座談会

法学研究科現役院生が語る
「研究コース」の魅力

立命館大学大学院法学研究科の研究コースに所属する3人の院生に、大学院に進学した動機、研究コースでの毎日、研究テーマについて自由に語ってもらいました。学部生にはイメージしにくい、大学院での学びや毎日の生活について、院生自身に語ってもらうことで、みなさんに研究コースの魅力をお伝えできればと思います。

座談会開催日 2019年2月28日

参加者紹介

参加者の経歴は座談会開催当時のものです。

  • 司会安達 光治 教授
    立命館大学法学部
    法学研究科

    専門は刑法。現在は主に、共謀罪の歴史や解釈上の問題を研究対象としている。

  • 清水 拓磨 さん
    博士課程前期課程
    研究コース2回生

    大阪府出身。専門は刑事訴訟法。渕野貴生教授の指導のもと、自己負罪型司法取引というテーマについて日々研究に励んでいる。2019年度から博士課程後期課程に進学予定。第12回平井嘉一郎研究奨励賞受賞者。

  • 尾藤 司 さん
    博士課程前期課程
    研究コース1回生

    静岡県出身。専門は民法(不法行為法)。石橋秀起教授の指導のもと、共同不法行為論および複数行為者の不法行為責任に関する問題を検討している。第14回平井嘉一郎研究奨励賞受賞者。

  • 原田 弘隆 さん
    博士課程前期課程
    研究コース1回生

    福岡県出身。専門は民法 (主に財産法)で、臼井豊教授の指導のもと、「21世紀の民法学における所有権理論の再構築」というテーマで研究を行っている。第13回平井嘉一郎研究奨励賞受賞者。

安達教授

今日はみなさんお集まりいただきありがとうございます。学部生には、大学院生の毎日の生活についてイメージが湧かないと思います。そこで、今回は、法務研究科(ロースクール)とは違った、法学研究科の魅力をお伝えできる機会になればと思います。とくに今回は、研究者を目指しているみなさんに、研究コースの話をお伺いしたいと思います。

研究コースに進学した動機

安達教授

まず、お聞きしたいのですが、みなさんが法学の研究者を目指したいと思ったきっかけはどのようなものだったのでしょうか。

清水さん

理由はとても単純で、ただ法学の勉強が好きでもっと深めたいと考えたからです。当初は弁護士志望だったのですが、研究者になれば、ずっと勉強がしていられると思いましたね。

安達教授

非常に純粋な動機だったんですね。やっぱり勉強が好きでないと、研究は続かないですからね。尾藤さんはどうですか?

尾藤さん

私も似ているのですが、民法をはじめとして、法学を深く勉強したいと考えたからです。学部2回生の頃、平井宜雄先生の著書を読んで、不法行為法に強い魅力を感じました。それ以降、関心は不法行為法のみならず民法・民法学に広がっていき、民法・不法行為法を深く勉強するために研究コースへの進学を目指しました。

安達教授

私も同じく、学生時代に、平井先生の「損害賠償法の理論」というご著書を読んで、その緻密な学説展開に魅力を感じました。原田さんはいかがでしょう?

原田さん

法学部入学時は研究者を目指していたわけではなかったのですが、研究者を志すきっかけとなったのは、指導教授である臼井豊先生の講義でした。ちょうど臼井先生がなりすましの研究をされているころで、代理の研究から発展していく流れを説明されていたのに関心を持ちました。その後、臼井ゼミにてさらに研究の奥深さを知りました。

研究の楽しさ・面白さとは

安達教授

やはりゼミは研究者を目指そうと思うきっかけになることが多いかもしれませんね。みなさんは共通して「研究が面白い」とお考えのようですが、どういった点に魅力をお感じでしょうか。

清水さん

研究する中で問題点が出てきて、先生と議論すると、さらに、わからないことに気づかされます。そのわからないことが面白いというか、大学院での研究って毎日が発見で、その繰り返しです。

尾藤さん

授業の課題文献を読んできて、先生の読み方と全然違うことがあったりしてがっかりすることもあります。しかし、そういった経験を前向きにとらえて、自分の成長につなげていくようにしています。

原田さん

授業の課題文献を読み、分析するのですが、先生から勉強の足りなさを指摘されることが多いです。しかし、その発見が毎日の成長につながっていると感じています。

清水さん

ほかの大学の先生方も大勢集まる研究会にてはじめて報告したとき、多くの批判を受けて、終わった後にこっそり一人で涙を流したことも(笑)。もちろん落ち込みますが、自分では考えられていなかった点に気づかされ、面白いなと思います。こういった他大学の研究者や院生との関わり合いも楽しさかと思います。

他大学の研究者や院生との活発な交流も魅力

安達教授

今、研究会の話が出ましたが、刑法では、関西ではインターカレッジの研究会の活動が活発ですね。刑法では、私も参加している刑法読書会や刑事判例研究会などがあるのですが、民法はどうでしょう?

尾藤さん

古くは末川民事法研究会もありますが、最近、関西民事法の若手研究者による研究会も開催されるようになり、それに参加させてもらって報告をしています。年4回開催されています。若手の先生方と院生がつどって研究交流しています。

原田さん

ぼくもそうです。

安達教授

他大学の研究者や院生との交流の意義はどういったところにありますか。

原田さん

そういった研究会では、研究報告だけではなく、飲み会なんかもありまして、他大学の先生方や院生のみなさんともより親しくお付き合いさせていただいています。そういった場で、先生方は私の研究について親身に指導をしてくださったりします。

尾藤さん

今は立命館に民法を研究する先輩がいないのですが、こういったインターカレッジの研究会には、ドイツ民法を研究する先生方や院生も参加されますので、質問ができたりして非常に助かっています。やっぱり、立命館の院生でいると、関西全体の大学との交流が盛んなので、多くの先生方から意見をもらえるというのは利点ですよね。

安達教授

とくに、立命はそういった交流を推奨していますしね。研究会では緊張しますけれども、懇親会の場で、先生方とも親密にお話しできるのもいいですよね。

具体的な研究テーマについて

安達教授

では、よりアカデミックな話題に入りましょうか。みなさんの研究テーマを教えてください。

清水さん

私は刑事訴訟法が専門なのですが、なかでも、自己負罪型司法取引について研究しています。このテーマは、近年の刑訴法改正で捜査・公判協力型司法取引が導入されたこともあり、現在、学界においても、社会的にもとても注目されています。現在、日本では、「ごね得」が問題視されて自己負罪型司法取引が導入されていません。つまり、司法取引に応じれば罪が軽くなることがわかっていれば司法取引ができるまで供述をしないという問題があると指摘されています。しかし、自己負罪型司法取引のより本質的な問題は別にあると考えています。それは、量刑格差の問題です。通常、司法取引に応じればその恩典として軽い処罰がなされるわけですが、逆に応じなければ、相対的に重い処罰が下されます。そのような状況における被疑者・被告人の取引に応じて有罪答弁をする、ないしは自白をするという選択が、はたして自己の意思に基づく自由な判断といえるのかという点について研究しています。

安達教授

司法取引をした場合としなかった場合とで量刑に格差が生じますね。なぜ、取引をした場合に刑罰が軽くなるのか、それがはたして刑事司法の目的と合致するのかという問題意識ですよね。尾藤さんはどうでしょう?

尾藤さん

私は、複数行為者が関与したことで因果関係が不明となった不法行為事例に対して、民法719条1項後段を適用する場合、どういった要件を課し、どういった効果を発生させるのが妥当なのかを研究しています。とりわけ、発生した損害を単独の行為者では惹起し得ないような場合(公害事例や建設アスベスト事例)を念頭に置いています。

安達教授

建設アスベスト事例で具体的にご説明いただきましょうか。アスベストは、建築材として日本で広く使用されてきました。しかし、肺がんの原因物質であることが明らかになったため、1975年に使用禁止となっています。アスベストが原因となって発生した健康被害について、被害者が、アスベストを製造したメーカーに対して不法行為を理由として損害賠償責任を問う場合、どのような問題が起こるのでしょうか。

尾藤さん

アスベストによる健康被害は、どのメーカーの製品が原因であるかが不明です。というのもアスベスト製品は多様なメーカーにより製造され、1つの建設現場に複数の異なるメーカーのアスベスト製品が使われているのが通常であったからです。そうすると、健康被害がどのメーカーのアスベストにより生じたのかが明らかにできないという問題が生じます。このような因果関係の立証が困難な場合に、民法719条1項後段を適用して、因果関係の立証困難を緩和し、複数のメーカーに責任を追及し得ないかが問題となっています。

民法719条1項 数人が共同の不法行為によって他人に損害を加えたときは、各自が連帯してその損害を賠償する責任を負う。共同行為者のうちいずれの者がその損害を加えたかを知ることができないときも、同様とする。

尾藤さん

民法719条1項後段によれば、以上のように、因果関係が不明の場合、一定の要件の下で、すべての責任を行為者に負わせることになりますが、とりわけ建設アスベスト事例を念頭に置いた場合、この点に疑問を持っています。とくに、市場占有率が低いメーカーに、全国で発生した被害の全責任を負わせるのは妥当ではないだろうと思っています。719条1項について、それぞれの行為者に自己の因果関係を超える部分について責任を負わせる根拠、さらに、すべての責任を負わせるべきなのかという2段階の問題があると思っています。

安達教授

刑法の人間からすると、共同正犯ではなく、いわば同時犯的な性質をしか持たない行為に連帯責任を負わせる理由が不明だなと直感的に感じます。今日の座談会のように、他分野の研究者・院生同士が、お互いの研究について説明し合って、いい影響を与えあうというのも、大学院ならではという気がしますね。

原田さん

私は所有権を研究しているので、刑法の財産犯論を研究している先輩との意見交換は非常に有益でしたね。こういった他分野の院生との研究交流を通じて知的な刺激を受けています。
私の研究テーマは、「21世紀の民法学における所有権理論の再構築」です。従来、民法学において最も重要な財は不動産でした。しかし、高度な情報化社会を迎えた現在において、様々な情報およびデータが新たな財として脚光を浴びつつあります。

安達教授

ドイツでも、情報の重要性が高まっていて、知的財産の視点とは違ったアプローチが必要になっているという議論がなされていますね。所有権の対象として民事法において独立して保護すべきかどうか。刑法学でも財産犯論とのかかわりで、非常に注目されるところです。具体的にイメージしやすい事例ってありますか?

原田さん

たとえば、大学でUSBを盗まれてしまい、その中に保存していたレポートのデータを勝手にコピーされてしまったとします。有体物であるUSBなら所有権にもとづく返還請求権が認められますよね。しかし、USBは被害者の手元に返ってきたが、中身のレポートデータ情報だけ盗られたという場面が問題になりますね。

安達教授

レポートデータを利用するなというのが知的財産法の保護内容だが、盗まれたデータを消せ、勝手に保有するなと主張するのが民法の所有権での問題意識ということになりますね。原田さんのご研究の方向性とはどうなるんですか?所有権を認めていくんですか?

原田さん

ドイツでもいろいろ議論がありまして。ドイツ民法90条は、所有権は有体物に限るとしています。最近では、データも有体物に入るとする極端な説もありますが、入らないので類推適用を認めるべきとか、特別規定をつくれとか、いろいろな説がありますので、まずは学説の分析から進めています。

法学研究科への進学を希望されている
みなさんへのメッセージ

安達教授

最後に、学部生のみなさんにメッセージをいただけますか?

清水さん

大学院では、自分で選択した、いいかえれば自分がいま一番興味を持っていることに、ほとんどの時間を費やせます。朝から晩まで、そのことだけを考えていられます。それが何よりの楽しさ・面白さかと思います。また、修士論文執筆のための「特別研究」という授業では、指導教授とマンツーマンで学べるので、そこから得る問題意識や思考角度は、自分を大きく成長させ、それが楽しさ・面白さに繋がると思います。

尾藤さん

自分が興味を持ったテーマを、追求し続けることができます。先行研究を丹念に分析、整理することが研究コースでの中心的な時間の使い方です。これ自体は、相当に地道かつ孤独な作業で、仮に自分が先行研究を分析、整理した上で新たな視座を獲得したと思っても、実は既に先人が指摘していた、ということは頻繁にあります。こういった研究上の悩みや無力感を抱くことは頻繁にあります。しかし、それでもなお、自分が関心を持ったテーマについて、先行研究を踏まえて自分の解釈論を展開し、新たな知見を獲得することは大きな魅力です。

原田さん

私は大学院での生活は厳しいということを強調しておきたいと思います。私は法学研究の魅力とは、雲の上の抽象的な議論と地に足のついた日常生活に密接した具体的な議論との間を行きつ戻りつしつつ、ともすると百花繚乱に咲き乱れる先人の学説を丹念に分析して妥当な解決を目指すという作業にあると考えています。自分が気付いた程度のことは全て怜悧な先人が既に指摘しているという諦念と先行研究に不足しているものを突き止めて指摘してみせるという執念の両者を携えて研究活動に勤しんだ先に、たとえ細雪程度の些細な発見であったとしても、それが得られたときの愉悦は、やはり何ものにも代え難いです。

安達教授

研究者を目指す法学研究科での5年間は、ロースクールとは違った意味でたいへんな苦労が伴います。ただ勉強したいというだけではなく、みなさんのように、問題意識があってこれを解決したいというモチベーションがないとなかなか研究を続けることは難しいと思います。そのため、研究コースでは、ただ勉強したい人というだけではなく、社会に対する問題意識を持って、それを解決しようとするという動機や、自分の研究がどのように社会とつながっているかを意識することが重要だと、みなさんのお話を聞いて再認識しました。
そろそろお時間ですね。みなさんのおかげで大変有意義な座談会になったと思います。ありがとうございました。