学のうち28大学があったと答えているのですね。その内訳ですけれども、全部で124件あって、学生-教員間が39%、院生-教員間が22%、教員-教員間が21%です。
 それから2001年に広島大学の保健センターの教員の方が、性的でない嫌がらせをアカデミック・ハラスメントと定義して、全院生にアンケート調査した論文が出ています。それによると、院生の4人に1人が被害を受けたという被害の申し出がありました。この論文の内容が、「週間金曜日」に記事として出ました。広島大学もこの結果には驚いたみたいで、4人に1人は多すぎるというので、その後にですね、大学全体として「大学院生の研究関係に関するアンケート調査実行委員会」を各学部から委員を出して作って、調査をやり直しました。そうした結果がやはりアカハラになりうる体験ということで、いくつかの項目があるのですが、男性の42.5%、女性の43.5%でそういう体験があったとの結果が出ました。だから初めは多すぎると思ったけど、やってみたらやっぱり多かったという話ですね。この後、広島大学は「ハラスメント相談室」を設置してハラスメント対策をやり出しました。
 2006年に一橋大学の院生自治会がアカハラの実態調査をした結果を公表しています。実際に調査をしたのは2005年10月から11月で、その概要がニュースになったものです。それによりますと、嫌がらせの経験があるかとの設問に、主に修士課程の院生ですけれども、約35%が「ある」と回答しています。「周囲にあった」という回答を加えますと、全体の半数ですね、半数以上が経験しているというものです。最も多かったのが「誹謗中傷等の言葉の暴力」、それから次に「指導の不十分と指導拒否」、それから「研究成果の盗用」。また、女子学生が性的関係を要求されたとのセクハラ被害の声もありました。一橋大学では、その3年ほど前に、セクハラ事件で、コンパの時に教授が女子学生のほっぺたに舌で「の」の字を書いたというので、ものすごく問題になったのですが、相変わらずセクハラがあったという結果が出ています。
 ここで、大学人によくあるアカデミック・ハラスメントの内容について、NAAHがつくったDVD『なくそう、防ごう、気づこう、アカデミック・ハラスメント』を見てください。これは4つのお話が入っています。私のところのNPO、NAAHでは相談を受けているのですが、ものすごく相談が多くて、今までの新規相談件数は700件を超えていますが、これを作った時でも、3‐400あって、それらの相談の特徴として、同じ立場の人では殆ど同じような訴えになることです。それらの中からよくある相談をまとめたのが、このDVDです。これら4つの話の中で、今から見て頂くのは第2話、女性の社会人院生の場合です。女性の社会人院生の人からの相談をきいていると、次の女性社会人院生の方からの相談が、声がちがうけれど同じ話をされるのですね、声を変えて同じ人が電話をかけてこられたのかな、っていうぐらい同じなんですね。そうやって相談を受けていくと、もう4‐5件同じ話というのがありまして、そういうものを集めて、誰にも当てはまらないけれど全員にあてはまるという話にしたものです。

(DVD再生)

<御輿>:
これは第1話です。
(第1話)《教授:今日は何時間でも、できるまでやってもらうよ。》
     《教授:みんなに迷惑かけたくなかったら、簡潔にね。……》
   教授:君、ダメじゃないか。そういう冗長な説明、やめたまえ。君は準備不足だね。
   学生A:いえ、一所懸命準備しました。
   教授:じゃあ君は能力がないんだ、馬鹿なんだ。君は僕のゼミに来る資格がないよ。そういうことだ。もう君はゼミにこなくていいよ。では、本日はこれで終了。
   学生A:あ、あの、あの、まだ僕の発表終わってないんですけど。
   教授:人に聞いてもらえるまで、一人で練習していたまえ。三日三晩立ち続けで練習した先輩もいるんだよ

(第2話:女性社会人院生の場合)
   院生Bは指定時刻前に到着し、前の院生(教授が"ちゃん"付けで呼ぶ、お気に入りの若い女性)の指導が終わるのを待っている。指定時刻を大幅に過ぎて待たされる。
       ようやく、終了したので、部屋に入る。
   院生B:失礼致します。
   ノックの音:トントン
   指導教授:はい。
   院生B:失礼します、先生、よろしくお願いします。……夕べ遅くまで勉強して持ってきましたので、よろしくお願いします。
   指導教授:今日は、あの、今日はもう疲れた。今日は指導しないよ。またね。
   院生B:いえ、先生、先日もそうおっしゃって、見て頂けなかったんで。今日はよろしくお願いします、先生。
   指導教授:そうだったかなあ。
   院生B:はい。あの、早く仕事を切り上げて来たんです。先生、お願いします。
   指導教授:君の指導はしない。
   院生B:え、なんでですか、先生。
   指導教授:君は性格可愛くないし、若くないし。あまり指導する気にはなれないんだよねー。

第3話をとばして、第4話です。これも女性の受けるアカデミック・ハラスメントです。
女性助手(現在では"助教"の職)が出産休暇をとっている間に机が取り上げられる。
       出産休暇明けの日。
   教授:さてと、えっしょっと(と助手の机は不要で、新任者に使わせる旨の張り紙をする)。みんなこれ、ちょっと片づけてね。あと、新しい人来るから。
   みんな:はーい。
   女性助手:あれ?私の机。私の机不要って?
   教授:あ、君、もうね、後輩に任して、子育てに専念したまえ。
   女性助手:私、研究続けるつもりです。
   教授:え、まだ仕事を続けるつもり?ウチのさ、研究室というのは、子育てと両立するような研究じゃないんだ。君もわかってるだろ。
   女性助手:この、次埜さんてどんな方なんですか?
   教授:いや、だからね、これ、君のあと、あのー、お願いしている助手の机にしようと思ってるんだ。君はもう心配しなくていいから、子育てに専念したまえ。第一、今はもうね、男女共同参画の時代なんだから、女性のあとには女性、きちんと研究室の方で段取りしてるから、安心して子育てに専念したまえ。
   女性助手:私、私、私研究を続けたいんです。子育てと両方やりますから。研究させて下さい。
   教授:だからねえ、何度言ったらわかるんだよ。もうホントに子どもを持つと頭が悪くなるって、ホントそうだよね。もう、第一この仕事はね、子育てをしながら続けられるような研究じゃないってのは君もわかってるだろ。
   女性助手:じゃあ、早く来て遅くまでいます。保育園も延長保育を頼んでやりますから。
   教授:赤ちゃんどうなるんだよ。可哀想じゃないの、困ったお母さんだねえ。
   女性助手:あまりです。子育てと研究を両方するのは、そんなに悪いことですか。
   教授:あのね、いいとか悪いとかの問題じゃないの。みんなに迷惑がかかるわけ。わかる?君が遅く来て早く帰る。研究室がこういう状態になる。みんなに迷惑かかるわけ。君のせいでね、次の新しい人も仕事ができないし、研究室にも迷惑かかるし、子育てをしながら研究するってのは、月給泥棒なんだよ。僕の研究室もみんなも困るしね、ひいては大学みんなが困るんだ。わかるだろ、それぐらいのことは、君だって。

  《ナレーション:こういう退職の勧めは稀なことではなく、『アカデミック・ハラスメントの実態調査報告』によれば、「女性のほうが休暇を取得しにくい」、「不在中に私物や専用の物品が動かされていた」ことが多いのです。これらは、上司が差別や人権に対する認識を持てば、なくすことができるものです。》

  (一転して、なごやかな雰囲気)
   教授:ああ、もう保育所に向かえに行く時間だろ。あとやっとくから、もう帰っていいよ。
   女性助手:じゃあ、失礼します。 
   みんな:お疲れさんでした。さよなら。
   女性助手:さよなら。

 
<御輿>
 はい、ありがとうございます。これで終わりです。このDVDですね、コマーシャルぐらいの短さにしてあって、しかも暗くないので、何回も繰り返し見ることができるようになっています。付属のテキストを見ながら、少人数でディスカッションしていくうちにアカハラがよくわかるようになっています。このDVDを100か120‐30の大学が買われたのですが、多くの大学ではお守りみたいにして置いてあるだけみたいな形で、あまり利用されていないようです。ここの大学が買われたかどうかちょっと知りませんけれども。せっかく買って頂いたら使って頂きたいですね。一番最後の女性助手の話は、実際には労働法では違反なんですけれども、未だにあります。最近はね、出産を機会に露骨に辞めるのを迫ることはあまりないんですけど、出産後子育てしながら働いていたら、こなしきれないような仕事を一人にだけ押しつけて辞めるようにし向けるといった形で、しかも女性が辞めてもその後女性を採れば女性の雇用率は変わらないので、そういった女性と女性を闘わせるような形が多くなってきています。

大学院生が受けるアカハラ
<御輿>
 大学院生が受けるアカハラですが、まず件数について言うと、NAAHに来る相談では学生さんと教職員とで半々くらい。学生さんの中では圧倒的に大学院生が多いです。どういう内容かというと、まず暴言。それから叱責ですね。それから暴力。
 2番目が指導放棄ですね。指導拒否、或いは無視する。これは女性の社会人学生が非常に受けやすいです。先ほどのDVDと同じようなものです。で、理由を相談者の人に訊いたんです。あるいはなぜ指導してくれないのかと指導教員に理由を聞いて下さいといったところ、そしたら、相談者から理由を聞きました、その理由は、「指導する気になれないから」とか、「君は(性格)可愛くないから」とか、「若くないから」と。女性社会人院生が指導してもらえない理由は大体この3つです。相談を受けはじめた頃はね、その指導教員が指導能力がないのかなと思ってたらそうじゃなくて、若い院生には指導しているらしいことがわかってきました。男性教員は、何故か、ある年齢以上の女性にはなんか指導する気になれない、みたいですね。若い人見るとなぜかにこっとなるのだけれど、若くない人を見るとなんとなく指導する気になれないもんらしいですね。
 それから、3つ目です。長時間深夜までの労働の強制、これは理系でCOEを取っているところなどに多いです。院生が労働力なんですね。そういうところではどんどんどんどん研究成果を上げなきゃいけませんので、院生もどんどん使う。「若いから、睡眠時間4時間で十分だ」とか言って、休みはお盆とお正月5日あればいいと、どんどん働かされる。土日なしという形での労働の強制です。
 4つ目が研究成果の収奪ですね。論文のファーストオーサーを教授が取るというようなことも含めての収奪。
 それから学位の取得の妨害とか、学位の最終審査で不当に落としたりする。これは文系等、学際領域で多いです。
 それから過干渉。この大体6つです。

■院生の被害の実例 
 次に、これまでのニュースになった院生の事例から、どういうものがあるのかを見ていきたいと思います。まず、立命館大学。これは暴言ですね。セクシュアルハラスメントともパワーハラスメントとも取れる発言があったということで、詳細は一切明らかにしていないのでわかりません。
 次です。東大の工学研究科の助教授が院生に暴力をふるっていた。「人間が腐っている」とか「暗い人間は存在意義がない」との暴言をはいて、脱いだ靴で頭を殴ったり、正座をさせて腹を蹴ったりの暴力をふるっていたと。また、毎日午前8時に登校して前日の研究報告をするようにと命じて、ちょっと遅れたら罰金としてお金を取ったというものです。これは懲戒免職になりました。
それから三重大の医学部看護学科です。これは女性の教授が女性の院生に、「あなたなんかどうしてこの大学に入ったんだろう」とか、「あなたみたいな人がいると恥ずかしいわ」とか、「あなたそれで単位取れると思ってるの」というような発言をしたというものです。指導放棄もあったようですね。
 それから熊本大学です。これは、大学院の授業で院生5人に、発言とか報告に対してやる気がないとか、授業に来なくてよい、と発言した。先ほどのビデオ第1話と同じですね。で、うち1人は精神的ショックで病院に通って1年間休学に追い込まれたと。教授は「そういう受け止め方があったとしたら非常に残念」と答えて、学生らには謝罪してない。大体「やる気がない」とか「授業に来なくてよい」とかそれから叱責とかいうのは、する側は、教育的なやる気を出させるためと思ってるんですね。そう思って言葉の暴力をおこなっているのです。
 それから岡山大学です。2人の教授の例があって、1人は自然科学の教授で、特定の学生を厳しく糾弾した。文学部の教授は学生の実験データを許可無く使おうと思ったという例です。
 次は鹿児島大学です。鹿児島大学の、この教授は助教授にも院生にも暴力をふるっていました。院生に対しては、後輩に仕事を手伝ってもらったということで、その院生に腹を立てて、顔を肘で殴る等の暴力行為を数回行った。院生は恐怖から大学へ行けなくなって退学した、ということです。大学って、大学教授って暴力などふるわないように思われてますが、ふるうんですね。
 それから東大です。これもまた、50代の教授が院生らに対して長時間にわたる叱責とか、無視をして指導しないとかいう行為をし、部下の教員に対しては暴力をふるっていたというものです。
 それから香川大はですね、指導放棄なんです。中国人の留学生の人が博士課程に入ってきて、ひとっつも、何の授業もないということで、アカデミック・ハラスメントだということで、県の弁護士会に人権救済の申し立てをしたんですね。そうすると、大学は「ええっ」ていうことで、調べてみたら、所属の教育学研究科ですけれども、そこでは全員が授業をせずに単位を与えてたんです。「あ、今日はいいお天気だな、みんなで讃岐うどん食べに行こう、でこれをゼミに代えよう」とかいう形でやってたと。学生も行かなくて単位もらえるからということで全員がそういうことをやってきた、それがバレたっていう話です。教育学研究科ですよ。
 その次です。これは京都大学の文学研究科の地理学のホームページにあって、PDFファイルじゃなくて画像ファイルなので、ちょっと見にくいです。検索にかからないように画像ファイルという形でしか出せなかったようですね。この件は、類推ですけども、院生の人が指導教員をアカハラで申し立てた。そうすると、研究科の調査委員会では、アカハラという言葉は使いたくなかったのでしょう、アカハラ認定はしなかったけれど、指導において不適切な状況があったんだということを認定したということです。当該の教室は、不適切な状況があったことを重く受け止めて、こういう形で公表した。公表の仕方も、大々的に公表すると、アカハラと認定していないのに何事かという声が起こるので、ご自分の研究室のホームページで、検索ファイルにかからない形の画像ファイルで出さざるを得なかった、と思われます。ただ、今まで見た中で一番丁寧にきちっと書いている公表の仕方です。色々なところに遠慮しつつもここまでできるという例です。
 それから大阪市大です。大阪市大では、これも社会人院生の方なんですけれども、元々初め入った時にはよく仕事もできるし、便利だから半分秘書みたいにして教授は使っていたようですが、しばらくするとうるさくなったみたいですね。それでティーチングアシスタントを勝手にはずしたりとか、論文も別の人の名前入れろと言ったり、しかも「なんでですか」と意義を唱えたら指導しない、という形になった。そこで、人間関係が非常に悪くなったので、指導教員を他の人にを代えることにした。そうすると、その教授はその新しい指導教員に、「あんな奴、引き取って大変ですよ」という、引き受けさせないような中傷メールを送ったということなんですね。これはどういう意味かというと、要するに院生に「すみませんでした」と頭を下げて自分のとこに戻って来いと。そうしたら「指導してやらんわ」という返事をして仕返しをしてやろうと思ったのではないでしょうか。結局のところ、アカハラでようやく認定されて、それまでも認定されたのがあるんですけど、大阪市大ではアカハラではじめて処分を出したという事例です。
 それから、去年の7月から8月のことですが、山梨医大の医学部の記事があります。留学生の人が研究成果を奪われたということで、損害賠償の訴えを起こしていたのですが、それが地裁で棄却されたというニュースです。それから次の記事は、つい最近のニュースです。これは資格取得のための修士課程の単位認定に関係したものです。その修士課程に、どうやら夫婦で通われていたみたいです。夫が「仕事があるので」とはじめにいったとき、教授は「いや、そしたら自分の演習は出なくていいよ、出なくても単位あげますから」ということでずっときてた。不指導でも単位だけはあげるという約束をしていたのです。しかし、最終的に論文を持って行った段階で、「出席していないから単位を与えることが出来ない」と。だから論文も提出できないという。論文提出も資格のための単位取得もないしということで、退学に追い込まれたということで、訴えたということなんですね。その訴えが一部は認められて、教授の対応は要望や信頼に応える授業提供する義務に違反する、ということで、静岡地裁で判決があったというニュースです。
 それからこれは先週の日曜日の新聞に載っていたものですが、京都大学の工学研究科の大学院生が自殺しました。それが教授のアカハラによるものであるということで、ご両親が申し立てをし、調査委員会が設置されたというニュースです。
 他のアカハラに関しては事例集としてパワーポイントの資料をお配りしてますので、見て下さい。ごく一部だけですが、それでもこれだけありますね。

院生のアカハラ被害認定の状況
 こういうふうにして見てきますと、先ほどの院生のアカハラ被害認定状況ですけれども、暴言とか叱責とか暴力に関しては認定されるようになりました。ニュースも殆どこの暴言、叱責、暴力でしたね。2番目、指導放棄とか、指導拒否とか無視、これもアカハラと認識されるようになりました。ただし事実認定は困難です。何を持って指導放棄とするのか。ものすごい極端な場合しかこうやってニュースにならないというものです。
 3つ目です。長時間、深夜までの労働の強要というもの。これは、暴言とか脅かし――何時までずっと働かないと卒業させないぞ、とか、修士与えないぞ――そういう強要の事実がなければ認定されないです。被害者の人は殆どの場合アカハラを申し立てる前に過労で鬱状態になってしまって、アカハラを申し立てる元気もなくなってしまいます。それで引きこもってしまったり、休学したりすることになり、表に出にくいです。
 それから研究成果の収奪。これは被害の申告が非常に困難です。実際に同じ分野なので、そして共同研究しているので、それに異議を申し立てるとこれから先同じ研究分野での研究というのができなくなります。だから自分でその研究分野から去るしかないという状況になるので、被害というのは殆どの場合申し立てができないです。ですから、今まで殆ど99.9%泣き寝入り、という状態です。
 それから、学位取得妨害とか学位が認定されないという問題は、これがアカハラだと認定されることは非常に稀です。訴訟を起こしても審査する教授側の評価でもって判断されるので、「学生さん、あなたに能力なかったんです」ということで、結局のところ被害認定されないので、無理です。
 次に、過干渉ですね。付き合ってる彼女の性格までどうこう言うとかですね、「そんな人と付き合ったらいかん」とか、「お前のこれから先の研究生活も、そんな人と付き合ってたらなくなる」とかそういう話です。「結婚は早い」とかですね、そういったことも含めて色々たくさん過干渉というのはあるのですが、これは逃げるしかないという状況です。

加害行為
 今までご説明しました中で、加害行為というのを、1、意図的に行われる行為、2、消極的に加担する行為、3、意図しなかった行為、と分けますと、どうも院生の指導に関しては3の意図しなかった行為が多いと思われますね。私ども加害行為をこのように三種類に分けていて、だから加害行為者は、それぞれの加害行為に従って、1、意図的に嫌がらせを行う場合が「積極的加害行為者」、この1番は職場で多いと思いますね。それから2番目、嫌がらせを見て見ぬふりしたり、加害者の指示に従って嫌がらせに加担してしまう周囲の人たち、これが「消極的加害者」。例えば理系でよくありますけども、いないうちとか、夜のうちに被害者の実験器具をぜーんぶ放り出してしまう。これ、非常によくあるんですけどね。そんなの一人で動かせないです。はいはい、と一緒に手伝う人がいるわけですね。そういう消極的加害者ですね。それから3つ目が、意図せずに、或いは悪意なく行った言動が相手の気持ちを著しく傷つけてしまった「無自覚的加害行為者」です。暴言とか叱責をする人というのはこの3のタイプですね。
 そして、この2と3、消極的加害者と無自覚的加害行為者というのは、きちんと組織として適切な防止対策、啓発研修をすると、有効に減少させることができます。1番目の積極的加害行為者も、2番目の協力者がいないと殆ど加害行為をできないんですね。必ず1番目の積極的加害行為者の回りには、その力に追随して一緒に嫌がらせを行う消極的加害者がいるので、消極的加害者を発生させないようにすると加害行為ができないので、積極的加害行為者は減るんです。ですから、2と3に的をしぼった研修、啓発をするとアカハラはすぐにかなり減ります。

ハラスメントをなくすためには
 そこで、ハラスメントを無くすために大学はどうすればよいかという点ですけれども、まずガイドラインを作って頂く。ガイドラインがないと事態があってもどうしていいかわからないので、ガイドラインは必要です。そのガイドラインの中で、2番目ですけども、セクハラ・アカハラ・パワハラの定義をきちっと行って下さい。今NAAHの理事達で、また科研費でそのあたりの定義やガイドラインに関して検討中です。
 それから相談員の役割の明確化と研修を義務化してほしい。これをきちっとやっているところは殆どないですね。それから防止委員、調査委員の質の確保です。これも研修が必要です。これもできてないところが多いです。それから情報の公開。情報の公開とは何のためにあるのかということをわかってないところが多いです。同じようなことを起こさないための教訓として、「こういうことがあったのでこういう対策を取りました」ということをやらなきゃいけないのに、「何かわかりませんけど、誰かわかりませんけど、処分しましたわ」というのを情報公開だと思っているところが多いです。
 次です。現在、ガイドラインがあるかどうかというのを調べました。これが2007年8月にした調査ですけども、全国761大学の公式ホームページでハラスメントに関するガイドラインが公開されているかどうか見ました。公開されていなくてもあるところもあると思うんですけれども、公開されてないことには外部からアクセスできませんので、やっぱりホームページ上に載せて欲しいんですね。そうすると、ホームページ上に公開されている大学はたった245大学でした。これは地区別です。地区によって公開度がすごく違います。その公開されているガイドラインの定義から、私達はタイプを5つに分けました。@型というのは、セクシュアル・ハラスメントの定義しかないセクシュアル・ハラスメントのガイドラインしかない大学。Aが、セクシュアル・ハラスメントとアカデミック・ハラスメントの2種類の定義がある大学。B型が、セクハラ、アカハラ、パワハラ3つ以上ある大学、C型がハラスメント、あるいはキャンパス・ハラスメントとして一つに括っているところ、Dつ目が、定義がない、個々の事例だけが紹介されている大学ということで分けました。そうすると、大学数で、200いくつかのうち、146大学がセクハラだけです。アカハラを含めてというのがまだ非常に少ないですね。

ハラスメントの定義について
 定義はどの形がいいのか検討した結果、やはりB型、セクシュアル・ハラスメント、アカデミック・ハラスメント、パワー・ハラスメント3種類があるのがいいと思います。一番初めにお示ししましたように、実際にセクシュアル・ハラスメントがあり、それからパワー・ハラスメントがあり、そして学生、研究教育活動で学生も入っているのでアカデミック・ハラスメント。職員でも研究とか教育に関わっているとアカデミック・ハラスメントになるんですけど、本当に職場での事務的なパワー・ハラスメントにあたる場合もあるので、やはりこの3つがあるのがいいだろうと。あとアルコール・ハラスメントとかドクター・ハラスメント、これは一種のパワー・ハラスメントなので、これは大学の事情によって入れてもいいし、入れなくてもいいしということですね。少なくともこの3つ、セクハラ・アカハラ・パワハラの3種類が現実にいいだろうということです。 ものすごく難しいところ、境界領域があるんですけど、この3つを定義しておいて、セクハラにもパワハラにも当たらないのはアカハラの範囲に入れておいたらば、殆ど網羅できると思うんです。
 アカハラの定義なんですけど、力関係というのは地位の上下関係だけではない、横からも下からもありうるということをきちっと入れるべきです。それから2点目は、受け手がイヤだと感じる行為とか、意図しない行為も含めてほしい。先ほどの加害行為の分類でもありますように、意図した、悪意のある行為だけにすると、殆どのアカハラがアカハラでなくなってしまいます。それから3つ目、説明責任を明記して下さい。この説明責任の明記というのについて、大学の人たちは非常に身勝手です。単位の認定にしたって、自分に認定権があるのだから、自分がオッケーだったらオッケー、ダメだったらダメだというんですね。ある大学で、博士号で最終審査まで審査委員会で通ってたんですね。それを研究科の投票で落とされたんです。「何でですか」ってきいたら、「自分達は議論しました」、そしてそれに足るだけの内容じゃなかったから落としましたと研究科長が言いました。それで、「どこがどう悪かったんですか」って聞いたら、「イヤイヤ、ダメだったらダメだ」って、説明しないんです。「検討した」しか言わないんです。それではダメで、どういう理由でどういう議論をして落としたのかをきちっと言わなきゃいけない。しかも、説明責任っていうのは「こういう場合にはこういうことになります」、「不利益なことが起こります」ということを前もってきちっと説明していなきゃいけないんですけど、今は包括的に全部、全権限が、単位だったら単位与える人に委ねられている、あるいは教授会や研究科委員会で投票で決まったからというところが問題ですね。
 それから学内だけでなく、学会での関係もあります。私のところに相談に来られた方、大学院とか、若手の研究者の人がアカハラの申し立てをされないのは何故かというと、申し立てをしたら学会でもやっていけなくなるからです。大物の指導者、大物であればあるほど、学会の理事をしているとかなので、もうそこで生きていけなくなるので、黙ってるしかないですという状態です。
 ある大学の定義をお示しします。アカハラの定義で、説明責任をきちっと明記しているのは、この大学1大学だけでした。それでお示ししているのですが、教育研究上何らかの不利益を与える場合には事前に、事前にですね、適切な説明と本人の納得を要してそれらを果たしていない場合には、アカデミック・ハラスメントと見なされます。こういう定義を他の大学でもするべきです。事前説明が必要な訳は、1例を挙げますと、修士課程で修士のための研究をしますよね。修士に入ってから研究テーマを決める際に、突如試験をしてですね、これに通らなければ研究をやらせてあげない。そういうことを言う。わざわざ留年をさせるためなんです。で、「突如決めたのは、いかんのじゃないですか」と苦情を言うと、「何でですか?」という感じですね。何しろ自分が決めたらそれがその日からルールになる、というような発想の人が未だに多いですね。残念ながら。ですから、説明責任というのはきちっと認識してもらわなければいけない。
 そうしますと、私どもが考えた一番望ましいアカハラの対応体制というのは、ここに図示(図1)されているような形になると思うんですね。これは何かと言いますと、相談窓口というのをきちっと独立して、責任ある機関として下さいということなのです。こちらの立命館大学の全学のハラスメントの規程を見ましても、防止委員会の下に相談窓口を設置してるんですね。加えて、中に調査委員会を設置しているので、防止委員会が相談も調査も全部統括する形になっています。それは具合が悪いということです。どうしてかというと、こういう形式の場合には、受けた相談は、そのまんま防止委員会にパッと上げられるのですね。その防止委員会内で相談案件を検討して、「ああ、これはアカハラじゃない」ってはねるとか、そういうことをやっている。だから相談窓口の人は何かと言うと、話聞くだけ。要するに聞いて防止委員会へ渡すだけの役目。これは何の役割にもならないんですね。相談窓口はって言うと、相談に来るというのは、その人は非常に苦しい問題があって、何とかしてほしい、どうしたらいいかわからないから相談に来るんです。そこには必ず問題があるんです。それがアカハラと認定されようがされまいが、何らかの問題があるんですね。それをいちいち認定して、アカハラでないのはそのまんま棄却してたら、なんにもならない。問題を放置しているということになって、余計にひどいアカハラになるんですね。
ハラスメント防止・対策組織づくりで注意すべきこと
 ちょっと詳しくいきますね。ハラスメント防止体制の組織作りや注意すべきこと。まず先ほど言いましたように、相談窓口は独立した組織とすること。で2番目ですね。相談窓口は、防止委員会とは対等のパートナーと位置付けることですね。何故か防止委員会になる人は教員の中の、割合に教授層が多くて、相談窓口っていうのがもう少し若い教員か、学生課の職員かが多いっていう大学が多くて、そうすると対等と思っていないんですね。「要するに受付窓口だ」って。相談窓口は受付だけではいけません。それから相談員っていうのは、他の委員、職の兼任はしない。これは何かと言うと、調査委員会の委員との兼任とかはダメです、ということなんです。ですから、防止委員会の活動の中に相談員を置き、それから調査委員会も置いたら、両方が混じってしまいます。だからこれは混じらないように。それから防止委員会中に調査委員会を置くことは、これは望ましいです。組織から直、調査委員会を置くと、往々にして、組織の意向が働いているよう思われがちになる。そのように思われても仕方ないような結論を出す、ということがあるので、これは、防止委員会の中に置くほうが望ましいです。それから学長・研究科長は、相談窓口及び防止委員会から出された措置要求、色んな対応、を実行して下さい。判断して、しない・するを決めるでなくって、それは実行して下さい、ということです。そのための規程の整備というのをして下さい。相談窓口や防止委員会から出された意見は参考意見じゃなくって、出されたのをきちっとやって下さい。だから相談窓口と防止委員会がそれだけのきちっとした権限を持って下さい、持たして下さい、ということです。
 DVD第2作目で、2年ほど前に出した「アカデミック・ハラスメントをなくすために」の第1巻「相談の受け方」と第2巻「調査委員の心得」をご覧になっていただくとわかるのですが、相談窓口というのは非常に重要だということなんです。NAAHのところに来た相談の場合、必ずといっていいほど「大学に相談されましたか」と聞きます。すると、たいていの場合、相談されているんですね。たいてい相談されていて、「あっちこっちたらい回しされてる」とか、「相談したけど放置された」とか、それからある場合には「相談にいきませんでした、何故ならば相談員が加害者に非常に近い人だから」、「人権問題委員も加害者に非常に近い人だから」とかいうことでした。要するにNAAHのところに相談した人で、大学の相談窓口を信頼されていた例は皆無なんですね。全然信頼してない。信頼してない相談窓口には誰も相談行きません。そうすると、「うちは相談がないから全然アカハラがない」と言っているような大学もあります。そうじゃないですよって。それは、信頼されてないからですよ。でも大学としては、窓口はあるけど全然相談がないほうがいいように思っている、そのように誤解しているところも現実にあるのは確かです。
 ところがね、相談というのはね、先ほども言いましたように、来る人はみんな自分なりに問題を抱えているんです。だから相談に来るんですね。そこにはアカハラとまではいえなくても、やはり現状を変えたほうがいいような、例えばレポートの提出期限の問題、提出の仕方の問題、そういうきちっと大学のほうで改良したほうがいいようなことも含まれているんですね。ですからその段階できちっと話を聞いて、ああこれはこのように今後改善したほうがいいというような問題点、修正すべきことが、相談活動で出てくるんです。話をきくだけ、アカハラの判断は上部委員会がするということでは問題を全部放置することになってしまうんですね。改革の機会をみすみす放棄しているようなものです。
 そう考えると、相談はどんどん来るほうがいいんです。今、全然相談がないとか、非常に少ないのは、それはもう信頼されていないというふうに認識して下さい。問題はいっぱいありますよ。何故かと言いますと、NAAHのところに来る相談、もうすごいですよ。新規・継続とか匿名の方があるので正確な件数はわからないんだけど、総相談件数が、年間700件。新規相談でも1ヶ月に20件ほど入ります。すごい数なので、そこから見たら、大学で全然ありませんなんていうの、それは……ないですね。まあ、私の方での実感です。
 そうすると、相談窓口が相談者から信頼されるにはどうしたらいいかっていうと、まず、相談員もそこに携わる事務の担当者も、ハラスメントに対してよく知っていることが必要です。全然知らない人がやはり対応したらね、その言葉の中に「あー、この人わかってない」って相談者は感じますから。
 本当に不適切な発言というのはあるんですね。そういう発言をうかつに相談員がしてしまったら、セカンド・ハラスメントを受けたと思ってしまいます、実際、相談窓口の事務担当者からセカンド・ハラスメントを受けたっていう訴えもあるんですね。ですから、そういうことがおこらないようにきちっとした知識をもって下さい。何もただ相談員になるとか事務担当になることによってハラスメントへの認識が出来るわけじゃないので、積極的にきちっとした研修を受けて下さい。NAAHでは、大学相談員インターン・シップで大学から相談員の人をあずかって研修することもやってます。また、研修してから相談活動をしないといけないのは、相談活動の中で失敗しながら能力を身につけるっていうこともあるけど、相手は人なのですね。失敗が許されないんですね。だから先にきちっと研修して下さい。そういうふうにしてるところというのは、まあ、ほんのわずかのわずか、殆どないって言ってもいいぐらいです。
 その次ですね。相談者の資料とか記録の保管・廃棄方法をきちっと決めて下さい。相談者の資料を見ることができるのは誰かとか、記録はどのように録って、そしてコピーは誰がどういう場合にとっていいのかとか、保管はどこかとかですね、きちっと決めておかないと、こないだの早稲田大学のようにハラスメント相談資料が全部流出したとかいう事件が起こります。相談の記録というのはものすごい情報の宝庫なんですね。しかもいい情報じゃないので、人に知られたくないような秘密情報なので、見たいと思う人が出てきますので、ものすごくきちっとしておかないといけません。
 そのためには、相談窓口が組織の中にきちんと位置付けられていることが必要です。例えば、位置づけられなくて相談者の記録が防止委員会に全部上げられるとしたら、情報の流出がおこります。相談者の言ったままを書き取った記録を、防止委員会何人かの中でその記録を手にして、ゆっくり読もうと自分の部屋に持って行って、置いたとします。そしたらもうそれで記録は全部流出します。きちっと位置付けないからこそ、流出みたいなことがあるのです。早稲田の例はまた別でしょうけど、こういうことも起こりえます。「相談者の記録はマル秘です。」とどの大学でも言っています。でも、実態はどうかというと、「相談者本人には教えません。マル秘です。」でも他の人は知っている、という状態ですね。相談者はマル秘だから誰も知らないだろう、それがマル秘なんだ、と思っていますが、そんなことありません、っていうことです。
 それから、相談しやすい体制がとられていることが大事です。まず、相談の受付をきちっと置いて下さい。ある大学では、相談の受付は事務の中、大きな事務室の中の奥のほうにあって、事務室の中を通って行ったら、相談者とわかってしまう。そういうのはやめて下さい。だから相談室を設けて、そして、その中に事務室を一室設けて、そこで相談受付をして下さい。そして相談する場所も、近くの喫茶店とか研究室はダメですね。話の内容が漏れたりします。また、相談室に行ってるということが人目に触れると、どうやら相談してたということがわかってしまいます。だから入りやすく、しかも目立たないようなところに相談室を置いて下さい。その相談室で決まった時間に相談をおこなって下さい。電話相談なんかで夜中の電話相談、こういうのはやめましょうということですね。相談員も仕事できちっとやるんだから、24時間応答というのは無理ですから。きちっとしたところできちっとした仕事としてやりましょうということです。
 それから次は調査委員の選出にあたってです。通常、調査委員会というのはその事案ごとに設置されます。そうしますとまず、申立者から事前に調査委員になってほしくない人の名前を聞いておいて、その理由が合理的であれば、外す。例えば「あの人は加害者といつも飲み歩いている飲み友達です」というような理由。そういう人は調査委員にするのをやめましょう。或いは加害者に非常に近い、義理の兄弟のような場合、これもやめましょう。そういう合理的理由があれば外して下さい。調査委員にふさわしくない人は申立者が一番よく知っています。知らずにそういう人を委員に選定してしまったら、申立者から調査委員会自体が信頼されないことになります。組織が信頼されていないと調査結果も受け入れられない、ということになります。
 なお、相談員は調査委員を兼任してはいけません。何故かと言いますと、相談員というのは、申立者の側にたって支援を継続していきますから、中立的な立場ではありません。同様に学生相談室のカウンセラーとか、医師も調査委員になるべきではありません。相談者の話を聞いて、カウンセリングとか診察をしてその所見を述べる立場にあるわけですから、調査委員になるのは好ましくないですね。相談員も、ある大学でカウンセラーが相談員になっていて、ある人の相談を受けて申立書を書いて、調査委員会が設置されると調査委員になって、その事案の主任調査委員になったという例があって、ものすごく紛糾しました。紛糾して当たり前ですっていう話です。これについては大学に対して、NAAHは抗議しました。これはないでしょうと指摘したら、「いやー。でも、そのほうがよくわかって、2回話を聞かなくていいんじゃないんですか」とか、そんなこと言ってましたけど。そんな調査委員会では、申立者の人がその調査委員会に対して信頼感を置けなくなりましたね。大学に対しても信頼を置けなくなってしまいました。それから、大学の顧問弁護士も調査委員会に入ってはいけません。顧問弁護士というのは大学の利害を守る立場なので、その大学の利害を守ることを最優先に、調査結果に対して何らかの誘導があったっていうふうな疑念を招く恐れがあります。こういう構成でしたら、やはり申立者は調査委員会に信頼を置けないですね。その次に調査委員として不適格な人は、叱責は指導上必要である、そういう立場を取っている等、アカハラに対して認識の低い人ですね。こういう人は防止委員にも不適格です。そういう人をどうやって見分けようかっというのは難しいですが、少なくとも自分はその加害者の言うことややったことを、初めからもうアカハラではないと、自分も同じように叱責するタイプだからと思っている人は自分から申し出て、調査委員を降りるということですね。それがいいでしょうね。それから過去にアカハラを起こした人、アカハラと思われるようなことを起こした人というのも、調査委員に入ってはいけないですね。そして、調査委員には学外委員も入れるようにして下さい。男女比も偏らないように配慮して下さい。ある大学では、学生、院生さんも委員に入れるというようなことを、考えておられるところもあります。実際にやってみてどうだったのかは聞いてないからわかりませんけれども。 

研修の重要性
 それから次ですね、何故研修が必要かという点についてです。研修というのは何かと言うと、ハラスメントに対する理解を深めるためなんですね。ハラスメントというのがどんなものなのかを理解していないと、相談活動もできないし、防止委員にもなれないし、調査委員でも不適格だし、それから、研究科長とかもそうですね。だから研修が必要なのです。ハラスメントへの理解とは、まず、ハラスメントが発生した時に被害者がどんな気持ちになり、周りの人がどのような動きをするかということですけど、学生の指導でハラスメントがあったと仮定した例を考えて見ましょう。ハラスメントをおこなったのが指導教員だとしますね。で、ある一人の学生に対してですね、叱責をしたっていうことにしますね。そうすると、周りの学生はどうするかというと、「師に従え」とかですね、「先生が正しい」、「先生に謝れ、君が悪いんだ」というのがまず出て来ます。そうすると、この学生さん、周りからも非難され、辛くなり、大学に出て来れなくなる。でも、これはおかしいと思って、ハラスメントの申し立てをします。そうすると今度はどうなるかと言いますと、まず被害者はですね、「自分はこういうハラスメント受けたんだ」ということを言います。そうすると、周りの学生さんはどうなるかと言いますと、加害者のほうへ寄っていくのです。被害を申し立てると、なんかやっぱりイヤな行為でしょう。みんなやっぱりすっと引いてしまうんですよ。その、イヤだからですね、やはり逃げようとする。そうするとどこに行くのかと言うと、磁石に吸い寄せられるように加害者のほうに寄るんです。その時に理由がつくんです。自分達の指導に影響が出たら大変だと思う人。それから「え、信じられない」と言って加害者のほうに寄る人。あと、尊敬する人を守りたい、たとえ殺人をしても私はあの人を守る、とかいうような形ですね。それから双方の言い分を聞かなければ、ということで加害者側に行く。被害者側の言い分はって言うと、もう聞いたから、言ってるから、加害者のほうに行く。そういうのが現実です。まあ何にしろこのような理由がついて、加害者側にすーっと寄っていくんですね。でも、加害者のほうに寄るのもなあって思っている人はどうするかって言うと、調査委員会が設置されたら、調査委員会に寄ります。なぜかと言うと、自分は判断しなくて済むから。調査委員会の調査結果で判断する。でも、身近に被害者と加害者がいて被害事実を知っていたら、調査委員会の判断を待たなくても自分で判断できはずですね。でも被害者側には行きたくないから、調査委員会の判断を待つという理由で調査委員会に寄りかかる。つまり、傍観者となります。そうすると見て下さい、全体の比重から見たら圧倒的に加害者のほうにみんな寄ってます。これが普通の構造です。公正中立なっていうのは何ですか。真ん中で判断しますか。秤でどっちが重いかで判断しますか。そしたら、初めから秤は加害者側に寄ってるんですよ。で、これがアカハラの状況です。これで、例えば調査委員会が公正な判断をするつもりで、周りの学生に話を聞くとします。話を聞いたらば、「あの先生はいい先生だ」とか弁護する人が多いですね。そうすると判断はどうなりますか。初めから加害者に有利に傾いてるんです。だから、ひとっつもね、公正じゃないんです。被害者に不利なように初めから出来ている。この状況であるということを理解した上で、調査委員会も調査しなければいけない。これは裁判でも一緒です。
 学内で問題解決しなかった、で裁判を起こした、というような状況をちょっと考えて下さい。そうすると、裁判を起こすまではどういう状況があったかと言いますと、非難がある。学生さんの場合なら指導放棄がある。教職員だったら「辞めろ」と日常的に言われている。悪口がある、無用な仕事がある、研究妨害がある、叱責がある、無視される、恣意的な悪評価がある、休暇が取りにくい、「上の者に従え」って言われる、「生意気だ」と言われる、周りから白い目で見られる、孤立している。ひとっつもいいことがなく、何も問題が解決しないからというので、訴えを起こしますね。そうするとどうなるかって言いますと、裁判をしたら、費用もかかる、期間もかかる、で、結果に対する不安もある、疲労もある。周りからは、「わああ、なんて非常識な人だ」との非難がある。反訴がある。そんなもん辞めてからするべきだという意見がある。無視がある、悪口がある、うしろ指を差される、周りに対する不信感がある、孤独感がある、絶望感がある、ストレスはある。ここにいいことは何かありますか。何一つないんですね。裁判することによって、何一つ事態は好転しないんですね。より悪くなっていますよね。
 一方、加害者はって言いますと、周りから、「まあ大変ですね、何か協力しましょうか」との支援がある。地位はというと、安泰です。いっとき加害行為にあたることを周りに対してやめますから、いい人ぶりますから、「まあ、何ていい人だろう」という高評価があります。この中に悪いことは何かありますか。加害者が訴えられても、悪いことというのは殆どないんですね。だからこそ名誉毀損の反訴というのを起こせる。裁判はこんなもんです。裁判をして、被害が認定されて、被害者がよりよい状況になるということはないですね。加害者のほうは安泰なままです。ある加害者も、定年退官をしましたけど、名誉教授になりました。

被害の救済
  次は、被害救済についてです。大学の中で被害救済というのは何かと言うと、被害救済という言葉が悪いんですけど、被害救済っていうのは被害が認定されなければ救済措置をとれないと思われてます。だから被害を確定するのが先だというので、調査委員会で被害の認定をするから、それがすむまでずーっと被害者を待たせます。学生さんの場合は、その間、少なくとも半年、或いは1年、1年半放置される期間、休学をせざるを得ません。でも、その間の失われた時間は戻って来ないです。アカハラと認定されたその後、今まで指導拒否があったので、じゃあこれから誰か指導教員を変えて指導してあげましょうということになっても、待たされていた間はどうなるんですか。放置されていたのですよ。例えば、学位を3年間で取れるはずが、1年半、休学していたら延びるじゃないですか。その失われた時間を考えて下さいっていうことです。ですから、起こりうる被害を防止するという観点を持ってください。また、もし、学生さんの場合にそういうアカハラの申し立てがあったが、アカハラじゃないとの調査結果がでたら、もう一度その指導教員のところに戻るんですか。そんなの不可能ですよね。じゃあ、アカハラの認定作業とは別に、すぐに指導教員を変える、それしかないですね。それをやって下さいということです。そして、時間的な、失われる時間が失われずに、別のところで研究活動ができるようになったら、ご本人の精神的負担と被害は、はるかに、最小限に止められます。そうすべきです。だから、予想できる被害を未然に防ぐことを被害救済に入れて下さい。だから私どもは、「被害救済」じゃなくて「緊急保護措置」と言っています。被害救済って言えば、被害にこだわりすぎて何もしないだろうから、すぐにやって下さいっていう意味です。こういう措置をとっていたらよかったのに、やってないから、学位を取ったけれども、失われたその1年半とか2年の時間の精神的苦痛は救済されないので、後でやっぱり大学訴えたい、その教授を訴えたいという人が出てきます。学生さんの場合には、その年度内に解決したら、殆どその精神的負担というか心の傷は残らないです。それが年度を越してしまうと、失われた時間というのはやっぱり出てきますから、それこそ救済されない被害として残ります。だから早ければ早いほどいい。だから事前、救済じゃなくて、被害の未然防止なんですね。
 それからもう1つ。加害者に対する処分が被害者救済だと思っているところが多い。加害者に対する処分をしました。で問題は終わりました、と思ってるんですね。セクシャル・ハラスメントでは、もう過去に起こってしまった問題だからそれ以上どうしようもない、かもしれないでしょうけど、アカハラの場合には、ずーっとこれから先も被害というのは発生するのに、加害者の認定をして、加害者を処分して、それで終わりです。いくつかの大学で加害者の処分は被害者救済ではないと指摘すると、「えっ?」って意外な顔をされます。「何か問題あるんですか」。……あるじゃないですか。指導はどうするんですかとか言うと、「えっ、そこまでしなければいけないのですか」っていうところが多いですね。加害者に対する処分は被害者に対する救済じゃないです。被害者の気分が晴れるっていうのは、まあそれはありますけどね。ただし、そうするとね、加害者に対する処分をすることによって被害者の精神的な回復が図れると思うんだったら、被害者はどんな小さな加害行為に対しても、加害者に対して懲戒免職を要求します。今の処分だったら加害者に対して甘い。みんなそう言います。そんなことできないですよね。加害者に対する処分イコール被害者救済と思うのは間違いですね。被害救済とは、あくまでも被害者の不利益状態からの脱出ですね。改善措置です。だから加害者に処分とか、お金を払ったら済むだろう、というのは間違いですね。いくらお金を払っても失われた時間と傷は戻って来ないということです。
 それから大学からの謝罪というのは、被害者の精神的苦痛の軽減に有効です。加害者の処分より有効です。加害者が謝ることは殆どありません。むしろ反訴を起こすぐらいです。そういう場合に、大学を代表する人が被害者に謝罪する。これは非常に有効です。被害者の気持ちが、被害感情が軽減される。それから大学に対する信頼が回復します。ある大学で研究科長がアカハラ被害に対して――そこの大学は認定まで2年近く放ってあったんですけどね、その後――ようやく認定したので――まあその加害者に対しては厳重注意くらいしかなかったんですが、認定したので――、その後学位をどうしましょうかという話の時に、はじめはうまくいかなかったんですけど、ある時に、研究科長がこれまのでことに関して謝罪されたんです。これは非常に有効でした。その後、その研究科長に対しては信頼できるというふうな気持ちになられた。それですうーっと進んだっていうことがありますね。ですから、悪かったら謝って下さいということです。大学として、謝って下さい。この場合に、「謝ったらお金を払わないといけないから、謝らないでおこうかなあ」なんてさもしいことは考えないで下さい。殆どの場合、謝ったらお金は要求されないです。謝らないから、しょうがないからお金を要求するということなんです。
 それから大事なのは、加害の再発防止なんですね。加害者の処分をもって問題解決というのは誤りです。何故かと言いますと、全員懲戒免職になるわけじゃないです。免職になっても、よそでちゃっかり就職してる人もいるくらいですけども。それは辞めさせたら済むっていう問題でもないし、ある程度の停職にしたら済むっていう問題でもないです。これから後も加害者は大学の構成員として仕事に従事する。ですから、今後は起こさないようにするにはどうしたらいいかを考えなければいけません。これはですね、加害者への再発防止研修というのをやらなければいけません。
 それから同様にアカハラを起こすような行動パターンの人、つまり、ハイリスク群への研修も必要です。ただしハイリスク群っていいますけど、普通、加害者っていうのは全ての人から同じように見えてるわけじゃないんです。例えば、より地位のある、力のある人に見せている顔と、力のない人に見せている顔とは全然違う。ものすごく恫喝し、横暴な、加害者なのに、上の人が見たら「ええっ、あんな腰の低い人が?」っていうようなふうに、まったく違うので、大抵研修を命ずるのは上の人なので、じゃあどの人に命じていいかわからない、という話なんです。この場合は層別にきちっとした研修というのをやればいいだろうと思います。加害者研修はその人の行動パターンを、もう少し詳しく分析して、研修プログラムを作成しなければなりません。それは今後起こさないようにという視点からです。加害者本人も処分された後に、二通りあってですね。どうしていいかわからないっていう人と、一応もう刑期は明けたんだからもうこれで罰は全部消えた、だからもう一度戻るという人がいます。どちらのタイプにしても今までの行動パターンで起こっているんですから、その行動パターンを直さない限り、放っておいたらまた起こします。だから起こさないために研修が必要です。
 私達NAAHが考えた研修は、本当にその人の本質を変えるというのはかなり難しいだろうと。一番効果的ですぐに出来るのは、例えば毎年4月と9月ぐらいに2回、こういうコミュニケーション・スキル・アップ研修をやったりすることではないかと。普通人間みんな欠点を持っていて、コミュニケーションで失敗するっていうのは日常茶飯事にあるんですね。ところがそれが今まで大学の中で、コミュニケーションで失敗しているのに、教員だというだけで許されてきたという文化があるので、自分で気が付かないんですね。それでいいと思ってる。それから今まで、いくつかの大学でこのDVDを観てもらって、感想をかいてもらったのですね。そうすると、叱責の場面がDVDに出てきますね。「自分も同じことを受けてた」とか、「イヤな人は辞めていった」との感想がありました。「自分も学生の時、すっごくイヤだったけれども、ある時、その先生から誉められた」と。自分のことを認めてもらえたと、そうすると、「こういう指導方法もあるのだと思った」、そういうのが多かったんですね。
 つまり、今までの大学の研究室の中の教育っていうと、そこにいる者にとって、教えてもらってる者にとって、すごく辛い状況があった。それがイヤな人はもう辞めた。イヤでない人が残った。残っている人は、それ自体をそういうもんだと思って、文化だと思って残ってる人なんですね。ですから、「まあ仕方がない」と思ってるんですね。だから、許容してるわけですよ。ある意味、勝ち抜いてきてるので。そうすると、そういう人が相談を受けて「もう辛くて」と相談者に言われたら、「頑張りなさいよ」しか出て来ないんですよ。「自分も頑張って何とか生き抜いたんだから、あなたも頑張りなさい」と。そういうことにしかならないんですね。でもそうじゃないんです。その文化自体を変えないことには。みんな耐えてきた、じゃなくって、皆辛かったんだとの認識を持たなければいけませせん。要するに不快な環境だっていうことなんですね。だからそれを変えて下さい。だからその文化を変えるんですね。そのためのコミュニケーション・スキル・アップなんですね。
 変えなければいけない、どういう文化があるかって言いますと、1つはだから、叱責とかをしてもいいと思っている文化。他に大学院にある文化として、特に文系に著しいんですけど、研究は自分でするものだという文化。いちいち教えてもらおうというのは甘えている、とそういう考え方ですね。そういうことを口にする人達がいますね。それから、博士号に値する研究は3年で出来るわけがない。ところが現在は、文部科学省が3年で博士を、課程博士を出すように言ってます。それが実際にいいか悪いかとか無理な要求かは別として、そうするようにいっています。しかも授業料は非常に高いです。だから3年間で修了しないと、3年でも長いくらいの感じですよね。けれども教える側の認識というのは、「3年なんて」です。これまでは文系では3年で取る人は珍しくて、10年、20年、30年、定年前にようやく自分の研究の集大成として学位を取っていたという時代がありました。学位取得に関してもう1つ起こっている問題は、新しい考えを提示するには勉強が足りないとの指導教員の判断。これはよく学際領域や先端的なことをしている文系で起こっています。院生さんが新しいアイデアを出したとします。そうすると、指導教員は「ああ、そんなものこれまでの正当派の伝統を否定するものだ」、自分の説の否定だと受け取って拒否するっていうことがありますね。
 それからその次ですが、女性で50歳近くになって、「50過ぎて学位取って何の役に立つのか」。余計なお節介だ、という話ですが、現実にたくさんあります。今、大学院生ってものすごく増えました。特に文系の増え方って著しいです。それに教授の側がついていけないんですね。ある年齢より上の人は特にそうなんですけど、ついて行ってない。自分の持っている古いままのやり方を残そうとしている。研究の仕方とか、じっくりやるとか。それは私も部分的には、やり方は古いほうが本当に研究になるんじゃないかなとは思いますけど、だからと言って自分の考えを押しつけていいってわけじゃない。こういう古い体質があって、それからまた、昔は教授は偉かった。まあ王様みたいなもんだった。裸の王様なんですけど。だから何言っても許されてた、という文化が残っているのですね。
 そういうのを根柢から変えようというのはなかなか難しいので、私たちが考えた方法は、結局のところ、現実にゼミとかの場で日常的に、こういう言葉はやめましょうとか、コミュニケーションに関して具体的に改善してもらう。何故か上から下に向かってものを言うって、教員のクセなんですね。何人かの教員で気が付いたのはですね、大体話が長い。講義時間が1時間から1時間半、週に何回はくりかえすので、それがくせになってしまっていて、1人で1時間半何度もおなじことを喋る。しかも講義口調で、上から下にものを言う。それをやめましょうということなんですね。何となくご自分が専門分野で偉い人だから、偉いと思ってるんでしょうね。だからそれを対等の関係に改めましょう。それならやっぱり言葉が大事です。コミュニケーション・スキル・アップで、使ってはいけない言葉、これをこういうふうに改めましょう。だから「これは命令だ」と、これはよく事務の人とかに言うんですけど、事務の人にも学生さんにも、「命令だ」、とかいうような言い方はやめましょう。「これは命令だ」に代えて、「お願いします」、って言いましょう。それから「君は馬鹿だ」、「馬鹿じゃない?」とか、「アホや」とか、これはやめましょう。「アホ」と「馬鹿」。あの、「馬鹿だ」というのは関西ではアホよりキツくって、「ホントに馬鹿だ」。論文見て「馬鹿か!」とか、こういうのはやめましょう。そういう発言はしない。それから「このレポートはなってない」。……全面否定はやめましょう。論文の判定の時に、学術雑誌の査読者をやっていて、アクセプトとかリジェクトとか考える人は、まずは全面否定から始めるんですけれども、学生さんの指導にはそれは不適当です。具体的に、「ここをこのようになおしたらいい」というふうに言いましょう。それから、「こんな文章しか書けないんか」とかね。「ウチの5歳の娘のほうが、君よりもっとマシな文章を書くよ」とか、そういうのやめましょう。「ここの修正をこのようにすればいいのでは」ということで具体的に言いましょう。それから失敗などを指して、「みんなが知っている」とはやし立てるのやめましょう。「みんなが」というのは要するにモビンクですね。集団イジメの構造なんですけど、そういうのはやめましょう。「みんなが」、「みんなが」、「みんなが」と言われて、かなり精神的に辛い状態になる人が多いです。そういう発言はしない。あと、関西の人は「アホか!」とよく言ってしまう。それぞれの地方で、それぞれそういった言い方があるでしょうが、他の地方の人が聞いた時、ギョとしてこわくなるっていうのはよくあります。大学ということろはあちこちの地方から学生さんが来ますので、やはりそういう言葉はやめないと。それぞれの地方で、その地方特有の良くない言葉はやめましょう。こういう言葉は日頃から使わない。それから、文系ではどうか知らないですけど、よく理系の工学部の人とかは「おい、お前」とか呼ぶんですよね。で、それはやめましょう。或いは、ある年齢の人が「何とかちゃん」って学生を呼ぶとかですね、それはやめましょう。親愛の情のつもりでも、相手は気色の悪いことなので、やめましょう。
 要するにお互いに、言っているほうと受け手で誤解の生じないように。受け手が聞いても不愉快にならないような、そういう言葉を使ってコミュニケーションを図って下さい。それをやっていったら、まあ5年も続けたら、もう何も考えなくても使ってはいけない言葉を使わずに済む。そうなった時の研究環境というのは、今よりもずっと良好になっていると思うのです。
 このコミュニケーション・スキル・アップは、教員の人は全員ですね、層別にやるべきことですね。で、学生さんもやっぱりやったほうがいいですね。これをもうちょっと加害者の人に具体的にやったのを、加害者研修、というふうに思ってください。スライドはここまでだと思うので、一応、話はこれで終わらせて頂きます。

<天田>
 ありがとうございました。我々が考えるべき問題を幾つもはらんでいたと思います。長時間に渡って非常に重要かつ刺激的なお話をして頂いた御輿先生に、皆さんお礼をこめて拍手を。

(拍手)

<天田>
 10分休憩をとりたいと思います。再開したのち、できるだけ多くの方に質問・コメント等を頂ければと思ってますので、よろしくお願いします。

(休憩)
(休憩中にDVD『なくそう、防ごう、気づこう、アカデミック・ハラスメント』第3話を流す)

《教授:あ、今帰るのん?
 若手研究者:はい。
 教授:いつも頑張ってくれとるなあ。助かるわ、ほんま、遅うまで頑張ってくれて。ありがとう。
 若手研究者:いえ、ありがとうございます。ああ、あの先生、実はですね、あのー、来週ウチの妻との結婚記念日でして。
 教授:う?
 若手研究者:3日ほど休みを頂きたいんですけど。
 教授:ええっ。君、今何て言った。何考えてんねん、君は。研究と、家庭と、どっち取んねん。どっちが大事やねん。研究やろ。わしがやな、国際学会で発表するデータ、君まだ作ってへんやろ。第一、君のな、嫁はんもなってないわ、ホンマに。家電話するわ。…若井君を大学で指導しとる教授の我山と言いますが。今ね、若井君からね、色々相談言われてるんやけど、あんたね、若井君の嫁はんでしょ。研究のことをよく理解して、支えるのが、嫁はんやで。わかってんの。ええ、何を?何が結婚10周年や。何が家族旅行やねん。・・・君研究者やろ。研究や、研究、研究。研究、研究、研究や。》

(休憩中にDVD『調査委員の心得』の教授の申し開きの場面を流す)
《ナレーション:相談員から、事情を聞いた研究科長は迅速に動き、相談者の林さんは希望するゼミに変わることが出来ました。問題のA教授は、反省の色もなく、次のように自己を正当化しています。
 A教授:私は、林君に少し強い言い方をしたかもしれませんが、それは、林君に見込みがあると思って、やる気を出させて、伸ばそうと思ったのです。嫌がらせとか、けなす気持ちは全くありません。100%、指導目的です。アカデミック・ハラスメントでは、決してありません。どうして、林君がそういう申し立てをしたのか、理解に苦しみます。厳しく鍛えるのが、私の指導方針です。林君は、それに答えることができる学生だと、思っています。僕の期待を裏切らないで、頑張ろうと、どうして思わなかったのか、非常に残念で、悲しい。》

<天田>
再開します。時間が限られていますので、早速、院生・教員から質問あるいはコメントをお願いしたと思います。折角の機会ですので、是非多くの方に。いかがでしょうか。お願いします。

質疑応答
アカハラを受けたら、目撃したらどうしたらいいか
<質問者>
 自分も本当は、アカハラを受けたいたのかもしれないけれど、かなり複雑な部分をやり過ごしながら、5年間も研究をする、そして同期には、アカハラにも加担しているんじゃないか、あるいは、すごいアカハラがあった時に、どう、その人に対して、すればいいのか。そういう院生が、どうやってアカハラを受けたままで・・・。

<御輿>
 そんなふうに追い込んでるっていうのは、大学の組織がね、一応アカハラのガイドラインで、「相談したことによって不利益ありません」とかですね、回りの人も何かその、証言しても、「不利益ありません」と書いてある。「ありません」っていうのは、あってはならないことだと書いてあるだけです。実際にあるからなんです。それをないように、大学はそれをどういうふうに担保するのか。今は何にもないです。言葉で書いてあったら、ないということにしておこうと。だからまずは大学はきちっと現実にこういうことが起こったと分かって、そしてそんなふうに黙ってしまったりとか、消極的に加担してしまったりとか、アカハラのことについて考えないでしてしまったようなことをさせないようにする。だから、大学は率先してもう少しきちっと真面目に取り組まないと。まずは院生の人にそれだけを、というのは、うーん。難しいものがありますねえ。

<質問者>
 聞いていると、申し立てがしやすいとか、相談窓口を整理するとか、言われているけれども、学生としては、あのアカハラの申し立て…しにくい。…巻き込まれたくない上に、巻き込まれたとしても・・・。すごく対策が進んでる割に、進んでも、甘えになってしまっているので、それでいいかと。

<御輿>
 やっぱり研修なんですよね。研修という啓発で、ある大学で人権問題の講演会で、学生さんと教員対象で別々におこなったことがあります。学生さん対象の講演会では、やっぱり「アカハラがどういうものか知らなかった」という声がありました。だからゼミでも消極的加害者の立場に自分は立ってしまったと。だから、やっぱりきちっとそういうことを理解して、そうならないようにしようと思うとかの感想がありました。消極的加害者になってしまうのは、学生さんがアカハラについて、全然知らないからです。何も知らなかったら何が危害かもわからない、ということで、加害行為に加担してみたり、被害についても誤った認識をしてしまったというのはあると思いますね。これはやっぱり研修だと思います。まずはそこから始めてください。

学生による教員へのハラスメント
<天田>
 他にいかがでしょうか。折角の機会なので、皆さん遠慮せず。はい、どうぞ。

<質問者>
 学生が学生からの授業評価の仕組みで、教員に対しての、恣意的悪評価というか、これがハラスメントに入れられるというのが、画期的というか、ビックリしたんですけど。こういうことが起こった場合、先生はどうやって……。

<御輿>
 ああ、逃げようがないです。

<質問者>
 あ、逃げようがないですか。

<御輿>
 逃げようないです、もう。大抵の場合ですね、今まで受けたいくつかの相談で知っている事例ですが、先生間もみんな仲良いわけじゃないじゃないですか。大抵まあ3つくらいグループがあったりして、中間的な人、仲の良い人と悪い人とあります。そこに、仲の悪い人ところに来る学生は、こっち側から見たらどうもやっぱり仲があんまり良くないんですよ。その学生から見ても、その人をやっぱ好きになれないんです。そうするとその学生が悪い評価するじゃないですか。そうすると、仲のよくない教員も当該教員を……、学生と一緒になって、その学生の言ったのはもっともだ、といいます。そうすると、学生に人気のない、というので評価が悪くって。ある人は、授業をいきなり、その、持たせないのは悪いので、そういう苦情があったからという理由で、同じ時間に別の人に同じ講義を開かせたんです。すると学生はみんなそっちに行った。まあ、誘導もあります。結果として、当該教員の講義を受講する学生はゼロになったんです。翌年は、評判が悪いということで、つぶれた、ときいています。それとか、何人かの学生が、「あの先生はいけない」とか名指しで書くわけです。一方、「こちらの先生良い」とかって書くわけです。そういうのを学部学科で集めると、一目瞭然です。これに関しては、ターゲットになった教員は逃げようがないです。

<質問者>
 ……で、どうしたら避けられますか?

<御輿>
 それはもう、学生さんの良識に任すしかありません。

<質問者>
 良識……。

<御輿>
 本当に学生の良識に任すしかないです。それと、教員によっては、悪評価を書かれたら、ものすごく恨んでね、誰が書いたかを調べて、仕返しする人っています。そういう人は、学生さん、わかるでしょ。そういう場合はね、学生さんね、仕返しを恐れて、悪いことを書かないですね。でね、割合に良い人で全然何にも仕返しをしない人に対しては、思うことを書くんですよ。悪いことでなくっても、こうしてほしい、ああしてほしいなど、色々。それを点数化してポイント化すると、悪い人のほうがいいポイントになるんです。学生さんのほうは全然気が付かない。でも一覧表にすると、悪い人の方が好評価となるんです。でね、人のよい教員の方は、どうしてそんなに自分ばっかり色々意見を言ってくるんだろう、どうして学生の受けが悪いんだろうと意気消沈します。本当は、意見を言いやすいだけなのですが。ところが、その仕組みがわかってない大学の組織はですね、そのまんまを評価したりする。だから、学生さんの評価の使い方が間違ってるんですけどね。でもその学生さんの評価と、それから上からの評価で評価して、この頃はボーナスの査定などに差をつける。今、公立の学校でやっている教員評価と同じようなことをやり出した。だからまあ、そういう意味で学生さんも加担させられている。そこをやっぱり認識してもらってですね。ちょっとそのへんの評価を変えてもらわないと。評価っていうのは、評価する人の人間性が出るもんなんですけど。でも何か評価というと、いかにも客観的なように思ってるじゃないですか。で、今、こういう例、どんどん多くなってます。で表に出なくって泣かされてる人がいっぱい。

<質問者>
 それは大学が、そのことを自覚して、評価システムを改善しないと……。

<御輿>
 はめられた教員は守りようがないですね。もうあの、爆弾に当たった、ですね。それだから、教員もすごいストレス下に置かれてるんですよ。業績は上げろ、学生の評価をいいようにしろ、でポイント制で順位をつける。無茶苦茶やられてるわけですね。だから、最近のほうがすっごくひどい状態です。

学会でのハラスメント
<天田>
 よろしいでしょうか。他にいかがでしょう。

<質問者>
 学会との関係についですが、これはちょっとないんじゃない、みたいな。恫喝して全人格否定するとかの話とか色々、噂を聞いたりとか…。そう言った場合も、例えば、学会にもハラスメントに対する規定はあるのでしょうか。

<御輿>
 今のところなくって、ある学会だけがですね、大学でアカハラ認定をされた人を学会の理事から1年間だけですが外す、っていうのを内規で決めた、っていうのはありますねえ。だからそれは、学会の方が学内のハラスメント認定をもって、加害者が、被害者に学会等でセカンドの報復をしないように、してあるんですけど。だから大学から被害者・加害者の所属学会に対して申し入れをするとかしてほしいのですが、そこまで決めてるとこ、なかなかないです。実際に、学会との関係があるから、殆どの院生さんとか若い研究者の人が、被害申し立てが出来ないんです。

<質問者>
 学会の、アカデミック・ハラスメント対策の内容…。

<御輿>
 えっとね、日本学術会議が、研究者の倫理指針の提言を2年前に出しましたよね。第1案の時には、アカデミック・ハラスメントの防止か何かで1行入ってたんですよ。でも実際に出た時には削られました。削られてます。で、最終原案の意見徴集の時に、何人かの人からアカハラも入れてほしいという声もあったんですけど、削られてます。多分まあ「こんなんいらないんじゃないんか」と思われてたんでしょうね。だからどっちかと言うと、……何とも言いようがないですね。

<天田>
 他にいかがでしょう。大分時間も少なくなってきましたんで、是非。お願いします。

主査によるハラスメントが起きたとき
<質問者>
 やっぱり同じ指導であったとしても、…個人的な問題や…学生個人のメンタル的なそういう面というのもあるのではないかと。そういうハラスメントという状況になるまでに、こういった形でこうしてもらえたりとか、手をあげれるようなことを考えていきたいと……。

<御輿>
 私が思いますのには、ハラスメントとなる前に、人間ね、100人いて、100%相性のいい人なんていないんですよ。だからね、学生さんと教員を見ていたら、やっぱり何人かは相性悪いんです。今までは相性悪くってイヤでも、学生さんのほうが我慢しなきゃいけなかったんです。ゼミ変えるなんて思いもよらなかったんです。でも最近は変えられるようになったので、相性悪かったら、何のハラスメントがなくても、ハラスメントが発生する前に、どうしてもイヤやったらゼミを変えましょう。だから、割合に気軽にね、ゼミ変えられるようにしたらいい。今までそんなの絶対無理でしたが、この頃割合動けるようになりましたね。だから、学生さんがものすごく辛くって、もう辞めたいってなる前に、割合早く変えてしまいましょう。ある大学の研究科では、主だけでなく、副指導教員を2人置くようにした。もしも主がイヤだったら、副のほうにいけるとか、副が主に変わったりとかね、そんなふうにした。それは割合に大きな研究科で似たような分野が複数あるところは可能なんですね。ただ、ものすごく小さなところでは変えにくい。そういう点では、文系は専門分野が分かれているのでちょっと変わりにくい。そういう難点はあるんですけど、でもその指導教員が世界中にたった1人のはずないじゃないですか、研究分野がね。だから変えようと思ったら変えられる。また、博士論文の最終段階でも、主査副査も変えられるっていうふうにしていけばいいですね。今は、だいぶ動けるようになりますねしたね。むしろ問題は、何年間かそこで我慢していたら「その先生に認められたい」とのその教員に固着する思いがあって、逃げられなくなる人がいる。家庭内暴力で親から暴力をふるわれてても子どもが逃げられないのと同じなんですね。何故かその人に認めてほしい、というのがあると、自分から他に変わることを希望されない人がいるんですね。そういう場合は本人が潰れていってしまうので、一番困る。だから何しろ早く、気に入らなかったら変わりましょうと。でそのように大学は体制取って下さい。

傍観者は加害者か
<天田>
 よろしいですかね。はい、他にいかがでしょう。はい、お願いします。

<質問者>
 えっと……と申します…えっと…ですね。スライドの10ページの。
 被害者と加害者がはっきりしてるようなハラスメント関係では、割と簡単なんですかね。こっち側につくとか、あっち側につくっていうことは、こう言いやすいような気はするんですけど。例えばハラスメントの場合には、お互いに被害者意識を持ってしまうような場合、お互いに相手が加害者だっていうような感じでいる場合、回りの人たちもどちらが正しくてどちらが正しくないのかっていうときに、それで傍観者と言われて、……そういう関係が難しい中で、例えばその加害行為の中に、消極的に加担する行為というのがありますよね。その、そうせざるを得なくなってしまった人たちは、あの消極的加害者ということになるのでしょうか。

<御輿>
 あの、わかりました。加害行為のタイプ分けは本当に加害行為だけなんです。その後の申し立てた後の傍観は、一応別にしてるんです。だからそれをそこまで消極的加害者ということにはしてないですね。そこまでしたらややこしくなりますね。あの、一応加害行為の中に、消極的加担者に、加害行為に加担する人、というふうにして分類してるんですね。で今おっしゃったのは、傍観者の話をしてるんで。ハラスメントの場合、アカハラの場合に、あとでも裁判に訴えたとありますように、加害者は訴えられるとみんな被害者に見えるんです。で本人も被害感情になる。大抵セクハラの時でも、「セクハラじゃない、恋愛関係、合意があった」って言うか、「はめられた」かです。アカハラの場合でも「はめられた」というのが多いんですね。で「自分のほうは被害者だ」。で、事態はややこしくなる。そういう状況では、全員が被害者なんです。加害者はいない。でね、本当にまあ学生さんが被害を受けたとしますね。アカハラ申し立てたとします。でも人間、完璧な人っていないでしょ。例えば、1回ぐらい遅刻してるとか、何か失敗、落ち度はありますよね。そうするとね、その対立する側に立つ人は、それをあげつらうんですね。「あの人の性格が」「あの人あんなんや」、「攻撃的」とかね。そういうふうに言うわけですよ。だから、みんなそれぞれね、どこを言うかって言うと、自分の教育の悪いことを言わずに、「相手が」。そうすると、周囲の人全員にもそのように見えてしまう。そうなると周囲の人は、結局どのように判断するかって言うと、どっちに初めから寄りたいか、という話ですね。そういう状況で、じゃあ調査委員会が判断できますか、ていうと殆ど判断できません。ということで、ぐしゃぐしゃになってしまう。ものごとスッパリ100%加害者が悪い、被害者は全然落ち度がない、なんてないじゃないですか。特にコミュニケーションの中で問題が出てくる場合に、しかも期間が1回だけ1日だけの話じゃなくって、数ヶ月、何年かに渡ってたらいっぱい色々出てきますよね、そういう中での話なんだから、事態が混沌としている。で、傍観者っていうのは、だからその問題から逃げるんです。要するに判断を調査委員会に任す。調査委員会の結論で判断します。或いは裁判での結論で判断します、ということにします。…そうじゃなくって、周囲の人は、事実から考えて、じーっと両方の言い分聞いて、判断して下さい。そうでないと、アカハラなんてわからないです。でまあ、調査委員会の結論や裁判所の判決を鵜呑みにするという点ですが、私の例を申しますと、判決文で私を知ったという人は、「判決文読んだ時、どんなに恐ろしいものすごい人かと思った」とかいわれましたね。そこにでている私は、私ではないみたいです。判決文は、私も読まないですよ。読んでたら腹立つ。結局のところ、見る目、切り方によって物事は違ってくる、そんな感じですね。誰からみても、同じじゃないですね。だから、立場で違いが生じているので、例えば加害者が家に帰ったらいいお父さんかもしれないですね。それはそうだと思うんです。

<質問者>
 ということは、傍観者であることは、消極的加担行為っていうわけではないのですか。

<御輿>
 それは当てはまらないです。調査委員会とかの仕組みとして、傍観者っていうのは、今までこういう現実ですよって言っているだけで、傍観者に対して非難するとか、そういう話じゃない。もともと、公平な判断っていうのは加害者側に寄ってますよ。

■教員の権限の大きさ 
<質問者>
 例えば先ほどの、教員評価でわざと悪いのをつけるみたいなことを、例えば評価アンケートの中身を選別させることで、ある程度、つまり、シラバスをきちっと守ってるだとか、事前の達成目標の内容を提示して、その達成を示すということをやるとですね、客観的でモビンクできないと思われます。ただ、大学院となると、また別の問題がありまして、事前にそういう達成目標とかなかなか示しづらいところがあります。つまり、論文、修士論文か博士論文だけでも、最終的には教員の側で権限を持って可か不可かってやってるわけですが、まあなかなか事前に、学生と共有して達成目標みたいなものを準備して、それにどこまで教育していくかということが、なかなか大学院に上がると難しくなるんですね。そのあたり、ただアカハラを生み出す構造あると。その構造は、学部も大学院も同じですから、大学院に関してどこまでその責任とか、そういったことについてお聞きしたい。

<御輿>
 実際難しいとは思います。ただ例えば、セミナーをいつ開くとか、どのくらい開くとか、どのような形で開くのかはそれぞれに任されてるんです。一例は、ある工学系の研究室でしたけど、その教員の人は、「俺は夜型や、セミナーは、夜の9時からする」。で延々その、夜中になったら目がぎらぎらしてきてですね、2時か3時まで、院生をつるし上げます。そういう中、自殺者も出ます。でも、その横の研究室はというと、普通に帰宅しているという形です。そんなにバラつきあっていいですかって言うたら、今のシステムでは、「いいです」っていうんです。そうじゃないでしょ。セミナーというのは、このくらいの時間帯で常識の範囲でやってね。で一人だけをね、数時間に渡ってつるし上げるようなセミナーっていうのは、しないようにする。そのためには、どういうふうにやったのかの記録を残すとかですね、みんなきちっと時間通りに来てやるとかね、すればいいのです。それを、「セミナーしなくっても、おうどん食べに行ってもいいことにしよう」とか、「こなくっても単位あげますよ」とか。それ、いいんですかって言うと、よくないんですよね。だから始めっからそこをきちっと「このようにします」と、ある程度決めていたら避けられた話です。それさえしてなかった。今も、それさえしてない大学が多い。だから本当に、ゼミの、研究室の先生に全部、全権を任せられている。こういうのはやはり、よくないですね。だからそのへんのね、形からきちんと整えて行きましょう。学生のシラバスはものすごく細かいですけど、大学院の場合には、もうちょっとそのへんは、実際上ゆとり持たないとダメでしょうけど、せめてそれに近いものはやっぱり作っておく必要があります。
 でよくね、私がこういう話をしたら、「こんなひどいことないですよ、私のところの大学ではないです」と言われる方がおられます。でも、隣の部屋ではそうだ、と知らないんです。みんな蛸壺。だからせめて、研究科の中で、それぞれのしていることを、定期的にきちんと交換する、報告する会があるとか、そういうのがあれば防げると思います。

<天田>
 時間がだいぶ過ぎてますので、あと1、2にしたいと思います。できればコンパクトに質問をして頂きたいと思います。では、よろしくお願いします。

<質問者>
 あの、学生に対して、ものすごく難しいハードルを設けておいて、それができないとダメという形で。それができない学生はもともと来るなという形で……。

<御輿>
 ああー。実際にそうなるとねえ…。そうですねえ、難しいものがあるでしょうねえ。もうまずはですね、アカハラに対して研修してもらいましょう。わざわざものすごく難しくしといて来させないと、そういう発想をやめてもらいましょう。それしかないです、もう。いやまあ、もう少し研修してもらって、ちょっと常識を身につけてもらいましょう。

相談員の立場
<天田>
 よろしくお願いします。

<質問者>
 相談についてですが、相談員は加害者とは会ってはいけないのですか。

<御輿>
 はい、もしも相談員が加害者と会うとね、相談者は相談できなくなるんですよ。相談員が全然、相談者の話をしなくても、加害者はなんか色々言うじゃないですか。加害者の話を人はね、言ってるのはオーバーだと思って、割り引いて聞く。それが半分でも、4割でもですね、全く嘘を並べられたら、割り引いて聞いてた半分か4割は事実になってしまうじゃないですか。そういうのがあるので、被害者のほうは、相談員の人に加害者の話を聞いてほしくないんです。そりゃそうだと思うんですよ。そこで判断が影響されるとかあるじゃないですか。だから信頼できなくなるんですよ。言えなくなるんですよ。でも、相談員にしたら、被害者に全部言ってもらわないと、対策をどうするか考えられないんですね。だから相談員は、相談者からの話を全部聞いて、大体の起こったことを組み立てられること。どこか腑に落ちないところがある場合には、話を全部聞けてないです。でもね、被害にあって問題抱えてる人が冷静に全部話しを出来るかっていうと、出来ない。自分の言いたいことしか話さないですね。そうすると、そこから先の話を聞こうと思って、聞けるかどうかは、やっぱり信頼関係の有無なんです。ですから絶対に、加害者とは接触しないことです。

<質問者>
 NAAHのガイドラインでは、相談員は、すごい権限を持つことになりますが、問題はないのでしょうか。

<御輿>
 いや、問題は起こるのです。ガイドラインで相談窓口を独立させて、ものすごい権限を持たせるようにしているところがあります。防止委員会も、相談員も、すごく権限持っていますね。そうするとある大学ではですね、ある学部の教授が相談員会議の議長をやっていたんです。何年間か。絶大な権力です。で相談に来る相談者を恫喝し、加害者と言われた人には恩を売り、何をしてるのかいうと、ハラスメントを行なってたんですね。でね、いくら苦情をいっても全ての書類がその人のところの行くのです。学長宛に抗議文を送っても、学長は見ずに、その問題の相談員会議議長の教授のところに回るのです。その大学のガイドラインは、絵に描いた餅で、相談者は相談に行ったことでかえって苦境に立たされました。このように、大きな力を持たしてしまうと悪いことが出てくるので、だから学内のどこかの教授が委員長とかという形でそこに座ると、そういうことが起こります。同じことが、防止委員会の委員長にもいえます。だからそこの長になる人は、もう絶対にそうでない人を選ばなきゃいけない。悪いことができない何かの歯止めが必要です。

ハラスメントと研究倫理
<天田>
 はい、他にどうでしょう。あと1点2点だけになるかと思いますが。はい。

<質問者>
 お聞かせ頂きたいと思います。被害と加害の関係で言うと、今日お話して頂いた通りかと思います。ただ、難しいのは例えば、昨年度の私たちの企画の中に出てたんですけど、例えば院生によるデータのねつ造とかですね、そういうその研究倫理に関わる部分が、非常にプレッシャーの高い研究環境の中で――特に特定の人物から「成果出せ」「成果出せ」と言われてはないにしても、周りがどんどん論文を書く、あるいは何かしら業績をあげるなどの非常に強いプレッシャーの中で――起きた場合、研究倫理としては、いわばその起こした院生に帰されるというのがありますね。だけど、よく背景を見ると、そうした非常に緊張感の高い研究環境に置かれていたという院生の苦しみもあると思うんですね。そうすると、院生が自分がそういう問題を起こした時、これはハラスメントのほうで対応しつつですね、むしろ研究倫理のほうで対応するという、両方にまたがるようなケースがあった場合、これはどんなふうに対応するのかっていうのと、あと今までそういう相談が、御輿さん達のNPOのところにあったのかどうか、っていうところをまず1点お聞きしたいんですけれども。

<御輿>
 私のところに相談あったかどうか、そこまで、ちょっと相談活動上言えないんで。

<質問者>
 そうですね。

<御輿>
 ちょっと相談事例についてはお答えできないですけど、たくさんあります。で、ハラスメントというか、ものすごく、学生がこき使われて、データ出せって言われて、これは学生だけじゃない、研究者もそうですけど、データねつ造とか不正が起こりうるというのは、そういう状況はあります。ただしですね、それをハラスメント、「追い立てられたからだ」という、それはわかるんだけど、ねつ造したらやはりその責任は、研究者が負うべきです。勿論その指導者も同じように負うべきです。あの、同じようにというか、共同責任です。だからの、加害者被害者両方とも、その責任は不正に関しては負うべきです。

<質問者>
 私もそう思うんですけども、今のだと。ただ難しいのは、例えば先ほど言われてた、今回の御輿さんが提示された仕組みですごくなるほどと思ったのは、言わば本人を被害者での本人を支える。まず相談を受け付け、そしてそこで支援をしていくというようなやり方を相談窓口で行うと。で事実認定については、調査委員会を行うと。これはある種の仕組みとして儲けると。でかつ、組織的判断としては防止委員会等が行うと。

<御輿>
 あのね、起こってしまった後の話で、それはそうなんです。私が今言いたいのは、実際に起こりうることが十分に予想されるので、そういうことが起こりうる環境を改善しましょう、ということなんですね。

<質問者>
 でその時にですね、まさにそうだと思うんですね。未然に防止する。そうすると例えばハラスメントについて研修を行うとか、そういうことで、大切なことだと。ただ言ってみれば、先ほど言った非常に高いプレッシャーの研究環境に組織が組み込んで、特に問題も起こってないのに、「非常にあんたのところはプレッシャーが高い研究環境で行っている」って、いわば組織的な対応をした時に、なかなかここは難しい部分で。

<御輿>
 難しいですね。

<質問者>
 ええ。つまり研究を非常に生産的に行おうとしてるのに、それに水さす、みたいな雰囲気で取られてしまう。

<御輿>
 ただね、そうなんですけどね。人間そんなに何時間も、1日に12、3時間も働けないですよ。で、今労働省では長時間労働で残業だとか1週間の労働時間が、何時間だったかな。60時間だったかな、何時間か超える場合には、必ず職場の産業医が問診するようになってますよね。

<質問者>
 はい。

<御輿>
 それみたいに、やっぱりね、長時間労働というのは、実験だったらミスも多くなるし、精度として落ちるんですね。だからそういう労働環境ですよね。学生さんもやっぱり研究時間、やっぱりある程度、幅を決めましょうと。だから深夜までやらないようにしましょう、とかいうのをしたほうがいいと思います。そのほうがかえって論文の生産力は上がるというのを納得させて、そういう仕組みを作ってもらう。或いは、省エネなんで、エコなんだから、夜の10時以降は建物にはいないようにというふうにする、そのようにして、ある程度きちっと決めてしまう。

<天田>
 そうですね。そうすると、アカデミック・ハラスメント防止委員会というのは、先ほど言われた「叱責」「暴言」などの狭い範囲の環境整備のみならず、広い意味での労働や学習の環境の整備を行う、という形になってくるかと思います。

<御輿>
 そうですね。

<天田>
 また、1つには、大学の組織の問題ですけど、正規の職員や学生が構成員としているだけではなく、非常勤講師や嘱託職員やアルバイトの方々などのところまできちんと手が届いていない。先ほどの学生評価も含めて、きちんと考えなければならない問題ですね。

<御輿>
 それはそうなんですね。で、今、私のところがやろうと思ってるのは、そういうのは全部含めて指標になるような、アカハラ指標を出そうと。
 確かに、問題が起こったら、非正規雇用の人がやっぱり不利益被ってるんですよ。そのあへんは私ども、まだ課題です。

<天田>
 そうしましたら、すでに時間は超過していますので、ここで2008年度パートナーシップ委員会の講演企画を終えたいと思います。長時間おつきあい頂き、そして貴重なご講演をして頂いた御輿先生に感謝の意味をこめて、もう一度拍手をお願いします。本当にありがとうございました。



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2.ハラスメントの防止と救済
――大学がすべきこと、学生にできること


■概要
日時:2010年2月25日(木)15:00−18:00
場所:立命館大学衣笠キャンパス 創思館401・402
講師:牟田和恵氏(大阪大学大学院人間科学研究科)
司会:吉田寛(パートナーシップ委員/先端総合学術研究科)

■開催趣旨
 先端総合学術研究科は学部を持たない独立研究科であり、そこでの学生と教員との関係 構築のあり方は、通常の大学(学部)組織におけるそれとは必ずしも同じではなく、そのためいわゆるキャンパス・ハラスメントに関しても独自の問題認識と指針が必要であると考えられる。そこで先端総合学術研究科では学生と教員の代表からなる「パートナーシップ委員会」を2006年3月に発足させ、研究と教育が一体である大学院に特有のハラスメントに対する問題意識を高め、共有し、よりよい学究の場を創造するための啓発活動を行ってきた。これまでの諸企画の中でもっとも中心的に議論されてきたことは、「大学院という空間におけるハラスメント問題」をいかに考えるのか、それはいかにして起こるのか、またどのような制度設計や解決(策)がそのためには求められるのか、ということであった。
 そこで今回の企画では、ジェンダー論の専門家であり、セクシュアル・ハラスメントに関するご著書もあり、またご自身でも大学院での研究と教育に携わっておられる、大阪大学大学院人間科学研究科の牟田和恵氏をお迎えして、「ジェンダーの視点から見る大学院のハラスメント」というテーマでご講演いただく。

■講師紹介
 牟田和恵(むた・かずえ)。 大阪大学大学院人間科学研究科教授。 専門は歴史社会学、ジェンダー論。 著書に『戦略としての家族──近代日本の国民国家形成と女性』(新曜社、1996年)、『ジェンダーで学ぶ社会学』(共編著、世界思想社、1998年)、『実践するフェミニズム』(岩波書店、2001年)、『ジェンダー家族を超えて──近現代の生/性の政治とフェミニズム』(新曜社、2006年)、『家族を超える社会学──新たな生の基盤を求めて』(新曜社、2009年)、訳書にシーダ・スコッチポル『現代社会革命論──比較歴史社会学の理論と方法』(監訳、岩波書店、2001年)などがある。また、とりわけ本企画と関連する著書として『知っていますか? セクシュアル・ハラスメント 一問一答』(養父知美との共著、解放出版社、1999年;第二版、2004年)、『セクシュアル・ハラスメントのない世界へ』(共著、有斐閣、2000年)がある。

本企画の経緯と趣旨、講師紹介
<吉田>
 それでは始めさせていただきます。2009年度立命館大学先端総合学術研究科、パートナーシップ委員会企画、「大学院に特有なハラスメントを考える」という企画で始めさせていただきます。
 本日は、お集まりいただきまして、どうもありがとうございました。
 本日は、毎年一度行っております立命館大学の先端総合学術研究科、先端研と呼んでいますが、その先端研のパートナーシップ委員会企画として、大阪大学の牟田先生をお招きしまして、講演プラスディスカッションという形で企画を進めさせていただきたいと思います。私は、本日、司会を務めさせていただきます先端研の教員の吉田寛と申します。よろしくお願いします。
 私のほうは、パートナーシップ委員という委員を本年度から仰せつかっておりまして、その関係でこういう司会という大役を今日は務めさせていただくわけですが、今日の開催趣旨のプリントを皆さんお持ちかと思います。今日の配布物の確認ですが、この開催趣旨と、あとは牟田先生のプレゼンテーションのプリントアウトですね。この2つが配布物なんですが、こちらの開催趣旨のほうは、本日、我々が準備したもので、企画の趣旨と、講師紹介が書いてあります。それで、開催趣旨、ここでは配布してありますので読みませんが、これまで先端研のパートナーシップ委員会がどういう経緯で成立して、展開してきたかということが書いてありますので、お読みいただければと思います。
 私は今年度からこの委員長みたいなことをやっておりまして、昨年度までこちらにおられる天田先生にそれをお願いしておりました。それで他に後藤先生という方もいらして、本当は後藤先生も今日いらっしゃるはずだったんですが、今日はちょっといらっしゃっていないので、教員としては吉田、天田、あと松原先生がそこに座っていらっしゃいますが、松原先生も先端研の教員として今日は参加していただきます。
 通常のパートナーシップ委員会というのは、多少聞き慣れない名称かなとも思うんですが、通常のハラスメントに関する組織と違って、おそらく先端研が、学部のない独立研究科であるということから、院生と教員の関係がメインであると。研究者同士の関係をベースに、教員と学生の関係があるというふうに言ったらいいでしょうか。そういうような通常の生徒と教員とは少し違うという観点がたぶんあったと思うんですね。その成立においては。そういうところからパートナーシップという、そういう名称の委員会になったということです。ですので、その性格上、教員と学生が共に代表を出し合って運営するという形の委員会になっておりまして、本日も、我々教員、私、吉田、天田だけじゃなくて、そこにいらっしゃいます石田さん、本岡さんが、学生側の委員としてこの企画を一緒に準備して、今日、それを開催するという形になりました。
 特に私のほうからは、これ以上話すことはありませんで、今日の牟田先生は、ご自身のご専門ということからも、この問題にお詳しいわけですが、私自身は、美学とか芸術学という、ちょっとへんてこな学問をしていますし、ここにいる皆さんも自分の専門分野、研究分野としては、必ずしもこういうジェンダーですとか、ある種の権力関係ですね、そういうようなことに関する研究をしている人は少ないと思うんです。多くないと思うんですね。ですので、研究者として語るというよりも、こういう大学という組織に関わるものとして考えなきゃいけない問題として、そのやりとりをするということだと思うんです。こういう場は。しかしながら、通常のいわゆるセクシャルハラスメント、・・・ハラスメントの研修会みたいなものとは違いまして、もうちょっと研究会のような、一方的な場じゃなくて、研究会のような雰囲気のその場でディスカッションするということを、重んじたいなと思いまして、こういう形の企画にしたわけです。
 ですので、この問題に関して、おそらく私以上に詳しい方ばっかりでしょうし、そうじゃない、今日、初めてこういう問題を考えているという方もいらっしゃると思うんですが、その辺の濃淡の差はあって構わないと思いますので、まず最初に牟田先生のほうから1時間少々のお話を伺いまして、その後、少し休憩を挟んだ後に、ちょっと別の角度、あるいはもしくは皆さんご自身の関心や経験に基づくディスカッションの時間を取るという形で全体を進めさせていただきたいなと思っております。
 牟田先生のご紹介なんですが、この講師紹介のところに書いたことなんですが、ご専門が、歴史社会学ジェンダー論ということで、こういう後でお回ししますが、こういうご本を今までお書きになっておられます。ちなみにもう一つ参考資料で、このパートナーシップ委員会の報告書というのもありますので、これは一部、これ全員に配る分はとてもないんですよね。だから参考資料みたいなものですね。先端研の学生と教員は持っているはずですので、参考資料という形でお回ししますが、この本も参考資料なんですが、牟田先生のご本を準備しました。ジェンダー論や家族社会学ということで、そういう分野のご専門の先生でいらっしゃいまして、それで一方でセクシャルハラスメント、アカデミックハラスメントに関するご本もございます。ですので、専門家として社会学というご専門と、このセクハラ、アカハラという、目の前で起こっている問題の関わりをどういうふうに考えているのかということも、私個人的には関心があるテーマですし、そういうような観点から今日はお話してもらおうと思っております。
 それでは、導入はこれぐらいにして行きたいと思います。それではよろしくお願いします。まず簡単に自己紹介を。

<牟田>
 こんにちは。牟田です。今日はどうもお招きいただいてありがとうございます。
 今、ご紹介が吉田先生からあったように、こちらの研究科ではパートナーシップ委員会というのを作っておられて、そこには普通の各大学のハラスメント委員会とは違って、学生の方も代表として含むユニークな興味深い試みをしておられるということを存じていましたので、この後、また皆さんからそういうご経験に基づいた色んなお話も聞かせてもらえると思って楽しみにしております。そのためにも多少お役に立つお話ができればなというふうに思っております。
 私の自己紹介から始めさせていただくと、研究面では今、吉田先生からご紹介いただき、こうやって今日のチラシにも書いて頂いている通りなんですけれども、一方でセクシュアルハラスメントに関しましてはここに書いてますが、キャンパスセクシュアルハラスメント全国ネットワークという大学のセクシュアルハラスメント問題に取り組む教員、学生さん、その他弁護士さんなんかも含めてのネットワークがありまして、そこで活動をしております。私自身、一番最初にセクハラの問題と関わるようになったのは、この中でお若い方が多いので全くご存じない方も多いかと思うんですが、1989年に日本で初めてセクシュアルハラスメントっていうことが不当であると、女性の労働権の侵害であるということを訴えた裁判が福岡で起こされまして、ちょうど私はその時、九州の大学に勤務しておりましたので、その裁判に深く関わるようになった、そのことをきっかけにハラスメント問題、特に今では大学の問題に取り組むようになりました。ついつい研究の方にもそれが影響してきているという状況です。
 ご存じの方もあると思いますが、日本でセクシュアルハラスメントに取り組む、防止を目的とした法律が初めて出来たのが99年なんです。99年の男女雇用機会均等法の改正の一つのポイントとして盛り込まれ、同時に人事院規則にもセクシュアルハラスメントの防止ということが盛り込まれましたので、それに基づいて全国の大学で、私立大学は均等法に基づき、その時まだ国立大学、今のように独立行政法人になってなくて国立大学でしたけれども、国立大学もその人事院規則が適用されるので、大学でセクシュアルハラスメント防止に取り組むという流れになりました。それ以前は、キャンパスセクハラ全国ネットワークをなんで作ったかっていうと、そもそも、私なんかも含めて、それぞれ自分のところの大学で、現実に問題に遭遇して、大学に対してなんとか問題解決しろと、防止対策をとれというふうに言っても、99年以前は、大学でセクシュアルハラスメント対策なんかしたら、まるでうちの大学にありますと言っているようなもんだと、だからそんなことできないというふうに言われていたんですね。それで、それぞれ同じ問題を抱えた大学の我々が、じゃあそのネットワークを作って、この大学もこの大学もこの大学もみんなやっているんだと、だからこの問題に取り組まなかったら、すごく人権問題的に遅れている大学ということになりますよという雰囲気、流れを作っていこうということを一つの大きな目的として全国ネットワークを作ったわけです。
 ところが99年にそういった法律ができますと、大学の姿勢はある意味180度変わって、やりましょうと、各大学ワンパターンの規定を作り、何とか委員会を作りとかいう形で取り組むようになりました。それでそういう状況の変化、事情の変化の中で、このキャンパスセクハラ全国ネットワークで大学、大学関係者に訴えてきた、こういうことすべきだっていうふうに訴えてきたことも、だいぶ変わっていってます。
 今日は、そういう大学を取り巻くハラスメント問題の事情の変化、それから特にこの頃は各大学でセクハラだけじゃなくて、アカハラとかパワーハラスメントなんかも含めて対応できるようにハラスメント対策を改定しているところが今はたくさんありますよね。そういった状況の変化、事情の変化を踏まえながら、お話をさせて頂きたいと思うんです。

3つの脱「常識」
 3つの脱常識というふうに書きましたが、私たち全国ネットワークが90何年かの時点で言ってきたことも、こうやって事情、状況、法律が変わっていくと、今の状況の中ではちょっとずれてきたというところもあるんですね。それで今、各大学が取り組んでいる、やっているセクハラ対策、ハラスメント対策というのが、だんだん現実、実情にあってないところが出てきている。ちょっとそういう意味でセクハラ、ハラスメント対策をめぐる常識、それを今日も皆さんにも提案してお考え頂きたいというのが今日のポイントです。
 まずハラスメント対策の最大の目的はいったい何なのかということなんですが、これは皆さんどう思われますでしょうか。もちろんハラスメントがなくなること、大学で起こらないことがもちろん最大の目的であるはずなんですが、そのためには、セクハラとかアカハラとかするやつは許さんということ、これももちろんそうだと思われると思うんですが、だけど実は最大の目的は、救済だと思うんです。ハラスメント、あるいはハラスメント的な被害を受けた人が救済されること、その人の学習研究、それから教職員の方だったら労働環境、それが回復されることが最大の目的だと思うんですね。また後から詳しく申しますけれども、ところが大学のハラスメント対策というのは、もうハラスメントを起こらないようにすると言いながら、むしろいわゆる加害者の処分であるとか、そういうことに、公正さを保証するということで、そっちの方にどうも重点を置かれて、救済するということに関しては二の次になってしまっているような、そういう印象、現実があります。これはまた後で詳しく申し上げましょう。
 2つ目に、ハラスメント定義をもういっぺん確認してみたいということなんですね。これ皆さんたちもよくご存じの通り、受け手が不快に感じたらセクハラだということが常識として言われております。そのことが間違っているわけではないんだけれども、もう少し考えていくこと必要なんだということ。これを2つ目に申し上げたいと思います。
 それから3つ目ですね。3つ目はこれは恋愛とセクハラの間っていうか、ハラスメントっていうのは、特にセクハラは不快な性的な言動っていうことになっている。だからセクハラっていうのと恋愛っていうのは違うんじゃないか。恋愛しているはずなのに、あとからセクハラっていうふうに訴えるような人もいるらしい。それはなんかちょっとよくないんじゃないかみたいな受け止め方もあります。それに処分を受けた方が、「あれは恋愛だったんだ。」というふうに言われることもしょっちゅうあります。そこで、恋愛とセクハラっていうのはどういうふうに考えたらいいのかということですね。私今日申し上げたいのは、恋愛からだって、同意の関係からだってセクハラは生まれるんだということなんですが、これを3つ目のポイントとして今日はお話したいと思っております。

救済と環境の回復
事実認定よりもまず救済を
 まず、救済と環境の回復、これが、最大のポイントだと思っています。セクハラの事案があると、その被害の申し立ては本当なのか、事実なのか、それをちゃんと確認しなくちゃいけない。そしてちゃんと確認して、調査して確認して、それで本当にセクハラだと、ハラスメントがあったということなら、それをやった教員や職員は処分されなくちゃいけない、と常識的に私たちは考えています。それ自体が悪いわけではないんですが、まず訴えがあったら、それが本当かどうか、本当の訴えなのか、その訴えは事実なのかどうか、まず真偽をを確かめなくちゃいけない、というのは止めてくださいと私は言いたいのです。まずうったえの真偽を確かめなくてはいけない、というのは常識の嘘と言ってもいい。
 というのは、真偽を確かめちゃいけないって言っているわけじゃないんですが、処分や調査っていうのはすごく時間がかかるんです。特に大学というところでは、やたら時間がかかるんです。企業だったら、ハラスメントの訴えがあると、すぐに人事課長とか総務課長とかそういう人が当事者を呼んで、ぱぱぱっと調べて、即、真偽がはっきりするまでは、加害者とされた人にはすぐに自宅待機の命令を出すとか、そういうことがすぐにできるんですね。だけど、大学っていうのは、訴えがあっても、それが人権委員会などまであがっていき、そこで調査をするかどうかっていうことを委員会で議論し、それで調査しようっていうことになったら調査委員会が立ち上がり、その調査委員会っていうのが始まっていくわけですが、その委員会も、大学の先生は、それを本職としてやっているわけではなくて、授業もあります、他の会議もあります、学生指導もあります。だから委員会の日程調整をするだけでも大変で、そういう委員会が1ヶ月に1回開けるか開けないか、です。だから、調査委員会なんか立ち上げても、それもまた何週間に1回開けるか開けないかっていう感じで、すごく時間がかかるんですね。普通の会社だったら、だいたい、9時から5時まで会社にみんないるわけだから、その人たちをぱっと集めてやるっていうことができるんですけども、大学ではそうはいかないんですよね。学生さんからしてみても、先生がセクハラの委員会があるから今日は休講とかになると、そういうのってやっぱりそれはおかしい、と思いますよね。そんなこと出来ないですよね。だから本当に時間がかかるんです。だけど、調査して白か黒かはっきり、この訴えが本当なのかどうなのかが分からない限りは、対処できないっていうわけですね。もしこの訴えが、全くかあるいはかなりの部分が本当じゃなかったら、何らかの対処をしたらそれはその申し立てられた先生に対して名誉毀損のようなことにもなってしまうし、セクハラ、ハラスメントしたって決めつけちゃうようなことになるから、その真偽を白か黒かはっきりさせるまで、何もできないっていうわけですね。だけどその間、訴えた当事者にとっては、ずっと宙ぶらりんの状態、あるいは被害が続いている状態がずっと続くということになってしまうんですね。だからまず真偽を確かめるというのは置いておいて、とにかく申し立てた方の言い分がどうであれ、真実度がどれぐらいであるにしろ、とにかく今困っている、今、授業に出にくいとか、その先生の授業に出られないとかそういうことで困っているわけですよね。もしかしたら原因は100%先生の側にあるわけじゃなくて、原因はもしかしたらその申し立てた人の側にも80%とか60%あるのかもしれない。だけどそうだとしても、その学生さんは、大学に学費払って勉強に来ているわけだから、彼女/彼が良好な環境で勉強研究を続ける権利を持っているわけですよね。だから、とにかく救済、彼女/彼が、以前のような良好な環境で学習研究が続けられる、学校に来れる。そういう環境を作ってやる、それがまず先決なんですね。
 例えてみればキャンパスで学生がたくさん通るところにドーンと大きな穴があいたとします。それはもしかしたら宇宙から隕石が降ってきたかもしれないし、誰かがいたずらでやったのかもしれない。だけど一体誰がやったのか、誰が責任なのかとか言っている間にその穴にみんな転んじゃうわけですよ。穴にはまっちゃうわけですよ。だったら、一体誰がやったのかっていうことを調べる前に、とにかく穴を塞いで、人が怪我しないようにする。それは当然ですよね。それと同じで、ハラスメント対策の第一にやるべきことは救済なんです。それは、調査には時間がかかるから、というだけではありません。、、真偽を確かめて、その訴えが必ずしも100%本当ではない、いわゆる「黒」じゃなかったら、救済しなくていいのかということにはならない、ということなんです。仮に先生には責任がなくご本人にも悪いところがあったとしてもしても、だからハラスメントとは言えないとしても、その学生の教育研究環境が非常に侵害されている。学費払っているのに研究できない、大学行けないという状況が放置されていいかっていうとそんなことないんですよ。宇宙から降ってきた隕石であっても、大学に何の責任がなくても、やっぱり穴はちゃんと埋めて、学生や教員がキャンパスの人が安全に通行できるようにしないといけないわけですよね。そういう意味で、救済研究と環境の回復っていうのは非常に必要です。

機能しない大学の調査委員会
 ところが今言ったみたいに、特に大学っていう組織の中で、ハラスメントをフォーマルに問題解決しようとすると、本当に時間がかかる。冗談みたいに聞こえちゃうんですけども、そういうプロセスの中で、ハラスメントと認められた時には、もう学生は長く休学を余儀なくされてた、もう退学してた、あるいは卒業してた。だから今更ハラスメントって認められたってしょうがないと、どうしようもないというケースが現実にいくらでもあるわけです。特に長く休学を余技なくされている人たちっていうのはたくさんいます。これは本当に問題だと思います。
 それから、そのフォーマルな問題解決プロセス、そういった委員会が調査委員会立ち上げて、調査をして、それに基づいて処分をしてというプロセスが引き起こす問題のもう一つは、皆さん方も御存じの方あるかもしれませんが、大学の先生というのは、そうやって処分された後、しょっちゅう対抗訴訟を起こすわけです。大学が苦労して調査して、弁護士さんやなんかにも入ってもらって、調査して、これは確かにハラスメントがあったということを認定し、処分が行われる。それで被害者の方、申し立てた方からすると、長く待たされたけど、やっとほっとしたのもつかの間、処分された方が、被害者や大学を相手取って、この処分はおかしい、申し立てた人の嘘であって、自分に対する名誉毀損になるという裁判をしょっちゅうされるわけです、大学の先生というのは。もちろん訴訟を起こすのは国民の権利ですので、いちがいにだめとはもちろん言えませんけれども、これも企業での事件と本当に違うところなんですね。企業だったらば、自分が会社を辞めない限り、あるいは辞めていてもなんですけれども、会社を相手取って裁判なんかしないんですね。会社での自分の立場が悪くなりますから、裁判しない。会社辞めているとしても、前の会社を相手取って裁判しているような人を次の企業が雇うのはやっぱり二の足踏みますからね。そういうこともあって、多少処分に不満があっても、めったに会社を相手取って裁判なんかしないわけですよ。ところが大学の先生っていうのはそういう遠慮おかまいなしですし、大学の先生というのは、特に法律への資源、裁判する資源があるわけですよね。ご自分が法学部の先生だったりもしたり、そうでなくとも弁護士さんとか法学者とか知り合いもたくさんいるし、自分の研究室もある。自分のもともとの研究はそっちのけで、今はこれが私のライフワークですとか言って、自分の裁判をやっている人います。もちろん大学の中では非常に迷惑がられているんですけれども、大学の先生っていうのは周りの先生から迷惑がられても全然平気なんです。普通、会社だったならば、みんなチームワークで仕事するわけですから、周りから浮いていると仕事にも差し支えると思うんですけれども、大学の先生っていうのはだいたい個人営業ですからね。自分のテーマで研究やっているんだから、むしろ大学で委員とかさせられなくてラッキーとかいうぐらいのものなんです。それでしばしば対抗訴訟をされて、こうなると大学にとってはもちろんですけど、特に被害者にとってたまりません。大学がもっときちんとやってくれないからこんなことになるということなんですよね。
 この背景には、大学の調査能力の低さがあります。処分不当と訴えられている中では必ず調査が間違っているということを言われますけれども、確かに、大学っていうのは調査能力低いです。これは捜査権なんかあるわけじゃないから、当たり前なんです。両方の当事者や周りの人から色々話を聞いたりして、大学は調査をするんですけれども、捜査権なんかがあるわけじゃないですからね、研究室に行って、その先生のパソコンを調べるとか、そんなことももちろんできないわけですよ。それから弁護士さんなんかにも入ってもらっても、そんな捜査みたいなことができるわけじゃないんです。だから調査能力が低いというのはある意味は不可避なんですよ。捜査権が与えられていない限り、また捜査担当者みたいな専門家や、刑事がいるわけじゃないんだから。大学の調査で、非常に熱心な調査委員の先生は、自腹で訴えの現場まで行って調べる、というケースもあるようですが、そういうのは例外的ですし、実際問題、教員がそんな捜査のまねごとをするのがいいのかどうか、疑問のあるところです。つまり大学が調査能力低いっていうのはある意味不可避で、時間がかかるというのも不可避です。だから大学が今のシステムの在り方のままなら、多少弁護士さんや専門家に援助いただくとしても、大学が、損害賠償まであり得るような事件を自力で白黒つけて問題解決しようということ自体が、問題をはらんでいると思います。処分した後も、当事者にまた裁判を起こされてしまうような、被害者にとっても二次被害になってしまうような事態をを生み出してしまうのもある意味、不可避だろうと思うんですね。だから、私はかなり重要、重大な処分が必要とされるような事案っていうのは、当事者が、裁判、司法の場で争う、あるいは弁護士を通じた示談をするということを外でやってもらう。それを大学がサポートするというような方が現実的だろうと、私は考えております。
 そして、懲戒免職のような処分までにはならないような、だけど問題であるという事案はたくさんあるわけで、そういうものは、委員会開いて調査するという延々と時間がかかるやりかたよりも、調停っていう解決方法ですね。当事者から十分話を聞いて、それで被害を申し立ておられる方の権利をまず回復するということを最重要のポイントにした解決、それをやるのが大学の責任じゃないかというふうに思っています。そういういわゆる調停っていうのは、実はハラスメント対策が始まったときには、やっちゃいかんと言われていたわけです。これは私たち全国ネットワークでも、調停のようなやり方は望ましくないというふうに最初は言っていたんです。というのは、当時はハラスメント対策がまだ始まらない時代で、そういう、当事者と大学の調整によって解決するなんていうのは問題を隠蔽することである、大学側の都合によって、身内の論理でごまかされてしまうに違いない。だからそういうことはせずに、ちゃんと委員会を作って、外部の人、他の学部の人も入れて、ちゃんと公正、公開の問題解決をするべきだというふうに私たち全国ネットワークも言ってきたわけです。だけど、事情が変わってきまして、今はもうどこの大学も一応ハラスメントっていうのはちゃんと対策しないと、問題解決しないとまずいんだということがだいぶ分かってきた。ハラスメントの問題解決することが大学の名誉を傷つけることでもなんでもないということも分かってきた。そこまで大学の取り組みのレベルが上がってきているわけだから、逆に今までやってきたような、1ヶ月に1回も開けないような委員会できちんと協議してみたいなことは、今繰り返し申してきましたけども、非常に時間がかかって効率が悪い。そういうマイナスが今すごく出てきている。

周囲の教職員・学生ができること
 だから今はもう隠蔽、身内の論理には陥らないということを最大の条件として、現実的で迅速な解決をするためには、当事者の利害を調整し、被害当事者の権利の回復のための手立てをとる、それをやれる実行力が求められていると思うんですね。その調停ができる、効果的な調停ができる条件は、まず一つには、被害を申し立てておられる方の立場に立って、何を求めているのか、何が必要なのかということを十分に聞くことのできる能力が必要です。これは各大学で色々専門のカウンセラーの方なんかにも来ていただいていて、ここまではできているところは珍しくないと思います。だけど今問題は、ハラスメント問題に詳しいカウンセラーの方に来てもらっているんだけれども、その人たちには、被害の回復をして、研究環境を回復させるための措置をとる権限はないんです。カウンセラーの方達は、被害者から、色々話聞いて、問題の所在というのは分かる。だけども、だからそのハラッサーの方にどうにかしろと、こういうふうにして下さいと言うような権限をカウンセラーの人たちは持っていないわけです。そういう権限を持っている人でハラッサー、ハラスメントした人に対して目上の立場から言うこと聞かせられる人、この人も大事なんですけれども、この人はおそらく研究科長とかそういう人ですよね。でもこの人は、被害者の立場に立った相談能力なんていうのは全然持っていないので、何が本当は求められているのかっていうことをその人は分からない。なので、この両方を組み合わせて、その被害を申し立てている方が今一番困っていることは何か、研究環境が回復されるためにはどういうことをしたらいいかということ。例えばゼミを替わるとか、そういうこともあるでしょうし、あるいは休学が必要なんだったらば、その分の授業料は免除するとかね、色んなやれるべき手、あるいは専門の先生が他にいないんだったらば、京都、大阪、たくさん大学あるわけですから、どこかよその専門が非常に近い先生に、例えば博士論文の副査に入ってもらうみたいな形で、現実にはそっちのよその大学で指導が受けられるようにするとか、そういうような措置を執る権限ですね。それができる人とカウンセリング能力がちゃんとある人がチームを組んでやるということが非常に重要なんですね。これを、さっきから言っているように、白黒はっきりしてからしかやれませんなんか言っていたら、結果が出た時にはもう長く休学を余技なくされていて、もう研究者への道はもう相当絶たれてしまったみたいなことになっちゃうわけです。
 この時に大事なことは、ですから、今のところ私たちはハラスメントを申し立てた人への措置というのがあると、ハラスメントがあったんだっていうふうに思っちゃうわけですよね。申し立てが本当だったからゼミを変えたりとか指導教員を替えたりとかそういうことしてるんだというふうに思っちゃう。そういうふうにみんなが思っちゃうからこそ、申し立てられた人への名誉毀損になるので白黒はっきりするまでは何もできませんというふうに大学は言い続けてきたわけです。ですから私たちは今、何か措置が行われることはハラスメントがあったっていうことと限らないんだ、本当にハラスメントなのかどうかはまだ分からないんだけれど、とにかくその学生も含めた全ての学生の研究教育環境を保証するという観点から何か措置をしているんだという認識をもつ必要がある。ハラスメントと関係なくとも例えば障害を持った車いすの方だったらば車いすが入れるように教室を改造したりしますよね。それと同じで、とにかく学生の教育研究環境をいいものにするということでやっているだけで、何らかの学習研究環境改善の措置があったからといってハラスメントがあったわけじゃないんだということを、私たち教職員、学生全部が理解しておかないと、救済をまずやるということができないわけですね。処分の前であれ、救済や研究環境の回復はできます。それから白黒がはっきりしなくて処分はできないとしても、救済、環境回復をやんなくちゃいけないわけで、周囲の教職員、学生の協力がすごく大事なんですね
 また、私たちはハラスメントの訴えがあっているらしいという時に、良心的な対応として、中立を保つということをしばしばやる。そのように中立を保つのがあたかもいいことのように思っているかもしれませんが、これは全く嘘で、特に教員の方に特に言っておきたいんですが、誰かが同僚の方が、学生との間でハラスメント事案で何かやっているらしいという時に、私は中立です、ハラスメントしたかまだ分からないわけだから、ハラスメントしたと決めつけるもしないし、でも学生のことを考えて、だから中立を保つというふうにおっしゃいます。だけどそれは非常に間違っている。なぜかというと、被害を申し立てた学生さんにとっては、その当該の先生との関係の中で問題が起こっているわけですから、もう指導が受けられてないわけですよ。だとすると、頼りにするのは他の先生ですよ。それなのに、他の先生達は、変に干渉したらいけないからということで中立を決め込んでいたら、無関心を決め込んでいたら、被害者の院生さんにとっては、大学全体から、学部全体から見放されているということになっちゃう。周囲の先生としては、どっちにも肩入れしない、まだ白黒もついていないんだから、だから中立を保っているつもりでも、それでは、被害を申し立てた院生からすると、指導の先生とはそういうトラブルになってしまっている上に、他の先生も一切自分と目も合わさないような感じだと、これは本当に大学から見捨てられている、もう自分はこの大学に行けないんだということになっちゃうわけです。だから、これも白黒つけるということ以前に、その学生の教育研究環境を良好なものに回復していくということをやるんだということを認識していただければ、教員として、あるいは周囲の学生仲間としてやるべきことは、その人の研究教育環境いかにいいものになるかということに協力する、それが役割だと思うんですね。だから中立を保っているっていうのは、どっちにも肩入れしないからいいんじゃなくて、これは被害の拡大に手を貸すということになってしまうということを是非ご理解いただきたいです。それから特に周りの学生、院生の方々は、ハラスメントの問題って色んな噂が流れてきます。それの噂の中には、全く事実無根もあれば、多少の事実が入っているものもあるだろう。だけども、そういうものを真に受けない、流さない。これは是非お願いしておきたい。じゃないと、被害を申し立てた方にとって、いくら後でこれはハラスメントだったということが認定されたとしても、もうその大学自体がすごく行きにくい、大学に来たら周りの人たちもひそひそ自分の噂話をしているみたいなことでは、研究なんか続けていけないんです。そういう意味で周囲のご協力、教員学生さんを含めて、その当該の方の研究環境、学習環境の回復ということに色んな面で、是非ご協力願いたいと思います。

ハラスメント定義の見直し
 2つ目のポイントなんですけれども、ハラスメント定義をもうちょっと考えてみようということなんです。
 こちらの研究科のホームページには、被害者の判断を基準とする、何がハラスメントであるかということは、受け手の側の判断が基準であるというふうにはっきり書いてあって、これはすごく大事な大原則ですよね。これをきちんと書いておられるのは非常にいいと思います。でも、だからといって不快に感じたらハラスメントっていうわけじゃないということ、これも確認したい。色んな大学や組織のハラスメント規定で、「被害者が不快に感じたらハラスメントです」というふうに書いてあるところがたくさんあります。だけど私は、それはちょっとすごくミスリーディングだというふうに思っています。というのは、やっぱり色んな感じ方があるわけですよ。その人その人のバックグラウンドによって、例えばアカハラなんかで非常に強い言葉で学生を罵ったりする。それはもうハラスメントだって、アカデミックハラスメントだっていうことになっていますけども、それも程度問題があって、これまで親からでさえ怒鳴られたこともないというような学生さんだったら、教員がちょっと強い言葉、強い語調を使ったとしても、すごく傷つくということありますよね。その感じ方が悪いわけじゃないけれども、それが即ハラスメントっていうふうに言ってしまえるかというと、それはちょっと問題が出てくる。
 誤解とか行き違いによって起こってくる問題もあります。それは正されればそれでいいわけで、なにもハラスメントだっていうふうに言わなくたって、正されればそれでOKなはず。あるいは、不快じゃないハラスメントっていうのもあるわけですね。不快に感じたらハラスメントなんて言っていると、じゃあ不快じゃなかったら何やってもいいのかっていうことにもなりますし、そういう意味で、この「不快に感じたらハラスメント」という定義はちょっと問題がある。
 ハラスメントっていう言葉、概念には2つの意味があると思うんですね。普通広く使っているときには、「え〜、それってセクハラですよ」とかね、「え〜、それってパワハラじゃないですか?」とかいうふうに言ったりしますよね。それは、「私は嫌です。やめてもらえませんか。」ということの代わりに言ったりします。先生に「カラオケでデュエットしよう。」とか言われたら、「え〜、先生それってセクハラ」とかいうふうに。あるいは注意喚起の用語として、「そういうことはちょっとやめておいた方がいいですよ。」という意味で使うこともあり、それはそれで有効なんですよね。「ああ、そうかそうか。じゃあやっぱりそういうことはやめとかないといけないんだな。」とかね、そういうことで有効なんですが、でも一方では、狭義の意味、狭い意味もあるんですよね。ちゃんと調査もして、人権侵害として認定され、処分が行われるくらいの確定的悪質な事件を、「ハラスメント」として、セクシュアルハラスメント、アカデミックハラスメントと言っているわけですね。「ハラスメントと認定しました」と大学が発表するような使い方ですね。
 この両方があるおかげでごっちゃになって、すごく反発を生むわけです。言われた先生からすると、「それってセクハラですよ」とか「パワハラですよ」とか言われて、「ああ、そうかそうか。じゃあこういうの止めておいた方がいいんだな」というふうに軽く受け止める人もいるし、それで止めとくっていうことができる状況もあるんですけども、他方で、後者の狭義の意味で受け取って、ハラスメントと言われるをだけで、「僕が人権侵害したって言うのか」と、「これで処分されるっていうことになったら、それはむしろ僕に対する人権侵害だ」みたいな、反発を生むこともあるわけです。さっきからまず申し立てがあった場合には、白黒とかつける前にとにかく救済っていうふうに言っていますが、これまで救済がなかなかできなかったのも、なんか措置をしたら、申し立てられた側の先生から、「私がハラスメントをしたって言うんですか!」、「それは私に対する人権侵害だ!」みたいな反発がすごくあって、なかなかできないということも往々にしてあったんです。
 ですから、例えば、ハラスメントっていうのは、定義をこういうふうにできるんじゃないかなと私は考えています。まず、「受け手が不快に感じたり、それによって研究、学習、労働環境が損なわれてしまうような行為はしてはならない。」セクハラ、ハラスメントであろうがなかろうが、そういう行為はしちゃいけないと。だけども、それは、すぐ止めて下さいと言い、あるいは行き違いが正されて、もうそのことが起こらないなら、それでOK。けれども、「もし事態が改善されずに継続される場合、あるいは行為が悪質であったり、深刻な被害を及ぼしている場合は、ハラスメント、人権侵害として処分も含めた厳しい対応をとる。」ということでいいと思うんですね。不快に感じたりすることはあっても、よっぽど悪質な場合以外は、それを止めてもらえればそれでよい。それなのにすぐハラスメント、ハラスメントというふうに使っちゃうと、狭い意味でのハラスメントだと決めつけられているというふうな反発を生んで、被害の回復、事態の改善も出来なくなってしまうということになっちゃう。
 念のため申しますと、、さっき言ったように、人によって感じ方は色々です。いろいろあるとしても、自分にとってそれは被害であると思う事自体が悪いわけじゃ全然ないんですね。親にさえ大声を立てられたこともないような学生さんが、先生の厳しい言葉に傷つく。そのことを「私はそれに傷ついた。そういうことは止めて下さい」っていうのは全然悪くないですよ。学生さんの個々の個性や事情背景に応じた指導を教員はやらないといけないんですからそういう苦情や注意はもちろんあってしかるべき。だけれども、それをハラスメントというふうに定義する必要はないっていうことですよね。事情がよく理解されて事態が改善されれば、ハラスメントと言う必要もない。また、特に性的なことなんかだと、色々過去の経験によって、授業の中で性的なテーマで授業があること自体もすごく傷つくというふうにおっしゃる学生さんもいます。だけどそれは、その授業がハラスメントだっていうよりも、その学生さんの心のケアを個別にするということの方が重要なはずなんですね。なのにそれをすぐに「不快に感じたからハラスメントだ、何とかしろ」というふうに言っちゃうと、もうそれはある意味思考停止で、生産的じゃないというふうに私は思います。ですからハラスメントと決めつけることなく、しかし被害や問題を解決、救済しやすくする。それから個人の感じ方はすごく色々あって当然。だけども、それぞれの被害や問題はそれなりに対処されなくちゃいけない。もしかしたらそれは、その方の心のケアが必要な問題なのかもしれないし、あるいは指導の仕方を改善しないといけないのかもしれない。それをハラスメントっていうふうに決めつけて、思考停止しちゃうと、具体的な問題の解決、個々の事情に応じた問題の解決をむしろ阻害してしまうということがあると思います。

恋愛とセクハラの間
 3つ目のポイントなんですが、恋愛とセクハラっていうのは別なのかどうかって言われると、これは答えはYes & Noなんですよね。というのは、教員と学生の間にも、合意の上での恋愛っていうのは生じると思います。それがいいか悪いかは別として。是非は別として、実際学生さんと結婚しているなんていう先生達結構おられますよね。教員、学生の間にも合意の上での恋愛は生じるということはある。だから恋愛とセクハラっていうのは別なんだけれども、だけども同意の関係からでもセクハラは生まれるんですね。また、恋愛がセクハラに転化するということもよくあることなんです。
 でも、恋愛からセクハラに転化する、あるいはそういうふうに見えるというと、これには反発があります。「恋愛だったくせに、自分もラブラブだったくせに、後から、別れたから、あるいは上手くいかなくなったから、後でセクハラだと言っているんだろう」と、「それは卑怯だ」とかね、あるいは、上手くいかなくなった恨みをセクハラだと言って訴えいるんだろう、そんなのは卑怯だと。それで、訴えられた先生は陥れられたのだとか、普通の恋愛だったのに、後からセクハラだって言われて、訴えられて気の毒だというふうに見られがちなんですね。先生が妻帯者だと、不倫だったからは問題かもしれないけど、向こうだっていい気になって恋愛していたのに、後からセクハラで訴えるなんてそれこそ良くないんじゃないかっていうふうに、むしろ訴えた女性の側を非難するような、そういう傾向が非常にあります。ですけれども、ここで私は、本当にそうなのかということを是非皆さん方に知っておいていただきたいと思います。背後にはどういう実情があるのかっていうことですね。それを考えて頂きたいんですね。

恋愛のようで実は...
 恋愛してたくせに、後からセクハラだと訴えるのは卑怯だというふうに言われるケースで、まず1つのパターンとしてあるのは、恋愛のように見えてたようだけども、実は違ってたっていうケース。これあるんですね。先生の側は、もう完全に恋愛してたつもり。恋愛モード。相手の学生もすごく自分のことを好きで、恋愛してた、だから、SEXもしてたんだと、先生はそういうふうに信じ込んでいる。だけども、学生当人は、恋愛なんかしているつもりじゃなかったっていうのは結構あるんですね。私は、処分された教員が対抗訴訟をしている裁判の事例調査をしましたが、先生方、たいてい中高年の方なんですが、こういう勘違いする方が、かなりあるんですね。例えば、先生は「いや恋愛だった。向こうだって僕にすごく好意を持っていたんだ」と言う。その根拠は何かっていうと、誕生日とかバレンタインデーに、研究室に花やケーキを持ってきてた、とおっしゃる。でもよくよく聞いたら、その先生はいつもゼミで「俺の誕生日は家族も誰も祝ってくれないんだよな。ここ何年も家族も子供も誰も祝ってくれない」っていうふうに愚痴こぼしてたわけですよ。つまり、要求しているわけですよ。そこまで言われたら、優しい学生は「ああ、持ってこいっていうことだな」と思いますよ。それで、持って行くと、自分がそういうふうに愚痴をこぼしたことも忘れ、「ああ、すごく自分に好意を持っているんだ、この学生は」というふうに思うわけですね。それから私ある裁判の法廷での証言でびっくりしたことがあるんですけれども、自分の指導している院生と食事をして、夏で食事の後、ドライブに行ったと。京都の人じゃないんですけれども、例えば京都だったら清滝の辺までドライブして、ああいうちょっと涼しげなところ、水辺にまでドライブをして、それで女性の院生がサンダルを脱いで、水に、川につかって、スカートの裾をちょっと上げたと。それで、これは俺にアピールしているというふうに思ったと言うんですね。
 学生というのは、自分の指導教員に対して、好意があって当たり前なんですよ。尊敬もしているし、その先生の研究がすばらしいとと思っているから、その研究室に来て勉強しているわけで、その先生に対して敬意、好意をもっているわけです。それで、ある意味で言えば、先生は上げ底になっている、先生という魅力の上げ底があって、その上に立っている。学生のほうは、先生に対して研究の話をするのでも敬意を持って話す。先生は、さすがこういうこともやっているんだなとかね。そういうふうに思って、好意を持って接触しているわけです。そしてその上に、食事なんかに行っても、いろいろ先生と話をしていて、好感を持ってもらいたいわけですから、研究の話だけじゃなくて、いろいろ先生のプライベートの話もちょっと話を合わせて聞いてあげたりするわけですよね。そういう中で、先生、中高年の男性というのは、特に大学の先生というのは、これは非常に独断と偏見ですけれども、あんまりモテたことのある人もあまりいないわけですよ。ずっと研究ばかりしていて。そこに若い女性が、自分のことをきらきらした目で見てくれて、研究室に花とか、誕生日に花とか持ってきてくれて、実は自分が催促したんだけど、そのケーキなんかもね、クッキー、手作りのクッキーなんか持ってきてくれた。そうすると何か勘違いするわけですよ。「結構、おれっていけてる!!」みたいなね。それで、何回か一緒に食事したりして、先生はもうデートしているつもり。だけど学生のほうは、最初は先生がプライベートな話なんかしてくれるのも、最初はうれしいんだけれども、「だんだんいや、何か先生、もしかしたら、何かちょっと私のことを何か変なふうに思ってないかしら?」とか、気がついていくわけですね。「私はこういうふうに1対1でお食事するのはちょっと、、、」とか言い出すと、「君、何言っているんだね。君には目を掛けているんだから。」とかいうふうに先生は言い出すわけです。ご本人はもうすっかり恋愛モードで、研究の実を上げるには、もっと教師と学生の壁を取り払わないといけないとか、そういうことを言い出すわけですよ。それで学生のほうは、恋愛なんかしていると思っていないわけですから、やっぱりこれは耐えられないと思って、大学にハラスメントだと申し立てるわけです。それを先生は、陥れられたというふうに思うわけです。こういうケースが実はかなりあります。恋愛のように見えていたようでも、実は違う、というケース、これは少なくないです。

恋愛だったとしても...
 それから、実際に恋愛だったというパターンもあります。後からハラスメントというふうに訴えているんだけど、実は恋愛だったというケースす。そういう場合、恋愛がうまくいっている間は感じていなかった不都合、それが、関係が悪化すると、考えが変わってくるということがあります。皆さん方もそれぞれのご経験の中で、ラブラブの時には良かったことも、後から、あれ別れて考えたら、なんちゅうことを我慢していたんやというふうに思うことありますよね。学生と教員の恋愛でもこれがあります。相手の先生のために、学生が自分の研究時間を割いて、先生の研究や生活に奉仕するというパターンですね。その学生だって研究があるんだけれども、先生の研究がよく進むように、先生のマンションの掃除をしてやるとか、料理も全部自分が作るとか、洗濯もしてやるとか、本当は他に出たい授業や研究会もあるんだけれども、その先生が嫌がるからその先生の授業にしか出ないとか、そういうことをやるわけです。それが、関係が悪化すれば、別れることになれば、あれは何だったんだ、と思うわけですよ。自分は、研究するために大学に行っているのに、その先生に尽くすために自分の研究を犠牲にしていたということを理解するわけですね。これは、一般の恋愛であれば、そんなもの、自分が馬鹿だったんだよ、というふうな事で片付く話です。だけども、問題は、指導教員だったわけです。指導教員であったにもかかわらず、自分が指導に責任を負っている院生の研究を阻害するようなことをさせていたわけです。だから、これは、当然、責任があると私は思います。一般の恋愛なら、恋愛して上手くいっている間、いっぱい一生懸命尽くして、色んなプレゼントもした、だけど別れてしまったから、すごいもったいなかった。でも、だから金返せなんて言ったら、それはみっともない。そんなことはするべきじゃないですよ。けれども、大学院生と教員の恋愛というのは、まさに指導教員なんですから、その指導教員が、自分の指導している学生の研究の邪魔になることをしているというのは、恋愛の中でであったとしても、これは非常に問題です。あとでその損害を学生がハラスメントとして言い立てて当然だと思います。これは卑怯でもなんでもない、学生としての権利だと思います。 それからまた、本当に恋愛だったとしても、うまくいかなくなり別離した後での権力関係。これが非常に学生、院生の側に不利なものとして働いてくるんですね。良くあるのが、恋愛でうまくいっている間はいいんだけれども、別れることになって、特に男性の先生のほうから別れたい場合、もう君のことは指導できないというふうに言うわけです。これは、教員としての指導責任の放棄です。だから恋愛だったとしても、恋愛であったことについて、反論はないとしても、それはハラスメントだったと言わざるを得ないです。

別離した後の権力関係
 それからまた、別離した後、恋愛している間は、自分の研究会にはもちろん参加させ、それどころか、研究会の世話係なんかもさせていたくせに、もう別れるとなったら、その研究会に出させない、あるいはゼミからも出て行かないといけなくなるというようなこと、あるいは大学や学会で顔を合わせられない、顔を合わせにくいということがどうしても起きしまいます。こういう不利益は必ず学生の側にくるわけです。先生の側に来ることはないです。このようなことを考えれば、恋愛だったらOKなんてことはとても言えない。恋愛であっても、それがハラスメントに転化する。現実にハラスメントとして立ち上がってくるということは、このように非常に頻繁に、現実に起こっております。
 そういうふうに考えてみますと、恋愛あるいは合意の関係から始まるセクハラというのもある。それは、必ずしも不快な性的言動というわけじゃない。だけども、研究学習環境が破壊されるということは同じです。それでこれはさっき強く言いましたけれども、教員に指導責任があるということを考えれば、ただ恋愛のもつれとしては片付けられないと思います。特にこういう場合、周りからすれば、あの学生は、先生のお気に入りで、すごくいい目していたくせに、今さらなんだというような、そういう反感があったりもします。だけれども、その院生の立場、院生の研究学習環境が破壊されているということについて、周囲の理解を是非お願いしたいところです。
まとめ
 最後まとめなんですけれども、3つのポイントを挙げて、今、現在とられている大学のハラスメント対策を見直すところはないかということをお話しました。
 繰り返しになりますけれども、大学の責任は、まず救済、学習研究環境を保全していくことだと思います。このことのためには、全教職員、学生の理解が必要だということ。これを改めてもう一度申し上げたい。そして、大学の能力を考えた場合、よっぽど悪質、深刻で、刑事罰とか損害賠償に値するようなものは、大学の低い調査能力で、やるよりも弁護士を通じた示談を行うとか、裁判の場での解決を大学がサポートしてやる。学生は普通、弁護士を知っているわけでもなければ、お金もかかるわけですから、なかなか弁護士さんに相談することはできない。だからこそ、大学がそれをサポートしてやるという、そういうことが必要なんじゃないかと思っております。そして、悪質、深刻なもの以外は、現実に即応した、迅速な救済を大学が責任をもって確実にやるということを考えていけたらいいんじゃないかなというふうに思っております。

質疑応答 <吉田>
 それでは、後半を始めさせていただきます。まず最初に、今、前半に伺ったお話に対する質問、それに関する内容の確認ですね。そういうようなことから始めていきたいなと思っています。その後、自然につながっていくと思うんですけども、我々、今日参加されている方の関心、あるいは経験に基づく議論ですね。そういうようなことをディスカッションにつなげていきたいなと思っています。
 皆さん、前半聞いていただきましたし、極めてわかりやすいお話、、良い意味でわかりやすい、よく解きほぐしたようなお話でしたので、特に司会のほうから再び説明を繰り返すという必要はないかなと思っております。ただ、印象を申し上げますと、3つの脱常識ということで、1、2、3とお話されたわけですけれども、どれも共通する点として、現実に即応した対応ということに強調されていたように思います。つまり、1のハラスメント対策の目的に関しても、まずは学習環境、学習、研究環境の回復というものが、至上命題であって、それに対する調査なんかは、むしろ認識的でいいんだと。あるいは調査自体が目的であるという、そういうプロジェクト自体が目的であるということで弊害が起こっているということの認識ですね。そういう形で、あくまでも優先することは、研究環境、あるいは現状、当初の状況の回復であるというようなこと。正当な権利の回復であるということを強調されました。そこでも現実に、あまりフォーマルな手続き論ではなくて、むしろ現実のそこの部分を見て、みんながやるべきだという、そういうようなご提案だったと思います。2のハラスメント定義の見直しに関しても、同様なことを感じました。つまり、ハラスメントという言葉にあまり引っ張られて白黒付けるというのではなくて、むしろ、不快なものはやめてもらえばいいわけで、そういうようなことはしばしばあるんだと。だからそういうようなことに対して、ハラスメント概念という概念の弊害みたいなものをなるべく避ける形で、新たなハラスメント定義があるということを出していただいたように思いました。3の・・・これ自体、セクハラの定義と同様に恋愛の定義も問題だよなと思いながら、私は聞いていたんですが、面白い問題を含むわけですが、これも非常にある意味現実に即した、実際あるケースからセクハラの問題を考えていくという形でいろいろお話されていたと思うんですが、これも極めて現実の我々の持つ感情、あるいはそれに基づく行為ですね。そこからどういうようなことが起こりがちなのかというところから、その後、どういうふうに関係を改善するのかということを含めましてお話されたというふうに私は伺いました。
 そういうような形で、3つという形に別れていたわけですが、その視点としては明解、明確に一本筋が通ったお話だったんじゃないかと、私は伺ったわけですが、皆さんのほうから何か、今の私の司会の側のまとめが違うというような指摘でもいいわけですが、何か、質問なりコメントがあればお伺いしたいと思いますが、いかがでしょうか。

■調停の難しさ、不快でないハラスメント
<天田>
 では、ちょっと私のほうから、一応、口火を切る形で幾つかコメントさせて頂きます。
 お話していただいたのは、全くその通りだとお聞きいたしましたけれども、ただ「調停」をしていく時の難しさがあるかと思います。「調停」する時に、その指導教員を変更する、授業科目を変える、あるいは大学院生であれば、研究室を変えたり、机等の物理的環境も変えるといった場合に、多くの場合は、「被害にあった院生」の研究教育環境を整えるという意味であっても、「変更を余儀なくされるのは被害者の側」です。特に、いわば「白か黒かはっきりつかない状況」の中で、変更を余儀なくされるという意味では、やはり「不利益を被る」のは被害者の側であるというのも事実だと思うんです。ある意味では、被害者の「利益」を優先しつつ効果的な研究環境の整備するための条件であったとしても、やはり「不利益」を被るのは事実だと思います。そうすると、では、指導教員を変更する時に、加害者側の教員を科目から外すとか、指導教員を辞めさせるとか、大学院担当を辞めさせるという措置をとると、結局のところ「調査もせずに」というお話になってしまうということだと思います。
 そうすると、今の大学院なら大学院で指導教員一人が徒弟制度的に一つの院生を指導するという体制の中では――全体の制度がそうなっている前提の中で話が進みますので――、被害者側への効果的な研究環境の整備ということで変更すると、被害者への大きな不利益になってしまう。そうすると、そもそも「初期設定」としての「全体の制度」こそ、こうしたハラスメントが起こる前に、それこそ「研究環境整備」として整えておくことが必要になります。具体的には、教員を複数指導体制にするとか、いつでも変更が自由な形にするとか、あるいは指導教員の変更を教授会にかける必要もなく自由に変更できるとか、そういう形で、初期設定がうまくいっていないと、調停そのものがうまくいかないというふうに思いますけれども、その点について、まずお聞きしたいというのが一つです。
 あともう一つ、研究教育環境の保障ということでいうと、先ほどあったように、不快でないハラスメントもあるということですが、これは全くご指摘のとおりだと思うんですね。「不快」なところから始めてしまうと、「不快」という当事者の観点から問題が起こった時の「事後的な対応」にならざるを得ない。だからこそ、「不快ではないハラスメント」もあるという前提の中で、日常の研究教育環境を保障していくことが必要であると。これは、例えば障害者の情報保障という観点からも同一のことが言えるのではないかと思っています。そうすると、本人が「今のままでいいんだ」と思う限り、同じ状況が続いてしまう。ある意味では、教育というのは「あなたが受け取っているものというのは、今が決して望ましい形ではなく、それ以上に(あるいは当然ながら)、こうしたものが本来受け取るべきなんだ」という、ある程度のお節介をなさざるを得ないところがあります。そういう普段の時の本人はハラスメントとして認識はしていないけれども、不快でもなくハラスメントとしても認識していないけれども、場合によっては、教員がお節介として全体の制度を整えるという必要性も出てくる。その時に、本人の「これまでいた環境で受け取っているものへの満足」と「教員がお節介することの鬱陶しさ」という両面があって、そこらあたりの調整が、難しいことがあると感じてます。これまでの幾つもの事例を知っている中で、どういうふうに大学院の中での研究環境整備を保障してきたのかということについて、少しお話を伺えればなと思っています。以上です。

<牟田>
 はい、ありがとうございます。非常に重要な点を指摘していただきました。
 第一の点ですね。被害者の側にやっぱり不利益が生じてしまうということ。これは本当にその通りですよね。本当に苦渋のところですね。だからその中で、いかに被害者の側に有利なようにできるかというのが、すごく大事で、ある意味クリエイティブなこともやっていかないといけないというふうに思います。一つ、話の中でちょっと言ったんですけれども、ある大学の大学院で、博士論文を書こうという段階、まだそこまでいかない。DUぐらいの段階ですかね。その段階でハラスメントが起こりました。しかし、その先生以外には、研究科にふさわしい指導をしてくださる先生がいない。そこで、他大学の先生に、そこの研究科長から特にお願いして、博士論文を出したら、正式に副査になっていただくという前提で、まだその段階までは行っていないんだけれども、実質的な主指導教員を外部の先生にお願いするということをしたりしているんですね。それはその人にとってもかなりそれは良い条件だった。これももちろんそっちの先生が引き受けてくれたから良かったわけですけれども、こうした協力は、私達教員にとっても互いに必要なことだと思います。これは一例にすぎませんが、いろんな柔軟な手を使って、いろいろ研究条件をサポートするということも、ある程度できうる可能性もあると思うし、やっぱりクリエイティブに考えていかないといけない。今、おっしゃったように、どうしても被害者の側に不利益をどうしても生じざるを得ないということを前提にして考えていかないといけないだろうなと思います。
 それと、そういうことがやりやすい初期設定ですね。非常に重要だということ、全くそう思います。指導教員を複数制にするであるとか、論文の審査にあたって、コミッティ形式にして、段階、段階を踏んで進んでいくようにするとか、そういう公明性、クリアさというのを保障していくということは、すごく大事なことだと思います。まさにおっしゃるとおりだと思います。
 それから2点目なんですね。本人が今のままでいいんだと。あなたから見たら、これはかなりハラスメントになっているようなことでもあるんだけれども、本人がそれを不快だと思っていないという時ですね。それは難しいということはわかります。一つの観点は、その当事者じゃなくて、第三者の学生、周囲の学生にとっての影響ということがあると思うんですね。本人は良くても、そういうことがその研究室で許されているということは、周囲の学生からすると、そこでは安心して研究ができないということにもなっていく。そういうことが蔓延していると、ご本人は特に不満だと言っていないとしても、そういう意味で、やっぱり介入していく必要性はあるんじゃないかなというふうに思っています。

<天田>
 ありがとうございます。調停をする時でも、現状では少なくとも多くのハラスメント防止委員会等では、どうしても「問題解決」あるいは「調整調査機関」というか、調査あるいはそこでの判断ということが中心になってしまっていますが、そうした微妙な部分を当事者から話を聞いて、そこから調停するという時に、誰を専門家とするかと言った時に、全学的な網をかけて調停を図るというのも、なかなか難しいと思うんですね。

<牟田>
 やっぱり調停は、かなりその研究科の事情とかをわかっていないと、ちょっとやりにくいですよね。

<天田>
 そうですね。そうすると、たとえば研究科の研究科長等が介在しながらハラスメント防止委員会と連携して進めるというしか方法はないのかなというふうに思いましたけれども。だいたい多くの大学はそういうふうになされていないように…。

<牟田>
 まだそういうところの事を上手くやっている大学というのは、あんまりないと思います。やっぱり研究科長のような立場にある方に、よく学んでいただいて、力、責任感をふるっていただくということをやっぱりやっていかないといけないだろうなと、それは本当にお願いしたいところだと思っています。普通は人権委員とかは、女性の先生とかがなっていたりしますが、やっぱり言うことを聞かせられる立場の人でないと駄目ですね。

<天田>
 わかりました。ありがとうございます。

<吉田>
 他にいかがでしょうか。はい、どうぞ。

<櫻井>
 先端研院生の櫻井と申します。
・・・ハラスメント・・・つい先ほど天田先生から質問がありましたが、もう少し具体的な事例を教えていただければなと。というのは、論理としてはわかるんですが、どういったことが実際起こっているのかなということがイメージしにくかったので、よろしければ。

<牟田>
 まず一つは、そうですね、例えば手を握られるとかいうのがありますよね。こういうのが、不快な接触みたいな話になっているけれども、でも現実に不快かと言うと、そうじゃないんですよ。例えば書類なんかを渡す時に、上司が手を握ってくるみたいなことがあるんですけど、普通、その握られた女性は、「えっ!!」と思うんですよ。「何、これ?」っていう、不快というよりも、戸惑いですね。それで、まさかこれ手を握っているのではないはず、ただちょっと触っている、あたっただけとかいうふうに思って、戸惑って、だからパッとはねのけたりしたら、失礼じゃないかとか思ったり、内心、色んなことが頭の中を駆け巡って、その場をやり過ごすわけですね。むしろ不快というよりは戸惑いです。もちろん握ったほうは、わざと握っているわけですよ。確信犯でやっているわけですよ。だけど、触られたほうは、え、まさか。偶然だよねとかいうふうに思っている。それで何も言わないわけですけれども、手を握ったほうは、「あ、手を握ったけど何も言わなかったから、これは「OK」ということだな。」というふうに思うわけです。
 それで、後から上司は、これはいけると思って、もっといろいろ接触してくるわけだけれども、その時にも、まさかこの私にそんな、、、とかいう感じで、ずっと戸惑っていて、なかなかどこでノーと言っていいかわからない。それで、向こうは、もうこれで行けるんだな。俺のこと結構、向こうも気があるんじゃないかとか思い込んじゃって、それで女性のほうは、自分が最初から言わなかったのが悪かったというふうに、誤解させてしまったというふうに思っちゃう。そういうケースがあります。だから最初から嫌なことをされるのがハラスメント、というとらえ方というのは、ちょっとリアリティがないと思うんですよね。上司と部下とか、先生と学生とか、ただの見知らぬ人以上に、信頼関係もあるし、人間関係がある関係なわけですよね。そういう中で、性的なことであれ、働きかけがあるというのは、まず第一に不快ではあり得ない。そんな人だったら、そもそもそういう人間関係じゃないはずなんですよね。職場にしろ大学にしろね。そういう意味で、不快、不快と言っていると、ちょっとリアリティがない。
 それとか性的な誘いを何とかというのも、最初から「俺と寝ないと研究指導はしないぞ。」なんか言う人はいないわけですよ。そんなこと。そんなこと言わなくたっていいわけです。そういう指導しているという関係だと、何かこの人を怒らせたらやっぱりまずいだろうなと、自発的に思ってくれているわけです。

■環境の回復について 
<吉田>
 他にはいかがでしょうか。

<西嶋>
 院生の西嶋です。別離したほうの権力関係のところでちょっと触れられていた、研究会、ゼミからの・・・大学が顔を合わせにくいとかいうところだったんですけど、例えば院生とか、あるいは院生でたあとの非常勤講師とかをやっている時に、ハラスメントの問題に出会った時に、例えばそれが問題化してしまった後、就職活動というか、大学への雇う方に、当然響いてくると思うんですね。それへの救済措置みたいなものは、例えば現状あるのかと、あと今後どうやって研究、環境の回復と言った時に、就職とかも含めて、どう回復していくのかというのが、やっぱり今だと想像できなくて、問題を起こしたら、やっぱりそことはまず雇ってもらえないだろうしという関係にたぶんなっちゃうと思うんですけど、そういった場合はどう・・・。

<牟田>
 ありがとうございます。大学院生の場合、セクハラであろうが何だろうが、アカデミックハラスメントにつながっていくという、本当にすごく重要なご指摘ですよね。それの答えには全然ならないんですけれども、私は日本社会学会の会員なんですが、倫理委員会というのがありまして、そこでは、申し合わせをしていまして、ハラスメント処分を受けた会員には、学会が依頼する役割、シンポジウムの登壇や、部会の司会、委員などを辞退していただくということを決めております。学会としては調査能力も何もないので、ハラスメントに対する処罰という意味ではなく、ハラスメント処分を受けた人を、学会が、例えばシンポジウムに登壇してもらったりするのは、すごく何かサポートしているかのように見えますよね。ですから、学会がハラスメントに非常に甘いという姿勢を持っているというふうに受け取られるのを避けるため。それからもう一つは、若手の人が被害者になることが多いわけですから、若手の方が、その人が司会していたりしていたら、学会に来にくいですよね。だから若手の方々の被害者の立場になりやすい方々の学会の活動を保障するためということで、そういう取り決めをしていまして、それは、その後、他の学会、政治学会とかからもお問い合わせをいただいたりして、波及するとまでは、まだいかないみたいですけれども、他の学会でもそのようなことをお考えいただいたりしているようです。それは、全然お答えになっていないんですけれども、やっぱり学会としても取り組んでいかないといけないこと、特に大学院生、それから非常勤講師の方々とのハラスメント問題というのは、本当に大学だけで全然解決するものではないので、学会としても取り組んでいかないといけないというふうに思っています。

<吉田>
 私のほうから一言。昨年のこの会でも、そういう質問が出まして、要するに学会で、例えば・・・という先生がいるとか、そういう時に、大学の中であれば、どの大学もそういう取り組みをしていますし、組織もあるんだけれども、学会というのは、そういうのがないので、学会における、でも明確にハラスメント行為があるわけですよね。その権力関係もあると、会員とそこに所属している他大学である教員の間に。それを何とかできないかという質問があって、去年のお招きした御輿さんは、残念ながら今のところは不可能だというお答えだったんですね。今の牟田さんのお答えをいただいた日本社会学会の倫理委員会規定ですか。それは、それぞれの大学においてハラスメントの判定を受けた人は、うちの学会ではどうこうという話しですよね。(そうです。)その学会の中では、そういうもちろん調査したり認定するような権利も機会もないわけですから、それは大学の規定を、いわば学会のほうでもう一回持って帰ってきて、そこで取り上げると思うんですよ。ですから例えば、どうなんでしょうね、深刻な学会の、大学ではいい顔をしているんだけど、学会ではすごくハラスメントをするような人がいたとしましょう。(います、います。)それでむしろそういう状況をわかってやっていたとして、そういう人が、そういう時にどういうふうに、対被害者は、どこに言えばいいかということですよね。例えばそこで、学会の中で、そういう組織がないとすると、例えば全国ネットワークみたいなもので、そういうような声を拾っていくようなことがある。あるいは実際そういうような声があったのかということなどはいかがでしょうかね。これは牟田さんへの質問なんですが。

<牟田>
 この全国ネットワークを偉そうに言いましたけど、本当にあまり何もできなくて、その審議、もちろんネットワークでも調べるなんかできないわけですから、ネットワークでやっているのは、きちんと対処するようにと。大学に対してですね。それで、外側からの監視があるんだよということを大学に知らしめるぐらいが今のところ関の山なんですけどね。もちろんそれと現実にどういう対処をしていくかということの、それぞれの勉強会、勉強としてはすごく役に立っていますけれども、どれだけ一つ一つの案件に対して、効果があることができるかと言うと、大学に対しての警告ぐらいのことなんですけれども。特に学会に対してはどうかということは、ほとんど難しいですね。
 でも日本社会学会で、そういうルールを作ったのは、すぐに効果はないだろうけれども、そういう姿勢を保つことで、見せることで、若手の方達からの色んな問題提起なんかもあるんじゃないかということは期待しています。

<天田>
 日本社会学会なんかだと、牟田さん言われたように、倫理委員会指針というものがある程度「目安」になって、所属機関で処分された教員・会員については、一定期間、司会を辞退してもらうなり、あるいは委員をやってもらわないとか、そういう形でできると思うんですけれども、吉田さんからあったように、学会そのものでの活動、例えば、査読を依頼した時に、投稿者にすごく威圧的な査読を書くとか、あるいは司会者やコメンテーターが発表者に対して誹謗中傷をするなどお現実がある。あるいは、それ以外でも、例えばこれは個々に委ねるのか、学会がある程度責任をもって担うのかの運用上の難しさがありますが、研究費を取ったチームが論文を投稿してきて、そこで投稿者がが他のメンバーの同意もなくデータを使うとか、そういうデリケートな部分での学会活動なんかという部分では、その所属機関に準拠するのか、それとも学会活動そのものを調査機関のない学会が担うのかという問題があります。要するに、「ちょうど隙間」なんですね。そこでは、ある意味では、なかなか手の打ち所がないのですが、でもここでも調査がなくとも、先ほど言ったように研究環境をきちんと整備することはできますが、その主体として学会がどのように機能するのかは難しいところがあります。

<牟田>
 ありがとうございます。

<松原>
 松原です。論点を絞った大変興味深いお話をありがとうございました。ふたつ質問があります。ひとつは確認なんですが、社会学会の倫理委員会申し合わせとおっしゃいましたが、これは公表されていますか。

<牟田>
 はい、公表されています。学会のホームページに。

<松原>
 そうですか。所属機関で処分された会員には、役員職を遠慮してもらうという話でしたね。このような方々は、例えば学会誌の査読者にはなれるのでしょうか。

<牟田>
 はい、若手の研究者が関わるような事柄はすべてということで、査読者にもお願いしません。

<松原>
 それも公表されているんですか。

<牟田>
 はい。。

<松原>
 学会誌の編集委員にはしないということでしょうか。例えばハラスメントを受けた院生が投稿しようとするとき、その査読を「加害者」の人がする可能性があると投稿もしづらくなりますよね。申し合わせの中に、そういう処分を受けた人には査読も回さないということなのでしょうか。

<牟田>
 そういうことが発覚した場合には、倫理委員会のほうから、編集委員会・研究活動委員会などの関連する委員長にお願いしたいと注意を促しますので、はい、査読も含めてです。専門委員というふうに日本社会学会では言っていますけれども。

<松原>
 査読は複数の委員に回しますか。

<牟田>
 はい。

<松原>
 「専門委員」以外にも査読を回すわけですよね。

<牟田>
 日本社会学会では、編集委員とは別に査読をお願いする人達のプールがあって、その方達を専門委員というふうに言っているんです。

<松原>
 わかりました。つまり所属機関で処分を受けた人は、査読自体にも関わらないという仕組みになっているわけですね。

<牟田>
 はい。

<松原>
 ありがとうございました。

<牟田>
 ただ、査読に関しては、もともとハラスメントがあるぐらいだから、指導教員との関係ですよね。そもそもそういう利害関係者は避けて査読を回しますので、もともと査読には行かないです。

<松原>
 同じ大学から投稿してきたような場合には・・・

<牟田>
 はい、一般的に査読にはまわしません。

■教員と院生の恋愛関係について 
<松原>
 ありがとうございました。それから質問のもう一つは、「恋愛」のことなんですけれども、例えば教員と院生が恋愛関係にあるということが、周りにわかっている。その際、他の院生から、そのこと自体が不当だという訴える可能性があり得るわけですよね。それについては、どのようにお考えでしょう。今のお話ですと、恋愛関係はあり得るということで、その先、恋愛の当事者が何かあった時にというお話だったんですけれども、まずそういう関係にあること自体が不当であるという訴えがありうる。他の院生をあからさまにネグレクトするとか、そういうことがなくても、利益相反という観点で考えると、その恋愛関係にあること自体が、もう指導教員の行為として不適切ということもできる。つまり恋愛対象の院生に、教育上特別な対応をするにせよしないにせよ、もう特別な関係になったこと自体が指導者としての適格性を欠いていると。例えば製薬会社から研究費をもらって研究している人が、その薬の認可に関わる評価をすることはおかしい、という非難がありますよね。指導院生と恋愛関係になるというのも、ある意味で似たようなところがあるのではないかと思うんですが。具体的な不利益が院生に生じていなくても、それはおかしいんじゃないかという訴えが、他の院生や教員から当然起こりうる。もしそういう実例があったら教えていただきたいのと、なくても牟田先生はどういうふうにお考えなのかお聞かせいただけますでしょうか。

<牟田>
 ありがとうございます。私が言い忘れている点を言っていただいてありがたいです。
 このレジュメ、スライドの2枚目の一番左下に、学生教員関係にも合意の上では恋愛は生じる、「是非は別として」と書いております。私自身は、今まさにおっしゃった観点から、教員と学生の恋愛はあってはならないと思っています。まず第一に周囲の学生の環境を悪くしているハラスメントとも言えると思います。しかし、この点に関しては、恋愛は自由だという反論もかなりあります。この点、本当にセンシティブで、やっぱり周囲を見渡すと、学生、元学生と結婚しておられる先生がいない学部、部局はないぐらいですよね。やっぱりそれを思えば、一概には言えないというふうに先生方は思われる方が多いようで、この辺を禁止するということまでは、日本の大学で踏み込んでいるところはないんじゃないでしょうか。

<松原>
 「恋愛は自由」と言ってしまうと、自由に恋愛関係になった院生からの訴えを受け止められなくなる、(そうなんですよ。)という矛盾が出てきますよね。(私もそう思います。)恋愛は自由だし勝手にどうぞと、私は思いますけど、今日お話いただいたように、恋愛の当事者の院生からの訴えがあった場合、それをちゃんと聞き取るのは、恋愛相手である指導教員に教育という職務の上で不適切な行為がありうるという認識があるからですよね。けれど「恋愛は自由」という考え方は、そうした認識をすっ飛ばすところが出てきますよね。恋愛は禁止されても起こるときは起こるわけだけど、教員と院生の間のコミュニケーションのあり方の適切性を、ハラスメント対策に組み込んでいく場合、恋愛も利益相反に関わるという認識を持たせるということになるのではないでしょうか。例えば学生に向かってゼミで「バカ」と罵倒するなとか、それと同じようなレベルで、恋愛も避けるべきだと言うことになるのではないでしょうか。

<牟田>
 そうですね。禁止と言うような規定を作ることはできないとしても、そういう非常に問題があることが起こりうるんだということの啓発は大事だろうと思います。名古屋の大学なんですけど、学生と恋愛関係になったら委員会に届け出ることという規定を作っているところがあるんです。

<松原>
 届け出る(笑)。委員会に届け出てどうするんですか。

<天田>
 公認するんですかね。

<松原>
 監視するんですか、どうなんですかね。

<牟田>
 本当に非現実的だなと思いますけどね。

<松原>
 でも、それなりの意識はしているんですよね。

<牟田>
 その大学で使われた実例が一つあったと聞いています。それは、恋愛だと先生から届け出があって、しばらく後で、相手の学生からハラスメントだという訴えがあったんですよ。ハラスメントだと訴えられそうになったから、先手を打って、これは恋愛ですと届けたという、何の役にも立っていないということですね。
 おっしゃったように啓発するということはすごく大事だと思います。

<天田>
 今、松原さんが言ったところにちょっと関係するんですけど、ただ恋愛関係にならなくても、いわゆる性的な関係がなくても、かなり濃密で、周囲から見たら、何であの院生だけという部分がありますよね。難しいのは、牟田さんが先ほど言われて、なるほどなと思ったのは、「上げ底部分」をどう見るか。もともと教員に対する尊敬もあるし(ここには尊敬ないかもしれないけど)、研究者になりたいということで、今の指導教員にある程度従わざるを得ないということもある。あるいは、就職のことを考えると、自分の利益や研究をどうプロモートするかとかという様々な要素があり、それらが「上げ底」になっていると。そうすると、「上げ底」部分の要素が様々絡み合いながら、恋愛関係に陥ることがあると思いますね。そうすると、ある意味で禁止という形ではなくて、ただ全体の研究環境整備を、研究教育関係を整備するという意味で、「上げ底」部分をやや下げるというか、そういうことはできるのかなというふうに、ちょっとお聞きして思ったんですけど。
 例えば、できるだけ一人の教員の授業科目を取らず、複数の授業を取らせるように促すとか、あるいは、研究会にも幅広く、複数たこ足のように参加させるとか、参加してもらうよう研究科の方向として決めるとか、そういう言ってみれば上げ底部分をできるだけ低くして、できるだけ濃密、あるいは恋愛関係のようにならない形でやった上でということはできるのかなと思ったんですけど、その辺についての牟田さんのご見解というか、お考えを聞かせていただければ。

<牟田>
 おっしゃるとおりだと思います。それプラス、まさに恋愛関係にならないにしても、やっぱり大学院生と指導教員の関係って、かなり密接ですよね。そのことが、教員のほうは意識していなくても、すごく圧力を掛けているということは、本当にあると思うんですね。これは私自身、本当に自分の院生との関係で、しばしば自戒をするところなんですけど、学生に愚痴を言ったりすることで学生に精神的負担を掛けていたりする。飲み会なんかでも、学部学生との飲み会、それから院生との飲み会ありますけど、学部学生との飲み会は全然面白くないわけですよ。学部学生だと、こちらが学生に気を遣って、話題を苦労して見つけてお話をする。だからすごく疲れんですけど、院生の場合は、研究テーマももちろん関心も近いわけだし、お互いよく知っているから、すごく話しやすいし、院生の場合は、院生から私にいろいろ話しかけてくれるわけですよね。話題を振ってくれる。学部学生にはこっちから話題を振って、お酌して回らないといけないんだけれども、院生と話す飲み会は楽だというのは、やっぱり向こうが気を遣ってこっちを気持ちよくさせているんだなと思うんですよ。それでこっちも愚痴を言ったりとかして、だんだんと精神的な負担をともすれば掛けていくんだなと思います。だから恋愛だけの話じゃないなと思います。

■メディアでのハラスメント報道のあり方
<吉田>
 司会のほうからいいですか。実際のハラスメント、先ほど定義を見直そうという話もありましたけど、ハラスメントの内実と、それに関する言説だとか、あるいは行動などのギャップに関する質問というか、私自身の問題・・・というのもありまして、最近、ここ1週間ぐらい前に、たしか千葉大か何かの助手が、学生を厳しく叱りつけて処分されたんですね。ハラスメントで。そういうインターネットニュースでそういう見出しが出ていたから、おやっと思って見たんですが、僕も助手の時によく叱りつけていたし、これは僕じゃないかと思って見たら、よく見ると、何時間か、3時間か4時間かしかり続けて、さすがにそれは・・・よく読むと、深夜に呼びつけたとか、明らかに社会人として非常識な時間帯だったり状況だったりするんですよ。ただそれを、短く報道すると学生を長時間に亘って説教してハラスメント著みたいな形になっていて、そうなると結局、誤解が、あるいは大学教員の職の内容に関する誤解が、またそこで生じちゃっていて、どんどんやりにくくなっているなという印象があるんですね。だからその辺り、やむ得ない部分はあるわけですけども、何かハラスメントが一人歩きしているから、かえって良くないと思われるような状況がもしあれば、あるのかどうか、あるいはあるならどうしたらいいのかということに関して、お考えがあればお聞かせ下さい。

<牟田>
 新聞とかネットなんかも含めて、ああいう見出しというのは、すごくダイジェスト版なんですよね。「指導をたてに性関係を強要」とかね。そういう文字が躍るんですけども、本当にリアリティとはかなりかけ離れたダイジェスト版で、さっきちょっと言いましたけど、「俺と寝ないと指導しないぞ。」なんて言う先生はいないわけですよ。そんなこと言わなくていい。何か学会とかで、「やっぱり良い指導のためには、もっと人間関係を、壁を取り払わなくちゃね。」とか、そういうふうに言うと。だからこそ、自分ではハラスメントなんかしていないと思うわけですね。ハラスメントというのは、強要することだろうと。自分はそんな強要なんかした覚えがない。こっちが別に強要もしていないのに、向こうがOKというふうに言ったんだと。だからこれはハラスメントじゃないというふうに本人は思い込んでいるということは、本当によくあることで、リアリティは、もっと色んな微妙な状況の中で、学生のほうが、先生の圧力を敏感に感じ取って付き合ってしまうということは、本当にあることです。今おっしゃったように、パワハラとかアカハラとかいうのも、「厳しい指導でアカハラ、パワハラと認定処分」みたいな、この頃だと載りますよね。だけど、リアリティは、もっといろいろで、今おっしゃったように夜中にずっと呼びつけていたとか、そういう具体的なことがすごくたくさんあるんですよ。そういうことがなくて、ただちょっと「もっとしっかりせんか。」とか言ったぐらいでパワハラなんてことはあり得ません。だけど、おっしゃるとおり、ニュースなんかになるときには、かなりミスリーディングな見出しなんかが付いちゃうので、こんなこともハラスメントになるのか、もう指導もできないみたいなことが、今、起こっていると思います。でも現実にいろんなケースを見てみると、処分せざるを得ない事情があるということはかなりわかってきます。一人じゃなくて、ずっとこれまでも繰り返しやっているとかね。

<吉田>
 中学とか高校の教員と学生との関係でもハラスメントという言葉は使われるんですか。

<牟田>
 スクールセクハラという言葉は使われていますけど、高校、中学では、むしろ体罰とかね。

<吉田>
 あまり使わないですよね。ハラスメントという場合に、何かやっぱり相互の自立した主体性というのが前提になっているのかなという・・・(それはそうですよね。)ことなんですよね。大学、教育・・・大学ですよね。・・・。

■ハラスメント防止と労務管理
<高田>
 院生の高田と申します。吉田先生のコメントを聞いて思い立ったのは、今回のご講演の副題に関することについてです。ハラスメントの問題に、大学として対処すべきでないこととは何だろう、と考えてしまいます。ハラスメントで不利を被った人を救済する。処罰とは別に、まず救済に目を向けなければならない。その主旨はよくわかります。わかるのですけれども、私が不思議に思うことは、ハラスメント問題が、教員に対する労務管理とか、その先にある解雇も含めた懲戒に向けられて、もう片方では、学生や院生の生活指導、あるいは退学処分や休学や停学に結びつけられてしまうことです。
 今回のお話では、教員から院生に、という権力の行使が強調されていますが、表裏一体のこととして、院生から教員へのセクハラもありうると私には思えます。また教員同士や、院生同士にもあるかもしれない。けれども、それらの調停を大学が果たすときに、結果として表面に現れるのは、教員から院生にハラスメントが行われるという構図の中で、教員を処罰するか、クビにするという結論が多々見受けられます。大学がすべき調停とその先にある解決として、労務管理や生活指導の話になっている。このことについて、何かお考えがあれば教えてください。
 もう一つに、パートナーシップ委員会のこれからにも関係することですが、ハラスメントについて啓発を続けるにあたって、大学という場でどのような方向性を持ちながら活動を継続していけばよいか、ということについてです。立命館では、例えばパンフレットを配ったり、定期的に教職員向けの講演会を開催しているようです。先生がご所属されている阪大では、どのような活動が行われているのか。活動のなかで、啓発の難しさについて何かお考えがあれば、教えてください。

<牟田>
 はい、ありがとうございます。一つには、調停のところで、私は言い落としていたところがあるんですけれども、調停の中で、これはもちろんハラスメント、まだ白黒全然付いてないわけですから、本当にハラスメントしたかどうかと言えないので、ハラッサーと言っていいかどうかわからないですけれども、だけど黒じゃないにしても、かなり誤解を与えるようなことをしているわけで、行動を改めていただかないといけないわけですよね。だけどそれがなかなか難しい。そういうことを続けておられると、非常に誤解を招くし、学生にとって研究、教育環境の侵害にもなるんだから、そういうことはしてもらったら困るんだということを、きちんと理解してもらうことがすごく大事で、ハラッサーには、その人に対して権威のある立場の人から懇々と言ってもらわないといけないんですね。これは若い女性のカウンセラーの方が言ったって聞かないわけですよ。女性の教員なんかが言ったって聞かない。そういうハラッサー教育をどうするべきかというのは、全国ネットワークなんかでもすごく課題としているところなんですけれども、本当に難しいんですが、すごく大事なところだと思います。何が悪いのかということを理解していただき、行動を改めていただくということ。
 私は、ハラスメントしたとして処分された方が起こしている裁判の調査をしていますけれども、処分の時に大学は、あなたはハラスメントをしました、だから懲戒免職ですとか、停職3ヶ月ですとか、事務的に言っているだけなんです。何が悪かったかということは、全く説明も何もしないんですよ。処分しているんだけど、とにかくセクハラだった、だから処分しますというだけで、あなたの行動のどこが問題で、どういうふうに被害が起こって、あなたはそうとは思っていなかったかもしれないけれども、これこれ、こういうふうなことが問題だったんだということを、全然大学は何も説明しないんですよね。だから全く反省も何もしていない。これまでの問題解決プロセスが、形式は一応整っているけど、いかに欠陥があるものかということの一つの側面だと思います。
 それからもう一つポイントは、今日は教員と院生との間ということでお話してきましたけれども、学部も含めて言えば、ハラスメント、特にセクハラなんかの各大学で相談に上がってくるものの8割から9割は学生間なんですね。学生間で、性暴力的なことがあるとか、ストーカー的なことがあるとか、学生間の問題のほうが、これは数からいって当たり前ですけれども、教員はやっぱり数が少ないわけですから学生間の問題というのが非常にありまして、今日は、その辺はとばしましたということを一つ付け加えさせていただきます。
 それから阪大で啓発をどういうふうにやっているかと。これも本当にただ単に研修という形で、講演会とかやるという、毎度お馴染みのことぐらいしかやれてはおりません。私の経験では、だいたいそういうことをやると、もっともしそうな人は来ないんですよ。講演とか研修会とかしても、しそうな人は来ない。、だからなるべく参加させるために教授会の途中で、中断してやる、ということでやっているところもあります。。それから、研修の仕方も、ただ話を聞くだけじゃなくて、ワークショップ形式とか、ロールプレイングとかを含めてとかやったら、もっと効果も多少上がると思うんですが、またこのワークショップ形式、ロールプレイングとかは、教員はしたがらないんですね。本当に困ったもんだと思っておりますけれども。研修をある種義務づけて、ちゃんと出席とって、何かあった時には、もし研修に参加しなかったら、どうなるか。非常に不利益が起こるというような、そういう情報も含めて呼びかけたりしているようなところもあるようです。でも確かに、講演なんか聴くだけで、一体なんの役に立つのかという大きな問題はあります。

■ハラスメントの柔軟な定義 
<吉田>
 はい、どうぞ。お名前を言って。

<石田>
 院生で現在のパートナーシップ委員メンバーの石田と申します。ちょっと微妙なんですけどというのは、さっき、櫻井君が質問しようとたぶんしていたことで、その時、ちょっと失礼して席を外してしまったので、重なってしまったらすいませんなんですけれども、今年度、このメンバーになってから、幾つか事例を見たりだとか、少しやっぱり調べたりしている中で、私が思ったのは、ハラスメントの、アカハラなりセクハラなりのハラスメントの定義はしないほうがいいんだろうなというのは、何となくずっと思っていて、あとガイドラインも積極的にたくさん作らないほうがいいんだろうなと思ったんですよ。それは、さっき吉田先生のお話してくださったように、ハラスメントの一人歩きみたいな話になりやすくなってしまって、定義すると、その後に、じゃあこれはハラスメントか否かの審議になってしまって駄目だと思うのと、ハラスメントになるかならないかは一定じゃなくて、同じ教員が同じことを言っていても、それをありがたい指導と思って、それをよく活かせる院生もいるし、そこでへこんで駄目になっちゃう院生もたぶんいると思うので、これがハラスメントだというのは、たぶん言えないんだろうなと思っていたので、今日、牟田先生が、新たなハラスメント定義というのを提示して下さって、よく見たら、これは「ハラスメント定義しません」と言っていると私は思ったんですよ。「やっぱり!」と思っていたんですけど、というのは、本当に救済しなければいけない場合だったり、みんなで考えて取り組まなければいけない問題というのは、ハラスメントであると言わなくても、それはもう人権侵害と言ってもいいし、暴力と言ってもいいし、犯罪とも言えるので、ハラスメントということに、ハラスメントということが駄目なんじゃないんですけど、定義をどんどんしていくと、どんどんというか、こういう場合があったら駄目かもしれないという想定を積み重ねていくと、そもそもハラスメントという訴えが何だったのかという、そもそもが侵害だったということがおろそかになるんじゃないかなと思っていたんですね。ただこの定義はすごく良いなと思っていたんですけど、そうすると、さっきのそこが櫻井君のさっきの質問と重なるんですけど、不快じゃないハラスメントもあるとおっしゃっていて、さっきそれで天田先生との話も聞いていると、不快じゃないハラスメントというのは、本人は不快だと思っていないけど、それが周りにとって不快なんじゃないのと思える。あるいはそれが周りに飛び火するかもしれないということが挙げられていたんですけど、それはもう私は周りにとって不快であるから、不快なハラスメントだと思うんです。不快じゃない、本人がそれで良いと思っているけれども、何かおせっかいだったり、ちょっとストッパーをつけないといけないという話になると、それはどちらかと言うと、定義をするという方向に行くと思うんですよ。ハラスメントじゃない可能性、ハラスメントじゃなくて、逆に良い結果が生まれるかもしれないものを、ハラスメントと規定して、だから必要のないタグを付けていくというか、私はどちらかと言うと一番最低のラインで、セーフティネットとして働くべきものだと何となく思っていたので、さっき櫻井君からの質問に、それについてもし既にお答えいただいているんだったら、後で聞きますということなんです。

<牟田>
 良い結果が起こるかもしれないのにというのは、どういうことですか。

<石田>
 というのは、決めると個別性が失われると思うんですよ。この人とだったら、そのままで教員と院生なり、先輩なり、良い関係が築けていけるんだけど、この人、別の人だったら、それが駄目だというような場合に、やっぱりこっちが駄目だから、止めるとこっちも駄目になっちゃうということで、私は、それは個別的にあたるべきだと思うんですよ。一律に一律化するんじゃなくて。それはそれでとっても難しいというのは想像するとわかるんですけど、方向性として、もっともっとというよりは、できるだけ少なくというほうがいいんじゃないのかなと思っていたので、浅はかな考えなんですけど、でも気になったので、さっきのお話はどうだったのかなとちょっと気になりました。

<牟田>
 今おっしゃっていただいたとおり、まさにハラスメントにあたるかあたらないかって言うことで議論したり、それで、そのことを考えていくというのはすごく不毛なんですよね。ハラスメントであろうがなかろうが、やらないほうがいいことはやるべきでないし、ハラスメントでなかったら何をやってもいいかって、そんなこともちろんないですし、そういう意味では、ハラスメントの定義は、なるべく最低ラインにしておくほうがいいんじゃないかというのは、私も全くそう思います。こういうことはハラスメント、こういうこともハラスメントになりますみたいに挙げていっても、「じゃあ、これ書いてないからいいわけ?」ということになりかねないと思います。

■先端総合学術研究科の取り組み 
<牟田>
 私のほうから伺ってもいいですか。
 こちらでパートナーシップ委員会で、院生の方が加わってやっておられますよね。その件については、どういうふうに機能しているというか、どういうふうに動いているかというのを教えていただければ。

<天田>
 もともと研究会が設立されてから、ここにいらっしゃる渡辺さんが中心になって、2005年6月からアカデミックハラスメントに関する問題提起が、院生会のほうから出されて、それから何度か懇談会やセミナー、あるいは院生会でそれぞれのワーキンググループなんかを決めて、今から4年前の2006年3月だったというふうに記憶しています。その時、ハラスメント防止委員会は全学的な機能するものとして位置づけられてきた。パートナーシップ委員会は、研究科独自で、院生と教員が相互に委員になりながら、院生のより快適なというか、よりよい研究環境整備を構築するために相互検討していく。そういう場として位置づけて、そして実際に2006年3月に第1回パートナーシップ委員会を開催されて、その時に、パートナーシップ委員会に対する規定ができたという形になります。
 それ以降は、それこそこの委員会が年に2〜3回集まって企画を立て、第1回江原さんの講演を、第2回に立命館大学ハラスメント防止委員会の事務局長をしている方にインタビューという形で公開企画を行いました。そして昨年は、御輿さんに話をしていただきました。つまり、どちらかと言うと、全学的にハラスメント防止委員会の下部組織では全くなく、研究科独自で進めてきた、院生と教員が相互に話し合いながら、あるいはよりよい研究教育環境を整備するために動いてきた、そういう経緯で上がってきています。たぶんその前の2005年段階で、どういう問題提起からというのは、僕よりもずっとあそこにいらっしゃる渡辺さんが詳しいかと思います。どうでしょう。

<吉田>
 今のご質問は、おそらくこういう会も含めて、目に見える形でそういう報告書なりイベントがあるわけだけれども、そうじゃなくて、もっと具体的に日常的に、院生と教員の関係だとか、あるいは院生同士のつながりだとか、そういうところに何か作用しているのかどうかということを含めた質問だったと思うんですね。

<天田>
 一応、ここのハラスメント委員会のほうは、今私がその立場にいますけれども、副研究科長が1名入って、そこの教授会にハラスメント防止委員会がどういうふうに今運用し、活動しているのかというのを、院生間で相互に検討した結果を教授会に伝えて、そして教授会にこのハラスメント防止委員会についての活動なり(パートナーシップ)、ごめんなさい。パートナーシップ委員会の活動について報告し、そして教員の啓発活動を促していくと。そういう機能があります。院生のほうは、2名の院生の委員がいまして、それを院生のほうに持ち帰ってもらって、院生の積極的な関わり、あるいは院生についての啓発活動を促進していくと。そういう側面として、今、機能しています。

<松原>
 院生の人からの説明が必要だと思います。

<吉田> 
 そうですね。特に何か通報するような窓口になっていたりはしないわけですね。

<天田>
 ないですね。・・・

<吉田>
 こういう言い方が、楽観的には考えられるかも知れないけど、未然に予防するような啓発活動にはなっているけれども、事後的に、その事柄に対してどう処理するかということに関しては一切その機能を持っていないんですよね。

<天田> 
 処分機能は持っていないです。あえてそこは全学的な組織形態とか制度と別々に、独立した形で研究科のパートナーシップ委員会は組織されています。

<牟田>
 パートナーシップ委員会とかあるいは院生会の、何かそこからのアイディアとかで、研究科の学生の環境とか体制とか、そういうのがこういう改善を行ったとか、そういうのはありますか。

<櫻井>
 公式的な窓口としては、こういう啓発と言ったらいいのか、情報提供をすることをメインにしていることなので、先ほど天田先生がおっしゃっていただいたように、問題を解決するとか、あるいは相談を受けるということにはなってないんですね。

<牟田>
 はい、でも何か学生の研究環境の改善という意味で・・・

<櫻井>
 そうですね。ただ院生同士で話し合っていると、やっぱりそれこそ愚痴みたいなものがあったり、院生研究会の中で、あの先生と院生の関係はどうなんだろうというようなことがあったりして、それを共有し合う一つのチャンネルにはなりつつありようには思っています。具体的に対談して、メモを取って、どの先生がどうなったかという、そういうような話にはなっていないと思いますけれども、一人一人の院生が、パートナーシップ、まだパートナーシップ委員会という、この場自体を院生の中に周知していくという、そういう意味の情報提供からスタートしていかないと駄目な段階ですけれども、だんだんこれを積み重ねていくことによって、院生同士の中で話し合えるような場というか、制度化しなくても、その問題を問題として共有できるような体制を作っていきたいなと、そういう段階だと思います。ですから、大学として何かをするとか、研究科として何か処分をするとか、そういうようなことを想定しているものではないと私は理解しています。

<牟田>
 そういう院生の方も入って、研究環境を良くしていけるような、そういう準備があるってことはすばらしいなと思いますよ。教員のほうは、院生も分かっているはずと思っていても、でも院生にはあまり周知されていなかったりとか、割と改善できるはずのことなんだけれども、あまりパイプがなくて改善されていないとか、そういうことを私は自分のところの大学院ですごくあるなと思っていますので、そういう改善のきっかけになるような、そういう場があるということはすごくいいなと思います。

<松原>
 櫻井さん、院生会の活動をちょっと説明していただけますか。院生会というのがあって、前期は2回でしたっけ。(2回です。)研究科長、副研究科長との話し合いの場というのを定期的に持っています。

<石田>
 パートナーシップ委員は、自動的に院生会にも参加することにもなっているんです。今、院生会の院長なんですけど、彼は。

<櫻井>
 先端研には、院生会というのがありまして、・・・領域の中、その4領域の代表みたいなものを兼ねていまして、そこで研究をしていく上で、こんな不都合があるとか、あるいはこういった体制にして欲しいということを、教員と意見を出し合うというのは、前期後期で・・・懇談会というのがありまして、それをやって、結構いろいろなことが・・・されていっています。例えば、障害者学生支援なんかでは、うちの研究科は視覚障害者の方が結構いらっしゃいますので、その方にはテキストデータ化などに費用がかかるとかになると、その費用を何とか出してもらえるよう執行部、その・・・教員のほうにも理解を求めて一緒にやっていくということをやって、最近はどんどんそっちのほうも整備が進んで言っている、そういったこともしています。

<松原>
 補うと、事前に質問が出ていて、それに対して研究科執行部が回答を準備するんですが、こういう質問が出ている、どういうふうに対応しましょうかというような話は、教授会でしています。「懇談会」なので、教授会でも回答の文言を決めるとかという形ではないんだけど、教授会のコンセンサスを形成した上で、執行部が懇談会に臨むというような形になっていますし、懇談会でこういう話し合いをしたというような報告も教授会でされています。研究科の設立当初から、そういう仕組みになっています。その中で、パートナーシップ委員会となったものにつながるような発案が、院生側からされたので、院生主導でできてきたというところが、全然トップダウンではないということです。その辺は、渡辺先生のほうがお詳しいですが。

<渡辺>
 おそらくその時の議事録も公開したはずです。(公開していますね。)ですから、詳しくはホームページでご覧いただけると思いますが、個人的にちょっと、僕のかなり主観も入っているとは思うんですけど、院懇というふうに呼び習わされている院生との懇談会というのは、この大学全体の一種の伝統的な制度なんですね。学部では・・・出している・・・ただその制度というのは、いわゆる立命館民主主義の伝統に則っていまして、僕は形骸化していると思っているんですけれども、大学全体の一応制度として、現実に機能してきたんでしょうね。それは4年に一度なのかな。全学・・・全科かな。・・・いわば・・・としてあるという・・・それがあったということもあって、・・・というのは、制度的には作られていないし、全・・・なかば公式の、議事録も見ていこうという形で残している・・・ありますね。ですから議事録もちゃんと教員のほうから・・・見ていこうという形で任せて・・・ただ、2006年3月、僕の記憶が正しければ2005年の年末ぐらいから院生の問題提起を受け止めて、3ヶ月ぐらいのビジョンでガイドラインを載せて、それをホームページで公開し、・・・発足するという形で結論・・・達したんだと思いますけれども、それは明らかに院懇というだけでは機能していない。あるいはそれだけではカバーしきれない問題が院生の側は思っていて、それはおそらく今後、大学院レベルで若手研究者より・・・そういうステータスにある院生と教員の関係を考えていく時に、非常に重要な問題を含んでいて、それは、制度化された院懇というものだけではとても処理できない。だけど非常に重要な大きな問題だろうということで、院生の何人かの代表の方達と、・・・僕たち、僕が中心というと言い過ぎですけど、いまして、いわば先輩の京都大学のマツダモトシさんのところにインタビューに行ったりとか、院生と一緒に。それぞれ大学や何かの経験を聞いて、最終的にはガイドラインを示して・・・

<牟田>
 石田さん、本岡さんの今の現役の委員としていかがですか。何か。パートナーシップ委員として活動されていて。

<本岡>
 そうですね、実質的な活動という面では、こういう企画を開催させていただいたり、報告書を作成するということで、今のところはそのぐらいではあるんですけれども、そうですね、一つ、とても個人的な感想なんですけれども、全くこういう問題については、僕自身は無頓着だったんですけれども、委員になることで、自分自身がこういう問題について考えることができるようになったというのが一つ良かったことではあると思います。

<石田>
 ほとんど似たような感じになるんですけど、今年度から、2年連続で委員に任期がなりまして、なのでまだ1年経っていないんですけど、そうですね、私自身の変化ということしかお話できないんですけど、ハラスメントというものをかなり四角四面に受け取っていたところがあって、それこそ新聞のヘッドラインから見えてくるようなところしか見ていなかったので、だからそんなに他の先輩達から、こういうことがあって、こういうものが立ち上がってというところから詳しく聞きながら、自分でも報告書の準備をしたり、こういった企画の準備をしたりしながら、少しずつ考えるきっかけが増えてきたという、それだけで私は随分勉強させてもらっているんですけど、そのパートナーシップ委員というのがここにあるということの、だからもらったバトンを次ぎに渡すじゃないんですけど、あることの今、門番じゃないですけど、それをやっているというのもとても引いてみて、引いた目で見て、役に立っているというか、ちゃんと受け継がれた、どうしてこういうものがあるのかということを、またメンバーが替わる時にいちいち伝えていかなければならないなとは思っているので、他にじゃあどういう効果があるかというのは、あんまりちょっと考えたことなくて自信がないです。
<牟田>
 どうもありがとうございました。

■教員と学生の関係のあり方 
<渡辺>
 ちょっといいですか。・・・したいなと思って、お話を伺っていて、いろいろ質問したいことがたくさんあったんですけどいいですか。

<吉田>
 どうぞ。まだ時間は大丈夫です。

<渡辺>
 おそらく院懇だけじゃ不十分で、パートナーシップ委員会を作ろうと思った自分なりの背景は、理由の背景は、大学院を立ち上げた後、常々、ひしひしと思ったのは、大学院生と教員の関係は定義されていないということなんですね。社会的な紙面としての関係の定義がないということです。そういう意味では、それは、別の言い方をすると無法地帯だということですね。そういうことになった背景に一つあるのは、おそらく今までの大学院という時には、基本的には学部所属で大学院科の前の話をモデルとして考えれば、学部教育を担当することによって、給料をもらっている教員が、いわばある程度は、・・・大学・・・でやっていた。それが乱暴に言えば、大学院教育のベストだと思うんですけども、大学に昔からあった。それである程度はやりながら院生と教員の関係についての定義はほとんど無い状態で何が起こるかと言うと、それは無法地帯になる。だけど、先端研の場合には、教員の皆さんは、大学院担当で給料をもらって、大学院担当は、基本的な専門なんでしょう、皆さん。ところが、関係についての定義がほとんどないという状態は変わっていないですよね。その時に、院懇というような形だけでそれを定義していくとか、そういうことができるかと言うと、それはできない。現実に起こっている問題にも対応しきれない。それで新しく・・・な委員会を作って、そのことを双方に意見を出し合いながら、明らかにしていくという、そういう機能を持たせられないかなと思ったというのがあります。もちろんそれは、現実、その当時、院生達が思っているベーシックな問題にどう答えるかと。だけど、どう答えるかというのは、何をやっているかと言うと、実はきちんと定義がないところに、了解を作っていって、それを・・・動かす。・・・。その上で、全く説明しても・・・伺いたいということで、それは、各研究学習労働環境を悪化させないということが、メインになっていて、ハラスメントの定義、改めて提示しようと。これは非常に重要なことだと思うんですが、研究学習労働環境を悪化させないんじゃなくて、教員は交渉をする義務を持っているという言い方も可能なんですね。そうすると、こう交渉義務を不履行だと院生が捉えた場合に、これはある種のハラスメントとして院生が教員をハラスメントとして・・・化するということができるかということがあると思うんです。現実には、そのタイプというのは、色んな形で・・・ですね。つまり、悪化させているから悪いというんじゃなくて、良くしてないからだめじゃないかという、そういうことはあり得ると思うんですね。そういうケースというのは現実にあるかどうかということと、それは、ちょっと抽象的になるかもしれないけれども、そういうタイプのことに対して教員はどう答えられるのかというのは、・・・金払っているんだから、もっとちゃんとしろよと。

<牟田> 
 今、先生がおっしゃったことは、パートナーシップ委員会を作られた一つの動機が、院生、教員関係の定義がないとおっしゃったことと、今、ご質問の形で言われたことはすごくつながっていますよね。私も本当に思うんですけど、私自身は、大学院生時代、別に指導なんかしてもらわなくていいと思っていました。どうせ先生がやっている専門と全然違うことをしているんだし、余計なことは言って欲しくないと。5年間大学院に居ましたけれども、ゼミとかは別として、自分の主指導教員と1対1で口を聞いたのは、合計で5分あるかないかです。、そういうふうに放ったらかされているほうがいいという院生が今でもいるのもいるんですよね。だけども一方で、すごく丁寧に指導して欲しいという人ももちろんいます。だから院試の時とかに、あなたはどっちタイプですかと聞いてコースを分けたらどうかと思うくらいです、冗談ですが。指導してもらいたいというタイプだと、自分の研究、教育環境の向上のためには、週1回必ず個人指導の時間を2時間取って欲しいとか、それが自分にとって望ましい研究環境だというふうな要望だってあり得るわけですよね。それをやっていないということは、その研究環境を損なっているという、それに関して、本当にまさに先生が一番最初におっしゃったように、院生、教員関係の定義がないですよね。この大学院に来ているということは、どこまでのことが保障されているのかということがね、本当にそう思いますね。それは学部だってある程度そうだけど、でも学部はだいたい単位というのが一つあって、だけど大学院では、授業に出て単位を取るということだけじゃなくて、まさに修論を書いたり、博論を書いたり研究するという自由度が高いところがすごく多いわけで、その辺りにどれだけの指導を受ける権利、こっちが指導をする責任が、義務があるのかと、本当に全く定義されていないですよね。

<天田>
 その時、できれば放ったらかしを希望する学生と、ある程度丁寧にやって欲しい学生がいた時に、だけど放ったらかしの学生のにこそ、いわば指導が必要な時も山ほどあるわけです。たとえば、ずっと放っておいたけど、そのテーマだとやっぱり博論までいけないぜみたいな人というのは、やっぱり年期を積んでいる教員のほうが、だいたい研究状況をわかっているし、そこのテーマが、ある程度、この学生にフィットするかということも含めて、例えばテーマ変更ということに関して、もちろん強制はできませんけど、ある種の促す時、関わってもらいたくないと言ったまま行った時、彼らが、結果的に客観的に見れば、受けられるべき、放っておいてくれと本人は言いながらも、いわゆるなされるべき指導がなされてなかった不履行と客観的には言えるわけで、そこがこの大学院教育の言ってみれば難しさで、結局はその案配と、ある程度個別に応じてやるしかないなというところの一番の部分かなと。その構築のために、このPS委員会が、言ってみれば最初の情報のチャンネルとして、院生に、特に新入生に対してそういう情報提供を促していくというのが、一つ重要な機能と言えば機能なのかなというふうに思います。

<松原>
 例えば実験系では、ある教員のラボに入るからには、その教員に指示された研究をするのは当然だと多くの場合考えられています。大学院に入るのが前提だから、進学しない学生はラボに入れない、とか。この場合、院生と教員の関係はすごく明確だけれども、徹夜しないとラボに居られないみたいな、そういうパワハラすれすれの環境でもある。一方人文系ですと、もうすこし緩やかですし、教員との共著ではなく院生が単著で論文を書いていくという場合は、院生と教員の関係もまた全然違いますよね。また同じ人文系でも分野によって違う。特にうちの大学院は学際的で、院生が持ってくるテーマを、非常に尊重して指導するという方針なわけですね。一方で、ディシプリンの作法を体得することが博士論文の前提だとする研究科も多いわけで、本当にいろいろだと思うんです。さっき牟田さんがおっしゃっていた、「ハラスメントだ」と外から見えても、当事者の教員自身が納得しないということの中には、やっぱりある種の研究教育ポリシーみたいなものが入っているわけですよね。だからそこが学部と違って、すごく難しいところで…。人文系の指導でも、厳しくしないと「ネグレクト」になってしまう部分が出てくるわけですね――さっき天田さんが言われたように。だから、ハラスメントの当事者である教員が納得しないという問題は、かなり教育研究の本質に関わるところもあると思います。そのあたりは、どのようにお考えでしょうか。

<牟田>
 いえいえ、本当に悩みが深いというだけのところなんですけれども、やっぱり一つは天田さん、今おっしゃったように、ある程度、段階を踏んでいくような、そういう3年経って、それでこれじゃ駄目だろうと3年ぶりに言われても困りますよね。

<天田>
 5年経ったって、ここは一貫性なので、この辺も終わる頃になって、やっぱり駄目だったと言われたら、「おまえ、何していたんだ。」と言われますから。

<吉田>
 取り返しのつかなさということですよね。今日のお話、私が一番ひびたなとこで、牟田さんのご本の、『セクシャルハラスメントのない世界へ』の中でも、大学のキャンパスでのセクシャルハラスメントの・・・されていて、職場とは違って、学生は他の道を選べないんだと。他の先生が場合によっては選べないテーマもあるんだということですよね。そういう場合に、人間関係が壊れちゃうと、もうだいたい不可能なんですよね。それは場所としてもだいたい不可能ですし、その貴重な時間ですよね。20代前半だ。その時間としてもだいたい不可能だということで、ある程度、取り返しのつかなさやかけがえのなさというのから出発して回復をまず急げというような話だと思うんですよ。その辺りは、ハラスメントの問題に限らず、例えば教員としてカリキュラムを考えた時に、カリキュラムをちょっといじろうかと。来年から・・・もしこれ、上手くいかないということは、何年か後にはわかるわけですけども、またいじるわけですが、その間に過ごした学生は、不利益を被るのかと。実験は、全体として実験的ではあるんだけれども、犠牲者が出ちゃいけない実験なんですよね。そういう特定の。そういうような意味では、かけがえのなさというのは、教員として常に学生に対して配慮しなければいけないことであるわけです。環境整備ということで。ハラスメント以外の改善という面でですね。そういうようなことで、そこまで今回、私は考えさせられたので、そういう意味では、非常に良かったと、面白かったなとそういう感想なんですが。そろそろ時間なのでお終いにしたいんです。
 ちょっと私は今回初めて委員をやったということもあるので、今後、この会の規模だとか、どれぐらい人が来てもらえるのかということも含めて、いろいろ今回想像していた部分があって、先ほど、研修をやっても誰も、肝心な人が来ないというような指摘があって、確かにそうだなと。逆にこういうハラスメントの研修会をやって、毎回、大盛況で大盛り上がりで、毎月やるというのも気持ち悪いですし、それはあり得ないですよね。そういう意味では、適正な規模と頻度というのは、どういうことなのかなと考えたんですけれども、これぐらいの規模で、1年ぶりですけれども、これぐらいの時間を使った議論をして、日頃、全く別のことで関わっている人達と、たまにはこういう話をするというような場だと思うんですけれども、そういう意味では、牟田先生のご発表も、非常に、研修としての機能もありますし、非常に研究内容として、研究者として知的な関心も喚起するようなお話をしていただいたなと思っていまして、今日は本当に大成功だったんじゃないかなと司会者としては思っております。どうもありがとうございました。

<牟田>
 どうもありがとうございました。
【拍手】



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3.立命館大学大学院先端総合学術研究科
キャンパス・ハラスメント防止ガイドライン(2006年3月制定)

http://www.ritsumei.ac.jp/acd/gr/gsce/hg/index.htm

0.はじめに
 大学の研究の力量が、大学院に結集した若手研究者、大学院生の鋭い問題意識と多様で自由な発想やそれらの能力にかかっていることは、大学内外の研究者、教育関係者の共通理解である。特に大学院生が研究者として成長していく途上でハラスメント等の人権侵害に煩わされることなく、活き活きと研究に専念できる真に「魅力ある大学院」を構築しえた大学こそが研究の力量を伸ばすことができる。
 立命館大学のセクシュアル・ハラスメントやアカデミック・ハラスメント(以下、キャンパス・ハラスメント)への対策は、全国あるいは世界の標準から見て立ち後れていたが、ようやく全学的なハラスメント対策に向けた制度的な改革の機運が芽生えつつある。
 立命館大学大学院先端総合学術研究科(以下、本研究科)では、本研究科院生会からの問題提起を受け、キャンパス・ハラスメントを議題とする協議会において率直な議論を重ねた。協議会での検討を踏まえ、本研究科はキャンパス・ハラスメント防止ガイドラインを制定する。ハラスメント防止のガイドラインが内実を持つためには、ハラスメントを受けた被害者に対して迅速に対応する相談窓口などの実効性のある機能が必要であり、時には調停あるいは処分等を検討し実行する権限を備えた全学的な組織が確立されなければならない。研究者養成を目指す本研究科は、事の重要さと迅速な制度化の必要性を鑑み、個別研究科レベルでの相談窓口の設立への模索を継続すると同時に、全学的な組織の設置についても提起していく。当面、本ガイドライン作成の場となった協議会の意志を継承する役割も含めて「パートナーシップ委員会」(6.参照)を発足させる。

1.ガイドライン制定の趣旨
 本研究科のすべての構成員は、安全、平等かつ快適な状態で研究、教育、就労ができる権利を有する。すべての構成員とは、教員・職員(いずれも常勤・非常勤を問わない)・院生(本研究科のプロジェクト等に関わりのあるすべての者。以下、「院生」という)である。本研究科はセクシュアル・ハラスメントやアカデミック・ハラスメント等の人権を侵害し、個人の尊厳を損ねる行為を決して容認しない。様々なハラスメントの防止に留まらず、プロジェクトを円滑に推進するための信頼関係の構築を励行する。ここでいうプロジェクトとは、本研究科の研究教育活動の基本形態を指し、狭義の「プロジェクト研究」および、共同で開催されるシンポジウム等の活動を含む。こうした研究教育活動において万一、ハラスメント等が発生した場合に備え、このガイドラインを定める。
 院生には何らかの独創的な視点が認められ、既に教員を含む他者を凌ぐ何かを有するプロジェクト・パートナーである。教員は院生の可能性を謙虚に受け止め、そこから学び、それをより伸ばすという姿勢を保持せねばならない。また、大学職員と良好な関係を形成することは、プロジェクトの推進にとって不可欠であり、院生・教員は大学職員と協力し、本研究科全体が新たな領域を切り開く有機的な教育研究システムとなるよう努力する。
 本研究科は、人文科学と社会科学の刷新と総合を倫理的な原点「核心としての倫理」から、自然科学の成果を受け止め、人文科学と社会科学の刷新と総合をはかり、よりよく生きるための知の再構築を推進することを使命と考えている。それにふさわしい研究環境を整えるために、他人の人格を傷つける言動を行わない決意を表明するとともに、そのような言動を防止するための万全の配慮と不断の努力を行うことを宣言する。

2.研究科の責任と構成員の義務
 本研究科のすべての構成員は、相手の立場を尊重することに努めるとともに、信頼関係を損ない、人としての尊厳を傷つけるハラスメント等を起こさないこと、防止することに努める。本研究科教授会は、ハラスメント等の人権侵害に対して厳しい態度で臨み、快適な研究・教育・職場環境を作る努力を行う。研究科の教学全般に責任を負う研究科長は、ハラスメント等の防止と対策に関する研究科全体の施策全般についても責任を負い、また各テーマ領域責任者等は、具体的な施策や措置の実施について責任を負う。

3.ガイドラインの対象
 1) このガイドラインは、本研究科の構成員のすべてを対象とする。ただし、教員・職員については離職後、院生については、研究科を卒業・退学などで学籍を失った後においても、在職中もしくは在学中にうけた被害についての訴えを申し出ることができる。
 2) このガイドラインは、ハラスメントが本研究科の構成員相互間において問題となる場合には、学内・外、授業中・外、課外活動中・外、勤務時間内・外など、それが起こった場所・時間帯を問わず、適用される。
 3) ハラスメントが、本研究科の構成員と本研究科の構成員以外の者との間において問題となる場合には、当事者間に職務上の利害関係のあるときに限り、このガイドラインを適用する。したがって、教員が大学等の外において行う講演・講義、あるいは、院生のアルバイト先での問題等についても、このガイドラインを適用する。ただし、加害者が研究科の構成員以外の者であるときには、このガイドラインの手続きを準用し、研究科として解決のために必要かつ適当な措置をとるよう努力する。

4.ハラスメントの定義
 ハラスメントとは、性別、社会的身分、人種、国籍、信条、年齢、職業、身体的特徴等の属性あるいは広く人格等に対する言動によって、相手に不利益や不快感を与え、あるいはその尊厳を損なう人権侵害である。アカデミック・ハラスメントおよびセクシュアル・ハラスメントとは、教育上の優越的地位にある者が継続的関係において行う不適切な言動・指導・待遇によって、相手の研究意欲・研究環境を阻害し、あるいはその後の人生においても悪影響を残す人権侵害である。この場合、意に反する他者の人権を侵害する性的言動を伴うものを特にセクシュアル・ハラスメントと言う。これらは、その生起する状況や内容に違いはあるが、何らかの優越的地位に依拠し、権力関係の中で生じるものであり、広義にはパワー・ハラスメントと言える。ハラスメントの認定は、被害者の判断を基準とする。

5.パートナーシップの基礎となる信頼関係
 プロジェクト・パートナーである院生とプロジェクト・リーダーである教員の適正な関係は信頼関係の上に構築される。とりわけ研究活動開始の初期は、信頼関係の構築が重要である。その前提として、ハラスメントの防止とその根絶のための環境づくりが行われなければならない。教員は、院生の言葉を注意深く傾聴し、院生の主題の核心を十分に理解し、発展の可能性及び行き詰まっている点を慎重に判断する。必要に応じて、院生とともに探求を進める姿勢を明確に示すことが基本姿勢となる。具体的に守るべき行動規範は、信頼関係の構築、維持、発展を促す規範である。大別すると、教員・研究科が積極的にすべき義務と絶対にしてはならない禁止行為がある。

 1)教員・研究科の義務
院生の能力向上への寄与
 1.必要に応じた院生への助言指導を行う。
 2.適切な文献、学会、研究会、雑誌媒体等の紹介をする。
 3.院生に必要な推薦書の作成をする。
 4.院生が研究成果を発表する適切な機会を保障し、その能力向上の支援を行う。

教育機会の平等の保障
 5.日本語を第一言語としない院生には、特にその必要に応じた配慮を行う。
 6.遠隔地に居住する、長時間働いているなどで大学にあまり来ることができない院生には、メールなどの通信手段を使って、充分な指導の機会を保障する。
 7.障害を持つ院生には、必要な配慮のもとに指導を行う。
 8.演習、予備演習、研究科内の良好な人間関係を保つよう寄与する。

プロジェクト遂行のための配慮
 9.プロジェクトの計画実践を通して院生の能力向上に寄与し、そのための必要な配慮を行う。
 10.教員への助言・資料提供、プロジェクトへの貢献をした院生の名前を公的に明示する。
 11.プロジェクト等の遂行には、院生に事前事後の充分な説明を行い、必要に応じて計画を変更する。
 12.万一、プロジェクト等の遂行に何らかの問題を生じた場合には、院生の努力を無駄にしないよう、必要に応じてプロジェクト等の軌道修正を行う。

研究科全体に関わること
 13.論文審査や講義の評価の透明性を保ち、院生からの異議申し立てを真摯に受け付ける。
 14.プロジェクト推進にあたって、研究科に必要な制度やシステムの整備を行う。

 2)禁止される行為
 以下の具体例は「アカデミック・ハラスメントをなくすネットワーク」資料などを参考にしている。
1.学習・研究活動妨害(研究教育機関における正当な活動を直接的・間接的に妨害すること、何らかの契約不履行)
 例)学会などへの出張を正当な理由無く許可しない/プロジェクト等の遂行に十分な事前事後説明を行わず、結果として研究時間を奪う、など
2.卒業・修了・進級妨害(院生の進級・卒業・修了を正当な理由無く認めない、正当な理由無く単位を与えない)
 例)理由を示さず単位を与えない、など
3.選択権の侵害(就職・進学の妨害、望まない異動の強要など)
 例)本人の希望に反する学習・研究計画や研究テーマを押しつける、など
4.指導義務の放棄、指導上の差別(教員の義務である研究指導や教育を怠ること。また指導下にある院生を差別的に扱うこと)
 例)「放任主義だ」と言いセミナー・ゼミを開かず、研究指導やアドバイスもしない/自分が興味のあるテーマで研究する院生にのみ指導するなどの指導の上で差別がある、など
5.不当な経済的負担の強制(本来研究費から支出すべきものを、院生に負担させる)
6.研究成果の搾取(研究論文の著者を決める国際的なルールを破ること、アイデアの盗用など)
 例)院生のアイデアを使い、こっそり論文・発表をする、など
7.精神的虐待(不適切な発言やメール・相手の主張の不十分な点を揶揄する。本人がその場に居るか否にかかわらず、院生を傷つけるネガティブな言動を行う。発奮させる手段としても不適切)
 例)「ゼミに出る資格がない、出て行け」「厳しく言うのは愛情だ」「女は研究者に向かない」など
8.身体的暴力(殴る・蹴る)
9.誹謗、中傷
 例)職務上知りえた院生の個人情報を他の教員や院生に告げてまわり、結果として大学で当人の居心地を悪くさせる
10.不適切な環境下での指導の強制
 例)指導するからといってホテルの一室に呼びつける
11.優越的地位・権力関係の濫用
 例)日曜に研究室に来ないと留年させるなどの不当な規則の強制/食事に付き合わないと指導しないなどの親密な関係の強要/研究データの捏造・改ざんの強要などの不正・不法行為の強要
12.プライバシー侵害
 例)院生が望んでいないにもかかわらす、恋人のことなど根掘り葉掘り聞く
13.その他
 例)自らの不適切な言動について、言い訳をするだけで改善をしない(被害が深刻になる可能性)/教員同士の個人的な確執による鬱憤を、相手が指導する院生へ不利益を被らせることで晴らそうとする/教員間の権力関係が院生に影響を及ぼす(権力のない教員についた院生への悪影響の可能性)、など

6.パートナーシップ委員会
 1)委員会の設置
 本研究科は、ハラスメントに関する情報の収集および研修、ハラスメントに関する学内外機関との連携、協力等を行うため、「パートナーシップ委員会」(以下「委員会」)を置く。教授会は委員会の意見を尊重する義務を負い、また教授会は委員会の意見について話し合った内容を委員会に対して回答する義務を負う。

 2)委員会の構成
 院生会の代表者2名と教授会の代表者1名および副研究科長の計4名(男女比は1:1となるよう配慮する)が委員会を組織する。なお委員の任期は2年とする
 教授会の代表者は院生の推薦を得た教授会のメンバーを教授会の承認を得て決定する。委員会は必要に応じて大学職員の参加を求める。委員会の判断により必要に応じて外部の専門家への諮問あるいは会議への参加を求めることができる。

 3)委員会の業務
1.人権擁護の意識徹底の活動
 新入生オリエンテーションでの説明(院生会)、リーフレットの作成、研究科構成員すべてを対象とする継続性を持たせた研修(外部専門家の指導)、学生便覧など(必要に応じて大学職員と協力)、カリキュラムの中での人権教育の取り組みの検討(委員会全体)などハラスメントへの問題意識を高める活動を主導する。また全学的な組織および各研究科レベルでの相談窓口の設置へ向けた学内での問題を継続的に行う。
2.ガイドラインの定期的な見直し
 最低半期に1回は、ガイドラインの見直しを継続的に検討する。
3.その他
 院生会の代表者、あるいは教授会の代表者から開催の要請があった場合には、直ちに委員会を開催する。

7.相談室の開設に向けて
 本研究科は、院生が研究を深めうるプロジェクト等への参加を通じた研究者養成を原則とする。プロジェクトの円滑な遂行には、プロジェクト・パートナーである院生とプロジェクト・リーダーである教員との信頼関係の構築、維持、発展が必要である。より良い適正な関係へとしていくために、本研究科はハラスメント等の相談室を設置することを目標とする。相談室の機能の詳細は、今後「パートナーシップ委員会」を中心に詰めの作業を続行する。現時点において、以下を構想している。
 相談室には、研究科とは利害関係のない、人権擁護に精通した専門家を相談員として配置する。相談員はハラスメント等の被害者のすべての過程における主体性、意思を尊重する。守秘義務を遵守し、プライバシーを保護する。また、相談等に関わった人すべてに対する二次被害を防止する。相談員の具体的な業務は、研究科構成員の訴えを聞き受け止めること、被害者の救済方法の整理・確認、被害者のカウンセリング、必要な複数の窓口の照会・選択肢の提示、第三者からの相談の受付等である。相談員以外の教職員も、相談した本人が望んだ場合には受けた相談を相談室に連絡することができる。


 このガイドラインは、2006年3月28日の教授会承認および「パートナーシップ委員会」の発足を条件として発効し、パートナーシップ委員会で継続的な見直しが行われ、その度に更新される。

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活動記録

2005年6月  院生会においてアカデミック・ハラスメントに関する問題提起
2005年7月  前期研究科懇談会において「アカデミック・ハラスメントとセクシャル・ハラスメント
根絶の要求とそのための提言」提出
2005年11月 セミナー「キャンパス風土の構造改革−アカデミック・ハラスメント対策の本格展
開」(東京・全共連ビル会議室)
2005年11月 研究科協議会において研究科執行部と院生側チーム作業班を公募
2005年12月 院生会において作業班メンバー決定
2006年1-3月 ハラスメント問題に関する協議会(全8回)
2006年3月  第1回パートナーシップ委員会(3月29日)
「キャンパス・ハラスメント防止ガイドライン」作成(2006年3月30日)
2006年10月 06年度パートナーシップ委員会企画
江原由美子氏(東京都立大学・首都大学東京)講演
「キャンパス・ハラスメントとはなにか」(2006年10月27日)
2007年12月 07年度パートナーシップ委員会企画
前田秀敏氏(立命館大学ハラスメント防止委員会事務局長)インタビュー
「立命館大学ハラスメント防止体制について」(2007年12月4日)
2008年3月  2006-07年度パートナーシップ委員会報告書 発行
2009年2月  08年度パートナーシップ委員会企画
御輿久美子氏(奈良県立医科大学医学部教員/
NPO「アカデミック・ハラスメントをなくすネットワーク」代表理事)
「大学院におけるアカデミック・ハラスメントの現状と対策」(2009年2月27日)
2010年2月  09年度パートナーシップ委員会企画
牟田和恵氏(大阪大学大学院人間科学研究科)
「ジェンダーの視点から見る大学院のハラスメント」(2010年2月25日)
2010年4月  2010年度新入生オリエンテーション

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関連リンク

■立命館大学ハラスメント防止委員会
  http://www.ritsumei.ac.jp/mng/gl/jinji/harass/index.html
■立命館大学学外交流倫理基準(1992年3月27日制定)
  http://www.ritsumei.jp/research/pdf/c02-02.pdf
■立命館大学利益相反マネジメント・ポリシー(2004年4月1日適用)
  http://www.ritsumei.jp/research/pdf/c02-03.pdf
■立命館大学研究倫理指針(2007年3月15日制定)
  http://www.ritsumei.jp/research/pdf/c02-01.pdf
■キャンパス・セクシャルハラスメント全国ネットワーク
  http://www.jca.apc.org/shoc/
■国立大学における男女共同参画を推進するために 国立大学協会
  http://www.zendaikyo.or.jp/daigaku/000519kokudaikyo.htm
■セクハラ・パワハラ問題ドットネット
  http://s-p.web.infoseek.co.jp/newpage20.html
■アカデミック・ハラスメントをなくすネットワーク
  http://www.naah.jp/

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あとがき

立命館大学大学院先端総合学術研究科パートナーシップ委員会 委員
吉田 寛

 本報告書は、立命館大学大学院先端総合学術研究科パートナーシップ委員会が2008年度および2009年度に開催した二つの企画の記録を中心にして構成されている。2008年3月に刊行された前号に続き、本委員会としてはこれが二冊目の報告書ということになる。
 私は2009年4月から本委員会の委員を務めている。従って、本報告書に収録されている御輿久美子氏の企画は私が委員になる前に行われたものである。
 そもそも私が教員として立命館大学に着任したのは2008年4月のことであるから、ほとんど何も分からないままに、本委員会の委員に指名されたといっても過言ではない。そんな私がこの一年間、何とか重責を果たすことができたのは、ひとえに周囲の温かいご配慮とご協力があったからこそである。とりわけ、学生委員として常日頃からわれわれ(しばしば怠惰で忘れっぽい)教員委員をしっかり支えて下さっている石田智恵氏と本岡大和氏、そして前学生委員としての引継ぎが済んだ後も良きアドヴァイザーであり続けてくれている高田一樹氏に、心より御礼と感謝を申し上げたい。
 本委員会の活動を通じて、私は非常に多くのことを学ぶことができた。それらは自分が専門としている研究からでは学ぶことができないもの、いや実際それ以上のものであったように思う。手前味噌に聞こえるとしたらお詫びするが、私は本委員会の活動を通じて、先端総合学術研究科という(それ自体、非常に稀有な)この研究教育機関の魅力と可能性を──むろんその独自の問題点や困難と同時に、であるが──再発見できたようにすら思う。こうした思いがもしかしたら他の委員や企画に参加した方々にも共有してもらえているのではないか、と考えると、それだけで望外の悦びである。一般的にいって、学内委員の仕事で、後で振り返ってやって良かったと思えるようなものは、あまりないだろう。その意味でも本委員会の委員は、私にとって、決して楽ではないが、大いにやりがいがある仕事である。
 また本委員会の主旨をご理解いただき、ご多忙の中、企画の実現にご協力いただいた御輿久美子氏と牟田和恵氏には、この場をお借りしてあらためて御礼を申し上げたい。まことにありがとうございました。

奥付

立命館大学大学院 先端総合学術研究科

パートナーシップ委員会 報告書

2008.4-2010.3



立命館大学大学大学院 先端総合学術研究科

パートナーシップ委員会

(2010年5月6日発行)



編集・発行 立命館大学大学院 先端総合学術研究科

パートナーシップ委員会

連絡先   〒603-8577 京都市北区等持院北町56-1

      独立研究科事務室 先端総合学術研究科気付

      立命館大学大学院 先端総合学術研究科

パートナーシップ委員会

      TEL:075-465-8348 FAX:075-465-8364

      E-mail:doku-ken@st.ritsumei.ac.jp(@→@)


*作成:櫻井 悟史 UP: 20100514 REV:
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