2000年度立命館大学産業社会学部
朝日新聞協力講座ニュースペーパーリテラシー

2000.11.9


第7回
新聞をどう読むか




柴田 直治 社会部次長



(1)現場の記者はどういう風に新聞を読んでいるか

 こんにちは、朝日新聞の社会部の次長をしています、柴田と申します。ここにいる皆さんは、シリーズ何回か聞かれていると思うんですけど、私以外の人はかなり、朝日新聞の大阪本社の中でも偉い人ばっかりなんです。皆さんから見ていると、あのおじさんもこのおじさんも、皆、同じおじさんに見えるかもしれないけど、結構、ずっとおじさんがやっている中で、僕はおじさんの中でも若くて、給料も格段に安いという立場なんですが、本来は社会部長という人がいて、私の上司なんですが、ずぼらな人で、私のほうに回したということで、連続して並んでいる講師の中ではずば抜けて職制が下な私がやるということになりました。しかも、今日のレジュメを見たら、テーマが「新聞をどう読むか」ということになっていて、余りそぐわないんじゃないかなという気がしないでもありません。というのは、新聞を読むということに関して言えば、会社の中に、記事審査部という朝の3時に起きて新聞を読むのを業としている、そして、我々から言うと、社内の各部門に批評、批判するところがあったりして、そういうところの方がテーマに合うのではないかという気もします。
 私自身は、社会部の次長ってのは、デスクって言われてるんですが、新聞をゆっくり読む立場でもありませんし、むしろ、実際に新聞を制作、記事を書く立場に、講師の中では一番近い立場にいるということで、日々どういった仕事をしているかということをご紹介しながら、皆さんが新聞を読む際の手がかりというか、一助にしていただけたけたらと思います。とは言うものの、一応、新聞をどう読むかということでお集まりいただいたところもあると思いますので、若干、新聞をどう読むかということに少しだけ触れたいと思うんですが、新聞をどう読むかというのは、かなり難しい話で、物理的に1面から読むのか一番最後のテレビ欄から読むのかというような話もあると思うし、あるいはどういった視点で、どういったものの見方で、どういう考えで新聞と接するかという難しい話もあると思うんですね。
 どういう風に現場の記者が新聞を読んでいるかというと、新聞というのは、朝刊で30ページから40ページある。よく新書1冊分の情報量ということが言われて、確かに膨大な情報があって、我々も、社会部というのは、かなり森羅万象を扱わされるので、一当たりのことは何でも頭にはいっていなくちゃいけないと思って、新聞を読むんですけど、これが結構、難行苦行なんですね。1日2時間から3時間はこまめにやっていますけど、通勤電車とかトイレの中、そういうところを活用して読んでいるんですけど、やっぱり2時間から3時間は目を通すのにかかっているということです。しかも自分の新聞だけじゃなくて、自分の新聞に特ダネを書かれることはないけども、他の新聞には書かれてヒーヒー言うことになるので、むしろ他の新聞はちゃんと読むということになるので、2時間か3時間は最低つぶさなくちゃいけないということです。


(2)読むというのは慣れ

 1通、僕のほうに、この講座の中から証券会社に就職するという人がいて、その人から質問状がきていて、一体どういったらいいのかと。そういうことで切実な思いで皆さん来られているとしたら、ちょっと外れた講義になると思うんですけど、証券会社、あるいは金融関係とか、これから皆さん就職して、そして日経新聞を読まなくちゃいけないという強迫観念にかられて、実際そんなことはないんですが、日経新聞は字も小さいし、株価の欄が多いというのがあるんだけど、情報量がかなり多くて、日経をどう読むかということで本が何冊も出ているということなので、新聞を物理的に読むということも、この時代になっては苦行であると。何しろビジュアルなメディアがいっぱい出ている中で新聞を読むと、時間もかかるしばさばさ開いていなくちゃいけないし、満員電車で読みにくいし手が汚れるし、そう楽なことじゃない。
 個人的な経験で言いますと、1979年入社したんで、21年になるんですけど、21年間新聞を読みつづけて、その前の学生時代も、1979年、今ほどじゃなかったんですけど、オイルショックの後で就職不況で、私、東京のマンモス私立大学の文学部の学生でして、文学部の学生なんていうのは、就職口はなかったんですね。
 新聞社を受けようかなと思ってたんで、大学5年間行ったんですけど、最後の1年間は新聞漬け、それから新聞を読んで、当時の入社試験というのは、今はちょっとシステムが変わって、色々新聞社もセミナーみたいな事をやって、その中で作文を書かせて採ったりしてるんで、昔と一緒にはできないんですけど、当時は、文化の日の11月3日に一斉に試験をやって、ペーパーテストを何千人かがいくつかの会場で受けて、それで選抜したもので面接をするという、非常にシンプルなもので、1次の試験に通らなきゃ就職できないというのがあったので、毎日毎日、新聞読みました。
 学生で2時間も3時間も、他に楽しいこといっぱいありましたから、読むのは結構苦行だったけれども、その中で、おのずと毎日毎日読んでると、別にその2年間だけ読んでたんじゃなくて、もちろん中学生くらいから自宅には新聞があるし、読んできたわけで、読み続けているわけなんですけど、かなり密度濃く、新聞を読むということでいえば、大学4年生、5年生くらいの時からです。そうすると、だんだん朝日新聞に洗脳されるようなところがあったのかなという気もするんですが、価値観というか、今新聞を読んでいて、自分が関わらなかったところの記事、あるいは論説でいうと、気に入らないところもいくつもあったりするんですが、大枠でいうとそう自分の考え方から踏み外したところがないというのが、長年のお付き合いの所以かなという気がします。
 逆にいうと、就職の時に考えたのは、毎日価値観を規定してきたもののところに、身を寄せたいというような感じもあったんじゃないかという気がします。読み方という点では、何の参考にもならないかもしれませんけど、気に入ったところから目をつけていっていただくしかないかなと。
 簡単なのは、「天声人語」という欄が、一番下にコラムがあって、大体、12字×60行から70行、もしくは大体タバコを1本吸い終わる間に読めるくらい、そういう感じで書いているので、読む習慣がなければ、そういうのを毎日読んでみるとか、あるいはその上にある「折々の歌」って言う歌を、大岡信さんが解説しているところがあるからそういうところを読むとか、あるいはスポーツ新聞以外でスポーツ面を読むとか、なんでもいいと思うんです。読むというのは慣れだから、毎日読んでいると割合読めるようになるし、次に何が書いてあるかという予測スピードみたいなのがあって、それでだんだんスピードアップしてくるという事があるので、読む気がある方は毎日触れてみるということをお勧めしておきます。
 何年か前にフィリピンで特派員をやっていて、2年半くらいいたんですけど、社会部記者をやっていて、それで「行け」と言われて、何の特段、国際問題、あるいは東南アジアの問題に造詣があるわけでもなく、英語を使ったことは入社以来十数年なくという状況でいったんですけど、特派員というのはワシントンとか、北京とか、大きなところをのぞくと大体、皆一人なんです。
 個人事業者みたいなもんでひとりしかいなくて、朝の最初の仕事というのは地元紙に目を通すということなんですけど、例えば、マニラでも十数紙あるんです。英語なんか基本的にだめなんですけど、毎日毎日見ているとそのうちに読めるようになってくる。それは日本語だって基本的に一緒なんですよね。日本語で書いてあって、自分が日本語が理解できるから読めるというものじゃなくて、日々の接し方、それによって、それは、日本の新聞があって、その1面を読むという事は、誰だって、大学生なんだから読めると思うけど、毎日毎日読むことで、そのスピードはぜんぜん違います。
 だから多少なりとも関心があるのであれば、毎日、新聞を読むということをお勧めして、新聞をどう読むかというテーマをいったん、おきたいと思います。


(3)デスクという言葉

 私は社会部に属してて、社会部で話す人、僕だけみたいなので、社会部のことを話そうと思います。先ほど言ったように、入社して21年になるんですけど、最初の6年間は地方の支局に、具体的に言うと徳島と神戸にいたんですけど、その後ずっと社会部にいて、1回特派員でマニラに行って、1年間論説委員やって、その他はずっと社会部にいます。東京には去年までいたし、東京か大阪の社会部に勤務しています。
 今は、先ほど紹介があったんですが、次長、社会部の次長というポストにおりまして、社内的にはデスクと呼ばれてるんです。そのデスクという言葉、なんとなく聞いたことがあるんじゃないかと思うんですけど、改めてお話をするので何故私はデスクと呼ばれてるんだろう。そう言われるとなぜかよくわからないんです。いつも座ってるからかなと、いつも座ってるんならチェア−でもいいんじゃないかと思うんですけど、なぜかデスクと呼ばれている。
 これは英語でいうと、アメリカの新聞社やイギリスの新聞社に、デスクという部署はないんですが、何なんだろうかなと思って、話をする前に広辞苑を開いてみたら、やっぱり偉いもんで、ちゃんと書いてあるんです。デスクの2番目、机の次の2番目に書いてあってですね、「新聞社の編集局、内勤者で、記事の取材、執筆を指揮するもの」と、割合的確に書いてあって、現場に記者が、今大阪の社会部で70人ちょっとくらいいるんですけど、部長がいてデスク、あるいは次長が6人いて、その他ベテランの人の編集委員とかになるんですが、通常、兵隊といっているいわゆる部員が、50から60の間くらいですか。
 その人たちが現場に出て行って、書いてくる原稿を製品に仕立てて、それで何回か前の講義で整理部長が話をしたと思うんですが、整理部で紙面のレイアウトを作ってもらう。その中間に立って「お前、あっち行って来い、こっち行って来い」と、その原稿を要求して、原稿をまとめる。そういうような役割です。
 社会部員というのは、大阪で70人くらい、東京で130人いて、後、名古屋や福岡にもいます。デスクというのが変な言葉であるのと同様に、どこの業界でもそうかと思うんですが、新聞の業界にも固有のボキャブラリーというか、隠語みたいなのがあって、さっき言ってた普通の部員で、いわゆる記者のことを兵隊と呼んだり、社会部の中で遊軍といったり、宿直勤務をやっていて24時間、社会部の誰かがいるんですけど、4、5人24時間交代で泊まってるんですけど、一番最初に現場に行くのは一番若いやつで、これは一番機と言ったり、軍隊用語が非常に多い。
 日本の新聞というのは、戦前から題字も変わらず朝日新聞は朝日新聞のままで、戦前を十分清算してない事が、言葉に残っているのかという気もします。

(4)「人の生き死にまつわることは全部やる」社会部の仕事

 そういう言葉も独特だけど、社会部という名前を聞いたことがあると思うんですけど、英語で適当な訳がない。つまり、アメリカとかイギリスの新聞社には、社会部という同じような概念の部署がないと思うんです。
 僕の名刺にシティーニュースデビジョン、とか、シティーニュースデパートメントということになってるんだけど、ニューヨークタイムズにあるシティーニュースとは、ちょっと趣を異にしているのが社会部かなという気がしています。じゃあ、結局何だといいますと、社会に起こることはすべてやるという部門なんです。
 だからシティーニュースと英語で訳すように、町の事だけやっている訳じゃなくて、一番代表的な仕事は事件の処理です。
 それから選挙があれば、選挙の報道をします。野球、特にわが社は高校野球を主催していますから、高校野球もやります。これ、例えば、運動部という他にセクションがあって、その人たちはその人たちでやっていて、運動面に書いてある、戦評というか専門的なことは運動部がやっているけど、例えば高校の事でいえば、社会面に載っているどこどこの高校から来た何々君はどうした、あるいは、どこどこの僻地から出てきた学校はどうなっていて、町はどうなっているというような主に社会面に載っている記事を担当しているので、野球もやる、選挙もやる、それから科学部と共同してやることでいえば、脳死の患者が発生して移植ということになれば、社会部が駆けつけてフォローする。
 ミヤコ蝶々が死ねば、学芸部が主にいつ死んだというのは書くけれども、そこの通夜に西川清がきて、何をしゃべるというのは社会部がフォローしている。もちろん、行政というんですか、ここでいったら大阪市役所とか大阪府庁なんかも我々がやるし、東京では官庁でも、運輸省、文部省、建設省というようなことは社会部の分野です。
 それで、司法、裁判、検察の動きというのは社会部にとっては大きなテーマだし、教育、も我々のテーマであると。だから、結構、最初言ったように、森羅万象なんでもやらされて、私が社会部に来た時は、「人の生き死にまつわることは全部やれ」ということを言われたことがあります。
 主に社会面と、僕らあたりまえに言っているけど、わかりますか。
 新聞の一番後ろにテレビ欄がありますけど、テレビ欄の前の2ページ、これが社会面。左側を第一社会面。右側が第二社会面。朝刊だと、もう一つ開いて第三社会面というのがあって、これは大体責任上、社会部で作っている。もちろん、先ほど言った裁判、教育、そういった問題で1面に載っていることもこちらで書いている。
 昔は3面記事という、今でもテレビで3面とかというようなことを言いますけど、あれは4ページしか新聞がない時の3面なんじゃないかと思うんです。4ページというと、つまり、一番最終面が、テレビとか文化の欄である、その一つ前、それが3面だったから3面記事、それが今では社会面ということでしょうか。
 だから、これだけあらゆる事に首を突っ込むので、記者の人数としても、東京でも大阪でも、編集局の中では最大の記者の集団が社会部です。例えば、昨日重信房子が逮捕されて、大阪で逮捕されたので結構大変だったんですが、皆さんの世代ではあまり重信といわれてもあまりぴんと来ないかもしれなくて、皆さんのお父さん、お母さんのほうが興奮してたんじゃないかと思うんですけど。
 昨日の夕刊は、まず、我々新聞を作るとき、どんなことがあるかなと予測するんですが、アメリカの大統領選の結果が、昨日の夕刊帯、つまり午前中に出るんじゃないかと。出なかったんですけどね。それで、大体そういうのは、もちろん、1面に「アメリカ大統領にブッシュ氏」というように出ます。これは外報部、つまりワシントンの特派員が、たいてい東京に外報部というキャッチャーがいるので、そこが出稿します。そのブッシュが選ばれ、共和党の大統領になったら、日本の政界にはどういう影響があるのだと。これを主に政治部がやる。
 その後、外報面に、アメリカ国内の政局についての記事が出ますが、4年に一度、あるいは、8年に一度のイベントなので、社会面でも何かやろうかなというようなことを前の晩くらいに話して、じゃあ、クリントンにテレビでちゃちゃをいれていたおばちゃんに話を聞こうかとか、身近なことっていうのが一つのテーゼになっているので、大統領が変わって、特に共和党になったら、沖縄の基地問題にどういう影響が出るか、それを発注してまとめるかとか、あるいは対日経済政策の影響がどうなるか、東大阪の中小企業のおっちゃんにちょっと今度の大統領はどうなのか、意見を聞いてみようかとか、そういう割り振りを大体前夜にして、当日に取材を始めてたんですけど、そうすると10時半に大阪府警本部から重信逮捕という一報が入ってきて、それから動き出して。
 これは夕刊の各版っていうのがあるんで、その締め切りによって、遠い所に行くのは早い版、近くに行くのは遅い版と、そのたびに紙面を作り直しているんで、これは京都に行く新聞なんですけれども、1面と社会面でこの重信が入った。発生が10時半だったので、1面と社会面の記事。これ、3版なんでちょっと遅いんですけど、大体、はいってから1時間くらいかな、出稿し終わるのに。その為にはかなり阿鼻叫喚のような状態になって、昨日でいうとまず高槻でつかまったというので、高槻署、あるいは、捕まった高槻のホテルに人を何人か出す。カメラマンを出す、府警本部にはいつも詰めているので、そこでカバーできますけど。
 それから、昨日、新幹線で東京に行ったので、新大阪に人を出して、それで重信が乗った電車に「箱乗り」って言って、記者を同乗させる。それで、西成のアパートに潜伏していたというので、西成にまた人を出すというような作業をしつつ、先ほどいった遊軍という記者がいるので、内勤者なんですけど、その連中があちこちに電話をして、重信は最近どうしてたのか、皆さん方も重信って、あまりなじみがなかったでしょうけど、社会部にあがってくる入社4、5年くらいの記者だと、世代から言ってもあまり知らないやつもいて、そういう人達が1から取材をするわけですから、社内のデータベースなどを引きながら、どんな人物で、それに談話を送れる人は誰がいるんだということで一斉に電話にかじりついて作る。この間、社会部だけで40人くらいの記者を動かして、1時間くらいでこの紙面を作る。
 この後、これは京都に来る版ですから、後1時間あまり締め切りの遅い4版、これは最終版なんですが、1社が「重信容疑者なぜ大阪に」というのがあるんですけど、その対向面のヒラリー・クリントンの記事をはずした。だから2時間ほど余裕があると作っちゃうという世界なんですね。だから、もう、結構待ったなしの作業をやる。この間、何十人も動くという事で、これはできているということです。
 だから常に我々は呼び出されたり、突発事件に対応する立場で、新聞記者だからそれが仕事なんでしょうけど、例えば、今年5月3日に西鉄のバスのハイジャックがあって、あの時、ちょうど当番デスクで座ってたんですけど、社会部はまず全員呼び出して、その他、九州からこちらに来るルートの所の支局員は全員呼び出して、カメラマンも呼び出して、という事で全部あわせたら100とかいう数字の記者を出した。その人たちは、私も含めてゴールデンウィークがパーということになりました。だからかなり原始的な労力、作業を積み重ねているわけなんです。人を何十人って昨日も出したけど、多くは高槻署の前でどっちの出口から出てくるか張っているだけとか、新幹線に乗っても、テレビを見た人もいるかもしれないけど、怒号の中で一瞬顔をみた、出てきた顔の表情の何行かを書くためにずっと新幹線に同乗していると。そういう風な結構、疲れる地道な作業をやっています。


(5)事件記者の1日

 社会部の仕事というのは色々あるんですが、中でも一番重要なのは、事件の取材なんですけど、そのことをちょっとお話したいと思います。事件があれば、現場に飛んでいって行動する。その多くのがずっと立ちんぼうです。そういった仕事が多いです。後は、抜いた抜かれたの世界ってわかるかなあ。
 警察が発表することもあるけど、警察が発表したりしなことでも世間の関心事である限りそれに応える。たとえば重信でいったら、いったいどこに潜伏していて、今日も出ていましたけど、レバノンからどうやって戻ってきたっていうのは、世間の関心でありニュースだから、それをどうやってキャッチして報道するか。それを他社とのせめぎあいの中で、ありとあらゆる合法的な手段を使って記事を取ってくるというのが我々の仕事、事件記者の仕事です。
 その為にはどういう生活をしているかっていうと、こういうことをいうと、志望者も減るので、社会部記者が全部そういうわけじゃないんですが、事件だけを専門に回っている記者というのがいます。たとえば大阪でいうと、大阪府警詰の記者が8人います。それから大阪地検だけを相手にしている記者がふたり、それから国税局を相手にしているのがひとり。
 だから70人もいて、十数人は事件だけをやっているという連中がいて、私もかつて何年もやらされたんですけど、そういう人たちの日常というのは、朝の6時にスタートして、午前3時に終わるという生活なんです。なぜそういうことになるのかというと、ごく平均的な事件記者の1日というのを紹介すると、朝の6時くらいには起きて、社の車で捜査機関幹部、幹部でない時もあるんですけど、捜査関係者のところに朝駆けというのをするんです。
 これは事件記者だけじゃなくて、政治部の記者は政治家の所に朝駆けしていますけど、要するに出動前の取材先を捕まえて、それで話を聞く作業なんです。それは、日本の社会というのが、なかなか、例えば行政機関にしても、特に捜査機関なんていうのは、昼間接触して「じゃあ、あなたはどう考えているのか聞かせてくれ」、それで「教えてあげる」という世界じゃなくて、もちろん、記者会見、例えば重信が逮捕されて、その時はみんなオープンに話を聞くんですけど、どのメディアであれ共有する情報なんです。ただそれは一報の段階では、発表があっても、翌日からはそういう発表なんていうのはほぼなくて、それを独自の営業努力の中で取ってきて、紙面を作るという世界です。
 ただそうすると個別に捜査員ないし、情報を持っている人と接触する。だから次の日から、今日のこれ、朝刊ですけど、「重信容疑者9月末に韓国から入国」と。これは独自に発表したものじゃなくて、読売新聞の調べた報道であると。うちは「重信容疑者数回帰国か」という、重信がどうでもいい人には、数回帰国しようが韓国から帰ってこようが、あまり重要じゃないかもしれないけど、これを命がけでやっている記者というか、私達は結構命がけでそれをやっていて、そこで抜いたというのは特ダネを書けた、抜かれたというのはやられたということです。そういうことの繰り返しであると。
 だから朝6時に起きて、捜査員の自宅に行って「教えてくれ」と教えてもらうべく営業努力をして、その後、府警だったら府警本部に、普通の人が出勤する時間に上がってきて、その後夕方まで色んなことをして過ごすんですけど、他の社の動きをただみるとか、非常にかなりばかばかしい仕事というか、だから昼間の時間に必ずしも取材ができる訳ではなくて、例えば、重信は公安がやっていますけど、捜査一課担当とか、捜査二課担当というのがいて、その人たちは昼間に、捜査員、例えば捜査一課長、捜査二課長、刑事部長、そういう人たちにどうなっていますかと話が聞ける状況じゃない。
 その人たちはその人たちで捜査という仕事があるからやってますんで、我々は何をしているかといったら、その捜査幹部がどの部屋にいったとか、鑑識にいったとか、足跡取ったり指紋とったりする部署ですけども、それでいつも何にも見てないようで、実は懸命にチェックしている。
 例えば、スコップが今日はちゃんと所定の場所にあるかとかですね。というのはスコップがないというのはどこかに穴を掘りにいっているわけですね。そしたら死体がどこかに埋められているところの穴を掘りにいっていると。だからないのはちょっとおかしいんじゃないか、それから捜査の車両というのがあって、それは全部こちらのデータで控えていて、本来いるべき捜査の車両がどこにいるのかということを見ているとか、課長の部屋に出入りしている捜査員は何の事件を担当している捜査員か、何の事件を担当している捜査員が出入りしているか、そういうような非常に瑣末な事実の積み重ねをやっている。それで事件があったら現場にでるんですけど、ない時は夜になる。晩飯を食ってからこの仕事が本格化するんです。夜回りといってるんですけど、おまわりさんの自宅に訪問して、話を聞いてくる。
 帰ってきて新聞の締め切りが午前2時ですから、午前3時にそれが終わって、これは大阪の習慣なんですけど、午前3時過ぎに各社の最終版の新聞が届くんです。うちでいうと、読売、毎日、産経、日経が本社に届くんです。
 それから午前3時に新聞を見て、他の新聞が朝刊で何を書いてるかわかるわけです。それで抜かれてる、抜かれてない、やったやられたの悲喜劇がそれから始まると。
 だから大体午前2時くらいまで仕事をしてて、帰ったら午前3時くらいによくポケベルとか、電話がなって、大体宿直の者から「おお、抜かれてるで」というのがあって、それから取材をスタートさせるということになるので、私もやりましたけど、30過ぎて、毎日3時間づつくらいしか寝ずに、もうただ寝たいと。それだけの何年間かが続く、そういう生活をしている人もいる。
 新聞社に入ったら全部こんな生活ばっかりじゃないので、そこそこに聞いておいてほしいんですけど、こんなことをやってる新聞記者というのは、世界中でも、恒常的、組織的、システマティックに、こういうばかげた事をやってるのは、日本の新聞社だけじゃないかと思うんです。


(6)世界で見るとかなり稀有な日本の新聞

 なぜこういう事になるかというと、1つは夕刊と朝刊を出してる。夕刊と朝刊を出してるというのは、実は世界で見るとかなり稀有で、ニューヨークタイムズだろうがワシントンポストだろうが、朝刊しか出してないわけで、夕刊を作るために非常に労力がかかるし、我々も、午前3時に抜かれたことがわかって、午前10時までに、皆が寝てる時間に、何とか裏付けを取って、「追いかける」っていうんですけど、そのニュ−スをフォローしなくてはいけない。だから寝れないという状況が来るわけです。
 しかも、版建てというのがあって、各地域によって、トラックの都合とかがあって、それによって非常に細かく締切時間が違う。例えば大雑把にいうと夕刊の場合で、大阪は12時に3版を締め切って、2時前に最終版を締め切るんですけど、朝刊になると、午後の10時半からスタートして、次に12時、2時前くらいの締め切りがあるんです。だから1日に、5回くらいの締め切りを出してやってる。そういうのも世界的にみて、ないと思うんです。
 大きな、有名な欧米の新聞でも、アーリーエディションというのと、レイティストエディションと、大体2つくらい。それを5回も6回もやっている。
 昔海外の事件とかで出張したりすると、今はデジカメとかがあって、パッと送れるようなんですけど、僕が現場でやってるときは、スチール写真を取って、それを送るのに、聞いたことあると思うんですけど、APとかロイターとかいう通信社の通信網というのは、全世界でありますから、そこに行って電送機をお借りして送るということをしてたんですけど、そうすると、大体アメリカ人であったり外人なんですけど、聞くわけです。「お前のところの締め切りは何時だ」と。「それに合わせて写真を送ってやる」。それで、「締め切りは5回あるから、とにかく、すぐ送ってくれ」って言うと、わかんないんですね、向こうは。「なんで5回も締め切りがあるんだ、こいつやっぱり英語に問題があるんじゃないか」とかそういう風に見られたりして、これだけ細かい締め切りがあって、それにあわせて仕事をしているから、エネルギーがかかるということだと思うんです。
 世間の人にあまり関係ないといわれれば、そうかもしれないんですけど、1版抜くためにかなり命がけでやってるというか、この3版に載らずに4版だけに入る、あるいは3版からこの記事が入っていると。
 私、兵庫県の田舎に住んでるんですけど、そうすると、13版地帯なんですが、早い版が来る。そうしたら、それに載ってなかったけど、4版に載っているということがあってですね、とにかく一番早いところから、如何にニュースを入れるかというので血道をあげてて、それにものすごいコストをかけている。
 これは日本の新聞の特徴です。新聞は日本の社会を反映したものなので、日本の新聞社間の談合体質というのは、色々批判されていて、その部分も多いんですけど、非常に細かいところでは、逆に過当競争をやっていて、エネルギーを使っているということがあると思います。
 それで、僕はフィリピンで特派員をやってましたから、その時に、現地人の、非常に優秀な人をスタッフで使ってたんですけど、考え方というか、絶対に何時に締め切りに入れなくちゃいけないと固く信じてるのが、新聞記者なら当たり前だと思ってたんですけど、要するに、これだけテレビが発達して、テレビで見ればいいじゃないか、インターネットで見ればいいじゃないかという議論があると思うんです。僕は職業的習性で、とにかくその日にあったことはその日に入れるんだと考えてますけど、非常に優秀であっても、フィリピン人のスタッフは、それで金をもらってるから働きますけど、どうも心の底では新聞なんか明日も出るじゃない、明日でいいじゃないというような感じがあって、文化的な齟齬を感じることもありました。だから、非常に細かくエネルギーを使うし、その為に労力というか、かなりむちゃくちゃな生活を強いられます。
 さっき海外出張の話が出たんで、僕は社会部記者を12年ちょっとやったんですけど、そのなかで8回海外出張があり、うち7回は「行け」っていわれてから、24時間以内に飛行機に乗らなくちゃいけないケースだった。一番ひどかったのは、府警本部で、朝駆けが終わって、8時半くらいに府警本部の記者クラブに出てきたら、中から専用線がなって「いるか」というから、「おりますよ」といったら、「じゃあ、今からフィリピンに・・・」、そのときもフィリピンだったんですけど、三井物産の支店長が誘拐された事件が合ったんですけど、「若王子事件」という、当時、86年かな、だから14、5年前になりますけど、非常に大きなニュースになって、飛行機が10時にあるから行けといって、当時、まだ伊丹だったから、伊丹空港にタクシーで乗り付けて、もう飛行機のチェックイン終わってるんですけど、ちょっと待ってくれといって、そのまま乗っていったということもありました。
 僕はその時、結婚していて、女房にタクシーの便で着替えとかを持ってこさせたから良かったけど、東京の社会部から来たやつなんか、4月だったんで冬のスーツを着ていて、4月のマニラって熱いんですよ。だから、異様に暑苦しいやつが一緒に取材していて、それも山手線に乗ってたら、今からそのまま行けといわれて行ったとか、あるいは、自分の社の飛行機で行くこともあり、そのまま行って1ヶ月くらい帰って来れないわけですよ。そんなこともあって、過酷といえば過酷ですけど、それを楽しめば、社費で色んなところに行かせてもらったということかなと思います。


(7)日本の事件記者の仕事を規定する「夜討ち朝駆け」

 日本の新聞記者、あるいは、日本の社会部記者、日本の事件記者の仕事を規定する一番大きな特色、ほかの国と違うのは、「夜討ち朝駆け」という取材手法なんです。これはこんなことをやってるのは、非常識な取材だと思うんですけど、相手が合意してアポイントを取っていくならともかく、大体の場合はおまわりさんの自宅を割り出して、自宅にアポイントメントもなく押しかけるという手法なんだけど、帰ってきたところを捕まえて話を聞くと。これ、誰が考えたか、色んな説があるんですけど、こういうのをやってるのは、日本だけじゃないかなという気がします。
 昔、ウォーターゲート事件という、世界のジャーナリズムの歴史の中でも金字塔的なケースあります。メディアが大統領のスキャンダルを暴いて、辞任にまで追い込んだという一番有名な例なんですけど、それが映画になったんです。
 ワシントンポストの若いふたりの記者が、大統領を辞任に追い込むまでの流れで、「オール・ザ・プレジデントメン」「大統領の陰謀」という映画になって、ダスティン・ホフマンとロバート・レッドフォードがワシントンポストのふたりの記者になって、大統領を追い詰めていく話なんです。
 ちょうど入社した時に、その映画をやっていて、非常に楽しみにして映画館に行って、どうやったらああいうすごいスクープが取れるのかということで見に行ったら、実はそんなに面白くなかった。なぜ面白くなかったかといえば、アメリカの記者が、初めて夜討ち、朝駆けをする記録みたいな映画なんですね。関係者のリストが手に入って、それをふたりの記者が自宅にアポイントメントもなく訪れて「話を聞かせてくれ」といって、話を聞く記録なんですよ。
 それは、アメリカでは起こりうべからざる事で、つまり、アポイント社会だし、色んな住宅事情とか、広いところに住んでいて、アポイントなしで行っても入れないとか、外的な要因もあるんですけど、アメリカでは「取材というのは、ちゃんとアポイントをやられてもこう答えるべきだ、だから・・・」という風習、そういう世界の中で、どうしてもふたりは何ともならなくなって、夜討ち朝駆けをやって、政権の陰謀を打ち砕いていくという話なんですけど、あまり参考にならなかったというか、日本の記者なら毎日やっているという話なんです。
 アメリカで取材したこともありますけど、そういう事件だからって、関係者のところにアポもなしに行くと撃ち殺されるみたいなところがある。
 もっとつっこんで言うと、日本の文化論、社会論みたいなところがあって、日本ではメディアから取材の申し入れがあったときに、堂々と答えましょうという文化が根付いていない。あるいは、役所の中で、役所も非常に狭くて隣の人と机が近く、新聞記者が来ても、その人だけに教えることができない。自分の説をしゃべるという世界じゃない、というところがあるんです。
 それは最近でこそ崩れてきたけど、長く自民党の一党独裁、その下に官僚機構というのがぶら下がっていて、ある秘密、組織にとっての不利益をしゃべることが、何らメリットがない社会だったんです。それが最近、例えば、三菱自動車工業のリコール問題は、内部告発がきっかけだし、日本の社会も、もう自民党の一党支配が続けられなくなってきてるので、徐々に変わりつつあると思うけど、今まではそうだった。ウォーターゲート事件が、なぜああいう形になったかは、リーク説が強い。つまり、あの時ニクソンは共和党の大統領なんですが、そこでニクソンがこけたら全部がひっくり返るわけです。
 日本だと、例えば、森喜朗の次が誰になろうと、今の各省長の次官や局長が辞めるという事は基本的にはないわけで、それに、アメリカは政治的に任命される、ポリティカルアポインティーという制度だから、ひっくり返るわけです。だから、あの時の、もしご関心があれば「大統領の陰謀」という映画があるから、見ていただきたいんですけど、「ディープスロート」という、当時流行りの言葉だったんですけど、ネタ元の「ディープスロート」が、ふたりの記者に教えるんですね。政権をひっくり返したら、次は俺だという社会と連綿たる継続と、一党支配の続いてきた日本の社会の差がやはりある。それを突き崩すためにばからしい努力を、夜討ち朝駆けという手段で対抗しているというのが現状かと。
 それが権力者に向けられている時は正当化されても、今、マスコミに批判があるのは、被害者であっても容疑者であっても、そこに対する過剰な取材という形で逆に出すところがあって、それに対する批判はずっと付きまとってて、我々も考えなくちゃいけないという気がしてます。
 それから、新聞をニュースペーパーと訳してるけど、似て非なるものじゃないかと思うんです。それは、「色んなことで文化が違って、その国の程度にあった政治家しかその国の国民は持てない」とよく言われて、今の首相があれだと、物悲しいところがあるんですが、それと共に、日本だけに限らず、その国に合わせたレベルの新聞というか、非常に文化を反映してるものだと思うんです。例えば、新人記者の第一歩は、日本ではどこの社もそうなんですけど、まずサツ回りをさせる。
 でも、アメリカで聞いたところによると、例えば、スポーツライターにさせる。ニューヨークタイムズのジェームス・レストンという有名な副社長くらいまで行った記者がいるんですが、その人も最初は運動記者としてスタートした。それは、一瞬の、例えば、100メートルとか走り幅跳びでも、一瞬の情景と心の中を切り取る記事を書く訓練をするからだということなんです。


(8)日本の徒弟制度的な新聞記者のあり方・サツ回り

 日本はサツ回りからやらせる。それは、1つは、サツ回りの書く事件記事、例えば、交通事故でだれだれさんが死にました、どこどこで殺人がありましたというのは、基本的なニュースの要素である、5W1Hとよくいいますけど、5WというのはWhen、Who、What、Why、Where、それとHow。これが事件記事には、短くても凝縮されているわけです。それがなければ、成立しないということで、それをやらせる。
 もう1つは、私も23歳で就職したんですけど、大学で好きなことをやって、言いたいことを言って、朝日新聞に入るようなやつは左翼ではないが、当時、「世界」と「朝日ジャーナル」みたいなのをよ読んで入ってきてるわけです。それは、現場で働く権力の最末端、あるいは、暴力装置である警察機構の末端にいる人と、どう付き合うかという極めて日本的な世界というか、例えば、おまわりさんにネタをもらおうと思ったときにどうするんだ、今まではカラオケに行ったって、ロック少年だヘビメタだといったって、話が一つも先に進まない。だから、しょうがないから、演歌を憶えるという世界で、そういう付き合いをすることで、世の中は学生のやってることだけじゃないんだよ、ということを憶えこますというか、それが日本の徒弟制度的な新聞記者のあり方だったのかなという気がします。
 僕は、徳島が初任地で、それまで東京、大阪で暮らしてましたから、結構田舎ですよね。それで、着いた日に、「水死体が川で浮かんだから、お前行ってこい」と。それで、ジープに乗って、自分で地図で探しながら行って、そしたら、おまわりさんと同着ぐらいなわけです。おまわりさんはその場でステテコ一丁になって、ザバザバザバと川に入っていって、正に水死体、実は、徳島大学の医学部の学生だったんですけど、それをひょいっと、また、バシャバシャバシャと戻って僕のところに来て、「お前なんや」というから、「朝日の新人です」と言うと、僕のところにそれをボーンと投げてくるんですよね。初めての頃だし、若い学生が殺されてたりしたら大きな事件かと思ったら、「まぁ、心配ないわ」とい言って、どんと投げて、言うんですね。それで、「なんで死んだんですか」というと、「昨日の晩、酔っぱらって、そこに小便して、滑って落ちたんや」というから、「なんでそんなことわかるんですか」って言ったら、その水死体のズボンのチャックが開いていて、男性の性器が魚に喰いちぎられてたんですね。で、「絶対そうや」って、その通りなんですよ。そういう経験を積み重ねていくことで、何となく世の中っていうのは、「世界」や「朝日ジャーナル」や朝日新聞に書いてある事だけじゃないんだということに触れながら、過ごしてきたというか、それを積み重ねてきて、それを経験則でやるというのが、日本の新聞のシステム。
 アメリカでは必ずしもそうじゃなくて、学位を取ったやつがいきなり論説を書いたり、そういうこともあります。30くらいで大論説書いているようなやつがいて、日本だと僕らが30の頃って、とにかく「寝たい」って、それだけで、僕は府警の捜査一課という所を回っていましたけど。
 何をやってたかというと、殺人事件があると、捜査一課がカバーするんですけど、腹を解剖したらにんにく臭かった。そしたら、殺されていた現場の周辺をずっと焼肉屋を当たって、昨日こういう奴、来てなかったか、来てたら誰と来てたか、というのを1件1件歩いて調べる。
 そういう事をやってたら、この彼我の差っていうのは、愕然とするばかりではあったんですけど、僕も入社した時は、「天声人語」を書こうかなと思って入ったんですけど、やってる落差っていうのが非常に激しくて、外国の同業者と話してるときは、「お前、いつまでポリスライターやってるんだ」と非常に侮蔑的に、「いつになったら君はポリティックスをカバーできるようになるんだ」といわれて、むっとする時があるんですけど。
 日本というのは固定制度で積み上げる。それは良く言えば、事実を積み重ねることの大切さという気がするんです。なぜそんなことをするかというと、社会部の記者の目からいうと、特ダネを書くためにやってる。社会部の記者としていえば、特ダネを書くことが全てとはいわないけど、これが、非常に私達の仕事にとって大切なこと。それは、普通の人にはなかなかわかってもらえないと思う。つまり、特ダネを書いても、このテレビ時代、インターネット時代だったら、朝日新聞の、例えば今日の朝刊で、特ダネを書いてやろうということになっても、テレビなんか、平気で朝から裏もとらずに流しますから、実は、知るのは他のテレビ局の番組でという人が多いわけです。


(9)何のために身をすり減らして特ダネを書くのか

 それじゃあ、何のためにそんなに身をすり減らして、特ダネを書くのかというのはあると思うんですけど、それは1つは、我々はプロだから、朝日新聞を取ってくれている人に対して、1版でも一日でも早くレイティストな情報を届ける、ほかの新聞にないものを届けるということなんです。
 これは、プロだから、気構えとして、絶対それを目指したいというのが1つ。それからもう1つは、特ダネにも色々あって、例えば明日逮捕する、明日捜索するという、これは、非常に私達としては、特ダネを書きたいし、逆に書かれたら非常に屈辱的な思いをして追いかけなくてはいけないから、ぜひやりたいことなんだけど、それは、翌日になったらわかる話なんです。
 それとは別の種類の特ダネもある。その究極はウォーターゲート事件で、大統領を辞任させたということなんだけど、要するに、私達の最も本質的な仕事というか、目指しているものは、「この記者がいなければ、こういうことが世の中に明るみにならなかった」ということですね。
 それを生涯で何本書けるか、あるいは何本関われるか、その為に、日々何かやってて、さっき言ってたばかばかしいことの積み重ねも、1つ1つはばかばかしいし、やってらんないと思うことは再三あるんだけど、究極の目標としては、この記者がいなければこの事実は明るみにでなかった、ということをやりたい。
 例えば、最近でいうと、わが社の例で、久世公高という金融監督庁の長官が辞めるきっかけとなったのが、うちの東京の社会部が、大京というマンションメーカーが、自民党の参議院選挙名簿のランク付けの資金提供をしていたということを書いて、辞任に追い込んだ。それは、書かなければ、絶対に辞任になってないからということなんです。ウォーターゲート事件でも然り。それはたまにしかないけど、やっぱりあるんですね。


(10)新聞の機能は究極的にはスキャンダルを暴くこと

 一番わが社で有名なのは、リクルート事件。これは、地方の支局の記者が持ってきた情報から始めて、当時の竹下政権を追い込む、それで辞めさせる。それが今日の自民党の没落、あるいは、参議院でも、その後の参院選挙で自民党は大敗して、自民党一党時代を終わらせた。もっと前で言うと、大平さんという首相が間接税を導入するといった時、理屈で批判するというのが新聞の機能としてあって、こういう大型間接税は逆進性がある、あるいは直感比率の問題としてこうなんだという議論を張ることは、新聞の機能の重要なこととしてあるんだけど、はっきりいうと、それでは世の中動かない。その時、わが社の先輩がやったのは、いかに税金が無駄に使われているかという、「公費天国キャンペーン」というのを繰り返し、しつこくやるわけです。実はここで、鉄建公団というのがあって、これだけ税金が無駄にされてるんだと。それなのに大型間接税はいるのかということをやって、結局、間接税導入は頓挫して、大平首相は死んじゃうんですね。
 だから、新聞の機能というのは、究極的にはスキャンダルを暴くことだと、私は思ってるんです。
 要するに、権力者のスキャンダルを、事実として提示して突きつけること、これが新聞の最大の役目であって、これが、多メディア時代に、テレビにできるか雑誌にできるかというと、雑誌ができたりするんですけど。
 それで、非常に最近、危機感を持っているのは、例えば、中川官房長官を辞めさせたのは、FOCUSだったんですね。女の話を書くっていうのは、新聞にとっては結構ハードルが高いというか、品位とか、朝日新聞は品があるとかいって難しいところがあり、書きづらいんだけど、あれは、FOCUSの力で追い込んだ。
 それは週刊誌ジャーナリズムというのは、ゲリラ的にできるというのはあったんですけど、それほど脅威感はなかったんですけど、その昔、田中角栄を辞めさせたのは文芸春秋で、立花隆が書いた田中金脈で辞めさせた。その時は、非常に我々も危機感があって、政治家のスキャンダルを我々の力で暴くんだという、調査報道、インベスティゲイティブ・リポートというんですけど、それを目指してきて、その後、新聞もかなりそういうことに力を入れてきて、ずっと調査報道は新聞社の得意技だったのが、ここのところFOCUSの中川辞任問題とか、週刊新潮がやってる亀井静香に対する追求とか、ちょっと新聞としては、週刊誌に先にやられるようじゃいけないな、という気はしてるんです。
 テレビの人に言われたんだけど、新聞というのは、マーケットに関係のないところで、資本主義が機能してないんですよね。非常に無駄な労力を、これだけの記事を書くために何十人という記者をつっこむ。ときには、調査報道をするために半年、他の仕事は何もさせないとか、資本主義の原理ではできないことなんです。
 それは良くも悪くも、資本主義が入り込んでいない、新聞だからできる、無駄なコストをかけてやるというところがあって、これから新聞がどうやって生き残るかというのは、非常に深刻な時代なんだけど、新聞のコンテンツは、インターネットにもない、テレビにもない、週刊誌にもない、それができる。あれは我々の力で権力に対するスキャンダルを暴いてくるというのは、新聞の特性でありコンテンツだと。これは非常に物理的な話なんですけど、新聞1面に、この政治家がこんなけしからん事をしてましたよというのが出るでしょ?それが霞ヶ関の各省庁の課長の机の上に、半日、絶対に置いてあるわけなんですね。これが新聞の持つパワーというか、クリックしなくても、チャンネルを入れなくても、少なくとも半日は、日本の影響力のある人たちの机の上に、その見出しがある。本人が見たくなくても置いてある。これが新聞の持つ数少ないアドバンテージだと思うんです。
 だから、「お前がどれだけやってきたのか」といわれると心もとないんですけど、ばかばかしい努力の積み重ねというのは、我々が求めているのは、権力に事実を持って対峙するというところが、究極の目標。それにいたるまでに、そのエネルギーが間違った形で出て、世間の批判を浴びているというのは、ままあるんだけれども、我々はなぜそんなばかばかし事をやってるかというのは、そういうことですよ、ということをご理解いただければと思います。
 後は、新聞社の締め切りが、午前2時だから、毎日それまで、グダグダと会社にいますけど、やってる立場で言うと結構面白いからやってるというか、日々、浜の真砂は尽きぬとも、ですね。世に本当にニュースの種はつきまじ、というか、毎日色んなことがあるわなと、20年やってても思います。
 だから、新聞というのは、所詮、次の日になったら弁当を包んで、すてられるもんだという見方もあるけど、半日はみんなの机の上に置かれてて、それの見出しというのが影響力を行使してるんだという見方もあって、我々としては、その同時代性というか、歴史の現場に立ち会ってるというか、まぁ、そんなことを言ったって、本人だけが覚えてて、周りの人はあまり覚えてないという事は多いんですけど、それの自己満足を含めて、それで毎日やらせて頂いてます、ということです。
 時間もきましたので、とりあえず社会部の仕事ぶりというのをわかっていただければ幸いです。ちょっと長くなりましたけど、以上です。


(質疑応答)

(質問) 情報メディアコース、2回生の坂本といいます。2点、お聞きしたい事があります。まず1点、これは他の新聞の事なんで、どんなものかなと思うんですけど、半月くらい前に、和歌山カレー事件の林ケンジ被告の判決がありました。あの時に裁判官が、判決文のなかで、過剰取材について報道批判をしましたね。そのことについて、私の知る限り、朝日、毎日、京都は、枠見出しをつけて、報道批判を裁判官がしたという記事があったにもかかわらず、読売は一切触れていなかった。それについて私は、読売の社会部に電話したんですけど、的確な答えが得られなかった。このことについて、柴田さんは、どのようにお考えなのか、ということです。
 それから第2点、先日の石器ねつ造事件ですね。あれについて、先ほどのお話の中で、私、非常に面白いと思ったのは、「この記者がいなければ、この事実は世の中に出なかったという事こそ特ダネなんだ」ということからすれば、「毎日」のあの記事は、正にそうであったと思うんです。そのことについて、今朝の朝日新聞に学芸部の記者の方が、考古学を学生時代にやっていて、その記者自身が疑いの目を持っていたけど、どうすることもできなかった。で、私が受けた印象では、その記者は申し訳なかった、みたいな事を書いておられた。それで、社会部としては、「毎日」にやられたという思いだけなのか、あるいは、新聞社として、そういう事を世の中に知らしめることができなかったというような自戒の思いのようなものもあるのか、そんなところをお聞かせいただきたいと思います。よろしくお願いします。

(柴田) まず、石器のねつ造の事は、話に触れようと思ってたんですけど、僕が新聞を見た時は、これで、来年の新聞協会賞は決まりだなと思いましたけど、全く見事で、おそらく、組織としてやったんじゃなく、個人の問題意識であそこまでいってると思うんですね。このおっさん、おかしいぞ、というところから始まって、ビデオカメラをつけて、事実をつめた。先ほど言ったけど、最近週刊誌等に、新聞としてはやられてるという感じを持っていたので、洛陽の紙価を高めるというか、非常に敬服してるし、ちょっと自分のやってるところと、フィールドが違うので、やられたというよりは、やったなという感じでしたね。それは、うちでできたら、それに越したことはないし、今日、学芸部のベテラン記者が書いてた、自戒というか、それは、本当に遺跡報道というのは何なんだという、非常に根源的なところの問いかけというか、我々も今、各教育委員なんかも、やっぱり新聞に大きく取り上げてもらうことで補助金がつくという現実の世界があって、それで非常にデフォルメした物言いをしてくるわけなんですね。それを我々、素人で勉強不足なために、そのまま垂れ流しているということが、結構あるという反省がある。頂門の一針にもなったし、新聞の力を示してくれた、すばらしいスクープだったと思います。
 もう1つの報道批判については、これは読売の事情だからよくわからないけど、あの日は、僕も紙面づくりをやってたのでわかったんですけど、特にそれ、京都でお読みですか。京都は早い版で、確かにうちでもぎりぎりだったんです。あれ、10時に開廷なので、それで、判決要点を送ってきて、それをみたら書いてあるという世界なので、それから処理して、我々もこんなことを裁判官が言ってるって事で、関係者に談話を聞いて作ったんですけど、1つは、ひょっとしたら最終版にはちゃんと入っていたのに、時間の関係で、物理的にできなかった可能性はあると思う。だから、読売だから、報道批判に対して鈍感、あるいは、身をかたくなにしているということはないと思います。ただ、あの批判は非常にまっとうだとは思うけど、裁判官にこんなことを言われなくちゃいけないのかな、というところはあったんですけど、報道被害、過剰報道に対する批判という点では、新聞だけじゃなくて、ああいう現場になると、テレビも来るし週刊誌も来てという状況の中なので、多少言い訳させてもらうと、どうしてもマスコミ全体として言われちゃうというところがあって、忸怩(じくじ)たる所もあるんですけど、新聞としては、かたくなに批判を拒んでいるという事ではないと思うんですけどね。

(質問) 今、和歌山の毒カレー事件で、高校3年生、三好美希さんだったと思いますけど、4人はなぜ死んだかという、本来、あの独自件の犯人というのは別にいたんじゃないか、と。いわゆる保険金殺人の当事者だけではなくて、行政もそうであったしと、そういう問題意識につながるような、つまり、その時に食中毒だというふうに皆が誤解してしまった。その時に報道機関がもっとしっかりとした批判的な、つまり、その辺の食中毒なのか毒なのか、というところの問題意識から発生していって、1冊の本を仕上げてしまったわけですけど、そういう、そもそも取材をするにあたって、もちろん人を張りつけるわけですけれども、どういう視点を持って張り付くのかとか、そこにいることに意味があるのか、あるいは、そこから何を取ろうとするのか、そういう視点というものを持って、取材にあたっているのかどうか、その辺に付いて、もしあれば教えていただきたいなと思います。

(柴田) 往々にして我々は、とにかく、一報が飛び込んだ段階で、事実の確認というのが、まず優先するわけです。それに対して、記者も配置させるし。それで、先ほど言った5W1Hを如何に集めるかというのが、第一次的にスタートするわけですけど、その先の問題意識は、個々の記者、あるいはデスクの判断によるわけです。でも、大体、いつもテレビの絵に出ないことをやろうという意図はもってるんですけどね。例えば、鳥取で地震があった。あの日も1時半頃発生なんですけど、締め切りを延ばして、夕刊にまず載せて、でも朝刊からは、これは新聞の良いところで、大きなことになったら、いくつかの面で、書き分けられますから、そしたら、単に地震があって、家が壊れたよじゃなくて、なぜこうなったのか、あの時はむしろなぜ人が死ななかったのか。最初、官邸には200人という予想が入りましたから、それをどう書けるんだと、その為には、誰に話を聞けばいいか、学者をうちのヘリに乗せて、現地に連れて行ってみようとか、そういうことはやっている。例えば、名古屋で水害があった、そしたら、その都市型の水害でどうして川が氾濫するのか、ということを書こうというような努力はしてるつもりなんですけど、それがトータルとしてどこまでできたかというのは、個々のケースにもよるし、ただ我々としては、例えば、和歌山の事件でもなぜ食中毒として判断できなかったか、それは、カイワレ大根とO-157の時もそうだったんですけど、それを新聞というのは、どういう段階でいつやっていくかというのはいつも悩ましい話で、それでも限りのある面しかないので、その中で、今度の林健治の判決でいえば、うちとしては直前にやったのは保険金の問題点で、あれも死ななくて良かったというのは、食中毒かどうかという問題もあると思うんですけど、例えば、保険の制度があれだけ勧誘にシフトしているというか、審査が甘くなければね。保険とカレーというのは、直接つながりはないんですけど、カレーの時の審査さえしっかりしておけば、保険金の事故、犯罪は防げるんじゃないかというテーマでやったんだけど、テーマの立て方というのは、1つの事件でもさまざまありますから、その時に1番ピリッとしたものを選ぼうと努力しているという風にお考えいただければと思います。