科学史・技術史のこと(3)

科学実験と産業技術との相互交渉


 この研究テーマは科学の現代性を実験的側面から明らかにしようとするものです。

 すなわち、現代自然科学の科学実験部門において使用されている、実験手段の体系の現代的特性とは どのようなものか、また、それら実験観測装置に見られる革新性は、どのような産業技術と相互交渉し、 現実化されるものなのか、いいかえれば、新しい技術の潜在的可能性はどのように発現しえるのか、等 々について検討したものです。具体的には、ノーベル賞級の成果をあげたX線散乱や電子散乱の科学実 験において、決定的な役割を担った当時のハイテク技術としてのX線管・電子管技術の発展、および実 験的手法について検討したものです。

 この問題は、今日的にいえば、学術界における科学研究と企業における技術開発(研究開発)との結 びつきに関わるものです。この研究によって私が意図しているところは、科学研究が当該時代の、ど のような産業技術、企業における新技術の開発、あるいは社会的(歴史的)事情に規定されているのか を明らかにすることです。なおいえば、一線級の科学研究と最先端の技術開発とが相互交渉(産学連携) することで、科学実験手段が高度化する一方、企業内研究所において研究開発されている製品技術が、 高度化するのか、それらの関連性を究明するところにあります。

◆主な関連著作

(1)「X線散乱の科学実験とその産業技術との連関」『平成8ー9年度文部省科学研究費補助金基盤研究 C(2)研究成果報告書「1910-20年代における原子物理学実験の進展と関連産業技術に関する実証的研究」』 pp.1-11(1998).
(2)「電子散乱の科学実験とその産業技術との連関」『平成8ー9年度文部省科学研究費補助金基盤研究 C(2)研究成果報告書「1910-20年代における原子物理学実験の進展と関連産業技術に関する実証的研究」』 pp.15-25(1998).
(3)『科学史 その課題と方法』(共編著:青木書店、1987年)


◆研究関連のサイト

Bell Laboratories,Lucent Technologies / History / Decades of discoveries
General Electric Company / GE History



X線管技術の開発と原子科学研究との相互交渉


兵藤友博

 X線の粒子性発見と新型X線管

人体などの診断に使われるX線は、可視光と同様に電磁波の一種と見られ、波動的なものとして 理解されていたが、そのX線が粒子的振る舞いをすることがアメリカの物理学者A・H・コンプト ンによって示された。このコンプトン効果とよばれる現象というのは、波長のそろったX線が散乱 体(電子)にあたると、それと同じ波長のX線以外に別の波長のX線が散乱される現象のことであ るが、それは旧来の電磁波の理論では説明できない、今世紀の初めにアインシュタインが提起した 新理論「光量子論」によって説明できるものだった。

 このような新事実を明らかにしたコンプトンの実験とはどのようなものだったのか。それには次 のようなこれまでにない新しい実験装置、測定機器が使われた。光学的な写真撮影によるのではな く定量的に検出しうる電離箱、ならびにその散乱線の強度測定には自動的に記録する方法が採用さ れただけでなく、X線管は電機会社GE(ジェネラル・エレクトリック)研究所のクーリッジが特別にあつらえ たものであった。これは、クーリッジが製品の研究開発を基盤としつつも原子物理学の最先端の科 学研究の要請に応えて製作したもので、俗にクーリッジ管とよばれるこのX線管は小型でありなが らも性能は優れたものであった。

 ちなみに、X線管はもともと放電管でしかなかった。だが、レントゲンによるX線の発見以後、 その機能は特殊化され、X線管は放電管から分化、発展した。したがって、X線管は科学研究の中 から生まれたといってよい。なおいえば、先の計数管も一種の放電管であり、またイギリスの物理 学者J・J・トムソンは放電管を用いて電子を発見したことを考えて合わせてみると、放電管はミ クロな世界発見の要となる装置だったのである。

 X線管の発達と軍事との交錯

 ところで、クーリッジ管は、研究所の同僚の研究の成果を利用したもので、陰極にタングステン ・フィラメントを用いることで、電流を調整して放出される熱電子の量を変え、X線の発生を望み どおりにしたものである。この改良によってX線管の動作は再現性を含め安定したが、その後、第 一次世界大戦を経てさらに改良された。戦争という新しい事態のなかで小型で強力な携帯可能な軍 事医療のためのX線管が求められたからである。

 クーリッジはこれに応えようと、熱の散逸をよくするために、X線を放出するタングステン製の 陽極に銅塊を裏打ちすることで陽極の熱容量を数段高め、しかもその陽極に水を流し冷却すること で、X線管の径をしぼり、小型化をはかったのである。コンプトンは前述の研究で後にノーベル物 理学賞を受賞するが、彼が用いたX線管もこれらの改良をとりこんだものであった。

 戦時中のGE研究所は対潜水艦業務をはじめとして火薬や焼夷弾の研究など軍事動員に忙しかっ た。第二次大戦の核兵器はその代表格であるが、ここに科学が戦争に利用されるという二〇世紀的 特質が早くも見られるのである。科学・技術が国家の資源として位置づけられ、国家予算をつぎこ んで研究開発されるのである。


主な関連業績
(1)「X線散乱の科学実験とその産業技術との連関」『平成8ー9年度文部省科学研究費補助金基盤研究 C(2)研究成果報告書「1910-20年代における原子物理学実験の進展と関連産業技術に関する実証的研究」』 pp.1-11.



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