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多種多様な社会学の「時間」概念
公理をとりだして比べることで、「理論の地図」をつくる

取材時期:2021年

インタビュー

多種多様な社会学の「時間」概念<br class="pc">公理をとりだして比べることで、「理論の地図」をつくるのサムネイル
  • メディア社会研究領域高橋顕也准教授

研究テーマについて教えてください。

高橋

専門は理論研究で、「時間」「メディア」といった、社会学で広く用いられるさまざまな概念を取り上げています。

社会学の理論研究には大きく分けて2つのレイヤーがあります。1つは、国内外の著名な研究者らの言葉をまとめ、他者との関係性を整理したりするというレイヤー。ある研究者の考えがどのような学派や流派に広がり、どのような影響を与えているかを考えます。もうひとつが、人ではなく、考え方の枠組みや概念を整理するレイヤー。私の研究は後者の性質が強いと思います。

近年の一番の関心は、科学研究費助成事業のプロジェクトで扱っている「社会的な時間」について。研究者仲間たちと役割分担し、私は「社会学的な時間概念の公理論化」を担当しています。「公理」とは主に数学で使用される言葉で、ある理論を成り立たせる基本の前提のことを指します。

これまでの社会学では、理論研究においても、「時間」という概念に対して前提となる公理が整理されているとは言い難いものでした。研究者や理論ごとにさまざまなニュアンスを含ませて使用されてきたので、同じ「時間」という言葉を用いていても「あの研究者とこの研究者では意味していることが違う」と議論になることもしばしばあります。そこで、社会学における多様な時間概念の公理を明確化し、「あの理論の時間概念にはこういう公理があるが、この研究者の時間概念にはこういう公理が含まれる」ということを分類・整理しようと考えています。「社会的な時間」に、この「公理論化」というアプローチをうまく適用することができれば、時間以外の重要な概念についても拡張していきたいと考えています。

日常生活とはまた違った「時間」でしょうか。

高橋

もちろん、社会学でとりあげる時間にも、時計やカレンダーのような日常的な時間は登場しますが、「時計で測られる数量的な時間に社会や人々が巻き込まれていくことで、そこにどんな問題が生じるのか」といった批判的な視点から眺める場合も多いです。伝統的な社会では日の出や日没、季節や行事などのいわば「質的な」基準で時間を判断していましたが、近代化とともに、数量的な時間に縛られるようになりました。このような捉え方には、ある社会で用いられる時間とその社会のあり方が密接に連関しているという社会学的な視点が含まれています。

興味深い研究の1つが、2000年代に登場した「アクセラレーション(加速)」の概念です。ドイツの社会学者であるハルトムート・ローザが提唱したもので、簡単にいうと、「現代社会を特徴付けるものとして『加速』があり、それがないと現代社会はもはや成立しない」という考え方。この提案を受けて、「加速する社会で時間に追われたり縛られたりすることで、そこに生きる人々は大事なものを失っているのではないか」という議論が交わされるようになっており、今後、社会学の内外で広がっていくかもしれません。

研究をする上でどんなことを大切にしていますか。

高橋

社会学に対して「世の中の問題を明確化し、どうすれば良くなるのか教えて欲しい」と期待している人は多いでしょう。ただし、個人的にはそういった実践的な関心からは少し距離を取っていて、ある社会的な現象や問題を「それがどのようにして成立しているのか」「どのような視点からそのようなものとして捉えられているのか」といったように俯瞰的に捉えるようにしています。社会学研究科には、実践的な取り組みをされている先生方も多いですが、研究者として俯瞰した視点をもつことはどの先生も大切にされていると思います。大学院生にも、「俯瞰して見る」という習慣は、是非身につけてほしいです。

社会学研究科には、社会的問題の解決という実践的な関心を持っている院生が多く、解決したい問題を思考の中心に置いています。それ自体は研究を行う上でとても大切なことですが、自分の関心に気を取られて視野が狭くなってしまうリスクもあります。学問として勉強する以上、その問題に関心がない人にも「なるほど」と思ってもらえるくらいに、研究対象を一度徹底的に突き放して考察するのが良いでしょう。これを一人でやるのは難しいので、私たち教員が指導したり、手助けしたりする必要があると思っています。

社会学研究科のおもしろいところは?

高橋

カバーしている分野が広いこと。「現代社会」「メディア」「スポーツ」「福祉」の4領域があり、先生の専門も幅広い。現場経験があり実践的な知識の豊富な先生も多い一方で、自分のように理論研究に注力している人間もおり、多様性があります。

院生の経歴もさまざまで、学部から上がってきた院生もいれば、仕事と両立している社会人の院生もいる。定年退職後や仕事を辞めた方、外国人留学生もいて、興味関心も多様で、教員としても刺激を受けます。例えば、留学生が扱うテーマは、日本人研究者の自分にとって興味深いことが多いです。自国の社会や、自国と日本の社会の比較といった研究ですね。特に、日本と中国は同じアジアで地理的には近いですが、社会の仕組み自体が大きく違うこともあり、新しい学びにつながることがあります。

社会学は19世紀にヨーロッパで誕生した学問で、日本社会は西洋社会の仕組みに比較的近いので、欧米の社会学の議論を受け入れやすいと言えます。一方、中国の社会の仕組みは西洋とも日本とも大きく異なるので、すると、今まで自分が研究してきたような社会学理論の議論がどこまで通用するか疑問が生じることもあります。そこに困惑しながらも、学問的刺激とおもしろさを感じています。