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書評:船木亨『デジタルメディア時代の"方法序説"』

小泉義之

『図書新聞』2754号掲載、2005/12/17


 デジタルメディアをめぐる書物は沢山あるが、マスコミと飲み屋で聞かされるオピニオンが並べられているだけのものばかりである。しかし、ようやく、デジタルメディアをめぐって本当に思索している書物が現われた。本書は「です・ます」で書かれているので読み流されてしまうかもしれないが、間違いなく群を抜いた達成である。今後、本書を踏まえずして何かを語ったり書いたりすることは許されなくなったと断言してもいいだろう。

 漠然とであれ、誰もが、デジタル化の過程が人間経験を変容させつつあると感じている。同時に、この「過渡期」の趨勢を言い当てることができず、もどかしく感じている。「近代的な理念」にとらわれた人びとは、現代の状況を「反啓蒙、迷妄化」と見なしてわかったつもりになって、「危険の可能性を警告する」だけである。ネットで生ずる問題に対しても、「ネットワークの初期の倫理やネット外の倫理」を持ち出して対処しようとする。自分の間尺に合わせたいだけなのである。他方、デジタル化を言祝ぐ人びとは、合言葉をリレーしているだけで何も考えておらず、「新しいメディアが人間を変えようとしている潜在的な圧力を十分に見てとってはいない」。「迷妄化」と評されても仕方がないのである。これに対して、船木は、斬新な切り口を提示していく。幾つか取り出してみる。

第一に、個々の機械を作動させている社会機械を見通すことである。時計の導入は人間経験を変容させてきたが、その趨勢を掴むには、時計だけを見ても何も見たことにはならない。「時間の体制」という「巨大な社会機械」の一部品として時計を捉えなければならない。同様に、自動車にしても道路網というメカニズムの一部品として、ケータイにしても社会機械の一部品として捉えなければならない。

第二に、「ネット上のメッセージ」の新しさを認めることである。「ディスプレイ上の文字は宙に浮いて」いて、媒体に印刻される文字や記号とは異なっている。そして、パロールともエクリチュールともさまざまな仕方で異なっている。ネットは、近代的理性によって適正化することの不可能な「新しい様態の言語」を生みつつある。

 第三に、技術と人間の関係を技術の側から捉え返すことである。新しい機器類が導入されるたびに、スキルの習得が要請される。大多数が習得しなければ機器類はインフラとして機能しないから、新技術の導入は必ず政治性や権力性を帯びる。問題は、そんな軋轢を起こしながら何が進行しているかということである。POSシステムに明らかなごとく、「機械を作動させるプログラム」と「人間を行動させるメッセージ」に本質的差異はなくなっている。この見地から、チューリング・テスト、フレーム問題、『ガンダム』、『新世紀エヴァンゲリオン』などに見られるバイアスが、見事に抉り出されていく。

 第四に、コンピュータの表象の特異性を考慮することである。ヴァーチャル・リアリティに窺えるように、「対象の真の形や真の色というものが存在しない以上、そこに与えられた表象に順応できないわけはない」。だから、可感的対象についての従来の捉え方こそが、審問に付されなければならない。

 第五に、機械と接合する人間の変化に着目することである。機械が人間の真似をするのではなく、むしろ逆に、人間が機械の真似をするようになると考えるべきである。実際、理論的にも、「器官と機械が結合していくなかで、生物も理解することができる」。そして、ロボット論に引き寄せて言うなら、「ロボットが人間と同等になるのは、まさしく、人間がみずから変じてロボットになるとき」である。ここには、ある種の倒錯が潜んでいるが、肝心なのは、泣きもせず笑いもせずに、その趨勢を理解することである。

 以上、些か野暮な仕方で要点を取り出してみたが、本書の叙述は極めて滑らかであり、徹底してクールである。そして、信頼性が人間以外のものの属性になっていく趨勢を分析しながら、セクシュアル・ハラスメントやパワー・ハラスメントに言及していく箇所、言語論的転回が近代理性の最後の反動と診断する箇所、情報開示における権限の再配分を指摘する箇所など、さりげなく書かれているが、冴えわたった箇所も少なくない。
 過渡期とは、「いきつくところが、出発点において想定されるものと同じであるとは到底考えがたい」時期のことであるからには、過渡期の思索は、忘却されることを宿命づけられている。しかし、本書は、そんな過渡期の里程標として将来においても想起されてしかるべきものである。


『図書新聞』2754号掲載、2005/12/17


UP:20061101 http://www.ritsumei.ac.jp/acd/gr/gsce/s/ky01/051217ky.htm
小泉義之 

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