中村梧郎写真展「戦場の枯葉剤」―ベトナム・アメリカ・韓国― 感想文

感想文「戦場の枯葉剤」

【小学生】
こわくてなにもいえない。(女)

かわいそうと思った。やけどや足がふとももできれていてあかちゃんをびんの中にいれてすごくかわいそうだった。(女)

とても戦争のおそろしさや命の大切さをしりました。こういう写真てんは、未来にも残しておいたらいいと思った。とてもよく分かった。(女)

せんそうのおそろしさと悲しさを大きくかんじた。(男)

ぼくたちと同じ人間なのにしょうがいをもつことは、ひどいとおもいます。(男)

ほかの国の人は、あんな苦しみをうけているとは知らなかった。だから、ここに来てよかったと思う。 (女)

いろいろな子どもたちやいろいろなおとなみんなこんな時代にうまれたくなかっただろうなと思った。 (女)

戦争がおわったいまでも、苦しんでいる人がたくさんいることがわかりました。
(女)

ぎせい者ばかりだしてしょうりするよりたたかわず口ではんけつするほうがいいと思う。(男)

同じ地球にこんなにひどいことがあって戦争をしていたぼくたち人間がはずかしい。戦争がなくなるようにしてみたい。(男)

何でこんなことがおきるのか、今のふつうの人たちになったらいいのにな。(男)

いい勉強になったが、私としてはなんとなくいやだった。むねがいたくなるよな気がした。 (女)

かれはざいは、木や草だけでなく、人間にも害をおよぼすこと、ということがわかった。 (男)


【中学生】
枯葉剤と聞いたことはあったけどどういうものか分からなかった。ここに来て、とても、ひどいものだということを知った。(女) 

死産した赤ちゃんを標本にするのはかわいそうだと思います。でも、ただ「気持ち悪い」と思うだけじゃなくて、“もうこんなことをおこすのはぜったいにやめよう”と考えていかないといけないと思います。(女)

枯葉剤はとてもこわいと思います。だってその枯葉剤をあびて、社会からきょぜつされたりしたりするからです。(女)

世の中、たくさん傷ついてる人だらけだと思う。私たちのわがままは、ぜいたくすぎると、今、しみじみ思った。がんばってほしい。(女)

とってもかわいそうだった。手足を戦争でうばわれるなんて。戦争はいいことなんてない。私は、今戦争があってる国に生きるということは土地やお金よりとっても大切なものだからやめようっていいたい。(女)

とても、心をうたれて、すごく、自分が生きていることをほこりに思いました。いのちを大切にします。(女) 

見ていると自分がいたくなってきた。(男)

テレビとか話では聞いていたけど、こんなにすごいものだとは思わなかった。もっと多くの人にこれを見てもらって、戦争のおそろしさ同じ人間なのに傷つけあうことの愚かさをもっと知ってほしい。(女)

見れてよかった。この世の中にはこういう人もたくさんいることが分かった。展示してある写真が信じられなかった。(すごすぎて)(女)

何も知らない私たちは、こういうのを見てとても勉強になりました。また、来たいと思います。(家族で)(女)

すごくよかった。真剣に考えることができた。(男)

先を考えないで枯葉剤を使って人々を苦しめていました。(男)


【高校生】
僕は日本人であって地球人だ。考える範囲で、考え方が様々だ。特に今僕は、受験生で(あまり勉強をしていないが)考える視野が狭くなってきている。世界をこえ、時代をこえる考え方が必要だ。生きるのはムズカシイと思いました。(男)

去年世界史でベトナム戦争をやって以来気になっていたのですが、これほどに目にやきつけられる写真はみたことなかったです。来てよかったです。 (女)

自分の考えが、打ちくだかれた感じだった。新しいものの考えができてきた。(男)

思わず目を伏せたくなるような写真がたくさんありました。見ていて涙が出そうになるものもありました。つらかったです。なぜ戦争をするのか私にはわかりません。戦争に勝った国、負けた国、どちらにも残ったものは、後遺症等のつらい現実だけです。そのつらい現実が今もなお続いているといいます。戦争は絶対にしてはならないと思います。戦争をして残るのは悲しさだけだと思います。(女)

来てよかったです。テレビでもこの写真展は少し流れていたけれど、足が前に進まなくなるくらい自分でじっくり見て、本当にいろいろ考えさせられました。(女)

私は高校で生物をとっています。生物室には牛の胃とかホルマリンづけのものがたくさんあるけど、ここへ来て初めてヒトの、赤ちゃんのものを見ました。トリはだが立ちました。私は枯葉剤作戦は、ただ、ホーチミン・ルートの使用を阻止するために行われたとききます。それを決めた人は、将来のこととか、例えば、森がなくなり動物にも被害が出ると思わなかったんでしょうか。大きくなり、自分の手がないとか足がないとかわかって、私も彼らのように死なずに笑顔を見せて生きていけるのかと、そして今の自分の幸せを感ぜずにはいられませんでした。(女)

開いた口がふさがらないとはこのこと。あまりくわしいこと知らなかったのでショックが大きい。戦争なんて、大きな子どもがけんかしてるみたいですごくいや! 知らないまま、戦争反対なんて軽い気持ちで言えないと思った。こうふんして何書いていいかわかりません。(女)

衝撃的でした。今ダイオキシンが問題となってるのでもっとダイオキシン自体についての展示をやってほしいです。(レポートをやってるので参考になりました) (女)


【本学学生】

枯葉剤の被害のこわさは知っていたが、あらためていろいろ考えた。今日は、ベトナムからの帰還兵(特に韓国)の写真・解説を見てこれほど認定・救済の遅れがひどいとはびっくりした。 (女)

ベトナムで枯葉剤が散布されたことを知っている人は多いと思います。でも具体的に何が行われたかを知っている人は少ないと思います。どんなひどいことが行われたかを知ることによって人々の意識もより高まっていくと思います。その点で平和ミュージアムでこのような展示をすることは有意義なことです。(男)

韓国における枯葉剤の被害については、今回はじめて知った。写真は真実をありのまま見せつけるので、大変ショックを受けた。今回軽い気持ちでここに来たが、このことが申し訳なく感じてしまった。が、ここに来てよい勉強になったと思う。(女)

戦争は終結しても戦いは続いていることを知った。ハンディに負けず生き生きと働いている人に感動を覚えた。(男)

出身が長崎なもので、原爆資料館とどちらが残酷かしらと思って来ましたが、ベトナム戦争も原爆もどちらがどうだとは言えません。戦争はなんと残酷なものなのだと改めて痛感させられました。(女)

最近になって明るみに出た韓国を含め、ベトナムの写真だけではなくて、国を越えて大勢の人が苦しんでいることが再認識された。貧富の差の激しいベトナムや苦しんでいる他の国の人々にあてての募金箱があったらよいと思う。(男)

こんなに悲惨なものだとは、見学するまで思いませんでした。ベトちゃん、ドクちゃんはTVで何度か見て、でも、こんなにたくさんの人がさまざまな障害に苦しんで、見るのも辛い気がしました。そんな中、写真に写っている表情は、明るく、そして、一生苦しむというのではなく、とても力強い輝いたものを感じました。(女)

枯葉剤に対する意識が高まり、それによる犠牲者に心から“元気になってほしい”と思う。また、アメリカ、ベトナムの被害だけでなく、韓国の人たちにも、被害があったことに驚かされた。ダイオキシンは今、先進国が主に出しているが、どのようにすれば、解決の糸口を見つけられるか、他人事でなく、真剣に検討したい。(男)

人間のすることではないと思うが、やってしまうのも人間であり、それをどうなくすか、あるいは弱めるかというのが人間全体の課題であると思う。(男)

以前からベトナムの話は聞いたりもしていたけれど、普段の生活では正直気にとめていません。このようにゆっくり考える時期が持てたことを感謝しています。今、立命でよかったと思います。授業だけでは自分自身で感じとれていなかったものをなんか感じた思いです。ぜひ、他の人にもすすめます。そしてまた、いろんな企画をやってください。ぼくも主体的にやっていきたいと思います。何かみんなで取り組めることもやっていただきたい。そして、そのなかでまた参加させて下さい。 (男)

韓国の兵士の写真が印象的だった。まだまだ見えない部分がたくさんあるようで、しかしなかなか見えてこない。そして私たちは、目に見えるまで、なかなか動こうとしない。なんだか怖いような、空しいような気もした。(男)

「むごい」の一言だ。今日本は薬害エイズ、沖縄の問題が露見しましたが、いつの時代でも、犠牲になるのは弱い人々だ。(男)

私は今回初めてこういう写真展に来ました。そして、今まで自分があまりに戦争(ヴェトナム戦争)について、無知だったかを思い知りました。はっきり言って、ヴェトナムの子どもたちの姿はショックでした。また、アメリカ兵にも枯葉剤の後遺症が出ていることを今回初めて知りました。もっともっとこの事実を知りたいと思いました。今後もこのような機会を多く設けてほしいと思います。(女)

まず、ベトナムの人々だけでなく韓国人やアメリカ人にまで被害が及んでいた事実を知り驚きました。写真を見てゆくにつれ、これが本当に現実に起こったことだと認めるのがこわかったです。しかし写真に写っているものはすべて現実であり、今なお後遺症で苦しんでいる人がたくさんいるということを考えると、戦争のおそろしさは計りしれないものだと感じました。(女)

ベトナム戦争から20年以上もたっているのに、人間のからだだけにはダイオキシンが残り、今も様々な病気に苦しむ人々が存在する事実にショックを受けた。(女)

私たちははっきり言って、何も知らなかったのだと思う。枯葉剤によって二重胎児として生まれたベトちゃん、ドクちゃんを除いて私たちの目に入ってこなかったし、特に元韓国兵の苦しみなど知る由もなかった。今までの自分の無知に恥ずかしさとともに怒りを覚える。戦争による、このような多くの人々の苦しみをなくすために、私たちは、もっと事実に目を向け、平和のために立ち上がらなければならないと思う。 (女)

人為的でなくても障害のある人間は生まれる。しかしダイオキシンを含むケミカル・ウォーは人為的にそれを作り出すものである。また、日本ではゴミの中間処理としての焼却からダイオキシンが出ており、今後はゴミの多い国(先進国)自身にもふりかかってくる問題である。エントロピーの少ない社会(ゴミの少ない社会)ヴェトナムを含めて近代化という美名の国々はアジア・アフリカから学ばなくてはならない。(男)

枯葉剤による被害がこれほどまでにひどいとは知らなかった。民主主義国のはずのアメリカがこんなことをやるとは、しかも、ベトナム人に対して謝罪や補償をやっていないとは…強い怒りを感じます。(男)

真実をありのままに映し出す写真の力をとても感じた。それでいて、中村さんは被害者だけでなく、戦争当事者すべてをカメラに収め、愚かな行為をした人間をではなく、戦争そのものを断罪しようとしているように感じました。 5/9(木)の「スライド&トーク」見に行きたかったなあ。(男)

知識として知っていたこととは、やっぱり全然違っていてすごくショックだった。日本などの環境汚染が何十年後かに「結果」として現れるようで怖いと思う。(女)

戦争の悲惨さをこんなに目の当たりにしたことはないといっていいほど衝撃的だった。平和がいかに大切なものであるかをしみじみと感じた。(女)

とても他人事とは思えず今まで無知だった自分が恥ずかしくなった。(女)

枯葉剤の影響は、散布した米兵にもあったことを知ったが、写真を見る限りでは、ベトナムとは比べようもなく、先進国だからこそできる補償があり、その差を疑問に思った。ダイオキシンは人体以外の土地などから少しずつ検出されなくなってきているそうだが、日本などの工業国が新たにダイオキシンを流出していることは全く知らなかった。人体におよぼす影響など、環境問題についても考えていく必要が出てきたように思う。(女)

枯葉剤によってベトナムが被害を受けたことは知っていたが、アメリカや韓国にまで被害を受けて苦しんでいる人が今もなおいるなんて全然知らなかった。写真は本を読むよりも視覚的に私たちの心に訴えかけてくる。来てみてよかった。強い衝撃を受けた。(女)

目をそらしたくなる事実をありのままに写真で見せられて、言葉もすぐには出てこないほどのショックだった。人間とは何なのだろう。化学とは何なのか。私が今いる世界はこんなことのために今動いているのだろうか。もし、これを小さい子どもに見せたとしたらきっとその子は人間に絶望し、生きる希望や喜びといったものをなくしてしまうのではないかと不安でならない。戦争ほど悲しいものはない。(女)

目をおおいたくなるような写真が多かったが、白黒写真に比べカラーの方は心なしか明るい表情が見られるのが印象に残った。笑顔の裏にあるものを想像するだけで胸が痛む。ダイオキシンによる環境汚染が進む中で、戦争の惨事に匹敵するような影響が、私たちの身体に及ぼされるのだということを、もっと認識して、環境問題を主体的に考えていかなければならないと思った。(女)

世界報道写真展のときも何回も来ましたが、今回も本当にすごいものを見せて頂きました。中村さんの写真には人間に対する厳しさと優しさがつまっている気がする。
(女)

おそらく密林が消滅することによって、そこでの生態系もズタズタにされてしまったのでしょう。被害が人間に止まらないことも残念でなりません。生まれてくる子どもたちも、女性も、参戦した韓国兵も同様に、作戦には無関係であったはず。   (男・大学院)

ベトナム戦争は、私にとっては昔のことのように思っていたが、今でも続く障害のことなどをみると、けっして昔のことではないなと思った。なんの罪もない子どもたちが殺され苦しみをあじわうのがなんともいえなくくやしい。それでも、やっと戻ってきた、ベトナムの人々のくらしや自然を少しでもみると、ほっとした。“人体実験”の言葉にぞっとした。 (女)

テレビや新聞では伝えられないものだと思う。こういう報道は大事だと思う。(男)

普通にしている子の指がおかしくなっているなどその子の普通のこと同じ表情と普通の子とは違う身体のギャップがなんともいえませんでした。(男)

おじいさんが立っていて、その後ろが砂漠の写真で、「この後ろは昔、密林だった」という写真がとても印象に残った。再生に、1世紀もかかるとは、ショックでした。木を植えて、できるだけ早く、緑いっぱいにしたいと思いました。(女)

こういうことがこういう機会でしか知ることができないことが非常に残念である。情報化社会とは一体何なのだろうか? (男)

枯葉剤とかそれに関することは人よりは知っていたつもりでしたが、パネルを見て、ヴェトナムへ韓国兵が派遣されていたのは知りませんでしたし、引率の先生から被害補償問題についても説明され、まだまだ情報不足だなと思わされました。また、具体的な症状やホルマリンづけの嬰児のパネルには大きな衝撃を受けました。(男)

逃げてはいけない。(男)

枯葉剤散布を命じた人を憎いと思ってもしょうがないのか。その本人も結局枯葉剤で息子を亡くしている。韓国やベトナムにもアメリカは謝罪すべきだ。アメリカを非難しない方がおかしい。人体実験のような形で現れているのに日本でダイオキシンが増えているのは実際どれほど酷いことが起こったか知らない無知のせいだ。イタリアとかも廃棄物をおいてダイオキシン問題起こしたけど、TVでかなにか大きいメディアを通してもっと多くの人に知らせるべきだと思う。(女)

中村さんの前回の訪問の時の少年・少女とその変化した姿にいろいろな苦労が刻まれていた。ほとんどの人は笑顔だったのがよかった。(男)

講演会では、日本の企業の東南アジアでの産業廃棄物処理についてのスライドなどを見せていただきました。枯葉剤の被害について世論が高まった時期もあったけど、まだまだ知らないことばかりだと痛感しました。ダイオキシンはベトナムだけの問題でなく、何の規制もないままにたれ流されている日本の問題であるということを知ることができ、とても有意義でした。(女)

許せない。枯葉剤の被害がこれほどひどいものだとは、TVとかでよく知っているつもりだったが、写真で見てあらためて、というか怒りがこみ上げてきた。戦争で一番苦しむのは子どもだというが、ベトナムではそれが子どもたちの知らないところですすめられていたというのが許せない。罪がない人が被害にあうのは絶対に許せない。 (男)

枯葉剤というとベトナムの人たちへの被害を思い浮かべたが、今回の展示で米兵、韓国兵と家族の人たちにもあったというのがわかった。戦争によりこのように人体がむしばまれるというのはとても悲しい。五体満足で生まれてくると想像していた自分の子どもが奇形であった時の母親の気持ちを考えると二度とあってほしくないと思った。(女)

私はベトナム戦争のことは映画を通じてしか知らなかった。その映画が全て米軍側に立って、米軍兵士の戦場における精神的崩壊をテーマにしてるものだったので、今回の写真展のような枯葉作戦による当事者たちの被害状況など全く知らなかった。またその散布によりベトナムの自然も滅びたという。そして未だに苦しんでいる人々もたくさんいるこの事実を枯葉散布を指揮した人々は当時予測できなかったのでしょうか? おそらくできたのでしょうが戦争遂行のために口外することは禁じられたのでしょう。人間とは愚かな生物です。(男)

私は去年、ベトナム、ホーチミン市に行った。目的のない旅行だった。とは言っても、ベトナムでどんなことがあったかは勉強したつもりだった。風景からは戦争の跡はみられない。しかし、現地の戦争犯罪博物館やこのような写真展をみるにつけて、この戦争の悲劇が現実で、今もなお深くつめあとを残していると感じずにはいられないのである。(女)

ベトナム戦争の影響はベトナム人にはとどまらず、アメリカ人、韓国人にも、広まっていることを初めて知りました。前に行った731部隊展なども非常に参考になるので、今後も続けて企画を行ってほしい。(男)

「私に関係ないですむ問題ではなかった」と実感した。(女)

枯葉剤の恐ろしさがよくわかった。特に、枯葉剤を浴びた両親から生まれた、先天障害を持つ子どもの写真に心が痛んだ。当時のベトナムの戦場から遠いところで、枯葉剤散布を決定したアメリカ政府、化学企業、国際情勢の中でそれを容認、またはみすごした日本をはじめ他の国の人々の責任は重い。現在でも、世界で紛争が続いている。私はどうすればいいのか考えたい。(女)

枯葉剤の悲劇はよく本やテレビなどで見たり聞いたりしてたが、ここで改めてみると、今までとは違う衝撃を受けた。“人権って、何?”ってことを考えさせられました。(男)

韓国の人たちも枯葉剤の作戦にかり出されていたとは知りませんでした。そして、今も悩み続けている人がいると思うと、とても胸が痛くなりました。今現在起きていることを日本はもっと気づかなければならない。日本人は、ベトナム人を“かわいそう。自分じゃなくてよかった”と思っていると思う。それが、日本では、戦争ではない別の環境破壊で再び同じ過ちを繰り返していることに早く気づかねばならないのではないでしょうか。写真は、文章よりもリアルで、切々と伝わってきました。(女)

幼い頃の表情と成長したあとの表情の違いが気になりました。(男)

罪のない子どもたちが痛々しいほどの犠牲を受けているという現実には怒りを覚える。彼らの明るい笑顔にはすこしホッとさせられた。再生へむけて強く生きていってほしいと思う。それと、私たちは、このことを忘れてはいけないと思う。(女)

現代の価値観の揺らぎは、戦争から始まっていると感じた。小学生が写真をみて笑っているのが何とも言えない気持ちにさせられた。無理もないかも知れないが。(女)

以前、「平和の創造は環境保護によって成される」と言ったドイツの学生の言葉を思い出しました。国際平和ミュージアムが、「平和」からアプローチして「環境」に行き着く、過渡期として、この展示は象徴的だと思いました。将来、自然保護や公害の実態を展示してほしいと思いました。僕も含めて、人間は愚かな生き物だと思った。しかし最後の女の子の写真をみたとき、「それでも人は希望により立ち上がる」と勇気づけられました。ありがとうございました。(男)

韓国が参戦していたこと、そして被害にあっていたことを今日初めて知りました。現に韓国政府から口止めされていたことが信じられません。戦争に勝とうが負けようが、人体に残った痛みは同じで、その痛みが精神に及ぼす影響はどんなに大きいことかと思います。写真の中にときどき見えた笑顔、どうしてあんなに素敵な笑顔ができるのか不思議でした。そんなにも強くなれるのかと自分が小さな人間に見えてなりません。(女)

テレビのように変に演出されていず、現場の殺伐とした状況を落ち着いて受け入れることができた。(男)

どうしてもこうなることは仕方がないのではあるだろうが、被害者の目をおおいたくなるような悲惨な写真ばかりで、なんだかあまり大きな感動はなかった。(男)

私は、今までテレビなどで、ベトナムの人々や、その他のあらゆる被爆されて苦しむ人々を扱うものは見るのを避けてきました。それは、恐い、気持ち悪い、という、弱さ、汚さからです。今日、目の当たりにしたこの写真の数々。私には何もできない、と思うのではなく、実際目にした今日から、何か少しでも、変えていけたらいいと思います。たとえ、それが見えることじゃなくても、意識を変えることから始めていこうと思います。(女)

写真を少しやっているので来ました。写真で何ができるかということが少し感じられました。(男)  

この展覧会を機会に枯葉剤について様々なことを知りました。枯葉剤のみでベトナム戦争すべてを知ろうとするのは危険だと思うけれど、事実戦争によりこのような被害を被った人々がいるのを学んでいくことは、重要なことだと思いました。(女)

「母は枯葉剤を浴びた」という本を以前に読んだことがあったので同じ写真が多くありました。感想としては、枯葉剤のおそろしさを感じたのと親の目の悲痛さと子どもの目の無邪気さが心に残りました。言葉にできないものが多いです。(女)

後遺症の悲惨さを目の当たりにし、つらくなりました。しかし、現在先進国、特に日本で進んでいるダイオキシン汚染を考えるにあたって危機感を感じることができました。(男)

私は外見で見るベトナム人が大好き。戦争終了時もどんなにか嬉しかったことでしょう。しかし枯葉剤、ダイオキシンがこんなにひどいものであることを知り、打たれた思いです。化学兵器は胎児にそして、見えない危険をいっぱい含んで人間を破壊しているのですね。ありがとうございました。(女・聴講生)

涙があふれそうになりました。ただ普通に、平和に暮らしていきたいだけなのに。いつの時代の戦争でも一番の被害を受けるのは一般市民であり、子どもであり。言葉ではいえないくらい勉強になったと思います。この企画、たいへんよかったです。 (女)

ベトナム戦争中、アメリカ軍が使った枯葉剤で現在でも苦しんでいる人々がいるということは知っていたが、その影響が、米国兵士、韓国人兵士その家族までも、苦しめていることは今日ここへ来て初めて知った。意味のない戦争の大きな傷跡をしっかり見ることができました。私には何ができるのだろうか?考えてみる必要があると思いました。(男)

昔のことだと思っていた自分が恥ずかしいです。どうして敵だけでなく味方も傷つくと分かっていたのに、あんなにひどいことになると分からなかったはずはないのに…と思うとアメリカがどういう考えで枯葉剤を開発・使用したのか全く分かりません。
(女)

とてもショックでした。アメリカやその他大国がどんなに「正義」をふりかざしても戦争を始めればただの人殺しでしかないと思います。20年も前の戦争が人々や大地を、今も苦しめているという事実を世界中の人に知ってもらいたいし、どんな大義名分があっても戦争は悪でしかないと思います。平和こそが人を創り、国を創り、世界を創るのだと思います。(男)

戦争に終わりのないことを知った。二代、三代と子孫にまで影響を及ぼすものだと改めて痛感した。(男)

まずはじめに驚いたことは、アメリカでの慰霊碑が、政府のお金でつくられたのではなく、帰還兵の寄付によってつくられたということであった。アメリカ政府は、どれだけ多くの犠牲者を、敵だけでなく、味方にも出しているということを、認めなければいけない。また、韓国の参戦を知らなかった自分を恥ずかしく思う。(女)

写真を見て自分の目で見たいと感じました。が、それが恐いもの見たさのような不純に感じる気持ちなのではと思い、はずかしくなりました。でも行きたいと思います。過去から現在へ移る今がどんなものか、過去を忘れない、知るためにも行きたいです。(男)

人間がこんなことをできるという事実。やはりくりかえすのでしょうか。どうしてこんなことができるのか、今はそのことだけしか考えられない。今までもそしてこれからも本気で考えていこうと思う。さいごの写真の少女に励まされる気がした。  (男)

私の最初の予想は甘かった。ベトナム戦争で枯葉剤がまかれたという事実は知ってはいたが、甘かった。あんなにもたくさんの被害者がいて、しかもまともに写真を見ることすらできなくなりそうだった。私の力は小さいけれど事実と実態(多分写真では実際の少ししか分かってないだろう)をすることができただけでも小さな1歩を踏みだしたと思う。大きくするには何が必要か考えていきたい。(女)

ベトナムの人たちにとって戦争はいつ終わるのだろう、と感じた。戦争とは本当に罪もない人を弱者にする。生まれたばかりの子どもに何の罪があるのか、アメリカ(その以外の国もそうだが)は人道的、正義のためというが、戦争ほど非人道的なものはない。改めて憤りを覚えた。(男)

ベトナム戦争といえばすぐ頭に浮かぶのはベト・ドク兄弟のことだけでした。他にと思うと世界史で習ったアメリカの敗戦、ぐらいでした。韓国が参戦したこと、アメリカの兵士、韓国の兵士も枯葉剤の被害にあっているということは知らなかった。自分にはまだまだ知らないことが多すぎると思う。韓国で情報が差し止めされていたことにマス・メディアの力、権力に弱いマス・メディアを思い知らされた。(女)

韓国が加わっていたとは知らなかった。米とベトナムのことだけと思っていた。人間が同じ人間をあんなにしてしまう権利なんて無いはずなのにどうしてこんなことになってしまったのだろうか。近頃、平和へ向かって努力している人々はたくさんいるのに仏、中のような核実験や本当に必要なのか、このような実態を知って、経済面以外の視点からぜひ考えてほしいと思った。すごく悲しい。(女)

写真による戦争の被害の伝達はすごいものだと思った。そこから何かがビリビリと伝わってくる。特に被写体の人物の思いが。(男)

戦争を知らない私たちの世代が何ができるかと思うと無力な自分に腹が立つ。現在も世界では内乱が続いている国もある。自由を求めて戦う人々もいるのに、今までの私は平和について何も考えていなかった。自分が直接何かできないまでにしても戦争だけは知っておこうと思った。(男)
 
目をふせたくなるような写真がいっぱいあった。実際に枯葉剤を浴びた人はもちろんだが、何も知らずに生まれてきた子どもたちの無念さを思うと、泣けてきた--今からでも私たち人間は、過去の過ちを認識し、二度と悲劇の起こらないようにすることができる、そのためには全ての人が戦争に対する知識を得ないといけないと思う。是非、立命だけでなく、様々なところでこの写真展を開き、多くの人に見てもらい、ぼくと同じ気持ちになってもらいたい。(男)

今まで知らなかったことが多すぎた。この写真の一つ一つから、そこに写っている人たちの叫びが伝わってくるような気がして、自分の無知に、とても腹が立つ思いだった。(男)

最初、見学に来る際、「つらい」「悲しい」というような気持ちばかりでした。でも、明るい写真もたくさん見れて(‘再生へ’というあたり)ただ「悪いこと」と思うのではなく「この経験をどのように生かすか」ということが、最大のポイントになると思う。またこのような展示を見て、あらためて考えていきたい。(男)

“環境問題”はいろいろな方面からたくさん飛び込んでくるけれどやっぱり今地球で一番深刻な問題だと思う。そして世界中の全ての人が考えるべき問題だと思うけどこういうことを遠くの日本から考えているだけの私は幸せだけど地球人としてはなんていうか恥ずかしい。うまくいえないけど。(女)

この写真展を見ることで、過去の出来事を悔やみ、人間全体が反省の念をもつのも必要だが、これからの我々の考え、生活に直結していくことが必要だと思った。(男)

非常にショッキングで心打たれるものがありました。奇形児のホルマリン漬けを見たときは自分が一体何なのか自問してしまいました。人間って何なのだろうと真剣に思ってしまいました。(男)

毎日、自分のことばかりに気をとられ、今でも昔の戦争の苦しみを重く背負って生きている人たちのことを忘れていた。大切なのは、起こってしまったことは、正面を向いて対応することだと思う。逃げてはいけない。同じ過ちを繰り返さないためにも。
(女)

中村梧郎さんの本は高校の時に読みました。実際にこのように写真と解説が見れて、より一層理解できた気がしました。(女)

どの国の状況を見てもやっぱり戦争や核はあってはならないものだと思った。人間が健康であることがこれほど幸せであることを改めて実感した。写真を見たり話を聞いたりするだけではベトナムの被害者や各国の被害者の気持ちを全て理解することはできない。あってはいけないことだったが、終わってしまった以上、これから先の世界平和に役立てなければならない。1日も早くベトナムがもとの状態に戻ることがのぞまれる。(女)

障害をもって、生まれてきた子どもたちの将来がとても心配になった。両親が死んでしまったら、どうなるのだろう?国は、そんな子たちすべての面倒をみてあげられるのだろうか?日本人はテレビに出ていたベトちゃんドクちゃんには募金をしたかもしれないが他の子たちにも、何かできることはないか、考えなければならないと思う。(女)

アメリカは(といっても一部のトップ官僚)、ベトナム戦争をして、“正義の戦争”という評価をしている。しかし戦争で泣くのはいつも弱い国民一人一人だ。「国益」を掲げて戦争を行うのは簡単だが、彼ら被害者一人一人の人生という何にも代え難い「益」は一体だれが保障してくれるというのか?ベトナム戦争の実態を見るにつけ、戦争というものの不合理さを感じるとともに、日本は絶対にそういった武力行使をやってはならないという確信を強める。今「日米安保共同宣言」の下に日本の自衛隊が海外に出されようとしているが、武力では何も解決しないしできないということをそろそろ知るころだと思う。(男)

知らないうちに自分がダイオキシンにおかされて自分も自分の子どもも家族も皆こんな障害を負ってしまったら、自分はどうすればいいのだろう。自分ならきっと死ぬし、殺すだろう。目をそむけ、関わりあいになりたくないという気持ちになってしまうだろう。人間が人間をこんなふうにしてしまって、人間の感覚は奇形なもの、異質なものを排除したくなってしまう。その感覚はきっとベトナム戦争の枯葉剤散布命令を下した人間と同じにちがいない。(女)

とても心に訴えられるものがありましたが、アメリカはベトナムに対してさしたる動きもないし、日本政府だってダイオキシン汚染に無頓着で、本当将来どうなってゆくのかと心の中に怒りがふつふつとこみ上げてきます。あと、朝日Weekend Newsを読んで、これは、外国人サイドの戦争にはAtomic bombやTokyo大空襲が必要だったんだ論的で、大きく疑問を覚えました。アメリカの官僚自身が何もしなくても1945年中に日本は負けるって判断を下していたのだから。戦後のアメリカの力を強くするためのものだったのではないでしょうか?(女)

エグい。うそのような現実。平和憲法の意味がここにある。ハンデを背負い、歩く、手を動かす、聞く、どれ一つとっても満足にすることを許されない。自らの選択でもあろうはずがないのに。逸脱の度を超えた行為をもたらしたのは、一人歩きした「国」益。(男)

世界の様々な構造的暴力について、今朝、友だちと語る中で、私は、仕方のないもの(私の力に及ばないもの)として、あきらめているという話をしたばかりだった。しかし、この展示をみて、事実の物語るものを私が見落としていたことを強く実感させられ、非常にショックを受けている。(女)
  
なぜこれほどの問題が今までクローズアップされなかったのだろう。何かしら、他人事のような気がしていた。戦争が起こるたびに、犠牲者が出ていると思うとつらい。
(男)

「戦争」というものによってどれだけの人の「当たり前の生活」が失われてしまったんだろうと思います。今回の展示でオドロイたのは韓国兵士のことです。今まで枯葉剤で苦しんでる人がいるなんて知りませんでした。これらの事実を知って、「私たちはどう生きるのか」を考えていきたいです。(女)

以前、原爆(第二次大戦)の被害の写真展を見たが、今回の写真展と同じであった。何度同じ悲惨なことを繰り返せば人間は気がつくのであろうか。そして今、過剰な消費社会でのうのうと暮らしている私たちも、ベトナムでがんばっている彼らの気持ちが分かるときが来るだろう。来てほしくはないけれど…。本気で考えなければいけない。産業界の構造を変えたい。人間は何であって、何が一番大切なのか。(女)
 
「正義の戦争」と橋本(首相)が日米共同宣言で主張したが、この写真の現実のどこが正義か疑いたくなる。(男)

子どもの頃の私のベトナムに対するイメージは、暗く、すさんだ国、というものでした。なぜそんなイメージを持っていたのかわからなかったのですが、それが、子どもの頃テレビのニュースで見たベト・ドク兄弟の映像がもとになっていたのだと今日わかりました。今、ベトナムも都市化、工業化が進み、明るく華やかなイメージへと私の中で変わりました。しかし、その陰にある惨事、今でも苦しむ人々のことを忘れてはいけないのだと思いました。(女)

様々な国がその内部や他の国との間で問題を抱えていることをよく知ることができた。ありがとうございました。(男)

本当にもう言葉では言いつくせない悲しみだ。戦争がなぜおこるのかが理屈では理解できてもどうしても納得できない。(男)

何の罪もない命があんな目に遭う理由がどこにあるのか考えれば考えるほどわからない。戦争が誰の、何のためにするものなのか本当にわかってした、する人が一人でもいるのだろうか。あんなに素敵に笑える人たちを争いを引き起こした人々はまっすぐ見ることができるのか、答えてほしい。(女)

戦争直後の写真の中の人々の表情には絶望やあきらめの色しかなかったのに、20年後の現在の写真に見る人々は多くの障害を残しているものの、がんばって生きていこうとする力が感じられた。深い怒りや悲しみを心の底に持つ人々の目がとても印象的でした。(女)

アメリカに対する怒りが増し、それと同時に日本も協力したのだということをきびしく受けとめたい。(男)

昨年1年間私は米国 Washington D.C. におりましたが、その際 Vietnam Memorial には、しばしば足を運んでいました。5月頃ベテランズ デイの時、ワシントンのモールは、おびただしいベトナム帰還兵で埋めつくされました。その時のあの特殊な熱気を今想いおこしています。心の中で猛烈にわき上がっているこの怒りとも、悲しみとも、分けようのない感情を、行動へと結びつける方法を、考えていきたいと思います。(女・院生)

枯葉剤が人体へ及ぼす影響の残酷さをあらためて認識させられた。日本もこの戦争に加担していたことを思い返し、二度と戦争がおこらないように率先して世界に働きかけねばならないと思う。(ただし軍事貢献は許さん)(男)

ベトナム戦争は過去のものではないということがずっしりと伝わってきた。戦争というものは何をもたらすのかがよく理解できた。いままでもいろいろと戦争や平和について考えてきたが、もっと考えていきたいと思った。何かしたいと思った。(男)

最後の部で、「人の体以外からはダイオキシンは消えている」といったコメントがあったのがすごくショックだった。それと同時に自然の偉大さを感じざるを得なかった。人間のおかすあやまちが結局人間の中に残って人間を苦しめることになるのですね。でも実際苦しむのはいつもいつも問題を起こした人ではなく関係ない弱い人々であることが悲しく思います。正視できない写真もいくつかありましたが、いくつかの写真の中で子どもたちの顔が笑顔だったことが救いです。日本にいると知らないですむ出来事です。でも、私たちは今、世界でおこっていることを知る必要があると思います。写真という手段でこうして事実を伝える人がいることを感謝して、まず知り、考えなければなりません。私は、戦争モノなどが極端にダメな人です。写真展など「見なければ、事実を知らなければ」といつも思いますがこわくて見ることができません。今日もこわい思いをおさえて見に来ました。見に来てよかったと思います。けれどいつも思うことは安全なところで見て「かわいそう」と思うだけでは何もならないということです。けれどそれ以上どうしたらいいかもわかりません。できることといえば、「展示会があるよ、見に行った方がいいよ」ということくらいでしょうか。無力な自分を感じるばかりです。でも、はやく各国の悲劇が消えることを願いたいと思います。(女)

アメリカにとても腹立ちを覚えた。環境問題で他国にとやかく言う前に、もっと自国がしてきたことの責任をとれといいたい。本当に腹が立つ。(女)

大変衝撃を受けました。失われた命や緑の大地、それに重いハンディを抱えて生きなければならない人々のことを思うと胸が痛みます。せめてこれ以上大切なものを失わないために、二度と道を誤ってはならないと思います。日本の化学物質による環境破壊防止も身近なところから努力したいです。(女)

正直に言って言葉を失った。これが理性ある人間のすることなのか! とても信じられないことをしているのに今まで自分が全くといっていいほど知らなかったことに対して腹立たしさがこみ上げてきた。もうこんな事が起こらないよう若い僕らが活動し、真の平和というものを勝ち取っていきたい。(男)

ダイオキシンが身のまわりにあるから、他人事ではない、というだけでなく、ベトナムでまかれたこと自体が許されないことだ。アメリカはそれを反省もせずに、正義の戦争とさえ言っている。そのことが他人事ではないのである。公害と類似点はあるかもしれないが、そればかり強調すると、死んだり、障害をもって生まれてきた人はどうなるんだ、という気がする。ベトナム戦争は人体実験や過去の悲劇にとどまるものでなく今の現実の問題だ。(男) 

見た友だちから、すごいと聞いて、来たが、すごいというより、本当に大きなショックを受けた。これを書いている今も枯葉剤の被害にあった人たちの写真がありありと浮かんでくる。(女)

涙が出そうで、思わず目をそらしそうになるのをこらえて見ました。私たちはこういうものを見なければならない。見て、知らなければならない。そう思ったんです。とにかく驚きました。私は、家族や友だちに、この思いを伝えていきたいです。(女)

カラーでとても現実的に感じることができた。衝撃的な写真がいくつかあり、自分の顔がゆがんでしまった。とにかく今もなお、枯葉剤で苦しむ人たちの存在を生々しく感じとれた。お金がない理由で治せないのはまちがっていると思う。(女)

戦争が終わって21年目の今も世代を超え、人間の体に心に残り続けるいたみ。その重み、その深さに言葉も出ません。唯一、最後の写真の山岳民族の子どもの強いえがおが何よりも、この平和な社会に暮らしているはずのこの私に生きる勇気の水をそそいでくれる…そんな思いです。(女)

最後まで見るのはとてもつらかった。途中何度か目をそらしてしまうような写真もあったがいままで人間が犯した罪をきちんと見ておかなければならないと思った。素敵な心からの笑顔を人々から絶やさないためにも平和の維持は必要だと強く思った。何か言葉にうまく表せないけれど、この写真展を開いて下さったことに感謝しています。(女)

ベトナム戦争は、あったことは知っていたが、どういう理由で、どういう被害で、どのような意味があったか全然知らなかった。こんなに何もかも恵まれた日本で育ち、文句を言っている自分がすごく恥ずかしかった。全く自分のせいでないのに枯葉剤によって被害を受けた人々が必死に生きているのに。自分にも何かできることが必ずあるはずだと思った。それを大学で見つけようと思う。(女)

できることなら嬰児死産標本は見たくなかった。いくら病気の研究とは言えあまりにも露骨すぎて大きな衝撃だった。今書きながらあらためて自分の体が五体満足にあることの幸せを思った。しかしベトナムで被害を受けた人が誰が責任をとるべきなのか知らないというのはすごく問題だと思います。あとやっぱり本当に枯葉剤の散布が必要だったのかどうかもっと議論されるべきである。(女)

枯葉剤を浴びた人々のおぞましい現実を見て、おびえることは簡単にできたけれど、それ以上の行動ができそうにない自分が少しいやになった。でも、生きてゆくことの力強さを感じることができた。(男)

この写真展を見て、胸が痛まない人はいないはずだ。それなのに、いまだ先進国ではダイオキシンを出している。ドイツでのリサイクルはかなり進んでいるときく。包装も最小限であるらしい。そういうふうに国、世界できちんと考えていかなければならない。見ているうちに、涙が出た。自分の無力さをあらためて感じた。でもこんな自分にも、何かできることは必ずあると思う。(女)



【他大学学生】

先駆的な活動をされている中村氏に深い尊敬の気持ちを表したいと思います。私も日本とアジアの環境問題を扱った研究をしていきたいと考えており、「まだまだ修行が足リンぞ」カツを入れて頂きました。どうもありがとうございました。(女)

化学を勉強してきた人間としての責任を感じた。(男・大学院生)

焼却場からのダイオキシンの発生が問題となっている昨今、こうした展示は非常に意味あることだと言える。また、現在もなおアメリカはあのベトナムを“正義の戦争”としているがこのことのもつ意味、アメリカの基地と成り下がっている日本のとるべき方向を見据える必要がある。 (男)

こうして自分で、写真展を見たのは、初めてだった。すごく、心が痛む写真もあったが、生き生きと、生きている姿の写真には、今の自分との比較をなぜかしてしまった。今の自分とは、比べものにならない正直な心と笑顔をもっていることが写真からわかった。(女)

これは本当に人間といえるのだろうかと思った。枯葉剤をまくことで、人体に無害なわけがないのは、誰にでもわかることである。まして、アメリカの誰もが知らないわけではない。これが人間のすることである。人間が人間を苦しめる。どうしてこういうことになるのでしょうか。人間っていったい何なのでしょうか。子どもたちの痛ましい姿を見て、すごく心を痛めました。いろんな人に見てもらいたいです。(女)

ショックで何も言えません。ベトナムをはじめとするアジアは高度成長期に入って栄えてきたと聞いています。その反面、戦争から20年余り経てもまだ戦争の傷跡に苦しんでいる人がいるんだ、ということを忘れてはならないし、ファインダーを通して彼らを哀れむのではなく、彼らが私たちに何を訴えているのか、私たち一人一人は何が出来るのか考えさせられました。(女)

母が枯葉剤をあびて、生まれてきたダイオキシン障害児たちが、自分と同じ年代であることがこの問題をぐんと身近にした。ダイオキシンの恐さを今の問題としてもっともっと知らなきゃいけない。(女)

ベトナム戦争を違った視点で知ることができました。(男)

僕はベトナム戦争後のこういったひずみを全然知らなかった。知ろうとしなかった。だから写真を見てすべてが悲しくなった。とても重かった。圧迫されそうだった。自分に何ができるかなんて考える余裕がなかった。多くの人にこういう現状を認識してもらえたらうれしい。とてもつらいけど。(男)

涙がこぼれるのをこらえながら1枚1枚文章と共に見ました。どうして涙がこぼれそうになるのか。ただの同情、かわいそうではなく、人間が人間を、そして私も人間である、という無意識の人間という自覚が、あるのでしょう。アメリカを攻めるのは誰にでもできること。この悲劇、愚考から学び、破壊のない暮らしを考えていこうと思う。ありがとうございました。P.S.追う姿勢に心うたれました。(女)

いろんなことを考えさせられた。人が人を傷つけることは、許すことができないと思う。だけど、アメリカだけが悪いんじゃないと思う。何が人を悪くするのだろうか。一番最後の、帽子をかぶって腕組みしている女の子の写真がすきです。(女)

現代のアメリカ女性作家を専門としているのですが、ベトナム戦争時代に育った彼女たちにも後遺症として心の不安定さなどを描いています。どの戦争もそうですが、非常に多くの人の生き方に深く影響してしまうのですね。(女)

自分はベトナム戦争終結の日に生まれたので興味多く、心に残る作品だった。ベトナムの広い空の写真に感動するが、その広野も、枯葉剤によってつくりだされた荒野と思い直すと悲しい。この下で何人もの人が死んで、ハンディを負っているのだ、と。
(男)

枯葉剤と聞くと遠い昔のベトナム戦争のことのように思えてしまうけど、今日本ではダイオキシン汚染が深刻になってきていて、私たちの次世代辺りから、先天性の障害を持った子どもたちが生まれそうな気がして、とても不安です。将来母になる者として、自分の子だけでなく、21世紀を担う子どもたちの首を生まれる前からしめているようで、日本のゴミ焼却炉の問題も、行政はドイツを見習ってほしいと思う。将来の日本をつぶしたいのなら、何もしなくていいけど、今の行政には何も期待できません。(女)


【一般】

この写真展と共にビデオで見たダイオキシン、日本のゴミ問題を一生活人として真剣に考え、自分のできることを実践していく。人間はすぐに忘れて安易に生きてしまうからこういった催しを精力的に至るところで行い続けてほしいと切望します。
(女 40代)

“今、何故、ベトナムか?”と思いながら来たけど、現代社会の問題、特に環境問題は、ベトナムWAR(それ以前もですが)に始まっていることが、改めて実感した。
(男 20代)

人災を引き起こした人も認めない人もみにくい。ただ、生きようとする原始的な力を有する人々に目を奪われる。(女 20代)

「母は枯葉剤を浴びた」を読み、ずっと心にひっかかており、テレビでこれに類する番組は注意して見てきました。現在大学生、高校生の子を持ち、行動としては何も起こしておりませんが、経済的、時間的ゆとりができれば、(あと5年くらい)しっかり取り組みたいと考えています。気がかりだった土壌の汚染について現在では検出されていないことに少し安心しました。最近報道されている、焼却炉の件も気がかりです。中村梧郎さん、身体に気をつけて下さい。(女 40代)

同時代を生きる人間として、写真に写った人の暮らしを思いました。人間が作った枯葉剤であるということ、国というもの、戦争、母、子、まわりの人々、私。現代の日本社会、韓国で92年まで報道されなかった(軍事政権)ということと日本のつながり。(女 20代)

正義という名のもとに一体何がなされているのか?枯葉剤を浴びて生まれてきた子どもらの異形が全てを物語っており、そしてそれは、日常何気なくLAS入りの洗剤を使っている僕自身の無関心にも深くつながっているのだなあと感じた。       (男 20代)

子ども(1歳6ヶ月)と一緒に来ました。ちょっと言葉が話せるようになっているのですが、正面(パネル)を見て「あかちゃん」と言ってお友だちに思ったのでしょうか。つらい写真が多かったが、目をそらしてはいけない事実なんですね。職場でこの展示を紹介します。(男 30代)

写真を見るまでに、その他の本でベトナム戦争の枯葉剤に苦しむ人々の様子を読んで少しは知っていたが、写真を今、目の前で見て、文で読むよりもっとすごい悲しみや怒りがわきました。こういうものを人間として、世の中に使うことができるということがとてもおそろしいです。(女 30代)

写真でうったえてあるとより以上のむごさを見せつけられる気がします。子どもを連れてきて一緒に見れてよかったです。(女 30代)

目は何を見ているのだろう。こちらをじっと見据える目もあれば遠くの何かを見つめる目もある。ある強さを感じた。(女 20代)

今が、日本にとって大切な時。平和のために力を合わせよう。(女 60代)

『母は枯葉剤を浴びた』。数年前に読んだ。その頃にダイオキシンという物質のことも知った。もっと深く知らなければと思いもするし、だからこそこの写真展を知って見に来た。だが、深く知って、一体どうなるのか?暗然となり、無力感を覚える。他の人に訴える前に、自分自身の生活もまた、根本から変えていく必要があるだろう。意志は弱いし、自分の問題を解決し得たとしても、その次に壁があるだろう。
(男 30代)

5/9のAMに末川記念会館にて講演等にスライド写真拝見。小生、S59.4.24??放送されたベトナム二重胎児に関するものを録画したVtapeを持っており再度見て予備知識は持っていましたが、あらためてジャーナリストである中村氏の話で、我々日本人の公害に対する認識の甘さを痛感…先進国といわれながら…対応のニブさに(為政者の)腹立たしい思いをしました。(男 60代)

今、私たちに何ができるのか、もう一度考えてみたいと思います。中村さんのご活躍をお祈り申し上げます。またサイゴンにて再会することができますように。
(男 20代)

現実を知ることの大切さを痛感しました。微量とはいえ農薬の使用された食べ物を恐ろしいと思いました。(女 60代)

枯葉剤によって苦しんでいる人たちに世界の人のやさしい助けの心を手をさしのべてほしい。「戦争はダメにする」 (女 60代)

人類全ての敵が環境破壊であること、そして傷ついた人々の救済はどうなっているのか、肉体と心と生活の救済。戦争がもたらすものの恐ろしさ(人間の中に存在する恐ろしさ)を忘れないようにいつまでも伝える必要がある!! (女 40代)

“母は枯葉剤を浴びた”この本が出た時、写真が直視出来なかった。主人は小児科医だった。一度は目をそむけないで見ておかねば…と長いことかかって全部見て読んだ。現在もロシアのチェルノブイリの子どもたちも白血病がふえている。ベトナムも広島もまだまだ戦争は終わっていない。日本もこれから戦争を知らない人がふえてゆく。二度と戦争を起こしてはならないと思っているが。(女 70代)

“海外派兵”を考えさせられます。最近の日米安保共同宣言にて、日本から“海兵隊”が出兵する世界戦争の中心が日本になるとは、恐ろしいです。(女 50代)

戦争の体験は全くありませんが、こういう写真を見ると胸が痛いです。母は、S6年生まれ(父は、S3年生まれ)で、戦争経験者ですが、もし、父母が第2次世界大戦の時に、化学兵器の被害にあっていたらと考えるととても怖いです。他人事ではなく、今後、決して、あやまちを繰り返さない世界にしたいです。ありがとうございます。今の日本の環境の悪化も怖いです。(女 20代)

戦争なんてあかんということは、ずっと思ってきたことだが、大きな国のえらい人がどんな理由をつけてもあかんものはあかん、戦争は暴力だと強く思いました。写真がすばらしくベトナムの少年少女がとても美しいと思った。(女)

展示そのものも貴重なものだったが、多くの中学生が来館していることにとても意義があると思いました。(女) 

直接、枯葉剤を浴びた本人でなく、次代に大きな影響が出たことは、悲しいことだと思う。障害を持った子が生まれてきて、その子を育てようとする父・母の勇気と深い愛情と決心に大変心を打たれました。(女)
 

日本が平和すぎると思った。いろんな人に今の現状を知ってもらい、みんなでたすけあえたらよいと思いました。世界中の人がしあわせになれる日が来るといいです。私もがんばろうと思います。(女)

ダイオキシンの毒性についてはTV等で一応耳にしたことがあるという程度です。知らないことが一番恐いと思いますので、今日来て本当によかったと思っています。遠い所、昔々の話ではないということが少し理解できた気がします。今日来たのは初めてなのですが…もう少し近ければいうことなしですが、また来たいと思います。
(女)

学校(大学)時代、学生時代より、現在までずーっと興味があり、今回、拝見しました。自分の予想以上に、現状がすごいことに驚きました。身近な生活から、考えていきたいと思います。(女)

とてもよい企画だと思います。中村梧郎氏の本を読んだことがあって、ぜひ見たいと思って開かれる日を待っていました。 (女)

ベトナムのことは、とてもこわかった そして、ベトナムの人々は、かわいそうに思った これからは、平和のせかいにみんなでまもって行きたいものです。(男)

アメリカの兵士がベトナムに出兵して知らされないまま大変な枯葉剤の被害にあっていたのは報道されていたが韓国の兵士が31万人も戦場にかり出されていたことは初耳です。知らない知らされない恐ろしさを身にしみて感じました。(女)

ダイオキシンに限らず、環境問題は、一般に関心が持たれにくいが、この写真は、そうした傾向に、よい影響を与えると思います。久しぶりによい時間が過ごせました。
(男)

中村梧郎氏の写真展は、今回で3回見ました。今回はその後の写真もあってとてもよかった。ベトナムの人たちが障害にもめげずとてもよい表情をしていられるので余計胸が痛かった。涙がとまらなかった。人間ってどうしてこんな悲惨なものを発明するんだろう。なさけない。(女)

ベトナム戦争の時期はちょうど20歳だったと思います。街頭などで反対運動をしているのをたくさん見かけました。戦争が終わったあとも子どもたちが戦争の犠牲になっていたことをあらためて知らされました。本当に戦争はどんな戦争でも反対です。平和大好き。戦争反対!忘れてはならないこと(女)

ベトナム、韓国の現状を見て、とても声が出なかった。戦争って環境問題に大きくかかわることも思い知らされた。(女)


この現状を意識して生活すること知ることの大切さ 決してこの日だけの記憶とせずに… (女)

ベトナム戦争終結、サイゴン解放と、当時10代半ばで、わからないなりに大変興味を持って見てきました。この数年間に4度ベトナムへ行き、あちこち歩き、自分の眼でいろいろと観てきているつもりでしたが…。ぎりぎりこの写真展に来ることができ、よかった!!です。(女)

医療関係の仕事をしており、また、子どもを持つ母として、枯葉剤が人体に及ぼす影響がよくわかり参考になりました。やはり、平和な世界が一番ありがたいと実感しました。(女) 

静かな写真の中から、こみあげてくる悲しみにうちのめされてしまってはいけないとおもう。生と笑顔を、たちきられる個人の憤りを、感じられなければと思う。(女)

これからは、一人一人が大切にされる、そんな世界をつくっていかなければいけない時期にあるのだと思う。写真の向こうから、たくさんの人のそのような声が聞こえてきました。(男)

戦争の恐ろしさ、おろかさを目の当たりにした、ショックでした。写真を通して多くのことを私に問いかけてきました。多くの方がこの写真展を見られることを心から望みます。最後に自分たちの今やっている活動につなげていきたいと思います。(女)

私たちが目をそらしていてはいけない歴史の事実を写真を通してまた新たに投げかけていただきました。中村梧郎氏のレンズに人類へのあたたかさときびしいお心に感謝と感動です。「再生へ」コーナーの美しい写真! 人間はこうでなくてはと思います。娘たちの足どり、少女の美しいまなざしがすばらしい。(女)

ダイオキシンによる汚染問題について日本はもっと深刻に考えるべきだと思う。また、枯葉剤作戦を指揮したアメリカ人司令官が名乗りを上げているのは日本では考えられないことだと思った。(女)

I am glad to see the exposition, glad that you are able to expose this deadly agent.My uncle died from it and who knows a bout my brother. My uncle was in the Korean War and my brother in the Vietnam War. May the destruction end soon…(男)




【教育関係者】

今日はスライド&トークのあとにこの写真展を見せていただきました。話もとてもわかりやすくよかったのですが、この問題をふくめ考え直すとその根本に「戦争」という文字があります。戦争は人間になんの徳ももたらしません。そればかりか人間に害しかもたらしません。人間にやさしくできるのも人間だし、また人間にきびしくできるのも人間です。私は、この根本問題を今、戦争を知らない子どもたちに伝えていきたいです(私も知りませんが)。その意味で今日のスライド&トークは有意義でありました。初日に参加できてよかったです。またいい企画をつくっていただき、少しでも多くの人に戦争・平和について考えてもらいたいです。みんなが幸せに暮らせればと強く思います。(男 20代)

視点が大きい。ベトナム・米軍・韓国軍 すべての人類の視点でとらえている。
(女)

枯葉剤というとベト・ドク兄弟のことしか具体的には知らなかった。戦争を絶対に起こしてはならないことがはっきりわかる展示だと思った。(女 30代)

迫真の写真に示される事実の重さにただ沈黙有るのみ。60年代様々な化学物質が多くの一般人に取り返しのつかぬ被害をもたらした。水俣病、サリドマイドetc。背景こそ違え、無知、無関心、無責任の結果のもたらした被害は甚大であり、「'60の傷跡」とでもいうテーマでそのような展示ができないものだろうか。もちろん'96現在の対応も含めて。(男 30代)

写真の持つ力の大きさを感じた。写真の力によりこのような悲劇を知らせることは意味が大きい。(女 20代)

滋賀大学から勉強をしに来ました。本当に憤りを覚えます。今度、ベトナムに行きます。(男・教育関係者)

行動していく。(男)

過去を埋もらせてしまうことなく、現代へ語り継ぐことは我々に課された使命だと思う。そういう意味で20年以上前のヴェトナム戦争の現状をreportしていただいた企画に拍手を送りたい。今後もこのような企画をお願いします。(女)

私は日本史の高校教員です。近現代史の中でベトナム戦争をどう位置づけるか、その課題研究に非常に参考になりました。他国での事件と決めてしまってはいけない日本の果たした「役割」を問い(追い?)かけていきたいものです。 (男)
 
私たちが次世代に確実に手渡すことができる唯一のものは「平和」ではないでしょうか。しかし、それは、不断の努力が必要だと私は思っています。そして、「過去」を「知る」こと。目をそらせば、次世代へ手渡せるものはなくなってしまうでしょう。「過去の事実」そして「現在」が一人でも多くの人の目にふれることを願いつつ…。(女)

ありがとうございました。心に残る写真が多かったでした。'92,'94と二度仕事でベトナムへ行きました。ラオス国境近辺まで行ったとき、枯葉剤による森林破壊を目にしたときの記憶がよみがえってきました。ダナン近郊の村で出会った、合指症の子どもを抱き上げたときのことも、記憶がよみがえってきました。ただ、記憶にとどめるだけでなく、自分のこれからの課題として受けとめて、生きてきたいと思っています。今後のご活躍お祈り申し上げます。 (男)


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