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スポーツはなぜ日常に浸透しているのか?
歴史や教育、政治、さまざまな角度から捉える

取材時期:2021年

インタビュー

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  • スポーツ社会研究領域松島剛史准教授

松島先生の研究テーマやご興味について教えてください。

松島

もともと立命館大学の出身で、当時は経営学部に所属していました。そこでスポーツ経営学に触れてスポーツサイエンスに近い分野の勉強をしていました。

スポーツを学ぶには、課題や問題点に向き合うことが必要不可欠で、そのうち、ラグビーをやってスポーツの世界にどっぷり浸かっていた自分の中に、一種のジレンマのようなものが生じてきました。そこで、「スポーツを、別の視点から捉えたほうが良いのではないか」と思うようになりました。

そもそも、スポーツは、私たちの日常生活に当たり前のようにあって世界中に広まっています。スポーツという言葉を聞いて、「スポーツって何?」と思う人はあまりいませんよね。さまざまな文化があるなかで、なぜスポーツだけが特権化されているのか、それ自体もまた、不思議と感じるようになりました。

かといって、いきなりこのような大きいテーマを扱えるはずもありません。まずは自分がやってきたことを研究対象にしようと考えて、ラグビーに関する研究を始めました。

スポーツが広まった理由は確かに気になります。

松島

オリンピック種目のようなメジャーなスポーツは、英国から拡大したケースが多いですね。英国が植民地を拡大する中で、言葉やビジネスと一緒にスポーツも広がっていきました。

日本の場合には、学校教育に西洋諸国の教育モデルを組み込む過程で、スポーツや関連する考え方が取り入れられてきた背景があります。英国では、「スポーツをすることが心身の健全な発達に役立つ」と考えられていて、日本にも同様の考えは広まっていると思います。

また、政治・経済との結びつきが不可欠です。スポーツの大会の開催には莫大なコストが必要で、スポーツ界だけでその費用を賄うのは不可能だからです。ラグビーワールドカップ2019の開催プロセスでも、森元首相が日本ラグビー協会の新会長に就任して、政治と経済を含めて邁進した事例があります。

こういった背景以外にも、スポーツ界自身の働きかけも大きいですね。現代のスポーツ界には、「スポーツには経済効果があり、地域社会の活性化や地方創生にもつながる」という論調があって、これが社会から正当性を得る根拠の1つになっています。

普段の生活のなかで、スポーツの研究を意識する場面はありますか。

松島

スポーツは私たちの余暇を豊かにしてくれますが、スポーツを楽しむには前提条件がいくつかあります。それは、時間とお金、健康や人間関係も重要です。

新型コロナウイルスの流行で改めて感じたのが、「自由に身体を動かせる広い空間が必要だ」ということ。例えば、日本の多くの公園ではキャッチボールを禁止しています。では、キャッチボールはどこでやればいいのでしょうか。キャッチボールのためにスタジアムを借りるのは現実的ではないし、公園や施設の利用条件を変えるのも難しそうです。スポーツ環境を整えるには、政治や経済も含めて考える必要があると再認識しました。

最新の研究テーマについて教えてください。

松島

今一番興味があるのが、障害者スポーツの研究です。2021年のオリパラでは、テレビ番組やCMなどにオリパラ選手が多く起用され、認知が広がった。「スポーツを通じて共生社会を作っていく」ことを実感できる、大きなきっかけになったと感じています。

一方で、課題もあります。例えば、現在、体育館は、利用者が健常者と障害者で分かれているケースが多いですが、最近では「それぞれの体育館を使い合えるようにしよう」という流れが出てきています。しかし、健常者と障害者が一緒にスポーツするとなると、何らかのハレーションが確実に起きると思います。

例えば、市民体育館で車いすラグビーをプレイした際、フロアの掃除や傷の補修は誰が補えばいいでしょうか。管理業者に任せる方法もありますが、そうすると地域の人々の利用料も含めて、跳ね上がってしまいます。すると、「そんなに高いお金を払ってまでスポーツをするのか」という新たな問題も浮上してきます。

実際、過去に立命館大学で車いすラグビーの大会を開催したそうですね。

松島

車いすラグビーはかなりハードなスポーツで、車いす同士のタックルも認められています。競技にはラグ車という専用の大きな車いすを使うのですが、接触したときの衝撃も大きく、試合中に転倒することもあるのです。

大会後、学生たちと一緒に必死で体育館の床を磨きましたが、管理業者から、フロアのへこみやタイヤ跡を指摘されました。こうした、新たに発生するコストをどのように吸収するか、解決策の必要性を強く感じた出来事でした。

おそらく、障害者スポーツの現場ではすでにこうした議論がされていて、解決に向けた試行錯誤をしているはず。どう対応しているかを把握して、解決策を探っていきたいと考えています。

社会学研究科のおもしろいところは?

松島

スポーツ学は大学の教育学部に位置づけられることが多いので、社会学研究科にスポーツに関係した研究領域があるのが、そもそも珍しいことかもしれません。社会学研究科では、「社会のなかにスポーツがあり、両者は切っても切り離せない関係」と考えています。

社会学研究科には多様な研究者がいるので、それぞれの立場からスポーツへの疑問を投げかけたり、新しい知見を授けてくれたりもします。スポーツだけを研究していると狭くなってしまいがちな視野を、外部からの刺激が広げてくれるのは得難いことだと思います。