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卒業生に聞く

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《1994年 文学部卒業》

中畠義之さん

関西テレビ放送株式会社

1994年関西テレビ放送株式会社に入社。現在はプロデューサーとして「さんまのまんま」、音楽番組「ミュージャック」のプロデューサーをはじめバラエティー番組の制作を担当するほか、年に数回あるライブイベントの演出・プロデュースも担当。

人間関係がうまくいけば、仕事は潤滑に回るようになる。そのおかげで、きつい時期も乗り越えることができました。

実は僕はもともとはテレビ局志望ではなく、学校の先生になりたいと思っていたんです。大学では教職免許を4つ、220単位も取って卒業するという、勉強ばかりしていた学生だったんですよ(笑)

大学3年生のある時に、これからどうするか、人生を考える1日というのをつくって、じっくり考えたことがあるんです。それでも先生になりたい気持ちはブレなかった。ただ就職浪人はできないので、念のために民間企業の採用試験も受けようとテレビ局も受けることにしたんです。大学ではクイズ研究会に入っていて、テレビ局クイズ番組を作るのも面白そうだなと思ったので。

そうしたら、テレビ局から内定をいただいた。しかも、教員の方も合格したんです。その時はほんとうに悩みました。毎日心が揺れ動いて、日替わり状態でした。最終的にはまったく知らない世界に飛び込んで挑戦してみたいという気持ちが勝り、テレビ局へ入社することに決めました。ダメならまたやり直せばいい。やらずに後悔するより、やってから後悔する方がいい。免許を持っていれば、学校の先生には歳をとってからでもなれるかもしれないという考えもありましたね。

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入社後、初めに配属されたのは制作部ではなく宣伝部。いわゆる番組広報担当でした。「これなら学校の先生になれば良かったかな…」とも思いましたが、4年目にしてようやく念願の制作部へ異動することができました。でも、当然ながらいきなりディレクターにはなれず、最初はAD(アシスタントディレクター)から。体力的にも精神的にもほんとうにきつかったです。それを乗り越えられたのは、「クイズ番組を作るんだ!」という夢があったから。そのモチベーションだけで、なんとか下積みの3年間乗り越えることができました。

僕は仕事を選ぶ際の選択肢は2つしかないと思っています。1つはやりたいこと。よく好きなことを仕事にすると趣味がなくなると言う人もいますが、後からついてくる趣味もある。やりたいことをやっていくのがストレートで一番いいと思います。

もう1つは、人間関係がいいかどうか。仕事では嫌だなと思うこともたくさんあるんですが、尊敬できる先輩が周りにいたり、この後輩のために頑張ろうと思えれば仕事は潤滑に回るようになる。僕の場合もそうだったので、体力的にきつい時でも頑張ることができたんです。

僕は時々、入社試験の面接官をすることもありますが、基準にしているのはただ1点だけ。それは一緒に飲みに行って楽しいかどうかです。2時間楽しくご飯を食べられる人なら、後輩になってもたぶんうまくやっていける。それはつまり、好奇心が強いかどうか、そしてそれを語って周りを面白がらせることができるかどうかです。大学生にはいつも言うんですが、文字どおり、「大」きく「生」きて「学」んでほしい。4年間あれば、なんでもそこそこ身につけられますから。そんな4年間はなかなかない。かけがえのない時間にしてほしいと思います。

「入社から現在に至るまで」ライフチャート

悩み抜いた末にテレビ局に入社。希望していた部署に配属されなかったこともあり、なかなかモチベーションが上がらなかったものの、番組制作に関わるようになってからは、大変なことも多かったががむしゃらに仕事に打ち込んだ。そのかいあって東京の制作部に異動してからは、念願のクイズ番組制作のディレクターに抜擢されるなど、徐々にやりたいことを叶えられるようになった。順調にキャリアを積み上げる中でも、歴史の残る番組を作るという大きな夢を持ち続けている。

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