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副会長を務めていただいている日野タヅ子さんは、京都生まれの京都育ち。
そんな日野さんが縁あって滋賀県栗東市の称名寺に嫁がれ、はや25年。
いまや地域に根差したお寺の奥様として、母として、
誰よりも地域の教育や活性化に心を配っておられます。
栗東市の教育委員長を務めたご経験からも、貴重なお話を伺うことができました。 |
国際関係学部2回生に在学中の次女が、中学校から立命館にお世話になっています。長女も私も京都のある私学出身で、次女も同じ学校へ進むと思っていたところ、自ら「立命館に行きたい」と言い出した時は驚きました。しかし、自分で選んだ甲斐あって、学校との相性はとても良かったようです。
長男の兄から10才、長女からも8才離れた末娘なので、ついつい甘くなりますが、一番自立心が強いのがこの子です。上の子どもたちに比べ、余裕をもって子育てができたことが影響したのかもしれません。常に気に掛けてやりながらも、その中で好きに判断させてきたことが決断力として身についたようです。大学生活にも意欲的で、目的意識をもち、積極的に行動している様子に安心しています。夢を実現させるために海外留学中の姉の影響を受け、将来を見据えた行動をしているのだと思います。活動的な娘たちに対する親の心配はありますが、寺の跡取りである長男は「ぼくが家にいるんだから妹たちには好きにさせてやったら」と言ってくれています。 |

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昨年まで八年間教育委員を務め、最後は委員長までさせていただきました。それで毎年四月になると、地域の入学式や先生の新任式などに出席するため、在任中は自分の子どもの入学式に行ったことがないんですよ(笑)。地元の教育委員だけでなく、学校の役員になる機会も多くありました。なかでも立命館中学・高校の保護者会は楽しかったですね。住んでいる地域の学校ではなく、しがらみがないからでしょうか、子育てから家庭のあり方まで何でも皆で話し合えました。高校では二年続けて会長をさせていただき、そのご縁で京都府私立中学高等学校連合会の副会長もさせていただきました。このように公の場に私が出て行くことで、家族には負担をかけましたが、さまざまな方々との出会いを通じてたくさん勉強することができました。
これまで多くの親御さんと話をして感じたことですが、今は親が子どもに対して甘いですね(もちろん私もその一人ですが)。特に母親は子どもの生活にべったりとなってしまうことが多いようです。また息子があまり話さなくなったと悩む方も多いですね。実際、中学・高校生の男の子はあまり話さないものですし、母親と一緒に歩こうとはしません。そういう時期は必要だし当然ですよ、と言っています。親離れ、子離れがだんだん難しくなっていますね。 |
京都に生まれ育ち、近くで見てきた大きなお寺の生活をイメージして嫁いで来ましたが、少し勝手が違いました。うちのようなお寺は、地域のあらゆる活動の中心的存在です。私が来た頃は学習塾がなかったので、頼まれるままに門徒さんの子どもの家庭教師をしました。当時の子どもたちがいま親になり、二代続きのおつき合いです。そのお陰で、今はお寺で何かしたいことがあれば、お母さん方が協力してくれるという良い関係ができています。
これは私の持論なんですが、お母さん方がパートタイムで働き、時間をお金に替えられるようになった頃から、地域や保護者会の役員を引き受けたがらない人が増えたのではないでしょうか。地域の活動に参加して得られるものは想像以上に貴重です。自分の親だけしか見ることができない環境で育った子どもが、親より大きなスケールに育つはずがありません。いろいろな大人や子どもが集まる場所に子どもを出すことは、その子の成長に大きくかかわることだと思っています。 |
称名寺は数少ない「生きているお寺」です。何かあったら地域の方が相談に来られ、もめ事がある時も住職が中に入れば収まる。そういう伝統がまだ残っています。
その変わり・・・しんどいですけどね(笑)。お寺は個人であって個人でない、365日休みなしです。でも、お寺はおもしろいところです。
これまでの25年間、栗東市では常に何かの役員をしてきましたが、教育委員長という大役を最後に、地域の役員をすぱっとやめることができました。これからは自分のために時間を使いたいと思っています。表立ったことは、この大学の役員が最後だと思っています。これからの私の役割は、若い世代を上手く表に出してバックアップすることです。では具体的に何をするのか。それは、この1年で整理や準備をして、ゆっくり考えるつもりです。孫もできましたし、嫁が娘の相談相手にもなってくれます。義母をまじえて長男家族と私たち7人が一緒に暮らせることはとても有難いことです。こういう大家族の中で育つことも、娘にとってとても大切なことなのではないか、と思っています。 |
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ご自宅にて |
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