技術イノベーションの現代的展開(2)

日本の技術は世界のトップか


兵藤友博

 1997年の世界GDPの総額は29.5兆ドル、日本のGDPはその14.2%を占め、 EU諸国は全体で27.4%でしかなく、26.6%を占めるアメリカについで第2位の地位を保っている。こ うした経済的地位を日本が確保していることから日本は「経済大国」といわれるのであろうが、この経 済的地位に日本をして押し上げた一つの要因は技術にあるのではないかといわれ、そこで日本の技術も 世界のトップ・クラスの地位にあるのではないかと評価がされることがある。

 このトピックでの基本問題は、日本がこの経済的地位と同様に技術上においても確保しているの かを検討すること、あわせて今日の日本の産業技術をつくりだした戦後の技術革新の歩みを振り返り、 その実像を明らかにするとともに、これからの日本の技術のありようを考えることにある。

1.日本の技術水準はどの程度のものか

 日本製品の輸出額の国際市場におけるシェアは、日本の技術の水準を示す一つも指標といえよう。図 表@はOECD諸国におけるハイテク産業輸出額の国別シェアを示したものである。これを見ると、先 のGDPにおける地位と同様に、日本製品の地位は高い。医薬品、航空・宇宙産業の低位を外すと、日 本の各産業のシェアはアメリカについで第2位、電機・電子製品や通信機器、精密機器にあっては第1 位の地位にある。このように日本製品の国際市場競争力は強く、日本の技術はトップ・クラスにあると いえる。というのは、日本製品の市場競争力が強いということは、技術だけに起因するものではないが、 製品技術はもちろんのこと、製品を製造する技術すなわち製造技術も確かなものでなくては、それら製 品を製造することもできないからである。

 しかし、これだけで日本の技術の水準を推しはかることは早計である。前述のように、医薬品、航空 ・宇宙産業の弱さが端的に示しているように、ハイテク製品といわれるものは一般的に新製品を生み出 すハイレベルの研究開発、同時にハイレベルの製造技術がなくてはならないが、日本の技術はこのよう な創造的な研究開発が求められる分野において決定的ともいえる弱さを残している。他にも、このよう なハイテク部門ではないけれども、やはり新たな素材の研究と新製品の開発を求められる化学産業は、 かつてのような相対的劣位から脱却したものの、自動車や家電、工作機械に見られるような強さを持っ ているとはいいがたい。がいして日本製品は自動車や電機、精密機械、工作機械のようなハ−ドウェア を中心とした、比較的技術蓄積がしやすい製品化技術分野で競争力を持っている。

 もう一つ検討すべき点がある。それは製品技術・製造技術はもともとどこで創られたものであるかと いうことである。それらの基本技術は外国から導入されたものなのか、それとも自主開発による国産技 術なのか。つまり、技術において根源的に優位を保持しているかどうかは、どれだけ基本技術を自前で 創りだしているかで決まる。

 その点で、興味あるデータは、特許取得状況とその国際取引としての技術貿易収支である。ことに後 者の数値は日本の技術開発の水準を測る、いいかえれば外国の技術開発との相対的な優劣を測るバロメ ーターというべきものである。まず特許の出願及び登録状況から見てみよう。図表Aは主要国における 1996年の国籍別特許出願及び登録件数である。日本のそれは第2位の地位にある。このことは特許の主 戦場ともいうべきアメリカにおける出願・登録件数を見ても同様である。1996年のアメリカでの総出願 件数のうち日本のそれは約20%、第2位の地位にある。ただし、この日本の高い水準は、類似技術の国 内外での出現を防ぐために、開発可能性のある周辺技術の特許をあらかじめ登録したり、あるいは経済 摩擦解消のために欧米でも現地生産をおこなうようになり、それにともなって特許やノウハウなどを出 願・登録するというような、日本企業の生産環境の変容も考慮しなくてはならない。

 それらの実情を考慮しなくてはならないものの、よく見ると、欧米諸国の国外の出願・登録件数は国 内のそれらの数倍あるのに対して、日本の出願・登録状況はそれとは逆に国内において出願・登録され たものが6割を超え、内向きであることを示している。このことは日本の特許、いうならば日本の技術 開発の実力がいまだ欧米に比して劣位にあることを示すものである。

 たしかに、図表Bの総務庁統計(会社等への調査票の送付・回収)の地域別技術貿易額を見ると(技 術貿易とは特許・実用新案・ノウハウ等の国際的取引のこと)、すべての地域で出超になっている。だ が、図表Cの調査方法の異なる日銀統計(500万円以上のすべての為替送金)では依然として日本は輸入 超である。輸出超になっているのはアメリカとイギリスである。近年アメリカの貿易収支はかつての勢 いはないものの復調してきたといわれているが、アメリカの技術貿易は依然として圧倒的な輸出超、す なわち技術上の優位は揺るぎないどころか、米国企業の国際特許戦略の強化から特許出願件数は1991− 96年の5年間で3倍に伸びている。ことに伸びている地域は、先進国というよりは韓国、香港、インド、 マレーシア、タイ、ブラジルなど、今後生産拠点や市場として発展の可能性のある国である。アメリカ は比類のない対外的アクティヴィティをそなえている。

 図表Dは日本の業種別の新規技術導入の件数を示したものである。繊維や化学製品、機械でも電機や 一般機械などはあいかわらず新規の技術導入をおこなっている。近年のその総件数は1970年代の2倍か ら3倍にあたり、依然として日本は技術導入路線を歩み続けている。図表Eは先端技術分野の導入動向 を示したものである。電気機械器具は、先に見たように国際市場で大きなシェアを持っている。けれど も、その核心的技術ともいうべき電子計算機関連の技術、ことにソフトウェア関連の技術は圧倒的に導 入路線なのである。

 こうして見てくると、日本は、製品製造ではアメリカに匹敵する市場競争力をもっているけれども、 しかし製品製造を支える技術開発においてはアメリカに水をあけられている。

2.日本の基礎研究は充実しているのか

 科学や技術の研究開発は、科学的な基礎的知識を純粋に究明する基礎研究、その科学的知識を応用し 実用化の可能性をさぐる応用研究、および実際に新製品・新生産方法を開発することを目的とする開発 研究の3領域に大きく分けることができる。もし日本が基本技術の領域で群をぬいているとしたら、こ の3領域のうちの、とくに基礎研究が充実していなくてはならないだろう。ところが、図表Fのように、 日本の研究費の内訳をそれらの3領域に分けてみると、欧米に比して十分な資金は基礎研究に投下され ていない。しかも、日本の基礎研究はほんとうに基礎研究といえるようなものかという疑念を表す声も あり、この図表の基礎データの集計をそのまま受け取るのは事態を見誤る。ひょっとすると日本の基礎 研究費はこの割合より低いかもしれない。

 日本では、大学等の基礎研究費は5割をこえるものの、企業等の基礎研究費は数%程度にすぎず、製 品や設備の開発研究に多くの資金が投下されている。これに対して、アメリカでは日本より相対的に基 礎研究分野に多くの資金が投下されている。なおフランスのそれは日本のそれをはるかにしのぎ、しか も日本とは反対に開発研究費は5割を割っている。

また、研究開発のうちの基礎研究の成果は論文としてまとめられることが一般的であるが、その執筆 件数の1994年の日本の世界におけるシェアは9.6%、アメリカのそれは36.2%である。研究成果のアクテ ィヴィティを示す論文の被引用回数の日本のシェアは前記シェアより小さく8.0%、アメリカのそれは52 .3%であり。それだけ世界から注目されている。

 図表Gは戦後の主要国のノーベル賞受賞数と1980年前後の経済成長率と関連を見たものであるが、日 本は受賞数が少ないにもかかわらず経済成長率が高いという、いびつな位置にある。自然科学分野の受 賞件数は1998年までで、日本は5人、これに対してアメリカは192人、イギリスは68人、ドイツは61人、 スイスとオランダは小国でありながらも、それぞれ13人と11人を数える。

 これらの科学研究をめぐる実状は、やはり日本の科学研究・技術開発が相対的に劣位にあり、その点 で欧米先進国に頼らざるをえない状況下にあることを物語っている。日本は「基礎研究ただ乗り」であ るとの欧米諸国の非難も無理のない話である。


【主な参考文献・資料】
 日本の工業、貿易の全体状況については、通産省の『通商白書』『工業統計表』や大蔵省『外国貿易 概況』、経済企画庁『経済白書』がある。日本の科学技術の動向の基本的なデータについては、総務庁 統計局『科学技術研究調査報告』や科学技術庁『科学技術要覧』『科学技術白書』『科学技術導入年次 報告』などが参考になる。

*この論説は、立命館大学の『経営学部で学ぶために』(文理閣、2000年)所収の原稿を加筆修正したものです。


   
主な関連サイト
文部科学省総合計画部会の次期科学技術基本計画の検討
経済産業省の国家産業技術戦略(平成12年4月10日)の文書

 

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