アメリカのホロコースト記念博物館での警備員射殺事件についての声明

立命館大学国際平和ミュージアム

名誉館長 安斎育郎
館長 高杉巴彦

 2009年6月10日、アメリカの首都ワシントンのユダヤ人虐殺問題に関する「ホロコースト記念博物館」で、黒人警備員が白人至上主義者に射殺される事件が起こりました。犯人は、黒人やユダヤ人に対する憎しみを露わにしており、「ユダヤ人虐殺問題の展示施設を警備する黒人」を狙った意図的な犯行ではないかと見られています。
  アメリカ史上初めて非白人系大統領が登場し、「反ユダヤ主義と人種的偏見」に対する警戒を国民に呼びかけたばかりですが、アメリカ社会には今なお1000近い人種差別団体があると伝えられており、今回の事件は図らずもそうしたアメリカ社会の断層を垣間見せる結果となりました。
  事件があった「ホロコースト記念博物館」は、ナチドイツとその共犯者たちがユダヤ人をはじめとする人々に対して行なった虐殺の非人道性を伝える施設で、1993年の開設以来、毎年約170万人もの人々が訪れています。今回の事件は、今のところ、ジェームズ・フォンブラン容疑者による単独犯行と考えられていますが、同容疑者は、1978年に設立された「歴史見直し研究所(The Institute for Historical Review)」の一翼を担った反ユダヤ主義者ウイリス・カートの影響を受け、「アメリカ社会の金融はユダヤ人によって支配されている」という狂信的な信念を抱き、自らのウェブサイト上でもホロコーストそのものを否定し、ユダヤ人を「西欧文明の破壊者」と激しく非難していました。私たちは、いかなる歴史観や価値観をもつにせよ、事実は事実としてあるがままに受け止めることが過去に対する誠実な態度であると確信しています。立命館大学国際平和ミュージアムは、「過去と誠実に向き合うこと」を基本的な展示原理とし、日本国民の戦争被害だけでなく、アジア・太平洋地域で日本軍が行なった加害行為についても歴史学の研究の成果に立って展示しています。
  私たちは、今回の事件について、以下の2つの点に対する注意を喚起します。

(1)異なる価値観や歴史観をもつ他者を暴力で抹殺することは絶対に正当化されないこと。

 平和的な人間関係を育むためには、可能な限り互いの価値観を理解し合い、認め合うことが不可欠です。異なる価値観をもつ他者の命を奪う行為は、それこそホロコーストを正当化しかねない行為であり、決して容認されてはなりません。

(2)命の大切さを考える場であるべき「ホロコースト記念博物館」において、有無を言わさず命を奪うような暴虐が行われることは絶対に許されてはならないこと。

 ホロコースト記念博物館、広島平和記念資料館、長崎原爆資料館、南京虐殺記念館など、人類による大量殺戮を展示する博物館は、生命の尊厳性を来館者に伝える重要な使命をもつ社会教育施設であり、人の命を奪うような行為は強く非難されなければなりません。

 私たちは、立命館大学国際平和ミュージアムが、今後とも命のかけがえのなさを訴えかける平和教育の場としていっそう有効かつ魅力的なものとなるよう努力するとともに、貴重な資料の保存や調査研究の充実に努めるつもりです。
  上のとおり声明します。

2009年6月17日