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「第73回:“人と人の関係を作る“コミュニティ心理学の世界」川野 健治 先生(総合心理学部)

インタビュー:学生ライブラリースタッフ 森谷、呉、森口

2019.12.05

―川野先生の研究分野である、自殺対策やコミュニティ心理学について教えてください。

立命館大学に来る前は、国立精神・神経センターという、国の研究所に16年いました。そのうちの10年くらいは自殺予防センターという部所で自殺予防に関連する仕事をしていました。自殺予防の中では、自死遺族の支援と呼ばれる自殺で遺された人に関する仕事を多くやっていたかな、という風に思います。でも、その自死遺族支援とか、自殺予防も、これは学問領域じゃなくてテーマの名前です。じゃあ、学問領域としては何なのかというと、これはすごく多岐にわたる話になります。心理学に限らず、医療的な支援や、福祉的な支援も必要な場合があるなど、多領域が連携しながら、あるいは、既存のいろんな支援のリソースを上手く組み合わせながら問題を解決していくという領域になっていくんですね。だから、実際僕が所属していた自殺予防総合対策センターも、センター長は公衆衛生医で、後のメンバーは精神科医、ソーシャルワーカー、心理、看護というように専門は多様で地域で心の健康問題など、色んな問題について取り組むことを4年前まではやっていました。ところが、この大学に来た時に、「自殺予防の専門家です」って言っても総合心理の中では何だかわからないですよね。「〇〇心理学です」って名乗らないといけない。じゃあ、ここまでやってきた仕事を一番端的に表現するのは何かとなると、今話した内容は社会心理学もあるし、臨床心理学でもあるし、発達心理学も関わっているし、福祉心理学も関係してたり、複数の領域が協力しながら、既にある支援資源を組み合わせて考えていく。これを思い切ってコミュニティとみなそうかなあというのが、この大学に来てコミュニティ心理学を担当している理由です。なので、僕は地域精神保健を背景にしたコミュニティ心理学者ということになって、オーソドックスな意味でのコミュニティ心理学をずっとやってきたわけではありません。研究所にいて問題解決するプロセスの中で、そういうことを一番多くやってきたから、総合心理学部ではコミュニティ心理学っていう枠組みで捉え直して、授業をしたり研究をしたりしているということになると思います。

―先生が影響を受けられた本がありましたら教えてください。

最近一番上手くつながった本としては、須永剛司先生の『デザインの知恵 – 情報デザインから社会のかたちづくりへ - 』があります。須永先生は情報デザインとか情報工学の先生なんですけれども、デザインのことを”関係を作ること”っていう風に定義しています。これは、僕がゼミ生と一緒に、また地域の人とコミュニティのことを考えるときの工夫について、もっと直観的でわかりやすく表現している言葉なだなと思いました。この本の中では、アートの知恵と科学が、どういう風に関わってくるのかということについてデザイナーの立場から話が展開しているんですが、そういう意味では、影響を受けてるというよりも、今自分の仕事によくつながりを感じさせる本かなと思いますね。それとは別に、かつての自分がよく引用していた本としては、東浩紀さんの『存在論的、郵便的』という本があります。これは現代思想の本と言ってよいと思いますが、色んな領域の原稿で引用してきた本です。こうして考えてみると、自分で本を書いたり論文を書いたりする都合で読むことが多くなって、ある特定の研究領域の本に影響を受けるという形はあまりなくなってきたんじゃないかなと思いますね。

―大学生活では図書館をどのように利用されていましたか。

学部生の頃は、課題をするために図書館に集まって、本を集めてきて、ディスカッションするという、今の大学生と同じような使い方をしていた気がします。大学院に入ってからは、図書館をよく使いましたけれども、学部生の頃とはちょっと使い方が違う気がします。学部の時は、自分の関心のあるジャンルのことだけ分かればよかったんですけど、大学院の時は、特定の雑誌の内容を戦後から追いかけたり、広辞苑の初版の内容を確認したりというように、歴史的なものを調べたりもしました。また、今は、電子ジャーナルをパソコンの前で調べられますけど、僕の時代はそれが上手くいかなかったので、実際に綴じてある本を開いてコピーを取るっていう作業が必要でした。英語雑誌が入っている書庫にこもっているというような使い方も時にはありました。

―大学生が在学中に読んでおくべき本がありましたら教えてください。

薦めたい本なら、『ディスコミュニケーションの心理学 ズレを生きる私たち』です。これ、僕も含めた研究会のメンバーで作った本なんです。この時はディスコミュニケーションについて話してみようぜって言って始めたんですけど、「なんかまとまりそうだし、本にするぞ!」って、それぞれが原稿を寄せて、議論して。自分としては、その空気がすごく伝わっているし、その当時自分たちが面白いって思ったことをそのまんま書いていて。今読み直してもまた新たに発見があります。ただこれは特に、僕のゼミ生たちに推薦します。

誰でも読んだら楽しめるんじゃないかと思う本はこれ(『人生は楽しいかい?』)です。ロシアの格闘技がベースにされているんだけど、背景に身体心理学があるんです。たとえば“距離をはかる”って書いてあるんですけど。森谷さんは授業でどこに座る人ですか?

―後ろです。

理由は色々ありますよね。当てられたくないとか、別のことをしたいとか(笑) でも、当然のことともいえる。そのことを意識する。たとえば、苦手な人と話すとき。真正面で話すのは圧がかかるけれども、相手の胸辺りに視線を落とす、一歩下がるという工夫する。相手との距離感のコントロールが身につくと、対人関係がずっと楽になる。……こういう話が、心理学に直接触れない形で展開しています。面白いので、心理の学生に批判的に読んでみてほしいですね。

もう一冊、勉強ならこれ(「現代思想のパフォーマンス」)かな。古いけど、心理学のベースにあるような哲学をわかりやすく解説しています。

川野 健治 先生(総合心理学部)

―最後に、学生にメッセージをお願いします。

さっきの須永さんの本(「デザインの知恵」)に通じる話なんですけど。デザイナーさんって何枚も何枚も線を描いて、これかなあと思う一枚を選ぶんです。でもまたちょっと変えたいところが出てきて、ひねりや美しさを考えて、またそこから描いて、また一つ選んで。そうしていくと、いっぺん決めたものをベースに次のものが改善されていって、そこからまた一つ選んだものをベースにしてというようにして、最適な線、最適な形に辿り着く、みたいなことをこの本で紹介しています。本を読んだりレポートを書いたりするのって、そういう練習の一つだと思うんですね。何においても頭の中だけで、つまり、具体的に読んだり書いたりしてみないで決めることは、プロでも、あるいはプロこそやってない。作っては捨て、作っては捨てってやる方が最適な形になる、それこそが専門性なんだってことを知ってほしいなと思っています。授業を聞いて、理論だったり、考え方だったり、たくさん学ぶのは悪くないんだけど、それを自分なりに試してみるっていう作業をたくさんやることも、すごく大事なことなのです。自分で線を書いてみる、自分で言葉にしてみる、自分でノートに書き付けてみる、自分で本を読んで付箋を貼ってみる。それがその次の一歩の土台となるんだって言うことを大事にしてもらえると嬉しいなあと思います。

今回の対談で紹介した本

『私の意識とは何か』、郡司ペギオ-幸夫、2003年、哲学書房
『生成する生命』、郡司ペギオ‐幸夫著、2002年、哲学書房
『生きていることの科学 : 生命・意識のマテリアル』、郡司ペギオ‐幸夫著、2006年、講談社
『ディスコミュニケーションの心理学:ズレを生きる私たち』、 山本登志哉、高木光太郎、2011年、東京大学出版会
『存在論的、郵便的 : ジャック・デリダについて』、東浩紀、1998年、新潮社