科学・技術開発と研究倫理(3)

日本学術会議の「独立性」を掘り崩し、学術の国策化を狙う「法改正」に反対の意を示 そう


兵藤友博

 

 政府は2022年12月6日、「日本学術会議の在り方についての方針」を示した。この方針 文書には「政府等と問題意識や時間軸等を共有」というフレーズが、あわせて4回繰り 返される。政府の考える日本学術会議の「在り方」の主要な点はここに集約され、政権 の意向に沿った組織にすることを企図している。これを実現させるために、「会員等以 外による推薦などの第三者の参画」を日本学術会議法に盛り込もうとしている。

 この方針に対して、日本学術会議は同年12月21日の総会で、前記の「方針」の再考を 求める声明を発した。声明は、「(会員)選考過程に関与する第三者委員会(選考諮問 委員会)の設置を含めた法改正が準備され、次期通常国会への法案提出が予定されてい る」が、「これらの事項は日本学術会議の独立性に照らしても疑義があり、日本学術会 議の存在意義の根幹に関わるものである」として懸念事項を提起した。

 政権こそ「国民の信頼」が求められる 当時・科学技術政策担当の後藤茂之大臣は、 「今回の見直しにおいて、独立性に変更を加えるという考えは一切ない」(2023年2月1 0日の衆議院・内閣委員会)と述べている。注意を要する発言は次の点である。会員選 考に第三者の参画の関与の法改正を進めるのは、「基本的には、学術会議というのは、 国という立場であって、そして国から独立して職務を行う、そういう立場の一環であり ます」(同年1月31日の大臣会見)と述べていることだ。学術会議は「国から独立して 職務を行う」と述べる一方で、「国という立場」にあるのだという。この二つのフレー ズは矛盾している。学術会議法には「日本学術会議は、内閣総理大臣の所轄とする」と 記されているが、日本学術会議の性格について「国という立場」などと記していない。 日本学術会議法は、学術会議は「国から独立して職務を行う」と規定し明示している。 はたして大臣は学術会議法を理解しているのだろうか。「国という立場」は政府の意向 に即した大臣が説く「立場」である。

 担当大臣の意図は、学術会議は会議法にない「国という立場」などと述べて、「選考に 関する規則だとか、あるいは選考について必要な意見を述べることによりまして、選考 ・推薦プロセスの透明化、厳格化を図っていく」(2022年12月22日の大臣会見)が必要 だと手前勝手な論理を展開する。しかも、こうした論理を補強するために、「国民の信 頼」のためなどと述べる。「国民の信頼」を得るために透明化・厳格化かが必要なのだ と言いたいのだろう。だが、この企図は、政権にとって都合のよい選考委員会を設けて 政府・政権党の意見を反映させようという、「政権のため」のものである。「第三者」 などと称しているいるが、その実は第三者委員会のメンバーを政府の意を反映した者( 識者)で構成し、政府の意向を反映させようというものである。これではかつての「任 命拒否」時と同様に会員選考を闇に託すものでしかなく、とても「透明化、厳格化」と 形容しえるものではない。

 日本学術会議法には、会員の選考の規準として「優れた研究又は業績がある科学者」と 明示されていることに留意することが必要である。また、日本学術会議会則には、「会 員及び連携会員は、幹事会が定めるところにより、会員及び連携会員の候補者を、別に 総会が定める委員会に推薦することができる。2 前項の委員会は、前項の推薦その他 の情報に基づき、会員及び連携会員の候補者の名簿を作成し、幹事会に提出する。」と 記されている。会員は210名、連携会員2000名程度であるが、これらの会員、連携会員 の学問分野等は多岐にわたる。このような会員・連携会員の選考(3年度毎に半数改選 )は、会員・連携会員の推薦、候補者名簿の作成においても、各学問分野等に精通して いることが必要で、選考手順も含め選考委員会が多岐なメンバーから構成されている必 要がある。日本学術会議はそうした性格をもって組織されている。これに対して、今次 の政府が提示する第三者委員会は、限定されたメンバーで、会員候補者の多彩な学問領 域にとても精通するというわけには行かず対応できるものではない。

 日本学術会議のよって立つ「根幹」とは 日本学術会議法の前文には、「科学が文化 国家の基礎であるという確信に立つて、科学者の総意の下に」と記されている。ここに 学術会議の根幹がある。時の政界や経済界の意向、即ち政権や経済団体等の意に即して 科学的助言を提示するのではなく、科学的真理性に導かれた科学者たちの総意で科学的 助言を提示する。学術会議が政治的便宜や経済的便益に即したものとなれば、科学的真 理からは遠ざかり、学術会議法の前文に掲げられた「わが国の平和的復興、人類社会の 福祉に貢献し、世界の学界と提携して学術の進歩に寄与する」という「使命」の遂行、 また第1条に掲げられた「わが国の科学者の内外に対する代表機関として、科学の向上 発達を図り、行政、産業及び国民生活に科学を反映浸透させる」という、ナショナル・ アカデミーたる学術会議の「目的」の実現からは遠ざかる。

 まことに、「第三者」などとの表現で、「中立性」をあたかも担保しているかのよう に見えるが、その実は政府・政権党、経済界の意に「偏在」したものとなろう。それに もかかわらず、学術会議の会員選考に「第三者委員会」を関与させるべく、国会で数の 力で「法改正」を行って、学術会議の「独立性」を掘り崩そうとしているのである。

 日本学術会議は、確かに国費で賄われる国の機関である。国費というと政府の管轄下で 、その意に即すという単純な図式で理解する考え方がある。だが、学術会議がよって立 つ根幹は、前述の学術会議法にあるように、「科学が文化国家の基礎であるという確信 に立つて、科学者の総意の下に」と記されている、この点の真意を確認することが欠か せない。日本学術会議は政界や経済界が志向する手法で社会に寄与するのではなく、担 当大臣の説くような「国という立場」にあるのではないことを重ねて指摘しておきたい 。

 学術会議「改革」問題は、ご存知のように2020年10月の会員候補任命拒否を契機とし、 いかに日本学術会議を「変質」させ、戦争のための軍事科学やイノベーションのための 国家科学を推進する、学術界の「旗振り役」にさせようとするとするところに、政府・ 政権党の意図はあるだろう。これは日本学術会議だけの問題ではない。日本の学術全体 の問題で、このままでは国民のための学術とはならず、なおいえば、このままでは日本 における健全な学術は地に落ち、世界に胸を張ってその存在を示せなくなるだろう。 日本学術会議は、2023年2月16日の学術会議幹事会における内閣府総合政策室長の担当 官の「検討状況」説明を受けて、また同幹事会は同年2月22日、改めて「懸念事項」の 整理をしている。その文書の最後には「日本の学術の『終わりの始まり』となりかねな いことを強く憂慮する」とまで危機感を表した。日本学術会議の「変質」をもくろむ「 法改正」に対して、各方面から反対の意を示すことが求められている。

                           (2023年3月1日記)





Top Pageに戻る