「体にいいと食されている野菜。その野菜の栽培時に用いられている化学肥料などが原因で、体に悪影響をもたらす可能性のある物質(硝酸塩など)が野菜に蓄積されているのを知っていますか?」と疑問を投げかけた長田さん。「野菜=健康のために食べる」という認識だけで野菜を積極的に採っている人には少し怖い言葉だった。

有機栽培された安全な野菜が注目をあびている昨今、安定した収量を有機栽培で維持できるかが有機栽培を普及させる最も重要なポイントだという。そのためには必然的によい土壌が必要となる。よい土壌とは、科学的性質、物理的性質、生物的性質の三つの要素が整った土壌のことをいい、高品質の農作物を栽培するには生物的性質が特に重要となり、土壌微生物による物質循環をスムーズに進める必要がある。しかし、従来の土壌診断技術や施肥では、化学的性質分析が中心で、土壌の生物的性質を見ることは困難だった。

しかし久保 幹教授が開発したSOFIX技術(土壌診断技術)は、土壌の中の微生物量や微生物による窒素循環やリン循環を数値的に表すことで、生物的分析を行えるようになり、有機肥料を用いた「土作り」の科学的な処方箋を出すことに成功。SOFIX技術で栽培された野菜に含まれる硝酸塩濃度は慣行農法で栽培されたものと比較して半分以下となっていることが証明されており、またEUが定める硝酸塩基準値と比較しても、大幅に下回っている。つまり、SOFIX有機農法を用いて栽培された野菜のほうが体にとって優しいこととなるのだ。この事実を知った長田さんは多くの生産者にSOFIX技術を伝えたいと考えた。このような過程をへて、地域と連携し「技術と生産者の橋渡し」を目的とした学生団体agRitsを立ち上げ、活動を始めた。

※有機質肥料が分解され農作物の主要肥料が適切な量とバランスで配給されること

草津市から世界に有機栽培の素晴らしさを発信


まず、二泊三日の農業合宿を体験し、「『健康を害さない安全な食べ物』と胸を張って販売できる農作物をつくり続けたい」という生産者の思いを感じた長田さん。実際に自分の手でSOFIX有機農法を用いてホウレン草と小松菜を栽培することにした。その際にJA草津市から借りた農地の土壌分析を実施したところ、「土作り」の要となる微生物が土壌中に存在せず、かつ微生物の餌も不足している状態だとわかった。借りた農地で慣行農法が採用されていたことが原因ではないかと考えた。慣行農法では、栽培前に化学肥料を用いて土壌中の微生物を一掃するので、慣行農法が採用されていた農地の土壌中には微生物がいない、つまり残留農薬によって土壌汚染されている可能性が高いからである。土壌汚染された農地を短期間でSOFIX有機農法を実施できる状態までに改善することは叶わなかったが、分析結果をもとに少し改善された農地での栽培を試みた。しかしながら、結果として残留農薬による土壌汚染が原因と考えられ、野菜の成長は著しくなかった。この一連の活動を「環びわ湖大学地域交流フェスタ2016」で発表、見事最優秀賞を受賞した。日本の生産者が抱える問題は深刻だが、あまり知られていない点が受賞のポイントだったのではと長田さんは語る。


今回得た成果をもとに、残留農薬によって土壌汚染された農地の土壌改善策に興味を持つようになり、今後は久保教授の協力のもと土壌汚染された農地を低コストかつ短期間で改善する研究を追及したいという新たな目標を掲げた。「全世界の生産者が有機農法を実施し、体に優しい野菜を栽培することで、安心して食べることが出来る美味しい野菜が市場に多く並ぶ未来を望んでいます」という長田さん。販売されている全ての野菜がSOFIX有機農法で栽培されたもの、そんな未来が訪れるかもしれない。

PROFILE

長田拓馬さん

大阪明星学園(大阪府)卒業。天然有機化合物を活用する医療や食品関連に興味があり、2回生時にはKEK(大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構)にてチョコレート油脂の多形転移と品質制御の研究を、また3回生時には医化学研究室にてラット初代培養肝細胞を用いたドクカツ(生薬)の抗炎症作用を調べる研究を行った。現在は病態生理代謝学研究室に所属し、生活習慣病の一つである「糖尿病」について、どのように発症するのか、またどのような治療法あるいは予防がより効果的であるのか、を総合的に探究しようとしている。今冬、みなくさまつりに参加し、SOFIX有機農法を用いて栽培されたトマトと慣行農法を用いて栽培されたトマトの食べ比べを実施。SOFIX有機農法で栽培された野菜本来の旨みを多くの人に知ってもらい、SOFIX技術の素晴らしさを発信した。

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