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廣野 美和 先生(グローバル教養学部)

2022.04.01

グローバル問題の創造的研究: 自分の研究方法を見つけるヒント

 グローバルに広がる多種多様な問題をどう研究すればよいのか。自分らしい研究とは何か。そんなことを考えている皆さんに、私の研究を支え道標となってくれた本や、私がゼミ生に薦めたり論文指導で使ったりしている本をご紹介します。半分ほどは中国研究に関わる書籍ですが、それぞれの分野に添えているメッセージをご覧いただき、その他の分野の研究をしている、あるいは志している、立命館の学生・生徒にも参考になることを願っています。


1.研究へのアプローチ:「エージェンシー」を真剣に捉える

 グローバル問題には頻繁に「強者」の大きい存在があります。政治力、経済力、軍事力が強い国、一国をも凌ぐ経済力をもった多国籍企業もあれば、科学至上主義、英語帝国主義など考え方の「強者」も存在します。強者のことを深く理解し、その強者を生み出した構造を分析することも大事ですが、強者の影には必ず弱者がいます。生きづらさを感じる人がいます。主流派ではない考え方があります。そういう弱者のことを深く理解することも、グローバル問題の理解にとって欠かせません。弱者の理解のためには、強者・弱者を作り出す構造だけでなく、その中にいるエージェンシー(行為主体)をしっかり捉え、彼らの「声」を理解してグローバル問題の複雑性や傾向を理解することも重要な研究作業の一つです。
 ポール・コーエンはハーバード大学の名誉教授で中国研究の大家です。中国が半植民地化され、国際社会の弱者であった帝国主義の時代における中国の現代化への変容について、それが「西洋の衝撃」によって生じた事象と捉えるのではなく、中国内部の変化の結果と捉えることが重要だと述べています。つまり中国を「エージェンシー」と考える捉え方です。
 多くの立命館大学の先生や博士課程の院生と私が共著した一帯一路に関する編著でも、エージェンシーの重要性について論じました。中国が一帯一路によって発展途上国に「中国の衝撃」を与えていると考えるのではなく、発展途上国内部で中国が何を行い、それがどう捉えられ、どう利用されているかという視点も重要だという議論をしています。また中国を、習近平の鶴の一声で全てが動く国と考えるのではなく、さまざまな省庁、地方政府、企業、華人団体が、それぞれの利益に基づいて行動している「分散した権威主義」をベースに捉えて、一帯一路の実態に迫っています。

Discovering History in China: American Historical Writing on the Recent Chinese Past
Paul A. Cohen(Columbia UP, 1984)

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電子書籍(e-book)はこちら  ProQuest 

『知の帝国主義 : オリエンタリズムと中国像』
ポール A. コーエン(平凡社、1988年)

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『一帯一路は何をもたらしたのか:中国問題と投資のジレンマ』
廣野美和編(勁草書房、2021年)

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2.グローバル問題へのアプローチ:理論と実証

 グローバル問題にはさまざまありますが、どのような研究が「良い研究」なのでしょうか。一つの考え方は、明確に定義された問いを立て、理論的な枠組みを明確にし、実証的な証拠で議論を支え、明確な主張を提示する、問い・理論・実証・主張が揃っているものだと思います。これらの文献は、この4つが明確に示されている素晴らしい研究で、良いグローバル問題研究の見本を示しています。学術分野によって理論と実証をどう考えるかは違いますが、国際関係学においてはこの両者は非常に重要です。
 ただ、これらの本の中で立てられている問いは、「本」として立てている大きな問いであり、学生が書く論文でそのまま使えるようなサイズではありません。論文では、よりフォーカスを絞ったもう少し小さめの問いを立てることが必要であることも書き添えておきます。 イアン・ジョンストンはハーバード大学教授で、なぜ中国は物質的国益に利さないにも関わらず国際的協力をするのかという問いのもと、国際関係理論を批判的に分析した上で「社会化」の概念を明示し、中国の国際社会への三段階の社会化プロセスについて実証研究をしています。私が本を書く時に、構成面でいつも参考にしている本です。
 ローズマリー・フットはオックスフォード大学セントアントニーカレッジの名誉フェローで、中国の「人間の保護」に対するアプローチについて研究しています。中国の国連への支援はどのように理解できるのか、またそれはグローバル秩序やその秩序を形成する規範にどのような意味合いを持つのか、について議論しています。国際関係論における構造主義や英国学派の理論を枠組みとして使いながら、「人間の保護」に関する規範の解釈や規範の実践にどのような影響を及ぼしているかを検証しています。この本はウクライナ戦争前に出版されていますが、この戦争に対する中国のアプローチを理解する上でも重要な本です。
 レイ・ヤーウェンは、ハーバード大学准教授で、中国の権威主義的な政治体制における「公共圏」に注目しています。中国の公共圏はどのように形成され、発展してきたのかという問いをたて、社会学におけるネットワークや組織に関する理論を援用し、中国における法とメディア組織の発展、個人の変化、多様なネットワークの形成のそれぞれが相互に影響を及ぼしながら発展していく過程を論じています。非常に複雑な過程をさまざまな一次資料・二次資料を駆使して明確に描き出す手法は素晴らしいものです。
 佐々木智弘は、中国の電気通信事業改革の政治過程の分析を通じて、なぜ中国の官僚組織は習近平等の「中央指導者の政策指向に反する自らの望んだ政策を決定させることができた」のかという問いを立てています。中央指導者は絶対権力者と捉えられがちですが、実際の政策決定過程ではそうではない側面も存在します。組織利益や、官僚組織と他のアクターとの相互作用、および偶然の出来事に対する官僚組織の状況認識による行動適応を分析視角として、その政治過程を明らかにしています。本書では、特に脚注を見てください。データを公表しないことで有名な中国でもアクセスできる一次資料は思いの他たくさんあることがわかり、佐々木の研究では、この資料収集に感嘆します。一次資料を探すのに苦労している方には、きっと良いヒントになると思います。

Social States: China in International Institutions, 1980-2000
Alastair Iain Johnston (Princeton UP, 2008)

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※電子書籍を閲覧したい場合は、電子書籍検索画面からタイトルなどで検索してください。

China, the UN, and Human Protection: Beliefs, Power, Image
Rosemary Foot (Oxford UP, 2020)

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The Contentious Public Sphere: Law, Media, and Authoritarian Rule in China
Ya-Wen Lei (Princeton UP, 2018)

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電子書籍(e-book)はこちら  ProQuest 

『現代中国の官僚組織行動 : 電気通信事業改革の政治過程』
佐々木智弘(法律文化社、2021年)

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3.方法論の基本と論文の構成

 以下の本は、研究の立て方、論文の書き方を考える上で、参考になる図書です。
 スティーヴン・ヴァン・エヴェラの本は、政治学・国際関係学で論文を執筆する人には必読文献です。仮説の立て方、事例の選び方、論文の書き方などが簡潔に示されています。
 もう一つは私の初著です。博士論文をほとんどそのまま出版しました。不遜にも「お薦め本」に入れている理由は、論文としての構成がわかりやすいと思うからです(当時の指導教授のおかげです)。イントロダクションに挿入すべき文言、各章の間の繋ぎ方、結論部分で書くべきことなど、ゼミ生に例を示す際は、この自分の本を使っています。

Guide to Methods for Students of Political Science
Stephen Van Evera (Cornell UP, 1997)

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電子書籍(e-book)はこちら  ProQuest 

『政治学のリサーチ・メソッド』
スティーヴン・ヴァン・エヴェラ(勁草書房、2009年)

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Civilizing Missions: International Religious Agencies in China
Miwa Hirono (Palgrave Macmillan, 2008)

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4.私らしく、面白く、深く、書く

 論文の構成がしっかりしたら、あとはどのような文体を使って書くか。どのくらい「自分」を前に押し出しながら、学術的に書けるのか。これはプロにとっても至難の業で、まさに極めることが至難の業の「アート」だと思います。もちろん、論文にはどうしても説明していかなければいけない要素がありますし、一定のAcademic Englishの様式はあります。しかし、ここに紹介する本は、機械的に必要事項リストをチェックするだけの書き方の「上」をいくには、どういう文体があるのかを考える上でとても参考になります。学術書であっても、つまらなくて良いはずはないのです。読み手のことを考えながら、面白く、なおかつ学術的に深いものを書く。今の私にとっての目標です。
 「書く」ということに対する多様性を優しく・易しく説明したのが、Air & Light & Time & Space です。
 ジェシカ・アレクサンダーは国際人道支援に実際に携わり、現在はジャーナリズム・政策評論などを行う人道支援専門家、サマンサ・パワーは元米国国連大使で、現在は米国国際開発庁(USAID)長官。鳥山純子は国際関係学部の准教授、中東ジェンダー研究を教え、研究をされています。この3者の書いたものに共通するのは、①現場を知っている人が書いた物のパワフルさが示されていること、②読み物として面白くて学術的にも深い、という点です。これらの著者の執筆力は素晴らしく、「読ませて」くれます。また、3人とも、子供を育てながらそれぞれの分野の第一線で仕事をするワーキングマザーでもあり、書物としても人としても、とても参考になる興味深い本です。

Air & Light & Time & Space: How Successful Academics Write
Helen Sword (Harvard UP, 2017)

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Chasing Chaos: My Decade in and Out of Humanitarian Aid
Jessica Alexander (Broadway Books, 2013)

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“A Problem from Hell”: America and the Age of Genocide
Samantha Power (Basic Books, 2002)

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『集団人間破壊の時代 : 平和維持活動の現実と市民の役割』
サマンサ・パワー(ミネルヴァ書房、2010年)

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The Education of an Idealist: A Memoir
Samantha Power (Dey Street Books, 2021)

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『「私らしさ」の民族誌 : 現代エジプトの女性、格差、欲望』 鳥山純子(春風社、2022年)

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