第10回メディア資料研究会を開催しました

第10回メディア資料研究会を開催しました

会場の様子

 

 10回目のメディア資料研究会は、立命館大学の大学院生で平和教育研究センターリサーチアシスタントの福井優氏が、1970年に出版された『週刊アンポ』という雑誌をとりあげて発表しました(当館では0号から13号まで収蔵)。『週刊アンポ』は小田実(※1)が編集長兼発行人となり、神楽坂べ平連(※2)が母体となって、日米安全保障条約の改正反対をかかげて発刊した週刊誌です。自ら「反権力の運動の武器」、「活字の弾丸」(0号表紙裏より)と表し、「アンポ」という言葉の意味は、安保条約改正を阻止する大小さまざまな運動の中で生み出される新しい人間の動きを意味する、としています。
 1969年6月から1970年6月の間に全16号が発行され、出版取次会社を介して全国の書店で販売されました。0号から2号までは売り切れるほどの人気を博しましたが、13号からはビラ様の形状となり、16号をもって廃刊しています。100円の購読料とカンパでの資金調達は厳しかったようですが、広告料はとっていなかったようです。
福井氏は、雑誌媒体を使った相互コミュニケーションを通じて社会全体を巻き込むことを試みた活動と、『週刊アンポ』の役割、位置づけを考察しました。小田実自身が、「人間の渦巻き」と称した現象です。今回の研究会では、小田実の思想、安保改正阻止のためにとった手法、社会、特に自衛隊への波及力がどうであったかを論点にして、これまでの研究では明確にされなかった、小田実という人物の思想を軸に、この雑誌を紐解いていく試みがなされました。
 各号をかざる表紙は、粟津潔、横尾忠則など当時の錚錚たる芸術家たちによってデザインされ、安保をめぐる世情、動向を皮肉たっぷりに描いています。12号までは、大江健三郎ら当時活躍中の作家も名を連ねています。市民運動の方法を教える記事、反安保団体の活動予定、読者の市民運動に対する悩み相談など投稿記事は、現代のわれわれが目にしても新鮮にうつります。資料を実見すると、こうした魅力的な作家や記事をそろえることで、「人間の渦巻き」をうみだそうとしたことが、よく伝わってきました。
 またこの動きは自衛隊内部にも広がったようです。1969年、小西誠三等空曹は、治安維持出動を想定した訓練に参加しなかったことや、自衛隊内で『週刊アンポ』やビラを配布して扇動活動をしたとして自衛隊法違反で起訴されました(のちに無罪)。ほかにも自衛隊員の投稿と思われる記事も掲載されています。米軍に対する被害者という位置だけではなく、例えば日本駐留の米兵がベトナムで行う戦闘行為に加担する加害者にもなりうるという小田の論調は、いわゆる”体制側”の一員たちを巻き込むことにもつながった、この雑誌のおもしろい特徴だと福井氏は指摘しました。
 質疑応答では、『週刊アンポ』が登場した時代をどのように読み解くか、活発な意見交換がされました。今後は『週刊アンポ』がべ平連の活動の中でどう位置付けられるか、小田実の国際性がどのように反映されているのか、研究の幅が拡がっていきそうです。

 

第10回メディア資料研究会
「人間の渦巻」をつくり出すー『週刊アンポ』と小田実
日時:2018年10月11日(木)17:00~19:00
場所:立命館大学国際平和ミュージアム 2F会議室
報告:福井優(立命館大学大学院社会学研究科博士前期課程2回生/平和教育研究センターリサーチアシスタント)
参加者:7名

※1 小田実(1932-2007)小説家,評論家。
東京大学卒、ハーバード大学で学ぶ。1965年、鶴見俊輔らと「ベトナムに平和を!市民連合」(べ平連)を結成、反戦市民運動を展開する。
※2 「ベトナムに平和を!市民連合」。1965年(昭和40)4月に発足、ベトナム戦争反対の市民運動体(74年1月解散)。代表小田実。多くの知識人たちや若者層を結集して反戦市民活動をくりひろげた。

   

福井優 『週刊アンポ』


 


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