教員コラム

文学部には100名を超える教員が在籍しています。一人ひとりのリアルな教育・研究活動を紹介します。

COLUMN

ルールはシンプルで、人類共通。
「生まれつきの文法」が言葉をつくる。

言語学・日本語教育専攻

言語コミュニケーション学域
教授

佐野 まさき(真樹)


赤ちゃんは、生まれ育った環境にあるどんな言葉でも獲得します。生まれつき英語(or 日本語)が苦手だったため、英語圏(or 日本)に生まれたことで英語(or 日本語)の獲得に失敗した、ということはありません。どうして人間の赤ちゃんは、言語獲得というマジックを、失敗せずにできるのでしょう。それは赤ちゃんの脳の中に、あらかじめ言葉のルール(文法)が刻み込まれているからです。この生まれつきの文法は人類共通。人間なら誰でも、民族や人種の違いを超えて、この共通のルールで言語を習得します。この共通ルールは「普遍文法」ともよばれます。普遍文法はとても単純なのですが、この脳に隠れた単純な文法が目の前に紡ぎ出す言葉は複雑怪奇。そのからくりをひとつひとつ明らかにしていくのが、私の研究テーマです。

例えば「京都映画協会」という言葉を初めて聞いても、私たちは「京都映画の協会」という意味と、「京都の映画協会」という意味の2つがあることが分かります。一見すると「京都」「映画」「協会」という3つの語がただ並んでいるだけに見える言葉も、私たちの脳は、そこに「京都映画+協会」と「京都+映画協会」という2通りの組み合わせ方があることを、ちゃんと認識するのです。「京都」を「日本」や「イギリス」に変えても、「映画」を「文学」や「方言」に変えても、同じです。これは言葉を(3つ同時にではなく)2つずつ順番に組み合わせるからです。この組み合わせ規則が、普遍文法のひとつです。

どんなに教育熱心で子供に言葉を早く覚えさせようとする親や先生も、「言葉は2つずつくっつけていくこと!しっかり覚えなさい!」などと「しつける」人はいません。そんなこと子供は、言葉の覚え方のうまいへたに関わらず、無意識に知っています。「かわいい赤ちゃんの目」や black taxi driver に2つの意味が出てくるのも、2つずつくっつけていくからです。

一見複雑な表現も、結局は2つずつの組み合わせが織りなすものです。「自転車で」というまとまりが、「逃げる」という小さなまとまりと組み合わされば、「警官は[自転車で逃げる]泥棒を追いかけた」で自転車に乗っているのは泥棒になります。同じ「自転車で」というまとまりが、「逃げる泥棒を追いかけた」という大きなまとまりと組み合わされば、「警官は [自転車で [逃げる泥棒を追いかけた]]」で自転車に乗っているのは警官になります。「自転車で」を「自転車に乗って」というまとまりに変えて、「警官は [自転車に乗って] 逃げる泥棒を追いかけた」にしても、それが「逃げる」と組み合わさるか、「逃げる泥棒を追いかけた」と組み合わさるかで、2つずつの組み合わせ方が2通りあり、2つの意味が出てきます。

ゼミでの議論風景

授業は対面(ライブ)なのが当たり前だった以前は、「ライブ」という語と「授業」という語が組み合わさることなど想像もしませんでした。ですが今はこの2つを組み合わせて「ライブ授業」という言葉が、「リモート授業」や「リモート飲み会」などとともに普通に使われます。言葉は「時代を映す鏡」といわれます。新しい表現はいつの時代にもどんどん生まれますが、それは、はるか以前に猿から分かれた私たち祖先の脳が獲得し、生まれつき持つに至った「2つずつ組み合わせる」という普遍文法のおかげなのです。

「一人カラオケ」から「電子書籍」、「紙書籍」、さらに「無観客ライブ」、「有人ライブ」...。新しい(誰かから怒られそうな?)表現を無限に生み出す人間の自由な創造性で、私たちはお互いに意思を伝え合っています。その創造性と、それを根底から支えている普遍的なものとが明らかになっていくとき、新鮮な驚きと興奮が沸き上がってきます。これをみなさんにもぜひ経験してほしいと思います。

受験勉強に立ち向かうみなさんは、英単語や数学の公式、歴史の出来事の暗記などに一生懸命でしょう。でも教えられたことを覚えるだけの勉強は、高校で卒業です。大学は、一人ひとりが持つ潜在能力を大きく飛躍させる場所です。みなさんの心のうちには、「生まれつきの文法」と同じように、無限の創造性を引き出す能力が秘められています。言葉に対する好奇心が、そのことを気づかせてくれるきっかけになり、ひいては、そこからの自信が、社会への創造的な貢献につながることでしょう。

PERSONAL

佐野 まさき(真樹)

専門領域:
言語学、文法理論
オフの横顔:
YouTubeで、好きな歌を歌手の歌声に合わせて一緒に歌う「一人カラオケ」を楽しんでいます。面白い歌詞の曲があると授業で紹介し、その場で日頃の練習の成果を披露することも。週に1、2回するジョギングは、メタボには焼け石に水ですが、いい気分転換になっています。