新しい脅威

グローバルに広がる
麻薬の脅威から人と国を守る

福海 さやか

福海 さやか国際関係学部 准教授

「グローバルビジネス」
としての麻薬産業

「新しい脅威」とは、どのようなものを指すのでしょうか?

福海「新しい脅威」とは、国際的な安全保障の枠組みから生まれた概念です。「安全保障」は、伝統的に国家が自分の領土や政治的な主権を他国から守ることを指していました。ところが冷戦終結以降、こうした「国家の安全保障」だけでなく、個人に焦点を当てた「人間の安全保障」という新しい考え方が登場。人間一人ひとりの安全を守ることが、国際社会で重視されるようになってきました。例えば貧困や飢餓、環境破壊など個人の生存や生活、尊厳を脅かすものは、伝統的な脅威に対し、「新しい脅威(非伝統的脅威)」と呼ばれています。麻薬もそうした「新たな脅威」の一つに位置づけられています。

麻薬には大きく分けて覚せい剤やアンフェタミンなど化学合成によって作られる合成麻薬と、ヘロインやコカイン、マリファナといった植物から抽出したり、粉末にして作られる植物性麻薬の2種類があります。そのうち植物性麻薬は産地が限定されるのが特徴です。コカインの主要生産国は、コロンビア、ボリビア、ペルー。アメリカに渡るコカインの約70%、ヨーロッパに渡る約90%はラテンアメリカ産が占めているといわれています。

麻薬産業は、しばしば国際的な多国籍企業に例えられるほどいまやビジネスとして確立されています。ラテンアメリカでは主にボリビアとペルーで栽培された後、コロンビアで麻薬に加工され、メキシコを経由してアメリカやヨーロッパに供給されます。こうした生産・流通システムを崩すのは容易なことではありません。

コロンビアでは都市経済が麻薬に依存する事態も発生した

民主国家の成立を揺るがす
麻薬カルテルのパワー

なぜ麻薬を安全保障の観点から考える必要があるのですか?

福海麻薬が人間一人ひとりの生存や生活を脅かすだけでなく、麻薬産業が国家の存続をも揺るがすほどの影響力を持っているからです。

これまで日本では、麻薬は国を挙げて解決に取り組むほど深刻な問題とは捉えられていませんでした。しかし国際的な安全保障にとって深刻な脅威となれば、目を背けるわけにはいきません。安全保障な観点から考えることで初めてそれを「脅威」と認識し、国として対応することができる。国際関係学を学ぶことは、こうした視点を養うことでもあります。

実際、麻薬密輸組織の横行は、国にさまざまな悪影響を及ぼしています。政治家や法曹家が脅迫されたり、賄賂によって取り込まれる例は後を絶ちません。政治や司法制度の基盤が崩れれば、民主国家は成り立たなくなります。また、麻薬密輸組織の多くは、密輸で得た資金をメディアや交通、ホテル、飲食店などの合法ビジネスに転用し、都市機能の多くを掌握してしまうことさえあります。さらに困るのは、不法に得た資金を元に貧困層への援助など福祉・チャリティを行うこと。それによって経済力の弱い自治体よりも市民の支持を獲得し、国や自治体に対する信頼を揺るがすこともあります。その他、ゲリラなどの反政府組織と連携し、国家にとっての脅威を拡大させる負の連鎖も生まれています。

これらが現実のものとなったのが、コロンビアです。同国では麻薬カルテルが国家を上回る財力・武力を持った結果、司法制度が形がい化。都市経済が麻薬に依存し、ある地域では、都市労働者人口の約30%が麻薬密輸組織の経営する企業で働いているという事態も発生しました。さらに麻薬カルテルのメンバーが国政や市政に参入したこともあります。

またメキシコでは、政府と麻薬密輸組織との「戦争」が勃発しました。2006年からカルデロン政権は「War on Drugs(麻薬戦争)」といわれる大規模な麻薬取締政策を断行。6年間にわたって麻薬密輸組織の摘発・粛清を行う中で、警察や政治家、ジャーナリスト、一般市民まで約7万人が犠牲になったといわれています。この麻薬戦争は現在も続いています。麻薬戦争の長期化が、国の疲弊と荒廃を招いたことはいうまでもありません。

「安全保障問題」としての麻薬問題は
国際関係学で解決する

どうしたら麻薬問題を解決することができるのでしょうか?

福海麻薬産業は「グローバルビジネス」であり、その影響は当然他の国や、国と国との関係にも及びます。経済的に脆弱な生産国だけに責任を押し付けたのでは、この問題を解決することはできません。そのためラテンアメリカと国境で接するアメリカをはじめ、国連やEU、米州機構(OAS)などの国際機関が援助し、麻薬問題の解決に取り組んでいます。

麻薬規制に関する政策として現在有力視されているのは、法執行と代替開発の二つです。中でも近年国際的な支援のもとで積極的に行われているのが、代替開発です。代替開発とは、生産地で麻薬栽培に代わる新たな農業や産業を開発し、麻薬産業に依存する経済のあり方を変えようとする試みです。最も成功した例が、タイの「ロイヤル・プロジェクト」。国連などからの国際援助をもとに発展させ、約2000種類の作物の生産から販売までの仕組みをつくり、農民の自律と経済状況の改善を実現しました。

しかしこれは稀有な成功事例であり、現実にはさまざまな問題が代替開発の浸透を阻んでいます。ラテンアメリカで初めてコロンビアが世界に向けて提案した麻薬規制政策「プラン・コロンビア」もその一つ。法規制と代替開発を融合し、包括的に麻薬を規制しようという画期的な政策でした。アメリカとEUに支援を呼びかけたものの、アメリカに対抗意識を持つEUが参画せず、計画通りには実現しませんでした。

すべての国が麻薬撲滅を願いながら、現実には国と国との間に横たわる経済、政治などさまざまな問題が解決を困難なものにしています。こうした問題を解決に導くには、国際関係についての多角的な知識や視点が不可欠です。

国際関係学を志す方へ
福海 さやか

福海 さやか国際関係学部 准教授

イギリスの修士課程・博士課程で麻薬の問題に着目し、麻薬産業が国や国際関係に与える影響、国の麻薬規制政策の研究を始めました。現代の日本は、多様な価値観が許されない社会になりつつある気がします。限られた価値観や正義に縛られていては、麻薬問題をはじめ国際的な新しい脅威を解決する糸口を見つけることはできません。若い皆さんには、広い世界を見て、世界には多様な価値観があり、正義や道徳も一つではないことを知ってほしいと思っています。

「新しい脅威」に興味を持った方へ:MOVIES

映画

ゴッドファーザー(The Godfather)

1972年、アメリカ

映画

トラフィック(Traffic)

2000年、アメリカ

映画

そして、ひと粒のひかり

2004年、アメリカ・コロンビア合作

ドラマシリーズ

ナルコス(Narcos)

2015年、アメリカ(Netflix)

ドラマシリーズ

エル・チャポ(EL Chapo)

2017年、アメリカ(Netflix)