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  立命館ニュース

連続講演会<21世紀・知の潮流を創る パート2>第二シリーズ
第4回「ファミコンとは何だったのかーディジタルな表象文化の成立」開催




2003年4月の開設に向けて、認知認可申請中である「先端総合学術研究科」の専任スタッフによる連続講演会、「21世紀・知の潮流を創る、パート2」が12月18日(木)に衣笠キャンパス創思館カンファレンスルームで開かれた。専任スタッフが四回に分けて行う講演会の第四回目。「ファミコンとは何だったのか――ディジタルな表象文化の成立」のタイトルで、任天堂株式会社・開発第二部長の上村雅之氏と、政策科学部の細井浩一教授が対談した。

ファミコンが発売されたのは1983年。6185万台が出荷され、世界中で大ヒットしたこのゲーム機器も、今年で発売20周年を迎える。上村氏は、任天堂の技術者としてファミコンの開発に携わった。ファミコンの完成に至るまでには様々な出会いがあった。米国企業が開発した世界初のTV用ゲーム機は、「TVに映るゲーム」という概念を任天堂の技術者たちに知らしめ、その後、上村氏ら任天堂の技術者はTVゲームの開発に本格的に取り組みだした。大人も子供も夢中になった「スペース・インベーダー」には、任天堂の社員も仕事を忘れて夢中となり、ゲーム機器の時代の幕開けを予感させた。まさにファミコン世代として、幼少期にテレビの前でくぎ付けとなっていた会場の学生たちは、ファミコン誕生までの「秘話」に真剣な表情で聞き入っていた。

様々な試行錯誤を繰り返した後に、完成したファミコン。しかし、これほどまでに爆発的なヒットを記録するとは上村氏自身、まったく考えておらず、「なぜここまで大衆に受け入れられたのか」は、開発した本人が抱く最大の関心事だという。ファミコンに蓄積された、優れた技術力が受け入れられたのであったとしても、その後のゲーム機ブームを検証するには、社会学的、文化的な側面からも考察が必要だ、と上村氏は考える。「ファミコンブーム」を考えることは、その後一気に広まった、高性能ゲーム機や、インターネットなどの新しいメディアの影響力や可能性を考察する上でも重要だ。

メディアの世界を「ファミコン」という切り口で考察する斬新なプログラムが、新設される研究科に盛り込まれている。