宮本成生さん

 「鍼(はり)治療にどのような効果があるのかを、科学的に解明したい」。そう語るのは、スポーツ健康科学研究科博士課程後期2回生の宮本成生さん。「鍼」と聞くと、東洋医学のイメージする人が多いだろう。しかし、宮本さんは、「鍼」を自然科学の観点から捉えなおし、新たな治療の地平を切り開こうと、スポーツ健康科学研究科の門戸を叩いた。

目次

日本における鍼の科学的エビデンスを求めて

 学部生の時、都内の大学で鍼灸師の国家資格を得るため、日々資格の勉強をする傍ら、鍼をもっと科学の視点から捉えなおしたいと思っていた宮本さん。というのも、日本において、鍼治療を受ける人が年々減少しており、そんな現状に危機感を持っていたからだ。
 「インターネット通販で気軽にマッサージグッズが買えることを考えると、鍼治療のハードルは高いのかもしれません。ただ、それ以上に、『鍼とは何か』、『鍼にはどのような効果があるのか』が科学的にはっきりと明らかになっていないことで、そのハードルがさらに高くなっているのではないかと思っています」と宮本さんは語る。
 そうした思いを持つなか、立命館大学スポーツ健康科学研究科のことを知った。充実した研究設備や指導環境に惹かれ、生体医工学を専門とする、塩澤成弘研究室の門を叩いた。科学的エビデンスを積み上げ、鍼治療の効用を明らかにしようとする宮本さんの挑戦が始まった。

鍼の写真

先行研究が少ない!?

 研究を始めた宮本さんだったが、いきなり壁にぶつかってしまった。先行研究がほとんどなかったのだ。「欧米での先行研究は増えていますが、やはり研究の本場は鍼灸発症の地・中国です。ただ、中国と日本では針の太さや技術など、鍼治療の在り方そのものが大きく異なるため、先行研究の知見を安易には利用できません。さらに日本の鍼に関する先行研究は、被験者のサンプルサイズが小さかったり、研究手法が多様であるため、自分の研究に用いることができる知見は非常に少なかったです。だから、修士課程の時は実験から分析まで、全て手探りの状態でした」。
 しかし、そうした状況にも宮本さんは前向きだ。「苦労は絶えませんが、その反面、研究すること全てが最先端になりますから、やりがいはありますね。逆境を楽しめるのが、自分の強みだと思っています」と笑顔で語った。

宮本さんインタビュー中写真

鍼における「得気」のメカニズムを解明する

 鍼には、「炎症や痛みを抑制する」「心拍数や血圧を下げる」などの効用があると言われているが、そのメカニズムは十分に解明されていない。なかでも、鍼を刺された際に生じる重い感覚「得気(とっき)」は、治療効果を得るために重要であると2000年近く言われてきた。だが、なぜ治療で重要なのか、得気が生じるメカニズムや特有の効果は未だに不明確である。宮本さんは、「得気」について最新機器を駆使して分析。得気がある場合とない場合を比較し、心拍数や心拍出量、血流の変化が異なることを明らかにすることに成功した。さらに「得気」が生じるには、一定期間の休息が必要であることや、それは痛みを感じる受容器の閾値や密度の変化によるものであると考察している。今回解明した「得気」の効用については、鍼灸系の学術誌だけでなく、生体医工学分野の国際誌への論文投稿を予定している。
 そして、この研究成果は、現在、宮本さんが取り組む野心的な研究テーマにつながっている。鍼を打たずして、鍼の効果が得られる装置の開発だ。

鍼を指している写真
最新機器の写真
分析に使われた機器

鍼を打たずして、鍼の効果が得られる装置!?

 今、宮本さんは、鍼を「刺さない」で、鍼の効用を得られる装置の開発に取り組んでいる。読者の皆さんは、低周波治療器をご存知だろうか。気軽に購入・利用ができるが、低周波治療器は「筋肉」に刺激を与えているため、鍼のように「神経」に刺激を与えているわけではない。そのため、鍼が得意とする、自律神経や内臓の調整や心拍数を下げるなどの効用はあまり期待できないという。
 どの電気信号が鍼の効用に近いのか、気の遠くなるような試行錯誤を繰り返す宮本さん。しかも、彼はこれまで電子機器の開発を経験したことがないという。「今はまだ実験の途中ですが、得気のメカニズムを援用できると考えています。幸いにも、電子機器の開発に携わる研究同期がいるので、協力を仰ぎながら研究開発を進めています。必要となる専門知識が劇的に増え、寝る時以外はほぼ研究に時間を費やしています。何としても装置を開発したい」と意気込む。

キャリアパスは一つじゃない

 立命館大学では、優秀で意欲の高い博士後期課程の大学院生を「立命館大学NEXT フェローシップ・プログラム生」に採択し、先端的な研究を行う多様な分野の研究人財と協働しながら、自らの専門性を深め、幅広い研究視点の獲得を目指すプログラムを実施している。宮本さんはその「立命館大学NEXT フェローシップ・プログラム生」に採択された。
 「現在博士後期課程2回生ですが、就職活動を視野に入れる時期に入っています。一方で、研究は多忙を極め、かつ重要な時期に差し掛かっています。そうしたなか、NEXT フェローシップ・プログラム生に採択されたことで、収入面での支援はもちろん、コーディネーターの方の手厚い支援を受けることができています。今後のキャリアを考える上でも、適切なアドバイスを受けられ、さまざまな企業や人とのネットワーク構築を手伝ってもらえることはありがたい。そのおかげで、研究に十分な時間を割くことができています」とプログラムの意義を説明する。
 そのうえで、今後については「鍼治療の研究を極め、研究者として活躍したいと思っています。同時に、鍼の効果を得られる装置が完成したら、スタートアップ企業を立ち上げたいと思っています。また、科学的エビデンスを持った鍼灸師の育成にも力を入れたい。挑戦したいことは山ほどあります」と抱負を語ってくれた。
 新たな鍼の地平を切り開くことは容易ではないだろう。それでも、たゆまぬ努力、何よりも鍼への情熱をたぎらせ、宮本さんの挑戦は今日も続いている。

階段での写真

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