Eugene Choi × Paul Haimes × Gian Powell Marquez × Moritz D. Marutschke × Noriko Yamagishi 教員対談

02 既存の学部の枠にとらわれない
多彩な学びが描くイノベーションの形とは

現代において、リベラル・アーツに取り組む意義とは。そして、未来を創り出す人材を育成するグローバル教養学部(以下、GLA)ならではの学びとは。脳科学、デザイン、人工知能、技術マネジメント、生物学。さまざまな分野を専門とする教員に聞いてみた。

対談シーン

「イノベーション人材」を育てるGLAの教育とは?

従来のリベラル・アーツ教育が前提としてきた世界認識や歴史認識を、より広く、深い文脈で再定義できるよう、多様な分野を専門とする教員が集まっていること。これがGLAの大きな特徴の一つです。まずは皆さんの研究分野についてお聞きしたいです。

ヘイムズ

私は「デザイン」について実践と理論の両面から考察しています。デザインに関する研究はヨーロッパを中心に語られる傾向にあり、他地域についてはあまり語られてきませんでした。私はヨーロッパ以外の地域、中でも現代のアジア太平洋地域のデザインがもつ意義について研究しています。同地域で培われてきた独自のデザイン手法を通して、アジア太平洋地域への理解を深めることが目的です。

山岸

私の専門は認知心理学で、視覚のメカニズムにフォーカスした研究を行っています。人がどのようなメカニズムでものを「見」、どのように「感知」しているのかをMRI等を活用し、検証しています。具体的には視覚的注意と気分の関係です。人は気分が落ち込んでいたり、不安を感じている時は視野が狭まり、注意力が散漫になるという研究があります。私の目標は、研究を通して視覚的注意の計測結果から鬱や不安のレベルを推測できるようになること。そして、その逆として視覚的注意領域を広げることで、不安感を軽減し、より幸せな生活を実現することです。

マルチュケ

情報科学やデータマイニング、人工知能、教育工学が私の主な研究分野です。情報のパターンや入手可能なデジタルデータから新たな知見を得る研究です。最近はウェブやソーシャルメディア上の情報や画像分析を使って、色についての文化的な違いにパターンを見出そうとしています。また、人工知能の問題、特に人間の倫理的・批判的思考に関する問題についても研究に取り入れようと考えています。

対談シーン
マルケス

私の専門分野は生物学で、海洋細菌を研究対象としています。海藻バイオマスをより効率的に吸収し、バイオ燃料をはじめとするバイオエネルギーに変換できる種を探しています。私はエネルギーや水資源の乏しい島の出身で、属するコミュニティーでは常にエネルギーと水が大きな問題になっていました。島には淡水が全くなかったため、海沿いの地域では豊富な海水や海洋バイオマスを活用してエネルギーを賄っていました。そのため、海洋バイオマスから効率的にエネルギーを生み出す嫌気性海洋細菌に注目するようになったのです。

どのテーマも素晴らしいですね。いずれも私の主要な研究分野である知識の創造やテクノロジー・マネジメントに関連するものです。私は、イノベーションの基盤として常に絡み合い、相互に作用しあっている技術と人間の知識の関係を取り扱っています。具体的には、言語化されていない日本の伝統的な職人技を、科学をベースとした西洋のエンジニアリング理論・知識に統合する方法を模索しています。この2つのダイナミックな相互作用を解明することで、日本や西洋をはじめとする様々な地域の企業が新たなイノベーション領域を見出せるのではないかと考えています。

マルチュケ

今、全体で共有したような、多様な分野から、既存の学問の枠組みを越えた非常に幅の広い問いかけを学生に対してしようとしていること。これがイノベーション起点としてのGLAでの学びの特徴だと考えています。現代社会には簡単には解決できない複雑な問題が膨大にあります。そういった問題に取り組むことがイノベーションの発生につながります。では、山積みする複雑な問題に取り組む際に、なぜGLAで扱うような広い研究領域から思考プロセスを始めることが必要なのか。これはGLAの学生が考えるべき重要なポイントではないかと思います。

ヘイムズ

そうですね。我々教員が各専門分野の視点を学生に伝えることで、一つの問題を多くの視点から検討するマインドを身につけてもらうことが可能です。学生たちに「多角的に考える」能力を浸透させることがGLAのプログラムが目指すところです。

マルケス

私はGLAが注力すべきものは「エネルギー」だと考えています。エチオピアの例を挙げましょう。エネルギー生産のために建設した水力発電ダムが、ナイル川に流れ込む水をせき止めてしまい、周辺の国々への水の安定供給に影響を与えてしまいました。新たにエネルギー源が発生する時にはエネルギー生産そのものだけではなく、経済的・社会的な問題など様々な要素が絡んできます。このように種々のファクターが重なり合っているからこそ、イノベーションが発生するのです。これこそGLAで扱うべき内容だと考えています。

対談シーン
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現代社会において“リベラル・アーツ”を学ぶ意義とは?

山岸

先ほど申し上げた通り、私は脳科学の問題を取り扱っています。科学と技術は急速に進歩しており、テクノロジーを活用して、脳ですら自分たちの手で変えることができるようになりました。人工的に手を加えて、人間の能力を高められるようになったのです。問題は、そうすることが正しいのかどうかを考えることです。2019年度は倫理的思考についての科目を教えています。人間の視点として「何が正しいのか」を考えます。圧倒的なスピードで技術革新が進んでいる現代では、将来何が起こるのか、どのような技術が出現するのかを予測することは困難です。そういった状況の中で、批判的思考力と倫理的思考力をしっかりと持ち、立ちはだかる問題に対峙しなければなりません。これらの能力をはじめとする基礎的な思考力を鍛える学問がリベラル・アーツだと考えています。

その通りだと思います。アジアの人々の多くはリベラル・アーツと聞くと、アートや音楽、絵画などを思い浮かべる傾向があります。これが現在のアジア人の限界になってしまっていると、私は感じています。GLAの教員は皆、日本をはじめとするアジアでこのような限界の打破を目的の一つとし、教壇に立っています。私たちは「教え方」という面においても、新たな社会的なイノベーションを起こそうとしています。

マルケス

私は科学の基礎を教えていますが、教養学部にいるのにどうして科学を学ばなければならないのかという声をよく聞きます(笑)。学生が科学に対して抱く苦手意識を解消するために、科学と人文科学、社会科学とのつながりに焦点を当てて、講義を行っています。

対談シーン
マルチュケ

人工知能やプログラミングについても同様です。非常に簡単な理論的概念を使ってプログラミングへの恐怖心をできるだけ取り除き、科学とリベラル・アーツのギャップを埋めようとしています。私のプログラミングの授業では、ゆで卵の作り方を思い出すことから始めています。水をコンロにかけ、卵を入れて、沸騰させる。人間には簡単なステップですが、コンピューターはこのようには機能しません。これらの手順一つひとつを紐解き、それぞれがどのように作用しあっているのかを考えることからスタートします。

ヘイムズ

そうですね。これからの予測不可能な未来に備えるためには、多角的な視点を持ちダイナミックな思考のできる人間であることが必要だと思います。答えのない未知の問題に直面した際に、正しい質問をし、批判的な思考ができる知力を鍛えるために、GLAで学ぶリベラル・アーツがきっと役に立つはずです。例えば、iGLA(Introduction to Global Liberal Arts)と呼ばれる2つの科目では、一人の担当教員ではなく複数の教員がチームを組んで運営にあたります。人文学系の教員と社会科学系の教員と私、つまり山岸先生とマルチュケ先生と三人で教えています。山岸先生は心理学と脳科学の観点から、マルチュケ先生はプログラミングとコンピューターサイエンスの観点から、それぞれ人間の知能について教えるわけです。このようなやり方で、従来は別々に教えていた学問領域に学生を導いています。

このように専門分野の異なる三者が一緒に作業し、多様性に富んだ内容を提供することで、学生に新しいインスピレーションを与えています。iGLAは一年生の必修科目ですので、入学した学生はまず幅広く学びを展開します。これが本学部プログラムにおける重要なアプローチの一つです。学生たちには、自分の小さな世界や信念だけを表現し常に自分が正しいと思うのではなく、様々な視点を持たせ、他者の意見に耳を傾ける能力を、リベラル・アーツ教育を通して身につけてもらいます。

対談シーン
対談シーン

未来のイノベーターである学生に期待すること

GLAの学生たちにはリーダーシップを持った人間になってもらいたいと考えています。伝統や枠組みを破壊し、イノベーションの最前線に立つ人物を育てることが我々の使命です。そのようなブレイクスルーに必要な能力が「知的寛容性」だと私は考えています。知的寛容性を育て、これから来る世界を理解し、その中で生き残り、リーダーシップを取りたいと願う人物こそがイノベーションを起こしていくのだと思います。

マルチュケ

寛容性と言えば、「できるだけ何でも吸収する」ことも重要ですね。先ほど崔先生がおっしゃったように、イノベーションを起こすには、これまで限界とされてきたところを打破する必要があります。GLAでは倫理的・批判的思考をツールに、リベラル・アーツの全てを扱います。これまでの話からも分かる通り、知識の有無や得意・不得意に関わらず、種々多様な分野に触れることになります。そういった機会を逃さずあらゆる知識をどん欲に吸収することで、自らの限界を打ち破り、イノベーションを生み出すことにつながっていくのだと思います。学生だけではなく、教員にとっても同じです。常に自らの専門分野の外のテーマと対峙することが求められています。

対談シーン
山岸

私たちがGLAで教える知識やスキルは特定の分野に限定された知識やスキルではなく、普遍的なものです。具体的には先ほどから何度も登場している倫理的思考や批判的思考のことです。ダイナミックに変化する世界では、今ある仕事が数十年後には消滅する可能性もあります。不確実な未来を生き抜くにあたり、GLAで学ぶことは学生の皆さんにとって素晴らしい財産になるはずです。願わくば、大学時代に身につけた力を活かして、自らが進む分野のリーダーになり、イノベーションを起こしてほしいですね。

ヘイムズ

私も同じようなことを言おうと思っていました。必ずしもリーダーになれとは言いませんが、独立したダイナミックな思考ができる人材こそがイノベーションを起こすのだと思います。将来、世界がどのように変化しているのか、自分がどのような職業に就いているのかも分からない大学生の段階では何かに特化してしまうことは避けるべきだと思いますね。一方で、プログラミングのように確実に存在し続けるであろうスキルを見極め、身につけることも重要だと考えています。独立した思考と実用的な知識を得ることができれば、未来がどのように変化しようとも活躍できるでしょう。

マルケス

皆さんのおっしゃる通り、リベラル・アーツの魅力は物事に対して俯瞰的なアプローチをとる点です。様々な分野の要素が絡み合い連動している中で、どのような分野が将来も存在しているのかを考えることは、ヘイムズ先生がおっしゃる通り非常に重要なことです。人工知能及び人間の知能、デザイン、エネルギーイノベーションといった分野に取り組むことが近い将来必要になってくると考えています。学生たちはこれらに目を向け、来るべき未来に備えてほしいと思います。とはいえ、どんな未来にも対応できるように学生を鍛えるのが、GLAという学部なのではないでしょうか。