「イラク−アメリカ危機」についての館長声明

立命館国際平和ミュージアム
館長 安斎育郎

 「イラク−アメリカ危機」(あえてそう呼ぶ)で、世界史が逆流してい
 大量破壊兵器開発や武力攻撃に固執し、世界に深い亀裂を生じさせたサダム・フセイン政権とジョージ・ブッシュ政権に対し、厳重な抗議の意を表明する。

 問題の背景には、「フセイン独裁主義政権」の太々(ふてぶて)しいばかりの不気味な不透明感と、「ブッシュ単独主義政権」の「まず戦争ありき」と言わんばかりの驚くべき好戦性がある。
 やがて還暦を迎えようという国連は、依然として大国やテロ組織の身勝手な行動に翻弄され、その姿は痛々しいばかりだ。私は、例えひ弱ではあっても、国家群が犇(ひし)めきあう現状において、国連は、国家間の利害を平和的に調停する機関として、第一級の重要性をもつと信じている。だが、ブッシュ政権はそうは考えていない。国連は、アメリカの国益追求に役立つ限りにおいて利用すべき機関であり、それが意のままにならぬなら頼むに足りないという程の理解に見える。
 国連憲章が例外的に武力行使を認めているのは、(1)他国から攻撃されたにもかかわらず、国連安全保障理事会が必要な措置をとらない場合、および、(2)平和が脅かされたり、破壊されたり、侵略行為があった場合に、安保理が武力行使を決定した場合、の二つに限られる。しかし、今回の武力行使の決定は、これらいずれにも該当せず、正当化される理由はない。日本政府が、内閣官房長官も説明に窮するこの不条理な戦争を支持したことは、単に国連憲章の精神に反するだけでなく、国際紛争を解決する手段としての戦争を放棄した日本国憲法の精神に真っ向から背馳するものと言わなければならない。

 ブッシュ政権には、単独主義の本義に反して国連に期待をかけ過ぎた結果、決議の取り下げ等という大失態を演じてしまったという反省があるに相違ない。今後、同政権は、「国連頼むに足らず」という単独主義的な行動様式を一段と強める懸念がある。現状では、アメリカは国連の内にあって、外にもある。まるで、「ユナイテッド・ネイションズ」の外にもう一つ「ユナイテッド・ステイツ」という名の世界決定機関があるかのようである。
 国連は、難民支援や、女性や子どもの権利など、人道・人権の面で大きな成果を上げてきたが、経済や政治に関わる問題では、大国の利害が剥き出しになり、機能不全に陥ることが少なくなかった。地球環境保護も、核兵器廃絶も、遅々として進まないように見える。行きつ戻りつ、しかしそれでも少しずつ、温暖化防止の国際協調が進み、核兵器の違法性が明るみに出されている。澱(よど)みなくとは行かないが、大局的に見て国連は人類史の進歩の流れに沿っていることをこそ評価すべきである。国連は、平和のための調整機関として育むべき存在でこそあれ、それを敵視したり、妨害したり、恣意的に利用したり、機能不全に陥らせるべき存在ではない。

 私は、さる2月17日の「館長声明」において、次の3点を要求した。
(1)ブッシュ政権は、世界の反戦世論を無視して独善的な軍事攻撃路線に突き進む政策を直ちに転換すること。ブッシュ政権は、単独主義的な外交政策を改め、世界が直面する諸問題は国連を中心とし、世界のNGOの声をも踏まえて平和的・民主的に解決する原則を支持すること。

(2)イラクは、大量破壊兵器についての疑惑に透明性をもって誠実に応えること。すべての国々は、大量破壊兵器の廃絶にむけて責任ある行動をとること。とりわけブッシュ政権は、新型核兵器開発を含む自らの大量破壊兵器の開発・配備をやめ、核兵器廃絶に向けて責任ある行動をとること。

(3)日本政府は、ブッシュ政権の尻馬に乗る危険なロデオをやめ、最高法規において「国際紛争を解決する手段としての戦争」を放棄した国に相応しく、国際社会において紛争解決の不戦原則を主張し、その原則に沿った平和的対話外交を強力に推進すること。アメリカの「核の傘」に依存する安全保障政策を転換し、核兵器廃絶のために責任ある行動をとること。

 私は、これらの諸点を改めて要求するとともに、とりわけ日本政府がブッシュ政権の国連憲章無視の対イラク軍事攻撃を公然と支持したことに対し、厳重に抗議する。
 私たちは、いま、世界の命運に関わる問題を国連を中心とする平和的な方法によって解決する道を選ぶのか、それとも、国連憲章を無視する好戦的な超大国の横車を許す道を選ぶのか、その岐路にある。私は、人類が夥しい数の犠牲の上に築き上げてきた不戦原則を尊重し、人類史上空前の規模の反戦集会に反映された人々の平和の意志に依拠し、忍耐と寛容と英知と勇気をもって国際問題の平和的解決のために精力的な努力を払うべきことを心から期待する。

 しばしば、このような主張は、「あまりに理想主義的で、非現実的かつナイーヴ」との悪罵を投げられてきたが、超大国に追随して戦争の現実を容認し、国連憲章や最高法規たる日本国憲法を足蹴にして憚らないような「現実主義」は、国家運営の責任ある立場にある政府が軽々にとるべき道ではない。「今日の理想」を「明日の現実」とするためにも、現に私たちが手にしている国連憲章や日本国憲法の理想を玉のように慈しむ姿勢を安易に崩すべきではない。

 平和と民主主義を教学理念とする立命館大学が世界の大学に先駆けて開設した国際平和ミュージアムの館長として、私は、開設10年を経た当ミュージアムが引き続き平和の価値の尊さを発信する場として、また、学生や市民が自ら平和創造の主体的な担い手となることを支援する場としてさらに発展するよう、高度化にむけて一層の努力を払うことを誓うものである。

2003年3月19日

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安斎育郎