Report #01

今あるシェアリングエコノミーは「楽しくない」

AirbnbやUberといった既存のシェアリングエコノミーは、遊休資産を持ちルールを遵守できる善き市民同士が、無駄を有効活用 し、取り引きを効率化・安全化して、ノイズのない社会を作っていく仕組みです。また、今後の発展が予期されているシェアリングエコノミーは信用システムの構築に依存していて、評価経済や信用スコアといったものを次々に作ります。これらは信用の不履行を防ぐというよりも、信用の不履行を起こしそうな人を排除する仕組みです。

では、他者に分け与える資産がない人や、私の調査対象者のような人たちはどうなるでしょう?排除されるはずです。信用システムは完璧に向かって加速し、一度の失言で社会的評判が急落したり、同じ意見の人が集まる環境で自分の意見が強化されるエコーチャンバー現象が起きたり、という世界が築かれます。私たちはいったい何のためにシェアをして、何のために信用システムを作っているのでしょう?信用が完璧に管理される世界なんて楽しくないじゃないか、と私は思うわけです。

TRUSTは従来の信用システムとはまったく違います。流動的で異質性の高い人々の間で、負い目を固着させることなく、無理なく支援し合う試行錯誤の過程で作られたSNSプラットフォームが、市場交換にも活用されているだけです。ブローカーを信用てきる順に格付けするのではなく、個々人の状況を推し量りながら「誰も信頼できないけど状況によっては誰でも信頼できる」という観点に立ち、裏切られても状況次第でまた信じ直すことができる。こちらの方が、誰もが災難や不運に遭う可能性がある世界を生き抜きやすいはずだと思います。

交易拠点としてのチョンキンマンション

AIによる贈答経済のユートピアを再考しよう

私は、モノやサービス、情報が、そのとき必要とする誰かに自然に回っていくシステム、誰かに過度な負い目や権威を付与することなく回っていく分配システムが市場経済の中に作られていくことに期待していて、それが実現するならAIなどのテクノロジーに頼るのもいいのではと思っています。

ブロックチェーン技術やデジタル通貨を研究している斉藤賢爾先生は、著書『信用の新世紀ブロックチェーン後の未来』で、ブルース・スターリングの短編小説『招き猫』(『タクラマカン』ブルース・スターリング著、ハヤカワ文庫SF所収)を紹介しています。招き猫とは一種の巨大な互助ネットワークを指す言葉で、人々はAIのようなポケットコンピュータ(ポケコン)を持っていて、自立的なネットワーク贈答経済に参加しています。

たとえばコーヒーを買おうとするとポケコンがピッと鳴って「ついでにモカチーノも買え」と言います。そこでコーヒーとモカチーノを持って歩いていると、公園で頭を抱えている人がいて、ポケコンが「この人にモカチーノをあげろ」と言うから、実際にあげる。するとその人が「ちょうど今、それが欲しかったんだ」と喜ぶ。指示に従って、何かのついでに贈り物や親切をしたりすることで、いろいろな必要性、欲求が循環していくというユートピア経済です。

貨幣をさほど必要せずに物をやりとりする融通のソリューションが形成されつつある今、こうしたSF的な贈答経済はすでに現実化しているのではないか--斉藤先生はそう指摘しています。

香港のタンザニア人たちは「俺は誰も信頼していない」と言うくせに、「Aは俺のことが大好きだ」と頻繁に語ります。「誰も信頼できない世界で私に賭けてくれたんだから、Aは私が好きに違いない」という発想です。ままならない他者や社会に自分勝手に肯定的な意味を持たせるには、ある程度の不確実性があった方がいいのではないでしょうか。そういう不確実性の存在する意味を、テクノロジーとともにある未来のために考えていきたいなと思います。

Profile

おがわ さやか
立命館大学大学院 先端総合学術研究 科教授(専門分野:地域研究、文化人類学・民俗学)。京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科修了。大学院生の頃、東アフリカのタンザニアで「マチンガ」と呼ばれる路上商人たちに関し、騙し騙されながら助け合う商売の仕組みや、社会関係について研究。フィールドワークの一環として自身も行商人をしていた。その後、都市暴動、東アフリカ諸国間の国境貿易、国際的な古着流通の仕組み、模造品、偽物の消費文化などに研究対象を広げ、現在は中国にいるアフリカの交易人を調査している。

著 書

『都市を生きぬくための狡知―タンザニアの零細商人マチンガの民族誌―』(世界思想社・2011、サントリー学芸賞受賞)
『「その日暮らし」の人類学もう一つの資本主義経済』(光文社新書・2016)
『チョンキンマンションのボスは知っている: アングラ経済 の人類学』(春秋社・2019)