パブリック・アクセスにみる放送メディアと市民との関わり
〜KBS京都の試みにみるパブリック・アクセスへの可能性!〜 |
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大門真也
パブリック・アクセスにみる放送メディアと市民との関わり
〜KBS京都の試みにみるパブリック・アクセスへの可能性!〜
1‐@)「パブリック・アクセス」って、どういうこと
A)デジタル化によるメディア変革
B)地域社会におけるメディアと市民との関わり
2‐@)地域密着型の放送局、KBS京都
A)KBS京都にみる市民参加による番組づくり
3 @)なぜ、どうすれば広まる「パブリック・アクセス」
A)市民が支えていく新しい放送メディア
付 記)KBS京都の地域社会への主な関わり
参考文献・資料
1‐@)「パブリック・アクセス」って、どういうこと
自分にとって「放送(メディア)」とはいったい何のために存在するのかを考えたことはあるでしょうか。例えば日常生活を切り取って考えてみるだけでも、私達はごく普通に必要な、あるいは有益な情報・番組をテレビやラジオなどの放送メディアから受け取って生活しています。このことからも放送メディアは、確かに視聴者である市民の生活の向上に大きく貢献しているといえます。しかしながら、その一方において視聴者側は受動的に情報を享受してしまうことが多く、放送メディアに強く依存している状況であるといえます。そのために放送メディアは視聴者に対して一方向的な要素の強い存在になってしまい、逆に視聴者の側から、放送メディア側に対して情報を発信したり、自らの考えを主張したりするといった主体的な試みを行なう機会はあまり多くはありません。さらに映像表現をもって市民が自らの手で番組を提供するといった試みにいたっては、機会さえないのが現状です。
しかしながら、もし今の私達が放送メディアを通じて自分達の思いや考えを伝えるだけでなく、映像表現を利用しながら番組として多くの視聴者に伝えることができるとするならば、どう捉えることができるでしょうか。よもすれば一人よがりになるかもしれない映像表現を放送メディアにおいて流してもいいのかという疑問はもちろんあります。しかし、少なくとも私達は放送局を支える視聴者・市民の立場から、放送メディア側に対して積極的に自分達を表現する権利があることを主張し、市民の主体的なメディアへの参加への働きかけを促してもよいのではないでしょうか。
今、市民にとってあるべきメディアの存在意義が問われ始めています。今までのように一方向的な要素が強いままでは、利用者である市民のメディアを支えていかなければという意識がうすれ、市民のためのメディアという存在意義そのものが危ぶまれるかもしれないのです。だからこそ、メディアへの主体的な参加を促すことによってメディアと市民がお互いに支え合うことのできる双方向的な関係を築いていくことが必要であり、そのための働きかけこそが「パブリック・アクセス」なのです。
1‐A)デジタル化によるメディア変革
インターネットの進展によって、現在では多くの人がホームページなどを利用してWEB上に自らが表現したいことを公開しています。インターネット出現は、今まで一方向的であったメディア全体とそれを利用する人々との関係を激変させたといえます。それはインターネットがそれまでのメディアよりも開かれたものであり、利用者との間に双方向的でかつパブリックな関係を保つことができたためです。利用者自らが、自分達のもつアイデアを気軽に、かつ具体的にメディアを通して表現することを可能にしたことが、現在のインターネット普及の背景にあると言えるのではないでしょうか。メディアとそれを利用する人達との開かれた関係、すなわち「パブリック・アクセス」が既に受け入れられて始めているのです。
インターネットメディアに限らず、各メディアにおける「パブリック・アクセス」への働きかけに注目が集まってきています。今まで放送局主導であった放送メディアも例外ではありません。デジタル化によって、放送メディアも今までの視聴者や市民との関係をあらためて見直さなければならない転換期にきているといえます。今まで通りの一方向的な要素が強いままで本当に、視聴者や市民のための放送局として貢献していくことができるのかという議論もなされています。本当の意味で視聴者や市民に開かれたメディアを目指す上でも、「パブリック・アクセス」は放送メディアの新しい方向性として考えていくべきではないでしょうか。市民参加を促すことによってこそ、放送メディアを市民自らが支えていくという将来のあるべき関係を築いていくことができるはずです。
1‐B)地域におけるメディアと市民との関わり
今、放送メディアではローカル局の危機が取り出されています。デジタル化によって、ローカル局はキー局の中継点としての存在が薄れていき、あらためて地域市民のためのメディアとして、地域に密着した番組づくりが迫られているのです。しかしながら、地域に密着した放送局に向け、将来の方向性を明確に押し出して活動しているローカル局はそう多くはありません。その原因は地域密着した活動を行なうべき放送局が、単に情報を伝えるだけの役割しか果たすことができず、地域市民との関係が一方向的で浅いものになっているからではないでしょうか。地域市民のために本当の意味で開かれた放送局を考えていくならば、各ローカル局はより市民・視聴者の自主的なメディアへの参加を促していく必要があるのではないでしょうか。デジタル化による業界再編の中で、地域ローカル局が生き残るためには、何よりも市民の側が放送局を支えていくという認識を持つ必要があるはずです。ローカル局はより市民に対して積極的なメディアへの参加、パブリック・アクセスを促すことによって、地域メディアの活性化を図ることができ、共に支え合うことから地域社会全体をもより良く発展させることができるのではないでしょうか。現在、各ローカル局は地域市民のための放送局としてのあり方を模索していますが、市民のための開かれた放送局を目指し、パブリック・アクセスへの試みを積極的に行なっている地域ローカル局があります。それが京都の地域放送局であるKBS京都です。
2‐@)地域密着型としての放送局、KBS京都
KBS京都は1951年に全国で五番目の民放ラジオ放送局として開局して以来、地域社会の向上を担う役割を果たすことを前提とし、テレビ放送を始める以前から地域密着型の放送局を目指してきました。実際にKBS京都の地域社会との関わりは深く根づいており、例えば2001年で25回目を迎えた24時間交通安全チャリティーキャンペーンである「カタツムリ大作戦」では毎年ごとに市民からの反響も大きく、交通事故に対する歯止めや地域福祉への寄付など、地域社会の発展にも大きく貢献しているといえます。
1989年に起こったイトマン事件によって多額の負債を抱え、現在も完全な再建には経営面においてまだまだ課題が残されているKBS京都ですが、会社更生法の適応から地域放送局としての本来のあり方を一から考え直すことを迫られ、地域社会や市民のためにどう改革していくべきかを早くから模索し、取り組む結果となりました。その取り組みの一つの形が「市民参加」による、本当の意味でパブリックな番組づくりです。この取り組みの基盤となったのが「KBS京都アクセスクラブ」という市民スポンサーによる組織であり、このKBS京都での市民参加による番組づくりへの試みが、将来の放送メディアにおけるパブリック・アクセスを進展させるかもしれないのです。
2‐A)KBS京都にみる市民参加による番組づくり
1998年9月、KBS京都を支援してきた市民や視聴者らが、同放送局の労働組合と協力して、「KBS京都アクセスクラブ」が発足しました。これはKBS京都の再建を支援し続けてきた市民によって、新しいKBS京都の将来の方向性を考えていくため、また自分達の手で新しいKBS京都にふさわしいテレビ・ラジオ番組を企画制作していこうという目的のもとに設立されました。このように市民主導のもと「市民スポンサー」を募って番組提供をするという取り組みは、全国でも初めての試みであるといえます。KBS京都は再建により、より地域に貢献できる放送局、市民の側に開かれた放送局になるためにはどうすればよいのか模索し続けてきました。その一つの答えがこの「KBS京都アクセスクラブ」の設立といえます。「KBS京都アクセスクラブ」はラジオ放送などに番組の提供を行なうなど、市民参加の番組づくりというメディア・アクセスの新たな方向性を示すものとして、着実に成果を挙げたといえます。さらに、現在においても「どうする京都21」という番組を市民クラブが手掛け放送するなど、KBS京都における市民クラブの活動はより広まっているといえます。今後、KBS京都のような市民スポンサーによるメディア・アクセスへの試みが全国の各地域の放送局においても活発化していくのではないのでしょうか。市民自らが主体となって「パブリック・アクセス」を推進させ、開かれた放送局を実現させることも現実のものとなってきているのです。
3‐@)なぜ、どうすれば広まる「パブリック・アクセス」。
日本の放送メディアに対するパブリック・アクセスは欧米と比べてみても遅れているといわざるをえない状況にあります。日本においてパブリック・アクセスが浸透していない理由は様々ありますが、日本と欧米との大きな違いはメディアに関する技術の差といったものではなく、産業全体を規定している制度や、メディアに関する教育環境の差に他なりません。放送メディアにはその国に応じた制度が選択されていますが、日本ではパブリック・アクセスが根づきにくい環境にあるといえます。パブリック・アクセスの先端をいく北米を事例として挙げるならば、今までに通信事業者らと放送事業者らとの間で買収や合併が繰り返されてきた歴史があるなど、放送に関する制度も日本よりも早いうちから幾度となく改変されてきました。そのため現在では既に、日本で取り出されているような「放送と通信の融合」という制度問題にいたってはほとんど持ち上がっていません。またメディア・リテラシーといった、メディアに対する教育にも力を入れ取り組くんできたことにより、国民全体がメディアに対しても積極的に働きかけることが当たり前のことと認識されています。北米では1960年代から、地域におけるケーブルテレビ局が発達し始め、1960年代後半には視聴者や市民が自由に利用できるパブリックチャンネルが各ケーブルテレビ局に設けられました。そのために放送メディアは市民にとって身近な「パブリック・アクセス」の場として根づくことができたのです。
パブリック・アクセスの進展には、前述した法制度や教育面の課題など、日本の今の基盤においては難しい状況にあるのは確かです。こういった放送業界の根底を支えている制度や仕組みそのものが変っていかなくては、市民参加型のメディアの仕組みを築きあげることはできません。しかしながら、国が制度を改革するのを受動的に待っているだけでは、市民とメディアとの本質的な関係は、制度が変ったとしても何も変っていかないのではないでしょうか。市民からの主体的な働きかけによって変革を促すことによってこそ、本当の意味で市民が主体となって支えていく、開かれたメディアへの実現へと繋がるのではないでしょうか。
3‐A)市民が支えていく新しい放送メディア
日本においては「パブリック・アクセス」への意識はまだまだ薄いといえます。しかし、KBS京都の市民スポンサーの試みにも見られるように、既に放送メディアにおいても市民からの「パブリック・アクセス」への働きかけは始まっているのです。今までならば単に情報を受け取る側にしかいなかった視聴者や市民が、主体的に番組づくりに参加し、放送メディアを自分達の立場から表現し・伝えることのできる場に変えようとしています。市民・視聴者の放送メディアに対するパブリックな意識づけが今まで以上に活性化してきているのではないでしょうか。しかしながら、市民の側としては主体的にメディアに関わっていくのと同時に、将来の放送メディアを自らの手で支えていかなくてはならないという意識もより強く持っていかなくては、本格的なデジタル化時代における放送メディアの発展を望むことは難しいのではないでしょうか。
特に地域ローカル局においては、地域の市民の支持なしには業界再編による存続の危機を乗り越えることさえできないかもしれません。今まで地域メディアは視聴者の支援によって地域社会の貢献に深く関わってきたといえます。デジタル化革命においても地域メディアがより地域社会に貢献していくためには、放送メディア側だけでなく、視聴者である市民も共にメディアと地域社会との新たな関わりを考え、地域社会の発展を支える放送メディアを築いていかなくてはいけません。だからこそ現在、「パブリック・アクセス」が放送メディア発展の一つの鍵として注目を浴び、市民によって試みられているのです。視聴者や市民が自らの手で、地域社会における開かれた放送局、新しい放送メディアの方向性を考え、またそれを支えていくことが必要とされています。メディアを支えていくべき視聴者や市民である私達自身の主体的なメディアへの参加、「パブリック・アクセス」への働きかけこそが、新しい放送メディアの基盤をつくっていくのではないでしょうか。
付 記)
●KBS京都の地域社会への主な関わり。
1951年 全国で五番目の民放ラジオ放送局として開局
…地域密着型で社会的役割を果たせるとしての位置づけを前提として、市民のたの放送局を目指す。
1976年 交通安全チャリティーキャンペーン「かたつむり大作戦」開始。
→2001年で25回目達成
1979年 「タイムリー10」の放送…地域住民の身近な問題を取り上げた報道番組
さらには視聴者の意見を番組中に電話で受け付けて紹介した。
1981年 「KBS京都放送の基本方針」の策定。注目すべきは、「地域住民の幸福と地域社の発展に寄与する・市民との交流を深めるとともに、アクセス権を認容する」と 提示していること。
…地域放送の理念に放送局が取り組む姿勢を、これほどまで明確に示している例はないともいえる。
1985年 「市民のためのKBSをめざす実行委員会」の発足
… 「地域住民との交流を深め、番組づくりや健全な放送局のためにとりくみをすすめる」を目的とする。
1986年 「教育讃歌・学校キャラバン」の放送…京都府下の学校教育を紹介する。市民団体である「教育を考える京都フォーラム」が市民からカンパを募り企画制作。
1991年 イトマン事件に絡んでのKBS京都存続の危機。
「KBS京都の現状を憂える有志の会」が結成。
「新しいKBSをつくる集い」「大好きフェスタKBS」などの市民支援集会が開かれる。またKBS存続に向け、十万人署名運動の呼びかけ
→後に「京都から放送局の灯を消さない二十万人署名」運動へ発展。
1995年 会社更正計画案提出にともない「地域にしっかり根を下ろした放送活動をする」と宣言。→市民から署名運動も四十万人突破する。
1998年 「KBSアクセスクラブ」結成…市民スポンサーによる番組づくり
市民の側にたった番組づくりを進め、京都の文化と教育、環境などの 向上役立て、豊かな放送文化の創造とKBS京都の再生に貢献すること。また市民的なメディアアクセスを考えていくこと。
→「京都大好きラジオ」に番組を企画提供する。
「市民企画会議」の開催…放送内容に関する意見交換の場
2000年 「どうする京都21」のテレビ放送。市民クラブによる提供番組
KBS京都と地域との関わりの深さは、1989年に起ったイトマン事件に絡んだKBS京都の根抵当問題においてもみて取ることができます。このときKBS京都は自社の土地や建物を担保にしてダイエーファイナンスの子会社から巨額の資金融資を受けていたことが問題となりました。放送局全体を担保するなど現在では考えられないことであるものの、このことが原因でKBS京都は膨大の負債を駆け込む結果となり、返済のために自社ごと差し押えられ、競売申請の手続きがとられました。一時は放送局そのものの存続が危ぶまれる結果となったのだが、この危機を救ったのが視聴者である、京都市民です。労働組合の働きかけによって競売を阻止するための署名運動が始まり、この活動に多くの市民が参加して、最終的には四十万人を超える署名が集まった。これにより競売は取り止められ、KBS京都は会社更生法を申請して再出発を果たすことが許されました。いわば京都市民の存続への願いがKBS京都の危機を救ったといえます。このことはKBS京都が単に情報提供を行なうだけの放送局として機能していただけではなく、それまで地域の発展に深く関わり、視聴者や市民に根強く受け入れられていたことにも他ならないといえます。
●参考文献
「クライシス地方局」波野 始 (リベルタ出版・1995年)
「新版 地域メディア」竹内郁郎・田村紀雄編(日本詳論社・1989年)
「表現する市民たち」児島和人・宮崎寿子編(NHKブックス・1998年)
「パブリックアクセス‐市民が作るメディア」津田雅夫・平塚千尋(リベルタ出版・
「放送ビックバン 第二波」西正(日刊工業新聞社・1998年)
「メディア・リテラシーを学ぶ人のために」鈴木みどり編(世界思想社・1997年)
「よみがえれKBS京都」 グループがんばれKBS編(つむぎ出版・1996年)
その他資料
・KBS京都アクセスクラブ会報「市民アクセス」
・京都新聞(1998年8月19日 朝刊)
・KBS京都公式ホームページ http://www.kbs-kyoto.co.jp
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