ゆったりと海に浮かぶ船、 せせらぎの水をはね上げる小石、 豊かに実った稲穂、 夕餉の準備に忙しいキッチンの流し、 人々の談笑する温泉の湯船(あるいは談笑している人々そのもの) などなど、 我々の身の周りには様々な形、物が見られますが、それらには必ず表面が存在します。 これら表面には一つの共通点があります。 どれもこれも微生物が付着しているという事実です。 |
表面に付着した微生物は単独で存在しているのではなく、 特徴ある構造の中で、他の微生物と言わば微生物共同体「バイオフィルム」を形成しています。 我々の周りには種々の表面があふれていますから、 そこには様々なバイオフィルムが見られるに違いありません。 このバイオフィルムは、固定化微生物の利用に見られるように人間に有益に働くかと思えば、 逆に、虫歯、食品汚染を引き起こす原因ともなります。 このバイオフィルム、その普遍性、重要性から、近年関心が高まり その科学的解明が急速に進んできました。 |
ところで、バイオフィルムが我々の関心を引きつけるのは、 それが我々にとって有益、あるいは有害な時だけと言っても過言ではありません。 しかし、バイオフィルムは自然環境中の至る所に見られ、 微生物にとって重要な生活空間となっていることが、近年の研究で明らかになってきました。 このような普遍的な存在であるバイオフィルムを正しく理解するには、 次の二つの側面で微生物を見る目を修正する必要があります。 即ち、 1)バイオフィルム中の微生物は浮遊したものではなく、付着したものであり、 2)これら微生物は単独ではなく複数で共同体を形成している という二つの事実を、我々は先ずしっかりと認識し、 そして、これら事実に基づいて、微生物に関して我々が知っていることを 謙虚に振り返る作業が必要になってきます。 例えば、我々はフラスコ中で微生物を液体培養し、その諸特性を知ることはできます。 しかし、これら諸特性が付着状態にある微生物のものと同じであると確信できるでしょうか? あるいは、ある微生物が自分と同じ種に属する仲間と一緒にいる場合と、 その微生物のすぐそばに別種の微生物がいる場合の挙動は、はたして同じでしょうか? このように、バイオフィルムは、これまでの微生物学に根元的な問いかけを発している様に思えます。 極論すれば、純粋培養された浮遊状態の微生物に関して我々が蓄えてきた知見は、 付着し共同体を形成しているバイオフィルム中の微生物には通用しないかも知れないのです。 |
以上、「バイオフィルム -その生成メカニズムと防止のサイエンス-」 森崎久雄、大島広行、磯部賢治 編 サイエンスフォーラム より一部抜粋し改変 |