Tsutomu Kanayama ×Yasuko Hassall Kobayashi 教員対談

04 多様性を理解し、世界を俯瞰する視野を持つ。
地球規模の課題解決に必要なGLAの学びとは。

多様な考え方やあり方を受容し、世界全体を視野に入れて考えることが求められる現代社会。歴史とメディア、それぞれの専門分野の知見から、これからの時代に必要な多様性のあり方について語り合ってもらった。

対談シーン

先生方の研究分野について教えてください

小林

私の研究テーマはアジア太平洋地域を移動する移民です。彼らのトランスナショナルな社会的な関係性を見出し、従来の歴史的な理解を変えていきたいと考えています。例えば第二次世界大戦。これに参戦していたオーストラリアから見た戦争は、それによって壊されるものがある一方、新たに生まれたものもありました。オーストラリアで保護された日本人のパイロットが、病院で英語を学び、周囲との絆が生まれる過程で、オーストラリアで市民になってオーストラリアに残りたいと言い出す。そんなことが戦時中にもあり、実際にオーストラリアの軍事機関で勤務した人もいました。国同士で見れば、過酷で失うものばかりの戦争だったことは確かですが、そこに違う光を当ててみれば――つまりトランスナショナルな社会的な関係がどう構築されたのかと言う視点から歴史を再検討すると、生み出されたものもあると気づけます。理解を多様化させていくことが、21世紀に一つの重要なレイヤーとしてあるのではないかと思っています。

金山

歴史研究だけでなく、現代のカルチャーに対しても同じことが言えますよね。

小林

はい。例えばK-POPの影響力はオーストラリアでも強く、シドニーでは韓国の学生が胸を張って歩いていると聞きました。K-POPは国境を越えても受け入れられ、むしろ好まれているんです。何が国境を超えるのか、超えたうえで成功するのはなぜか、と考えることはトランスナショナリズムを考える上で非常に重要だと思います。金山先生の研究はメディアについてですよね。

金山

先のK-POPが国境を超えた例でいうと、そこにはマスメディアの産業規模の違いが影響しているでしょう。国内のマーケットが小さいと、マーケットのグローバル化が必要となり、照準を世界に合わせていくことになります。一方でJ-POPは国内のマーケットが大きくCD、DVDなどのパッケージメディアが流通が主流という傾向があるので、グローバル化する必要がない。このように、あらゆる社会現象の背景には、それを引き起こす要因・事象があります。その社会現象をメディア・コミュニケーション分野と関連付けて分析・考察することが私の研究の基本となっています。インターネット時代のメディアと社会変容についてメディア公共政策過程の観点から、そして特定の国・地域のメディアシステムが生み出すコンテンツの分析をパブリック・アクセスとメディアリテラシーの観点から研究しています。

対談シーン
対談シーン

GLAで学ぶ「多様性のあり方」とは?

金山

トランスナショナリズムを考える上で、多様性の理解は非常に重要だと思います。そのあたりはどうお考えですか?

小林

「多様性がある状態」と、「どのように多様であろうとするか」は異なると考えています。例えば多文化多民族国家シンガポールも、初めから多様性があったわけではありません。歴史の中で、シンガポールがイギリスの植民地だった時代に多くの外国人が労働力として連れてこられるなどして人口構成が変わっていきました。第二次世界大戦後は、この植民地の遺産を引き継ぎながら、国民国家形成の過程で、多様性を生かしつつ国としての統一をどのように保って国をつくっていくのかという課題が発生したんですね。シンガポールの場合は、エスニック、言語、文化のバックグラウンドでも階級でもなく、努力次第で社会上昇できるというメリットベースの社会を作り上げた。一方こちらも多民族多文化国家マレーシアは、メリットベースの社会ではなく、アファーマティブアクションも含め、マジョリティを保護する政策を講じた。どちらが正解かという話ではなく、そこに住む人々が、自分たちなりのロジックで国家をつくっていくというのは非常に興味深いですよね。国を繁栄させるために選択するものは、それぞれの国の人が決めるのです。そのように多様性は生まれてきましたが、最近のシンガポールでは、グローバルシチズン(=地球市民)という考え方がメジャーになってきました。シンガポール人と言うより、むしろシンガポール人であること=グローバルシチズンだ、と言う学生の言葉には、私も考えさせられます。生まれ育った国という概念にとらわれずに生活する国を選べる。世界中を移動してもいいという考え方です。人の移動率が非常に高いシンガポールは世界経済の十字路として、多様な人々が往来し、人々が多様であることを受け入れ、国籍に関係なく共に暮らし、働き、学び、共存し、スーパーダイバース・都市国家を形成している。このあり方はとても面白いなといつも思っています。

金山

GLAも、多様性を受け入れています。私たち教員はどのような教育をしていけばいいのでしょうか?

小林

一番大切なのは、他者を対等な人間として理解しようとすることだと思っています。よく、「多様性を受け入れましょう」という言い方をしますが、この「~してあげましょう」という上から目線では理解は達成できません。相手より上に立って受け入れるだけではだめで、自分の価値を相手に押し付けることなく、相手を所有することなく、いかに対等な人間として話を重ねていけるかが、多様性の理解には必要だと考えています。それは決して楽なことではないし、時に痛みを伴うこともあるでしょう。しかし、外部者としてではなく同じコミュニティの一員として、同等の仲間として対話を重ねていくことが、日々の多文化主義の実践になると思います。

金山

その“日々の多文化主義=エブリデイマルチカルチュラリズム”が行われているのがまさにGLAですよね。毎日のプラクティスの中から互いの理解を見つけていく。同じことを話していても、互いのバックグラウンドによって理解が異なってきます。私たち教員自身も、今までこうだと思っていたことが実は違うかもしれないという認識を持ち、心を開いておく必要があると考えています。

小林

おっしゃる通りです。本当に多様な学生ばかりなので、私のバックグラウンドの限界で学生の発言を100%理解できないこともあり、そんな時に他の学生がフォローしてくれることがあります。私自身、高い所に座っている教員ではなく、多様な集団の中に入って、学生たちとともに新しい理解を創っていきたいと思っています。

金山

多様な文化・社会を背景に持つ個人間で心と心を解放できるようなコミュニケーションメディアが存在するのだろうか、という研究への興味が私の専門と結びついているのですが、一方的に情報を伝達するテレビ・新聞などの伝送媒体メディアだけではなく、これと重層的に関係しあって成立する人と人とのコミュニケーション、顔を突き合わせての対話を重視するヒューマン・コミュニケーションがとても重要だと感じています。グローバルなコミュニケーションはインターネットを基盤とするソーシャルメディアを介して行われることが多いですが、そこには限界があることを知っておかねばなりません。GLAでは海外でのフィールドワークもありますし、多様なバックグラウンドを持つ学生が学内にたくさんいて多様な価値観に直接接する学びの環境を提供しています。異文化コミュニケーションをメディア抜きに直接経験できる環境は貴重だと思っています。

対談シーン
対談シーン

GLAのチャレンジ

小林

非常に才能のある学生たちが集まっているので、多様な知識を得て、さまざまな学びを組みあわせて、自分にしか発見できない社会の解決策を見つけて貢献してほしいと考えています。GLAの学生たちには、物事をとても大きな視野で理解しようとする、素晴らしい姿勢があります。自分が世界をつなぐ、と考えている学生が多いので、その考えをぜひ実現してほしいですね。一国の問題だけでなく、世界を横断する問題に対して、知識や経験を組み合わせて回答を出す。そのような人材が生まれてくれると、国際社会にとっても素晴らしいことだと思います。

金山

そうですね。学生たちが激動を続ける世の中に貢献できるよう、その成長を期待する一方で、私たち自身も世の中のために声を上げ、実践していかなければいけませんね。また、学生たちのロジカルシンキングを助けるのも私たちの役目です。GLAの学びには、学生たちの疑問に対する決まった解決法がありませんから、共に考え、エネルギーをかけて、考えを理解し絞り込んでいくことで、成長の手助けができればと考えています。これは小林先生はじめ、学部の教員が学生たちと一緒になって行うGLAの挑戦的な取り組みでもあります。

小林

この挑戦こそが、社会を変える第一歩になるのではないでしょうか。