心理
臨床心理

チームとして動くことが強みになる

Yuko YASUDA 安田 裕子
Makiko NAKA 仲 真紀子

まずは、法心理学において現在の取組みをお聞かください。

元々、子どもの記憶の発達や、大人と子どものコミュニケーションといった認知発達の研究をしていました。随分前に弁護士さんから、子どもの証言の信用性を心理学的な観点からみて欲しいと依頼があり、子どもの供述や法廷での証言に関心を持つようになりました。実際、子どもから話を聞くことは難しく、ついつい「叩かれた」というような暗示をかけてしまったり証言を誘導してしまいがちです。どうしたら、より正確により沢山の証言を得られるか、司法面接の研究を始めるに至りました。
司法面接は、誘導・暗示をかけずにできるだけ多くの情報を、心理的負担をかけることなく聴取する方法です。この面接法の開発や、専門家の方々、例えば児童相談所の職員や警察官や検事さんたちに伝える研修プログラムの開発も行っています。というわけで、現在の取り組みは、コミュニケーションや記憶の基礎研究、面接法の開発、研修プログラムの開発実践などとなります。この司法面接のプロジェクトは10年近く行っています。

安田先生が臨床心理学の専門家として、司法面接に関わったきっかけは何だったのでしょうか?

安田 院生時代、勉強したい、実地でも学びたいと熱意にあふれていましたが、現場に出るという機会はなく大変もどかしい思いを抱えていました。その時、修士課程の恩師がNPO法人をたちあげ、何かコミュニティでできることを一緒にやりませんかと声をかけて下さり、現場で学ぶことにつながりました。
私自身、漠然と、女性と子どもへの支援にかかわることを学びたいと考えており、実践活動では、子どもへの支援活動をしたい、と思っていました。当時、DV(ドメスティック・バイオレンス)は法律も整備され、社会での認知度も上がってきたものの、DVのある家庭で育つ子どもへのケアが見過ごされていることから、そこに焦点をあてた支援プロジェクトを立ち上げることとなりました。今考えると、司法と臨床の融合ですね。
その後、DV被害者へのコミュニティにおける支援がどのような編み目をかたちづくっているかを司法と臨床の連携の観点からとらえるという目的のもと、仲先生が代表をされていた科学研究費の新学術領域『法と人間科学』の公募研究「司法と福祉」部門に応募させていただき、仲先生とのつながりができました。
さらに数年後、司法面接における臨床的ケアを考えるという観点から、研究協力のお声かけをいただき、司法面接の研究プロジェクトにかかわることとなりました。司法面接については知らないことばかりでしたが、学びの機会をいただき是非にと思い、参加させていただきました。

Makiko NAKA 仲 真紀子

立命館大学総合心理学部教授/1984年お茶の水女子大学大学院人間文化研究科人間発達学専攻、博士課程後期課程修了。学術博士(お茶の水女子大学)。専門は、認知心理学、発達心理学、法と心理学。法と心理学会理事長、日本心理学会常務理事。主な著書に『子どもへの司法面接:進め方・考え方とトレーニング』(編著、有斐閣)など。日本科学技術振興機構「多専門連携による司法面接の実施を促進する研修プログラムの開発と実装」プロジェクト代表。

それがきっかけで、RISTEXの現在のプロジェクトにつながっているのですね。
司法と臨床の研究が一緒になることで何が生まれてくるのでしょうか?

安田 臨床実践ではいろいろなケースに出会いますが、なかにはDVや離婚、犯罪・虐待被害といった、司法との連携が必要となってくるものがあります。心理的なしんどさを抱えて来られる方に対し、カウンセリングでは臨床的なアプローチによる心理的支援を行なうわけですが、その際、その方の心的事実に寄り添い伴走することが軸となります。他方、司法との連携においては、客観的事実が求められます。心的事実だけではとらえられない部分をいかに確認していくのかが大事になってくるのです。

事件や事故の被害にあったとされる方から事情聴取をする際、私たちはどうしても受容的、共感的になり「だいじょうぶ?○○さんが悪いのではないですよ。話したくなければ話さなくていいですよ」という態度をとりがちです。けれども情報を得るには「しっかり、詳細に話してください」とも言わなければならず、それは矛盾したメッセージということになります。こうした矛盾は面接者にとっても、被面接者にとっても混乱をもたらします。前者は心の回復をめざす臨床的アプローチ、後者は事実確認のアプローチだとするならば、これらは異なる専門性を反映している、ということもできます。そこで最近は、この二つを一人の面接者が担うのではなく、それぞれを分けて行うのがよい、と考えられるようになりました。記憶は急激に失われ、汚染や変遷も起きやすいので、まずはできるだけ早く事実確認(司法面接)を行います。そして、その後速やかに心のケア(臨床)に入るのがよいとされています。
相対する当事者がいる事案では、中立性、客観性が重要です。そのため、司法面接は、カウンセリングに比べると冷たく感じられるところもあるかもしれません。場合によっては、事件化が前提であるように見えたり、本当に子どものためになるのかという懸念も生じるかもしれません。けれども、的確な対応を行い、再発を防ぐには、正確な事実確認は必要です。だからこそ、事実確認と心理ケアの両方が必要となり、互いが両輪となることで強みが生まれます。

2015年10月に、厚生労働省、警察庁、最高検察庁が、児相・検察・警察による協同面接を推進しようという通知を出しました。このことから、三者で司法面接を行う機会も増えています。白か黒か、福祉的見守りか司法的介入かという二者択一ではなく、必要に応じて司法的な介入をするけれども、一貫して福祉的な見守りも行うという、多角的な対応が可能になってきたかなと思います。

Yuko YASUDA 安田 裕子

立命館大学総合心理学部准教授/2004年立命館大学大学院応用人間科学研究科応用人間科学専攻修士課程修了。博士(教育学)(2010/03 京都大学)。専門は、臨床心理学、生涯発達心理学、質的心理学。日本質的心理学会常任理事、対人援助学会常任理事。主な著書に『TEMでひろがる社会実装―ライフの充実を支援する』(安田裕子・サトウタツヤ 誠信書房)、『不妊治療者の人生選択―ライフストーリーを捉えるナラティヴ・アプローチ』(新曜社)など。

従来は白と黒のような相反する部分があったものが、このような流れになったのは、
新しい動きですね。

白か黒かというのは、司法的なアプローチでいうと事件化するか否か、処罰の対象とするか否かでしょうが、福祉は白であろうと黒であろうと子どもや家族を継続してずっと見ていきます。事件化することで福祉が関与できにくくなっていた部分を少なくし、一緒に携わっていきましょうということです。精神医療、心理臨床的なアプローチは、さらに長期的な視野をもって子どもや家族を支援していくことを可能にすると思います。

安田 厚生労働省、警察庁、最高検察庁が、児相・検察・警察による協同面接を推進しようという通知のもと、現在、児相の専門家が臨床的ケアの観点をもってケースに対応していますが、福祉の枠組みを越えて、トラウマなどを扱う心理臨床の専門家、さらには、身体のケアを行なう医療のかかわりが重要であると考えられます。

お互いの相入れなかった領域について、補い合いことで新たな可能性が生まれると
いうわけですね。

そうですね。専門が違うと自分には関係がないことだと思いがちかもしれません。でも、例えば心理学について言えば、認知心理学、発達心理学、社会心理学、臨床心理学と多角的な関心を持つことが、実務において本当に役立つ知識になると思います。こういった知識があればこそ、異なる専門性を理解し合い、連携して多角的な支援ができるチームアプローチが可能になります。

安田 連携・協働による多角的な支援が重要であるなかで、いかにしてそれを実質的に進めていけるのでしょうか。それぞれの専門性、それゆえの視点・目的の違いが、ぶつかりあうこともあるかもしれません。そうしたことには、システムが関係してもいるでしょう。例えば、被害に遭った子どもへの聞き取りを行う際に、検事により聴取されたものが裁判で証拠として採用されるということがあり、そのために、子どもの状態や事例性はさておき、協同面接で検事が面接担当になる、ということがあったりもします。

確かに、職種間で連携が充分取れていないところもあるかもしれません。また、法的な証拠を目指す場合、検事さんが面接者になるのがよいとされるケースも確かにあります。でも、そこを警察や児童相談所、その他の専門家が支援することで、事実確認を行うと同時に福祉、心理臨床的にも重要な情報収集ができます。何よりも、子どもが複数の機関を巡る必要がなくなり、負担は大きく軽減されます。こういうチームでの活動が多くなるといいですね。