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書評:熊野純彦『差異と隔たり』

小泉義之

『図書新聞』第2658号 2003/12/20


 生命倫理・環境倫理・技術倫理・企業倫理と、倫理学の光景が様変わりして久しい。現在、それら応用倫理は、行政化の方向と心理化の方向へ進んでいる。90年代の他者論と正義論の隆盛も、そんな方向に呑み込まれている。

 本書は、こんな動向の只中で、「倫理をめぐる問題系」を「原理的な次元にそくして」考えてきた熊野純彦の論文集である。このひとことをもって、充分に貴重な成果であるとまずは言っておきたい。

 本書は三部に分かれている。第一部では自己所有権、第二部では時間と歴史、第三部では言語が主題となる。第二部と第三部は、この間の知見を模範的な仕方でまとめており、今後の研究の出発点をしるすものになっているが、ここでは、最も可能性に満ちていると思われる第一部に限定して紹介する。

 熊野は、所有の原初的状況を想定して、「最初の所有物」は「生命あるいは<いのちあるもの>」であったと主張する。生物の所有こそが、所有の原型・範型をなすのである。所有物としての動植物・女性・土地は、使用されても価値が逓減せず、余剰を産み出すものである。「糧を産出しつづける財」「財を生む財」である。そして、生産物も貨幣や資本も、それに準拠して所有物とされる。

 ここまではマルクスとアレントを想起させる議論であるが、そこから熊野は重要な一歩を踏み出す。所有物としての生物は、一面では全面的に否定されうるが、他面ではその否定がさしあたり留保されるものである。言い換えると、殺すことのできるものであるが、殺すことを一時的に留保されるものである。さらに言い換えると、殺されるにしても消費だけに費やされるものであり、生命維持以外の目的のために費やされるものではない。こうして熊野の議論は、フーコーの生権力論、レヴィナスの家畜論、アガンベンのホモ・サケル論にも接続する。

 ここから何が引き出されるか。所有の論理が以上のようであるなら、「原初的」には、「所有物の完全な支配と制御はあらかじめ断念されているはずである」。とすれば、歴史的事実的な順序として、生物の所有、物件の所有、身体の所有と展開してきたにしても、身体を所有物とすることは、「ひとの生」のある側面を損ねてしまう。最初の所有物が生物であったにしても、人間が人間身体を所有物とするや、何かを損ねてしまうはずである。だからこそ、生命と身体の自己所有権という観念には、ある奇怪さがつきまとうのである。熊野の分析はこうだ。所有には「適正な距離」が必要である。ところが、「痛みつづける身体」「病に冒された身体」は、否応なく私そのものである。身体は私にとりつき、身体によって私のほうが所有される。「適正な距離」が抹消されてしまうのだ。ということは、私にとって、身体は異他的なものであり、およそ私に固有のものではないということになる。熊野の結論はこうだ。身体は余りに近く余りに遠いものであるがゆえに、「所有不可能なもの」である。だから、応用倫理や法・政治が身体を自己所有の対象と観念するとき、苦しみ老いて死んでゆく身体のことを忘れ去っていると批判しなければならない。それではまるで不死の身体を欲望するかのようではないかと熊野は付け加えてもいる。

 さらに熊野は歩を進める。デリダの贈与論を導入するのである。身体の自己所有権論は批判されるべきだが、日常語法においては「私の生命」と所有格が使用されている。では、この生命とは何か。根源的受動的に贈与されたものであり、「非所有の所有」とでも評さざるをえないものである。

 ここで議論は停止している。たぶん熊野は感知しているが、この議論を延長するなら、私なる人間はその贈与者の所有物であるということになるからである。しかも、その贈与者と人間の関係は、熊野が倫理の根源とするところの「他者への関係」に収まりようがないだろう。加えて、本書を含め、他者論が常にそうであるように、他者が多義的に使用され、差異と隔たりの違いが曖昧にされている限りは、その関係は知られようがないだろう。とすれば、やはり贈与者とは何かと問いを立てるべきである。本書でも示唆されているが、それは親ではないし、おそらく資本でもない。また、評者の見るところ、神でも生権力でもない。それは、「人間=人類」やpopulationと改めて呼び直されている何ものかだろう。

 本書は、所有論においても、リアルな問題の核心を原理的に射抜いている。今後は、第二部と第三部で暗々裏に使用されている共有や分有といった概念を、断固として生命と身体の領域に持ち込んでみることが求められるし、非所有と所有の差異を第二部と第三部に突きつけてみることが求められるだろう。それは、熊野とともに原理的に思考しようとする者にとっての緊急の課題である。

『図書新聞』第2658号 2003/12/20


UP:20061103 http://www.ritsumei.ac.jp/acd/gr/gsce/s/ky01/031220.htm
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