Report #02

江戸時代の日本酒の発展に 食ならではの面白さ

自動車産業に代表される製造業では、一般に、コア技術のイノベーションで産業発展の方向性が決まってきた傾向があります。例えばEVの場合、それはリチウムイオンバッテリーです。では食文化はどのように発展してきたのでしょうか?ヒントは江戸時代の日本酒にありました。

2019年、食マネジメント学部で歴史学(日本史)を専門とする鎌谷かおる先生と、共同研究「EdoMirai Food System Design Lab」を立ち上げました。「江戸という時代および都市における食を、歴史学とシステム工学の観点から見直し、未来のサステナブルな食をデザインすること」をテーマとしており、研究プロジェクトの一つに日本酒の発展史があります。

実は、私は高校時代の歴史の成績が2だったくらいで、本当に苦手意識を持っていました。でも鎌谷先生と話す中で「歴史って本当は面白いのかもしれない」と思えてきたんです。「日本酒もシステム工学の観点で見るとこんな面白さ、あんな面白さがある」と、雑談の延長で研究が始まったような感じですね。

江戸時代、濁り酒を透明な清酒にする技術や、酒を大量に保存できる樽作りの技術が本格的に発展し、さらに東海道・中山道 や東廻り・西廻り航路といった交通網の整 備も進んで人・物・情報の交差が活発化しました。①酒造り、②容器製造、③人・物・情報の交差、という複数のキーファクターが複層的かつ連関しながら進歩したことで、江戸時代の日本酒文化は各地域で飛躍的に発展したと考えられています。

EdoMirai Food System Design Labについて

つまり、複数の要素の複層的で分散的な発展が、現代まで「持続」する多様な日本酒文化を生み出したのです。この日本酒のサステナビリティは、コア技術だけに着目する従来の製造業的なアプローチでは捉えきれません。

また江戸時代には、江戸以西の地域、特に摂津国(現兵庫県南東部および大阪府淀川以北)の酒が大量に江戸に運ばれ、楽しまれていた記録も残っており、また酒造文化が日本各地で分散的に発達したことも分かっています。これは、サステナブルな都市が世界各地で分散的に発達している現在の状況に似た傾向としても捉えることができます。

食文化の深化から都市の発展まで、これからのサステナビリティを考えるにあたって、江戸から学べることは本当に多くあるのです。

ゼリー技術を通じた 社会課題解決に挑む

現在進めているもう一つの研究例として、京都のお菓子メーカー・ユキオーと共同で進めているゼリーの研究開発についてご紹介します。このゼリー技術の特徴はなんといっても、天然素材だけを使って「素材そのものよりもおいしいかも!」と思えるほどの味わいを実現していることです。

ゼリー製造では通常、ゲル化剤やゼラチンを溶かすために煮沸、そして殺菌のためにpH調整という2つの工程を行いますが、これらの工程で果物そのものの風味が失われたり、お酒のゼリーからはアルコール分が飛んでしまいがちです。ところがユキオーはこれらの工程に代わり、ゼリーを無菌充填する技術を持っているので、果物本来の風味やフレッシュさ、日本酒のアルコール分を残したゼリーを作ることができます。2019年3月には、アメリカのテキサス州で開かれた世界最大級のスタートアップイベント「サウス・バイ・サウスウエスト」の期間中に日本酒100%ゼリーのプロトタイプを発表したところ、大好評でした。

しかもこのゼリーは常温で長期保存できるので、たとえば液体が飲めない高齢者の嚥下食や、災害食、さらには宇宙食など、社会課題解決のためのイノベーション研究として多様な応用可能性を秘めています。素材が最もおいしい瞬間をゼリー容器に封じ込め、空間的にも時間的にも広範囲なアクセスを可能にするこの技術を起点に、さまざまな可能性を探っていきたいと模索しています。2020年3月のサウス・バイ・サウスウエストでは、さらに大きな規模でこのゼリー研究を発信する予定で、東京豊洲市場で高級青果を扱う西岩商事とユキオーとの共同で、メロンゼリーなどを開発中です。素材の品質の良さをそのまま閉じ込める、高付加価値なバリューチェーン設計を目指しています。