Report #01

松原
次は、本当にみんなが聞きたいこと。「今までフィールドワークをしていて危険な目に遭うことはありませんでしたか」。
小川
「今までフィールドワークをしていて危険な目に遭うことはありませんでしたか」。小川何が危ないかということからしてもはや麻痺しているんですけど(笑)、以前タンザニアの友人に再会したら、彼はやせこけていて「ビジネスに失敗して借金まみれになっちまった」と言うんです。多くもない金額だったので「代わりに払うよ」と、借金相手の家まで一緒に行ったところ、彼は「おまえはここで待っていろ。女の子にお金を借りたなんて恥ずかしいからさ」と言って借金を払いに行きました。後からそこが麻薬の取引所だと知ったのですが、私はそのとき「いいやつだな」と思ったんです。彼は私から身ぐるみ剥がすことだって、麻薬を勧めることだってできたのに、上手に嘘をついて、私が払える額だけを私を傷つけずに引き出したわけですから。基本的に私は現地の人たちを信じることにしています。誰かを信じないと、基本的な情報をいくら集めても危ない目には遭う。ただ信頼は「絶対に裏切らない」ことではなく、裏切りのなかにもある手加減に友情を賭けてみる。そして本当に危険だなと思ったら、現地の人たちと同じことをするという方法で切り抜けています。
松原
小川先生もフィールドに入ったら、現地の人たちと同じように考えて、同じように行動する。でも、ぎりぎりのところは踏み外さないように気をつける、そんなイメージでしょうか。
小川
退路を確保しながら、とりあえず何でもやってしまうという。
松原
人類学者はやはり只者ではないですね。「現代日本でインフォーマルに生きるにはどうしたらいいですか」という質問についてはどうでしょう。
小川
勝手に生きればいいと思います(笑)。インフォーマルなネットワークは、たとえばSNSで「要らないものを交換しよう」というグループを作った瞬間にだって可能だと思います。
松原
ベーシックインカムについてはどう思われますか。「全員がもらえるので重たくないような……」というご質問なんですけど。
小川
ベーシックインカムで自由になる側面は多々あると思うし、負債が発生しにくい側面もあるので、まじめに考えたいなと思います。ただ、全員に同じ額を配るというよりも弾力を持たせた方がいいかなと。以前にタンザニアで、日本人だから金持ちだと思われて、たかられていたんです。そんな日々が続いてある日、「このままだと私は暮らしていけない!」とプツンと切れて、15人くらいを集めてスーツケースを開き、「全部持ってけー!」と持ち物をすべて配っちゃったんです。本当はブラジャーの間に100ドルだけ隠していたんですけど(笑)。それで、「私のおかげでみんなの問題が解決したでしょう?これから5カ月以上ここで暮らすから私を助けてね」と言いました。配った物の一部はさらに別の人に配られたので、結果的に私に借りのある人がたくさんいる状態になったわけです。するとそれ以降は、ちょっと遠くの町に行きたいと言うと誰かがトラック運転手を連れてきてくれたり、余ったものを毎日くれる。私は必要に応じてそれを必要なものと交換して......という感じで、何の問題もなく幸せな5カ月を過ごしました。余裕のある人がそのときにできる範囲で、こちらが欲しいもの、必要なものを融通してくれる。欲しいものが、欲しいときにくる。そんな仕組みもあったらいいなと。
松原
「全部持ってけー!」とやったのは、調査の初期の頃でしょう?
小川
そうです。
松原
「その結果、問題なく幸せに過ごせた」とおっしゃったのは、「香港在住のタンザニア人のコミュニティや人間関係は、投機的なコミュニケーションで回っている」という調査結果と同じじゃないですか。それを知る前に自ら実践したのですね。先を読んでいたのですか?
小川
誰かは助けてくれるだろうと思ったし、助けてくれなかったらたかってやるみたいな勢いも持っていました。
松原
最後にもう1つ、参加者からのコメントを紹介します。「表面的ではなく一筋縄ではないが、ある意味では人間らしい部分でのビジネスや人間模様を聞くことができてかなり興味深いお話でした」。とてもいいまとめのお言葉です。ちょうどお時間も来ましたので、本日のYs salonはこれにて終わりたいと思います。皆さん、ありがとうございました。

LIVEアンケートシステム

当日は、LIVEアンケートシステムを用いて参加者とリアルタイムで意見を交わしました。

現代日本でインフォーマルに生きるにはどうしたらいいですか? 〈トム〉

デジタル貧困者がたくさん出てくるようなことが言われていますが、香港ではそういった人はいらっしゃらなかったのでしょうか?

表面的ではなく一筋縄ではないがある意味では人間らしい部分でのビジネスや人間模様を聞くことができてかなり興味深いお話でした。

ベーシックインカムについてはどう思われますか? 全員がもらえるので重たくないような… 〈ma〉

現在の日本社会では、計画的にやって予定調和的に作業をこなしていくことが、良しとされています。しかし、現実の世界では予期できない「不安定さ」によって、偶発的にミスが起き、自己責任ということで処理されていきます。今回の話ではタンザニアの人々が不安定な世界を受け入れ、自己責任ではなく相互補助で生きていると受け取りました。しかし、世界の「不安定さ」というものを日本(資本主義社会)では受け容れることができるのでしょうか。 〈いいんちょ〉

今までフィールドワークをしていて危険な目にあうことはありませんでしたか。

1994年の王家衛監督の映画『恋する惑星(重慶森林)』に衝撃を受け、中国語映画を研究対象に加えた私にとって、重慶大厦(チョンキンマンション)と言えばインド人。行くたびにインド人がたくさんウロウロしているのを確認して満足してたのですが、実はタンザニア人だったのかも…(--;) で、タンザニア人が重慶大厦で具体的にどんなことをしてるのか、インド人とどうやって住み分けをしているのかを知りたいです。