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SGH 3回目となるフィリピン貧困防災研修を実施

2017.02.17

Super Global High School (SGH)
SGH
海外派遣研修の報告

 

SGH フィリピン貧困防災研修を実施しました

 

 2017年1月29日(日)~26日(月)の9日間にわたり、高校3年・2年・1年のGLコース/GJクラスから選抜された生徒20名と教員2名で、SGHフィリピン貧困防災研修を実施しました。3度目を迎える同研修では、本校SGHテーマである「貧困」と「災害」をともに学び、考え、またPhilippine Science High School - Eastern Visayas CampusPSHS EVC)の生徒との交流も行いました。訪問先は「メトロマニア(マニラ首都圏)」のパヤタス、貧困地区トンド、それに、レイテ島のPSHS EVCや台風の被害を受け、復興支援住宅がある地域でした。生徒たちは「貧困」「災害」について実際に自分の目で見て感じ、当事者の方々や支援をしている方々と話をすることで、様々に感じ、考えました。また、フィリピンの生徒やホームステイ先の家族とも良い関係ができ、かけがえのない時間を過ごしました。

 

1日目

フィリピンのマニラ・アキノ空港に到着して移動・休憩の後、特定非営利活動法人アクセス様のスタッフの方にオリエンテーションを行っていただき、フィリピンについて学びました。そして、ホテルで避難訓練を行った後、ホテル周辺を散策しました。ホテルの近くにも路上で生活する方がおられたことが印象的でした。その後はスーパーに行って買い物をしたり、夕食を食べたり、明日からの研修のオリエンテーションを聞いたりして、1日目を終えました。

 

 

2日目

 2日目は、朝からケソン市にある貧困地区パヤタスに向かいました。ゴミ収集車を何台も目にし、通り沿いの店は「junk shop」と呼ばれるゴミの回収を行う店や「tire shop」のように「ゴミ山(dump-site: 廃棄物処分場)」から回収し、分別した物を買いとる店などがたくさんありました。しばらく進むと、正面にゴミの山が見えてきて、その高さに驚きました。狭い路地を歩き、アクセスが運営している保育園(Day Care Center)の2階で、主にパヤタスの現状や歴史などの説明を受けました。この部屋からもゴミの山が見えました。

フィリピンではゴミの焼却が禁止されており、廃棄物処分場であるゴミ山に廃棄するそうです。また、ゴミの焼却は地球温暖化にもつながり、地球温暖化は台風の数、威力の増加につながり、フィリピンなど東南アジアの国に被害が出てしまうのを避ける目的もあるそうです。その他、ゴミ山で働く人々の仕事の種類の多さ、フィリピンの地方出身の方は「マニラに行けば仕事があると思ってマニラに来て、ゴミ山で仕事をするようになる」ということ、日本やカナダからフィリピンへゴミを輸出していることなどを学び、生徒たちも様々なことを考えました。2年前に来た生徒は2年前に比べるとゴミ山が高くなっていること、匂いがほとんどしないという変化を肌で感じていたようです。その後、4班に分かれパヤタスの地域を歩いてゴミの山の近くまで行き、説明をしていただきました。ゴミの山にはゲートがあったり、フェンスで囲われおり、許可がないと立ち入れないようでした。ゴミの山に登っていく人を見たり、ゴミの山の上で作業をしているショベルカーなどを見て、ゴミの山で仕事をしている人たちを見て、驚きを禁じ得ませんでした。

さらに、実際にパヤタスで生活をしている方々のお宅を訪問し、お話を伺いました。あるお宅では、ゴミの山で働くお父さんと4人の子ども、そのお母さんであるおばあさんの6人暮らしで、おばあさんの3人の息子さんたちは「スカベンジャー(scavenger)」としてゴミ山で働いているとのことでした。そのおばあさんは『雨漏りをする家を直すことが私の夢だ』と言っていたのが印象的でした。おばあさんはフィリピンの地方出身ですが、ゴミを拾っていれば現金が手に入るという理由で、地方よりパヤタスの方が良いと考えておられるようです。3年間電気や水道代が払えず、水は近隣の家で買っているそうで、水道代の5倍も支払われているようです。アクセスのスタッフによると、電気、水、調理油など全てを小分けに買うので、結果としてかなり割高の料金を支払っていることになり、それが貧困のスパイラルを生み出しているとのことでした。

 

 午後からは、パヤタス地区にある小学校を訪問しました。本校の生徒たちは4教室に分かれて、それぞれ日本文化の紹介を行いました。新聞紙で兜を作る班、折り紙を教える班、おたふくやじゃんけん列車をする班、日本語を教える班などあり、和気あいあいと楽しんでいました。

 児童との交流後は宿舎に戻り、4日目に行くマニラ市内の貧困地区トンドに関するオリエンテーションを聞き、また、トンドの若者の団体のスタッフとして活躍する1620歳の少女たちの話を聞きました。彼女たちの生活の状況、学校に通うために必要な物が高いこと、社会からどう見られているのか、Early-Motherとして出産時の苦労などを時折泣きながら話してくれる彼女たち。河川の汚染、空気の汚染、石炭による汚染など様々に汚染された中で暮らしていて病気になる人が多いこと、尊敬する友人がドラッグを使用し警察に殺害されてしまったこと、商業地区(shopping area)に行けば泥棒扱いされてしまうことなども話してくれました。それでもその後、彼女たちは笑顔で「私の人生が大好きです」と言っていました。生徒たちは、物事の多面性と価値観の相対性について考え、夜遅くまで話をしていました。

 

 

3日目

 3日目は市内散策の日で、ルネタパークと国立博物館の見学の後、、SM Northというフィリピンで2番目に大きなショッピングモールに行きました。

 ルネタパークでは、フィリピン最大の国旗があり、またフィリピン独立のために尽力した方々の像がたくさんありました。また、ルネタパークには日本の無償援助で導入した透過性のソーラーパネルがあり、日本がフィリピンに貢献できていることをうれしく感じました。

国立博物館は美術館と文化・歴史館に分かれており、美術館では日本軍の兵がフィリピンの女性や子どもに乱暴したり、現地の人を殺害しようとしている絵があり、改めて歴史理解・教育の重要性を痛感しました。

 文化・歴史館ではフィリピンの様々な民族の衣装や習慣を見ることができました。

 

4日目

この日は、まず、マニラ市内の貧困地区トンドに向かいました。道中で、Smoky Mountain 1と呼ばれるすでに閉鎖されたゴミ山を見ましたが、上の方は青々としておりゴミ山には見えませんでした。Smoky Mountain 2は海の上の埋め立て地で、道路からは少ししか見えませんでした。トンド地区では路上にもゴミがたくさんあり、ゴミと共に生活をしていることが見てとれました。足元には様々な物が落ちており、足元に気をつけながら、歩道橋に上がり、上から地域を見学しました。国家住宅庁(National Housing Agency)によって建設された、もしくは指示され住んでいる、建物には100世帯400人ほどが住んでおり、それでもトイレは2つしかないと聞き、その劣悪な住環境に驚きました。

 

その後、Antonio J. Villegas Vocational High School(職業学校)では、実際に授業している教室を見学しました。衣服(Garments)の授業では採寸の仕方を学んでおり、食品技術(Food Technology)の授業ではお菓子を作っていました。また、美容(Cosmetology)の授業では洗髪をしたり、パーマを当てたりしていました。生徒たちは見学したり、カップケーキをもらって食べたり、髪の毛をくぐってもらったり、巻いてもらったりして楽しんでいました。また、各コースの作品を展示し、紹介してくれる教室も用意してくださり、フレンドリーな現地の生徒たちが自分たちの作品の説明をしてくれ、手作りのケーキやお菓子もたくさんいただき、交流しました。

その後、レイテ島に空路移動しました。協定校でもあるPSHS EVCではbuddy生徒たちの歓迎を受け、また、Welcome Dinnerではホストファミリーと一緒に机を囲み、フィリピン料理をふるまっていただきました。その後、生徒たちはホストファミリーと共に家に向かい、長い1日が終わりました。

 

5日目

5日目はPSHS EVCで歓迎式典をしていただき、buddy生徒たちの授業を一緒に受けました。

1回研修実施の2014年度当時は前年の台風の被害が残っており、体育館は屋根が吹き飛んでいたなかでしたが、それも修復されていました。buddy生徒と共に受けた保健の授業では、災害についてPSHS EVCの生徒が街並みを再現した作品を裏返し、実際に火をつけ、災害の様子を発表していたそうで、プレゼンテーションの方法に驚いていました。パワーポイントを使う以外のプレゼンテーションの仕方に感銘を受けたようでした。

 

6日目

 6日目はアメリカ国立科学財団から同時期にPSHS EVCに来られていたトゥパス博士の授業を受け、「防災のためにできること」をグループごとに違う立場で考えました。行政や政府として、どのように災害・防災に取り組めるかなど、様々な視点で災害・防災について考えることができました。その後、スポーツやゲーム等のアクティビティをともにすることを通してさらに交流を深めることができ、またフィリピンの伝統的な遊びや食べ物についても学ぶことができました。

 

7日目

この日は、市内フィールドワークで、マッカーサー率いる連合軍の上陸を記念したマッカーサー・パーク、そしてアストロドーム・パークなどに行きました。アストロドームは、2013年の大型台風「ヨランダ」の際に避難場所だったのですが、高波に襲われ、多くの方が亡くなられた場所でした。町を車で走っていても、まだ復興が進んでおらず、台風の被害を受けたままの家や建物も見られます。改めて災害の怖さ、復興の難しさなどを感じました。

 

午後には、復興支援住宅が立てられた、新しくできた村に向かいました。生徒たちはグループに分かれ復興住宅を訪問し、貴重なお話を聞くことができました。また、「ヨランダ」で岸に打ち上げられた船も見に行きました。あまりにも船が大きく解体できなかったこと、船が打ち上げられた後、その周りに人が住み始めてしまったことなどが原因で、今は震災の被害を伝える場所になっているようです。

PSHS EVCの先生からは「ヨランダ」の後、外国からたくさんボランティアが来たこと、また新たなビジネスやホテルなども増えているという話を聞き、12月に実施した東北貧困防災研修で訪れた宮城県女川町を思い出した生徒もいたようでした。日本から離れたフィリピンの地でも、災害、防災、災害の起こった後の変化、復興などについて考えることができました。

夜にはClosingのパーティーが催され、別れを惜しみました。最後には、今回の研修でリーダーを務め、昨年度もこの研修に参加していた高3生徒が「もう卒業してしまうのでこの研修に参加するのはこれで最後だけど、また来ます。ありがとうございました」と泣きながら話していたのが非常に感動的でした。改めて、協定校として様々な研修やサミットを通してお互いの国を行き来し、交流を深めることの意義を強く感じました。


 

89日目

 8日目は日曜日で、生徒たちはホームステイの家族やbuddyたちと過ごしました。そしていよいよ9日目。空港で最後まで別れを惜しみ再会を誓い、その後日本へと飛び立ちました。


 マニラ空港での乗り換えの間を使って、本研修の振り返りを行いました。以下、生徒の発言の抜粋です。

 「思っていた以上に得た物が大きかった。フィリピンと日本の違いもあるけど、『~人』ではなく、人として接せれたのが良かった」
「行く前に想像していたイメージと違って、思っていたより貧しくなかった。フィリピンの人は人間らしい生き方をしていると感じた。僕たちをすごく歓迎してくれた。僕たちもRSGFの前に気合を入れ直して、もっと歓迎しないといけない」
「貧困や日本にない状況を見に来ようと参加した。向こう(貧困地域の方々)が欲しがっている物と自分があげたいものとは全然違うんだろうな。貧困地域の方々に『あなたはすごく強いわね』と言うのはどうなんだろう。彼らは色んなことを抱えているのではないか。強くならざるを得ない、笑わざるを得ない状況なのではないか。自分の言葉によって相手を傷つけてしまうかもしれない。自分の言葉を考えないといけない」
「パヤタスのhome visitで『宝物は何ですか?』と聞いた時に『家族』と答えていたのが印象的だった。ィリピンでは、お医者さんになるためにはトンドやパヤタスに研修に行くらしい。フィリピンの中でも助け合いがあって、よかった。こういう研修を企画してくださっていることに感謝している」
「タクロバンでは、ここではこんな被害があったと教えてくれた。でも、自分は東日本大震災の被害を聞かれても答えられなかった。他の国のことを知ることも大事だけど、自分の国のことを聞くのも大事」
「人生観が変わった。スモーキーマウンテンは、同じ人間なのにすごいショックだった。パヤタスの小学校では、笑顔で迎えてくれた。『家族といられて幸せ』という風に言っていたのが印象的だった」
「お金があるだけが幸せじゃない。自分で幸せを作り出すことが大事だと学んだ。パヤタスのおばあさんに私たちに何をしてほしいか聞いたら、『こういう状況を知ってほしい』とおっしゃっていた。私たちは良い状況の中で幸せをつかめている。そういう使命を果たさないといけない」
「スモーキーマウンテンに見に行って考えさせられた。ゴミの山で暮らす人が『残飯を持って帰って、調理して食べる』と言っていた。私たちは『食べ物を残すことはもったいないからいけない』と思っている。でも、私たちが食べ物を残した方が、彼らに食べものをあげることになる。私たちは『食事は残さない方が良い』と思っているけど、ほんとうなのかなと感じた。これからも考えていきたい」

 「(災害で)フィリピンでは心に傷を抱えている人もおられると思う。東日本大震災で亡くなった人数を聞かれて答えられなかった。日本とフィリピンの災害は似ている。日本で津波があって変えようとしていることをフィリピンでも参考にしてほしい」
「パヤタスの人は『一国も早くこの状況から抜け出したい』と思っているのかな?と思ったけど、笑顔だったし、そのままで良いのかな?と思ってしまった。大学に行きたいなどとなったら、サポートできる方法ないかな?と考えさせられた」

  最後に、これら生徒の振り返りを受けて、教員からこれからの課題が示されました。

「様々な出会いがあってこの研修を行うことができている。それぞれの出会いに感謝し、大切に思う気持ちが大切。また、うちのある生徒が、ホームビジットの際に、その家のご主人がゴミの山で金の指輪を拾ってそのお金で立派なステレオセットを買ったという話を聞いた時に『どうして、将来のためにおいておかないのだろう?』と疑問に思ったと言っていた。正直な疑問はよくわかる。でも、実は、お金を貯めておいてもどうしようもないということもある。その人その人の考え方の違いが生まれる理由がある。実際、台風「ヨランダ」で大きな被害を受けたレイテ島では、その後、新車の販売が非常に伸びた。お金を貯めておいても流されるなら有効に使おうというのも、ひとつの考え方。フィリピンの人にとっては、「今」が大事。みんなにも、「今」を大事にしてみてほしい。そして、『今できることは何だろう?』と考えてほしい。」