Tsutomu Kanayama×Hitomi Koyama 教員対談

06 知の脱中心化が必要な現代だからこそ
アジアでリベラル・アーツに取り組む意義がある。

日本でも珍しいリベラル・アーツに特化したGLAの学び。学生自身のアカデミックスキルを引き出し、世界に発信していく人材を育てるため、学部長/副学部長を務める両名に、GLAの教育についてそれぞれの思いを語り合ってもらった。

対談シーン

海外の大学と日本の大学の教育体制の違いとは。

金山

小山先生はアメリカで主に教育を受け、日本やヨーロッパの大学で教鞭をとられた経験もお持ちですね。インターナショナルな立場から、日本と海外の教育の仕組みについてどう思われますか?

小山

私はアメリカでの生活が長く、アメリカの教育環境で育ちましたので、日本の教育環境について興味を持ち、大学時代に日本に留学をしました。その際に驚いたのは、1学期に履修できる科目数の多さです。アメリカでは4コマが一般的で、一つひとつの科目が重いんです。一方で日本は十数コマ登録できて、試験が通れば単位認定されることもある。そのギャップはとても大きかったですね。教える立場としても、受け持つ授業が多いほど本当に教えたい内容にまで手が回らなくなります。海外大学のように、一つの授業に時間をかけて、授業外にも学生と向き合う時間を取ることが、日本の教育の構造上難しいと感じました。

金山

GLAでは、オーストラリア国立大学(ANU)との間で2大学の学位取得をめざすデュアル・ディグリー・プログラムの学修を展開しています。ANUは教育の質を保つことに厳格ですから、GLAとしてもそれに応える形でじっくりと学生と向き合う環境を整えていきたいと考えています。その上で、ANUにはないGLA独自のリベラル・アーツの学びを、私たちの強みとして打ち出していきたいですね。

小山

そうですね。日本の大学には、ルーブリック(学習の達成度を表を用いて測定する評価方法)やフィードバックというシステムがあまり浸透していないという印象です。きちんとしたフィードバックがあれば、学生は本当に成長します。だからこそ、ルーブリックは必須ですし、学生にはフィードバックを得る権利・教員へ意見する権利があると思っています。この仕組みを機能させるには、学生が納得できる評価基準を示すことが必要なのです。

金山

学期の途中でも、例えばeレポートの提出に対する評価を丁寧に行い、評価に対する理由とともに適切な指導を行う。その過程を経ると学生も自身の学びを振り返ることができ、実力も最終評価も上がります。この好循環GLAの教育体制には必要です。講義やチュートリアルなどを交えてフィードバックの機会を作り機能させていければ、国内でも傑出した学部になり得ると考えています。とはいえ、最も重要なのは仕組みではなく「どんな質問でも受け付けますよ」という、教員側の姿勢です。私たち自身がどんな思いで教えようとしているのか、ティーチングフィロソフィーが教員の間でしっかり共有されていることが大切なんですよね。

対談シーン
対談シーン

教員の思いと、GLAの教育体制の特徴を教えてください。

小山

2020年1月にオランダのユトレヒト大学リベラル・アーツ・カレッジと行ったFD(ファカルティ・ディベロップメント)のワークショップでは、指導のテクニックではなくフィロソフィーに言及されていたことにとても共感しました。従来の大学とは異なるリベラル・アーツについて、教学の在り方をセッションする中で、“学生と対等な立場で授けるのではなく共に学ぶ”という姿勢が必要だと伺いました。特に日本は、教授は権威的で博学でなくてはならないという既成概念がありますよね。それは分野を超えて教えるとなると教員にとってもプレッシャーになります。それに分野を超えて問いを立てる力、というのは専門性だけに重きをおいていいわけではない。一つの事に博学でその知恵を一方的に伝授する、という伝統的モデルではなく、教員自身もリスクを負い、問いの立て方を、身をもって示さなければいけない。 “Thinking out loud together,” ですね。そして教員同士も専門が異なる他の教員の研究に興味を持てば、また思っても見ないアングルが見えてきたりする、これが学びのコミュニティのコアとなってきます。

金山

教員同士が協力・協働するというのは大切ですね。GLAの学びは、講義とチュートリアルによって進みます。例えば社会科学や人文学、それに自然科学の異なる分野の教員がチームティーチングを行うことで、さまざまな側面から世界の歴史的歩みや今日の出来事を考え、知識を繋げる力を育てる仕組みが出来ています。

小山

一つの問題に対して、全く異なる視点から考え続けることは、知識の体系化につながります。学生にとってリベラル・アーツが難しく感じるのは、この複数の学びを結びつけることが必要だからだと思っています。1時間目に習ったことと、4時間目に習ったことがどう繋がるのか自分なりに考えなくてはならない。GLAのチームティーチングは、どうすれば学び同士が繋がるのかを、教員自身がチームで取り組むことによって示すというかなり珍しい体制で、ANUもかなり興味を持ってくれています。学生から見ても、教員たちが議論して苦労しながら教えているというのが見えると、自分たちの学びに自信が持てるでしょう。日々、教員間で情報交換をしながら取り組んでいきたいですね。

金山

知識の体系化は、ラーニング/アンラーニングの話にも繋がると思います。

小山

ラーニングはその名の通り学ぶことですが、アンラーニングは、持っている知識が通用しない時に別の解決法を探ることです。これからのリスク社会で、未来に向かって生かせる力はこのアンラーニングです。社会がグローバルになるにつれ、従来の「常識」を当てはめ続けることには限界が見えてきています。その中で、自分なりに基準を持ち判断するには、さまざまな事柄を網羅的に考える力が必要となる。知識の体系化とラーニング/アンラーニングとはそこが共通する部分だと思います。

対談シーン
対談シーン

アジアでリベラル・アーツを学ぶ意義とは?

小山

リベラル・アーツ自体、日本をはじめアジアでは非常に珍しい学びですよね。なぜかというと、これまでの知識や教学の方法は西洋発祥のものがほとんどだからです。アメリカでは戦後にリベラル・アーツカレッジが進化していきました。しかし今、冷戦構造が終わり、中国の台頭によって世界が欧米中心のやり方では立ち行かなくなってきました。欧米の常識とグローバルの常識が必ずしも一致しない状況になっているんですね。そこで、欧米以外の地域でも、多様性を中心に据えた上で、グローバルスタンダードや「常識」について考える風潮が高まっています。さらに“知の脱中心化”も必要です。アジアについて、アジアから多角的に考え直す…従来の常識とこれからの常識が転換していく中で、どのようにフレキシブルな人間を育てるか。アジアでリベラル・アーツを学ぶことはとても意義があると感じています。

金山

日本国内でアジアならではのリベラル・アーツを手堅く、未来に向けて進めていくという面で、GLAは大変ユニークな存在だと自負しています。世の中の出来事に対して自分なりに問題意識を持ち、知識と繋げて発信できる人材を育てていきたいものです。

小山

海外で過ごしてきて、アジアは世界から過小評価されていると感じました。アジア系は発言しないなどと偏見を持たれたり、見た目で判断されたりすることも多かったです。実際に、そもそも発言すること自体に慣れていない、何を発言したらいいかわからないという学生も多いでしょう。そのような学生たちのためらいがなくなり、自分の発言に価値があると自信を持って社会に出ていける学生を育てたいです。実際、授業でも帰国子女の学生と日本の学生がともに学ぶようになり、議論が活発になっています。これが普通になって、GLAで学んだ学生が世界を舞台に活躍する力を養ってもらえることを期待していますし、教員も学生たちにしっかりと向き合っていきたいと思います。