北朝鮮の核実験についての声明

立命館大学国際平和ミュージアム

名誉館長 安斎育郎

館長 高杉巴彦

 北朝鮮の朝鮮中央通信は、2009年5月25日、「地下核実験を成功裏に実施した」と報じました。同日11時過ぎ、韓国のYTN(ニュース・チャンネル)は、韓国気象庁が同日午前9時54分頃にマグニチュード4以上の揺れを観測し、北朝鮮が核実験を行なった可能性が強いことを伝えました。その後、大統領官邸筋は、地震の規模はマグニチュード4.5、震源は、北朝鮮が2006年10月9日午前10時35分に初の核実験を行なった咸鏡北道豊渓里であることを明らかにしました。また、日本の気象庁は、25日午前9時54分40秒頃、北朝鮮北部(北緯41度、東経129度)を震源とするマニチュード5.3の地震波を観測したと発表しました。アメリカ地質調査所もマグニチュード4.7の地震波の観測を発表。これらの情報を総合すると、北朝鮮が史上2回目の核実験を実施したことは確実であると考えられます。私たちは、世界が、2010年に開催される核不拡散条約(NPT)再検討会議にむけて核兵器廃絶への希望を培いつつあるこの時期に、北朝鮮が公然と国際世論に挑戦して核実験を強行したことを厳しく非難するとともに、直ちに核兵器の開発・研究・製造を停止することを求めるものです。

 今次核実験の爆発威力については、2キロトンから20キロトンに至る多様な推定値が報じられています。一般に、核兵器の爆発威力Y(キロトン)と、それによる地震のマグニチュードMとの間には、M=A+B・logYの関係がありますが、定数A,Bの値は地殻条件等に依存するため、アメリカのネヴァダ核実験場のデータではA=3.92,B=0.81、ロシアのセミパラチンスク核実験場のデータではA=4.45,B=0.75と異なっています。したがって、今次核実験の推定威力は、ネヴァダ方式で5~50キロトン、セミパラチンスク方式で1.2~14キロトンと大幅に異なります。地殻の性質がセミパラチンスクに近いと考えれば、今次核実験の威力は数キロトン程度と考えるのが妥当ですが、アメリカの核問題専門家ジグフリード・ヘッカー教授(スタンドード大学)は2~4キロトンと推定し、第1回核実験の2~5倍程度と考えています。また、元国防省顧問のセオドア・ボストル教授(マサチューセッツ工科大学)は、北朝鮮は観察された威力の10~20倍の規模を想定していたとし、プルトニウムの爆縮機構に問題があったことを示唆しています。要するに、今次核実験の態様についてはなお不確定な面が多く、科学的究明を必要とする段階であるにもかかわらず、日本のマスコミの一部は「長崎原爆と同程度の威力」などと報じることによって、いたずらに長崎原爆の地獄絵のイメージを誘発し、軍事的緊張感を煽り立てている面があると言わなければなりません。事実関係を慎重に見極めた報道姿勢が期待されるところです。

 本年4月5日の飛翔体発射に続く今次核実験は、北朝鮮が大陸間核弾道ミサイル開発の面での成果も示すことによって、アメリカとの直接対話の道を打開する狙いがあるものと見られていますが、潘基文国連事務総長は、今次核実験が、「核実験や弾道ミサイル計画に関するすべての活動の停止」を規定した2006年10月の「安保理決議1718」に明白に違反しているとの認識に基づいて北朝鮮を非難するとともに、「緊張を高める行為を自制し、6カ国協議を含む関係各国との対話を再開する」よう促しています。

 私たちは、2000年のNPT再検討会議においてアメリカを含む核保有国が「核兵器廃絶への明確な約束(unequivocal commitment)」を行いながら、ジョージ・ブッシュ政権下で開催された2005年の会議ではその約束が反故にされたことを憂慮しています。そして、いま、2010年の再検討会議を前に、バラク・オバマ新大統領が「核兵器のない世界」を展望する姿勢を国際社会に明らかにしたことを心より歓迎するものです。言うまでもなく、核兵器の廃絶のためには、核兵器関連産業の非核産業への転換を含む構造的な問題が存在していますが、私たちは、最大の核保有国であるアメリカ大統領の非核政策への転換が、広島・長崎市長らのイニシャチブによる「平和市長会議(Mayors for Peace)」の核兵器廃絶構想ともども、来年のNPT再検討会議を契機に人類が核兵器廃絶へと舵を切る上で重要な役割を果たすことを期待するものです。そうした人類史的局面にあって、北朝鮮が核脅迫外交に踏み入ろうとしていることを強く批判するとともに、そうした方針を放棄し、直ちに非核政策に転換することを求めます。

 加えて、私たちは、今回の北朝鮮の核実験が、先の飛翔体打ち上げ実験ともども、わが国の世論を軍事力強化による防衛という方向に傾斜させ、核エネルギーの平和利用を定めた原子力基本法や「核兵器をもたず、つくらず、もちこませず」の非核3原則に背馳する日本の核武装論をさえ誘発しかねないことを深く憂慮しています。私たちは、北朝鮮の軍事的挑発に呼応する日本国内の軍事主義的傾向の強まりが、この国の進路を誤りかねないのではないかと心から懸念するものです。

2009年5月27日