教員コラム

文学部には100名を超える教員が在籍しています。一人ひとりのリアルな教育・研究活動を紹介します。

COLUMN

ツーリズムから読み解く社会。 楽しみのための場所を問う楽しみ。

地域観光学専攻

地域研究学域
教授

神田 孝治

「この夏はリュックやテント袋をぶら下げた“観光学生”の姿が各地でみられた。南国ムードをたのしみながら研究をしようという一石二鳥組がほとんど」。これは1963年9月7日発行の『南海日日新聞』に掲載された、鹿児島県・奄美大島への観光客の増加を伝える記事の一節です。私は奄美群島における観光について調べるために、2011年の9月に鹿児島県立奄美図書館で過去の新聞をめくっていましたが、その際にこの文章を見つけ、ハッとしたことを今でも覚えています。時代も場所も違うものの、まさに大学生時代の自分の事だ、と思ったのです。

こうした旅の端緒は、大学2回生の夏期休暇中における台湾旅行でした。サンゴ礁の研究を専門とする先生のお誘いで実現することになった、台湾南部の墾丁を目指したこの約2週間の旅は、自身の研究テーマを模索する旅でもありました。もちろん、その際に何か研究が出来たわけではありませんが、後の研究につながる様々な発見があり、研究者を目指す大きなきっかけになりました。その後も、指導教員となったその先生の調査地を訪れる機会に恵まれ、3回生の夏にオーストラリアを約1ヶ月半旅行し、グレートバリアリーフでダイビングのライセンスもとり、そこからサンゴ礁研究に向かっていきました。そして4回生時には、沖縄県の石垣島を調査地とし、サンゴ礁保全に関する卒業論文を書くことになります。このような研究と結びついた南への旅は、本当に楽しかった事を今でも思い出します。大学時代の南国への旅行、少なくとも4回生時のそれは、「南国ムードをたのしみながら研究」しようとする「観光学生」そのものだったといえるでしょう。

さらにその後、研究と自身の「楽しみ」が重なりあうばかりでなく、観光地という「楽しみ」の場所について問うようになります。観光しつつ勉強する「観光学生」であった私は、観光について研究する「観光研究者」になったのです。大学院に入ってからは、和歌山県の南紀白浜温泉の形成、台湾の国立公園と観光、沖縄観光とイメージに関する研究を行い、バリ島を中心とするインドネシアの観光についての調査も実施しました。大学教員になってからは、特に鹿児島県の与論島における観光に関する調査を継続的に行っています。また、私が興味を抱く対象は広く、研究テーマも多岐にわたっています。具体的には、南国への旅、リゾート、国立公園のほかに、世界遺産、観光まちづくり、都市観光、女性と観光、神社仏閣めぐり、アニメ・ゲームの聖地巡礼、モバイルメディアやSNSと観光、アートツーリズム、ダークツーリズムなどがあります。そうした中で自身の調査地も、南国イメージを喚起するような場所に限らず、多様になっています。このような調査地に学生と赴き、フィールドワークと呼ばれる現地での調査や巡検を行うことも、私の楽しみの一つです。

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学生とのフィールドワーク(岐阜県大野郡白川村にて)

学生とのフィールドワーク(三重県鳥羽市相差町にて)

私の専門とする観光研究は、1990年代に入ってから盛んになっています。その理由の一つに、非日常的なものを求める観光が、むしろ日常社会のあり方を照らし出す上で重要な研究対象ではないかと考えられるようになったことがあります。また、グローバル化している現代社会では、人やモノの移動が激しくなっており、観光はまさにその象徴的な現象となっています。さらに、現代の観光は、デジタルメディアの発達や、複雑化する社会のあり方と密接に結びついています。そうしたなかで観光は、我々が生きる社会を読み解くにあたって、人文社会科学における最先端の議論がなされる研究領域になっているのです。観光研究は、学術的に極めて重要かつ面白い、知的探究の「楽しみ」の領域なのです。

このように観光研究は、研究対象も、調査の実践も、そして知的探究においても、「楽しみ」と結びついています。そして観光について研究する学生には、楽しさばかりでなく、広く深い高度な学びをもたらします。観光は複雑な現象であるため、私が専門とする地理学をはじめとして、社会学や人類学など、多様な領域から研究がなされています。観光についてより良く理解するためには、様々な領域の知見を学び、それらを組み合わせて考えることが必要になります。すなわち、理論的かつ多角的に考えるという、高度な論理的思考力が求められるのです。とりわけ地域に注目して観光を検討し、多様な人・モノの重層的かつ複雑な関係性を読み解くことは、こうした思考力を鍛えます。

また、観光研究を通じた学びは、学術的な能力ばかりでなく、学生の将来につながる広く社会で求められる能力を育みます。最近の大学教育では、論理的思考力やコミュニケーションスキルといった、ジェネリックスキル(汎用的技能)を培うことが重視されるようになっています。観光研究、特に地域に注目した研究は、高度な論理的思考力を育むばかりでなく、コミュニケーションスキルも高めます。多様なステークホルダーが関わる観光をテーマとしてフィールドワークを行うには、コミュニケーションスキルが極めて重要になるからです。地域に注目して観光について考えたり調べたりすることは、高度なジェネリックスキルを獲得することにつながっているのです。

ここまで述べたように、観光について研究することは、様々な点で「楽しみ」に結びつくばかりでなく、現代社会を読み解くにあたって重要な意義を持っています。また、学生の皆さんは、観光研究を通じて、楽しく広く深く学ぶことができるとともに、大学卒業後に社会で求められる能力を高いレヴェルで育むことができます。とりわけ地域に注目して観光について考える「地域観光学専攻」は、こうした学びの場になっているといえるでしょう。このような地域観光学専攻で、皆さんと一緒に研究していくことを、心から楽しみにしています。

PERSONAL

神田 孝治

専門領域:
観光学, 人文地理学
オフの横顔:
観光研究では、仕事と余暇を単純に区分できないものと考えます。21世紀に入って「ワーケーション」という用語が注目されたように、特に現代社会ではこの両者は混じり合うようになっています。この点を考えると、オフの時間について書く事は簡単ではありません。ここでは、お題から少しズレますが、与論島にある美しい海浜を、私の一番好きな風景として紹介しておきたいと思います。