2018.06.05

うれしい光景

少し前の週末、ごった返す駅構内でのできごとです。

私の前を歩く人たちにどことなく不思議な感じがしたので、
しばらくその後ろを歩いていました。

ご高齢のご婦人の周囲をなんとなく囲むように歩く、数名の高校生らしき男の子たち。
ほんの一瞬、「もしや、よからぬことをするのでは!」との思いが頭をよぎったのですが、
そういう雰囲気では一切なく、ごく自然に、楽し気に、会話をしながら歩いています。
でも、その歩調はとてもゆっくりと、そのご婦人のスピードにまるで合わせるかのようです。

その光景に惹きつけられ、そのまま彼らと同じ方向に歩きました。
ご婦人が改札を出て、待ち合わせの方と合流すると、高校生らしき男の子たちは、
別の方向へ歩き出しました。

そのとき、ピンときました!
彼らは、杖をついて歩くご婦人をそれとなくガードしながら歩いていたのです。

杖をついた小柄なご婦人は、誰かの体が少しでも当たれば、転倒してしまいます。
スマートフォンを見ながら歩いている人、イヤホンをつけて歩いている人が多く、
小柄な・杖をついて歩くご婦人に注意が向く人は多くありません。


これまで、サポートが必要な方をサポートする光景は何度も見てきましたが、
このような光景に出くわしたことがなく、気持ちが昂りました。

この機会を逃すまいと、彼らの後を追って、突撃インタビューをしました。
さっき私が見た光景について、ご婦人をガードしていたのではないか訊ねました。
私の突然の出現と質問にぎょっとした様子でしたが、答えてくれました。

彼らの通う高等学校のある先生が、次第に筋力が低下していく難病になったそうです。
2年間でみるみる筋力が低下し、歩くことも次第に難しくなっているそうです。
先生の歩行が難しくなるに伴い、先生の周囲には、先生を転倒から守る生徒の
クッションの壁ができ始めたそうです。「人間の肉壁」とも言っていました。

「『歩けるうちは自分の足で歩きたい』と言った先生のことばが頭に残っている」
と、彼らの一人が話してくれました。
また、別の子は、「先生は自分の足で歩きたいから、先回りした手伝いはしない」
と、話してくれました。

このような環境の中、駅構内で目の前にいたご婦人に対し、彼らは、自然に
自らがクッションのような壁となる歩行をしたようです。

「あんまり意識してないけど、まあそんな感じに勝手になるかなあ」
「別に急いでないし、ちょっとゆっくり歩くだけだから」

とても穏やかな気持ちになりました。
私は、障がいや特性、障がいや特性のあるひと、に関する講義を担当していますが、
その伝え方にいつも苦戦しています。講義だけでは、イメージに留まり、現実的な
こととして実感されにくく、とても行動変容にまでは届きません。

彼らとの出会いにより、「生の体験」や「接すること」には敵わないとの思いが
強くなり、私自身の無力さを禁じえませんが、同時に、さらなる工夫をしなければ
と、改めて気持ちが引き締まりました。