立命館大学図書館

   
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「第21回:読書量より思考の量」寺脇 拓 先生(経済学部)

インタビュー:学生ライブラリースタッフ 平井、竹井

寺脇 拓 先生
寺脇 拓 先生の研究概要

―― 学生時代に読んだ本の中で最も印象的だったものは何ですか?

あまり面白くない答えになるんですけど、最も印象的だったのはまさに経済学の本なんです。実は私は農学部出身でして、そこでは、農業を社会的な観点からみるときには、「農業は大事なものであって、必ず守らなければならない」という前提のもとで、話が展開されることが多いんですよ。学生のころ、私はそれがどうも腑に落ちなくてね。「皆がいらないと思ってたらどうなるんだろう」とか「コストや担い手不足を考えれば、守ることができなくてもしょうがないんじゃないの?」と思っていたんです。

そんな中で、当時の指導教授から農業経済学を学ぶ上で薦められて読んだ本がヴァリアンの『入門ミクロ経済学』でした。それまで私は、作物の生育やバイオテクノロジーの勉強しかしてこなかったので、社会科学の中では人の好みまでもが科学的に分析される事実を知ったときは衝撃的でしたね。社会に与える便益と費用の両面を考慮してその幸福を追求するという、そのころの私にとっては半信半疑だった社会設計における規範が、経済学の中では当然のように語られ、その分析方法までもが見事に確立しているんです。なんか救われたような気持ちになったことを覚えています。「自分は間違ってなかった!」という感じでね。このときの経済学との出会いが私を今の仕事へと導いたと確実に言えますので、皆さんも普段の勉強とは違う分野の本を読むことで、新たな人生の道が開けるかもしれませんよ。

あともう一つ、学生時代、自分の行動を振り返るきっかけとなった本の一節に「行動は性格である」という言葉があります。これは、フィッツジェラルドの未完の遺作、『ラスト・タイクーン』の最後の言葉です。「性格」というのは、その人が他の人と相対的にどう違うのかを説明する概念であって、それは基本的に自分ではない他人によって決められるものだと考えています。そしてそれを規定するのは、その人の「行動」に他ならないと思うんですね。日々繰り返される行動の積み重ねが、他の人によって評価されて、その他人の意識の中でその人の性格として認識されていくわけです。となると、自分の性格を評価してもらい、周囲からの信頼を得るためには、目に見える形でしっかり行動することが大切になってきますよね。人づきあいにはこれまで何度となく失敗してきています(笑)、が、その度にこの言葉を思い出し、今ではより強い確信をもってその意味を理解しています。

―― 学生にお薦めの本があれば教えてください。

私が思うに、ある特定の知識を身につけるために読むテキストのような本以外の読書は単なる娯楽です。時間がある学生のうちにできる限り多くの本を読むべきだ、とよく言われますが、私は必ずしもそう思いません。社会人になってからは、長期の旅行に出かけたり、友達と夜通し議論したり、ボランティア活動に参加したりするような時間の方が、読書をする時間以上にとれませんから、「学生のうちに」ということなら、そうしたことにもっと時間を割くべきでしょう。私が心配しているのはむしろ、「学生は本を読まなければいけない」という強迫観念にとらわれてしまうあまり、皆さんが本を読むこと自体を目的にしてしまって、一年に何十冊も読んだと自慢するだけで、そこから思索しようとしない人間になってしまうことなんです。

そうならないための本として、私はショウペンハウエルの『読書について』をお薦めします。この中に「本を読む我々は、他人の考えた過程を反復的にたどるにすぎない。(中略)ほとんどまる一日を多読に費やす勤勉な人間は、しだいに自分でものを考える力を失ってゆく」とあります。本を読んでいる間は著者の考えを理解することに集中していますから、必然的にその時間、自分の思考を停止させることになりますよね。従って当然のことながら、本を読めば読むほど、考える時間が少なくなっていくわけです。今の学生さんに欠けているのは、読書の量ではなく、思考の量だと私は思っています。この本が、本を読むことそのものを目的にしてしまっていて、借りものの言葉しか出てこない学生の皆さんの目を覚ますことに役立ってくれればと思います。

―― 立命館大学の図書館についてどう思いますか?

個人的には、データベースから論文をダウンロードできる環境を整備して頂いているのが大変有り難いです。あと図書館の中には間仕切りの付いた机がありますよね。大学といっても、本を読んだり、勉強したりするだけでなく、一人で落ち着いて物事を考えることができる場所ってなかなかないと思うんです。その意味で学生の皆さんにとって貴重な空間だと思いますね。

―― 最後に学生へメッセージをお願いします。

社会に出ると、限られた時間の中で、多くの選択を迫られることになります。そこでできる限り後悔のない選択をしていくためには、自分の価値観や美意識を明確にしておくことが重要だと考えます。自分が何が大事で何が正しいと思っているかがはっきりしていれば、それを基準にして比較的スムーズに物事を判断することができますからね。ですから、頭が柔軟な若いうちに、様々な経験を重ねながら、自分の人生観を見つめ直しておいてほしいと思うんです。そんな短期的には実利を伴わないようなことを考えられる時間的な余裕があるうちにね(笑)。様々な本との出会いは、その一つのきっかけになると思います。

―― 本日は貴重なお話をありがとうございました。

今回の対談で紹介した本

入門ミクロ経済学/ハルR.ヴァリアン著/勁草書房/2007
ラスト・タイクーン/フィツジェラルド著/角川文庫/2008
読書について 他二篇/ショウペンハウエル著/岩波文庫/1983