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Q 日本の温泉の歴史についてお聞かせください。

A 我が国において「温泉」が何時始まったかについては地域によって諸説があり、正確に述べることは難しいと言えます。 例えば、京大の地球熱学研究施設によると、別府の温泉は5万年前にさかのぼると言われています。しかし、「温泉地」という観点から見ますと、「古事記」や 「日本書紀」などの歴史的文献に温泉に関する記述が多く見られ、その中に日本三大古湯と呼ばれる『伊予の湯(道後温泉)』、『牟婁の湯(白浜温泉)』、 『有間の湯(有馬温泉)』が読み取れます。また、鎌倉時代に武士や僧侶が熱海温泉や伊豆山温泉で湯治を行ったことや、珍しいところでは、戦国時代に治療の ために温泉を利用し、また蒙古軍との戦いで傷ついた兵士が別府温泉で治療を行っています。江戸時代には、大名たちが湯治する温泉地が整備され、庶民でも特 別の許可を得て湯治を行なうようになりました。明治には、「日本の温泉医学の父」であるベルツ博士によるドイツの温泉医学や温泉地開発の指導が行われ、温 泉は従来の「湯治場」から「保養地」へと大きく変化します。大正、昭和には、温泉別荘地としての開発や鉄道網の充実を背景に、都市部から温泉地に人々が訪 ねるようになり、さらに近年にはレジャーランドやクアハウスを模した温泉地が現われ利用者層の多様化が生じています。障害者や老齢者に配慮した施設整備や 成人病対策等を含めた「温泉福祉」の分野への取り組みも進められています。

Q 温泉の条件についてお話しください。

A 日本温泉協会によりますと、我が国には3千ヵ所を越える温泉地があり、多くの人々が利用しています。「温泉」の基準 については1948年に制定された「温泉法」があり、温泉とは「地中から湧出する温水、鉱水及び水蒸気その他のガス(炭化水素を主成分とする天然ガスを除 く)、別表に掲げる温度、又は物質を有するもの」とされています。この場合、温度は25℃以上(温泉源から採取された時の温度)であり、物質の方は遊離炭 酸、水素イオン、フッ素など計19種の内のいずれか1つを含んでいれば温泉としての条件を満たすことになっています。この幅の広い条件のために、どうして も「温泉」が多種多様なものとなってしまい、玉石混交の様相を呈することになっています。入浴用としての温度不足に対応する加熱、湧出量不足を補う加水、 温泉の循環利用などの問題発生は、この条件の性格によるところが高いように思われます。

Q 昨今のように都心部に掘削して作られる
  温泉ブームの背景にあるものとは。

A 日本の温泉利用は、欧米や他のアジア諸国における治療や美容、飲泉も行われてはいますが、どちらかと言いますと保 養、癒し、娯楽などが主たる目的となっており、「温泉」の有無が誘客効果や町おこしに大きく影響するようになってきました。近年、日本では社会的経済的余 裕を背景に、福祉・健康・美容・スポーツ等への関心が高まってきており、温泉が持つ「癒し」「リフレッシュ」「天然(本物)」という言葉の響きが人々の心 を動かす傾向にあります。その反面、自由時間の増加が進まないことから、遠隔の温泉地に代えて、日常的に利用できる身近の生活関連施設(銭湯、温泉プー ル、温室、養殖場等)における温泉資源の活用が都市部等でも図られるようになりました。しかしながら、温泉メカニズムの側面からみますと、都市部等におけ る人工的掘削による温泉は、良質の天然温泉が湧出する恵まれた温泉地の「火山性温泉」や「深層地下水型」と比べると、かなり無理をして掘り当てたもの(化 石海水型、非火山性温泉等)が多いため、前述した温度不足と湧出量不足の点で不安がありますし、管理体制によっては循環式からくる消毒過多、清掃不足や細 菌発生などの問題が起こる恐れがあります。また都市型温泉は、本来的に温泉適所と言えない場合が多いため、温泉が枯渇する心配もあります。

Q 今後の温泉を基点とした地域、観光などの
  あり方についてお答えください。

A 前述しましたように、元来日本の温泉利用は癒しと娯楽等を求める傾向が強く、観光地としての集客力の大きな目玉と なってきました。ところが、従来の温泉観光地は過去において経済成長期における大量集客の影響を受けて大型化と金太郎飴化が急速に進み、本来各温泉地が 持っている独自性を失うことにより、その後の「個人化・少人数化」への対応が遅れ、多くの有名温泉地が衰退の道をたどりました。しかし、これらの温泉観光 地はもともと温泉資源とアクセス、ブランド性に恵まれたところであり、旅行市場の動向に合った対応が十分になされれば、これまで以上の発展が期待されま す。その意味で、最近各地で回復策が検討されています。例えば、大分の別府温泉では、広大な別府八湯と日本では珍しい温泉都市の機能を生かして、様々な対 応策が展開されています。その例として、乳癌で傷ついた心を癒す患者向け大浴場貸切りサービス「マンマの日」企画、民間レベルで歴史的建造物や町並み保存 に取り組む「別府八湯トラスト」の設立、長期滞在型を目指す「別府八湯・温泉博覧会(オンパク)」、別府八湯ウォーキング、温泉泥を使った「ファンティ ゴ・エステ」、地域通貨「湯路(ユーロ)」の発行等が挙げられます。このように、温泉地は大きく変化を見せてきており、従来の「物見遊山」中心から、健康 や美容、地域・町づくり、来訪者との地域交流等を念頭においた多目的型温泉地を目指すようになってきています。

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小方 昌勝
立命館アジア太平洋大学
アジア太平洋学部 教授
専門分野:エコツーリズム論・アジア太平洋観光論・
     観光政策行政論・観光システム論
■主な著書・論文
●『国際観光とエコツーリズム』
   (2004年3月第2刷文理閣)
●『アジア太平洋における観光振興と課題』
   (2003年6月国際観光サービスセンター)
●『都市間ネットワーキングの課題と展望』
   (2003年9月アジア太平洋都市間観光振興機構)
●『観光振興による町づくりの諸問題』
   (2004年2月都市問題研究会)


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