新企画 『アジアと日本は、今』(研究者エッセイ・シリーズ)
Asia-Japan, Today (AJI Researchers' Essays)
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第8回「文献と向き合う喜び、個人史の交差点――エジプト・イスラーム研究の経験から」

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黒田彩加(立命館アジア・日本研究機構・准教授)

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 私の研究は、中東地域研究の中でも、いわゆる思想研究と言われる分野のものだ。

 日本では、世俗化は近代社会の必要条件であるという了解が根強いが、私が主な研究対象地域とするエジプトでは、宗教が社会生活を日本とは比べものにならないほど大きく統御している。そのために、宗教と社会問題がしばしば絡み合ったかたちで顕在化するほか、宗教と法、宗教と政治の関係をめぐっても論争が起こる。

 そこで、イスラーム思想の刷新によってこうした問題群の解決に取り組み、世俗的近代にかわる「イスラーム的近代」の姿を追求する思想家や知識人たちがいる。宗教や文明の共生に関する価値観、急進派思想に対する応答、宗教と民主主義をめぐる問題群など、現代世界の諸問題を考えるうえで、日本や世界で十分にまだ知られていない「イスラーム思想の現在地」をひもとくことには大きな意義がある。

 こうしたアラビア語圏の知識人の著作は、邦訳は言うまでもなく、英訳もされていないものがほとんどだ。そのため、毎年1月から2月に開催されるカイロ国際ブックフェアをはじめ、機会を見つけて現地に渡航しては、文献収集やインタビュー調査を行っている。 ただ、エジプトで購入した書籍を日本に持って帰るのには、毎度、かなりの苦労がともなう。日本の感覚では想像がつきづらいかもしれないが、エジプトの郵便局では、国内で入手した書籍を他国へ発送する際に、書籍の内容について、その場で担当官から検閲を受ける。宗教書に関しては、エジプトの公的な宗教機関であるアズハルの許可を得なければならない。これまで収集してきた文献の中には、エジプトで厳しく規制されているイスラーム主義的傾向の強い書籍も数多く含まれており、郵送は現実的ではない。実際、近年では、政治研究者の現地調査が困難や危険をともなうことも多い。私がエジプト研究を続けていられるのは、文献調査に依拠した思想研究が中心であることが大きい。

 年々規制は厳しくなっており、今年に至っては、カイロ国際ブックフェアで入手した、例年の感覚ならば審査を通過すると踏んでいた本も、郵送がかなわなかった。「エジプト国外で出版された書籍の輸送にあたっては、担当官が別途中身を精査する。結果は一週間後に通知する」と告げられたのである。エジプトで「一週間後に輸送の可否を通知する」というのは、「許可は下りないし、連絡はしない」の意味だといっても過言ではない。エジプト研究者を取り巻く環境は年々厳しくなっているが、今後の見通しは相当暗そうだと感じた出来事であった。

 今回のフィールドワークでは、調査先のご厚意で雑誌資料を大量にいただけることになったが、やはり輸送にかかる審査をクリアすることは現実的ではなく、「追加料金を払うことになっても、スーツケースに詰めて自分で運ぶのが一番安い」とのアドバイスを受けた。測ってみると、20キロにもなった。日本から持ってきたスーツケースだけでは、到底対応しきれない。急遽エジプトで購入した新しいスーツケースを携えて、空港に向かうことになった。あまりの書籍の多さに、X線検査で紙幣の持ち出しを疑われ、スーツケースを担当官の前で開ける羽目にもなった。

 こうして持ち出した資料の一部に関しては、次の目的地であったモロッコの郵便局から郵送した。西方へ運んだ書籍を、東に向けて送るのはやや本末転倒な感じもするが、やむをえない。モロッコの郵便局では、検閲もなくスムーズに郵送手続きを行うことができた。

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 カイロ市内を走る電車や市場の人混み、首都圏の過密人口と衛生状況、パン食中心の食文化……。

 エジプトでも、最初の感染者が出る前から、新型コロナウイルスに対する危機感はさざ波のように広がっていた。2月中旬に最初の感染者が出て以降、7月に差し掛かっても感染拡大は収束する様子を見せず、政府による強引かつ稚拙な対応も目立つ。

 調査者として様々な困難を感じた本年のエジプト滞在であったが、今年のはじめ、新型コロナウイルスの発生を初めて知った頃には、世界がここまで感染症による打撃を受け、国際的な移動が困難になることも、各地の図書館の利用がままならなくなることも、大学の授業が軒並みオンライン化してゆくことも、すべて予想がつかなかった。

 ただ、私の研究そのものは、収集してきたアラビア語文献を読みとくことによってはじめて進展する。当分のあいだ現地に行けなくとも、できることはあると考えている。

 本の輸送をめぐって右往左往していた長旅の中でも、決して手元から離さず大切に持ち帰ってきた、一冊の本がある。エジプトのイスラーム思想家であるターリク・ビシュリーという人物の、500頁以上にわたるインタビュー集である。

 ビシュリーは、エジプトやアラブ諸国において、民主主義と国民の連帯はどのように実現できるのか、西洋から独立した文明社会をどのように構築してゆけばよいのか、という問題に長らく関心を抱いてきた思想家である。1970年代半ばに左派から思想転換し、イスラーム世界における伝統と近代、ムスリムとキリスト教徒の連帯、イスラーム法の改革など、様々な主題を扱った著作を発表している。

 文筆活動の一方、定年まで裁判官を勤めあげ、ときには独裁政権の意に反する判断も行ってきた。穏健派イスラーム思想を代表する存在であると同時に、法の支配と民主主義の擁護者であるという点で、彼はエジプト社会で独自の立ち位置にいる。幅ひろい政治信条を持つ人びとから尊敬を集めており、2011年のムバーラク大統領退陣後の民政移管期には、憲法修正委員会の委員長に就任し、革命の表舞台に立った。

 本書は、1933年生まれである彼の思想を次の世代に伝えるために、2年間にわたる聞き取りの末に、編まれたものだという。上で触れたような、様々な分野に対する彼の思想を総括するだけでなく、口述による彼の人生の回顧録という性格も持っている。旧宗主国であるイギリスの影響が色濃く残るエジプト・ナショナリズムの時代に生まれ、アラブの独立がうたわれた時代に世俗主義に惹かれたのち、イスラーム思想を高く評価する方向へ転じてゆく。彼の個人史と思想的道程をたどることは、20世紀のエジプト社会のあゆみを見つめることにもつながる。

 また、マッカへの大巡礼の際に得た鮮やかな心理体験、彼にとってのスーフィズムや文学、家族や友人関係など、これまでの著書では十分に語られてこなかった事柄も扱われている。

 とりわけおもしろく読んだのが、1968年の春から71年までエジプトを騒がせた「マリアの顕現」をめぐるエピソードである。彼がまだ、世俗主義的な文筆家であった頃の出来事だ。

 これは、カイロ市内のザイトゥーン地区にある聖マリア教会を舞台に、夜中に聖母マリアが顕現するという噂が立ったもので、当時、政府系新聞であるアフラーム紙の一面でも扱われた。

 キリスト教とイスラームは、いずれも中東発祥の一神教であり、ある程度共通した宗教的物語を持つ。イスラームの聖典であるクルアーンにも、マリア(マルヤム)の処女懐胎に関する記述がある。そのため、キリスト教徒だけでなく、多くのムスリムがこの教会に押しかけたと伝えられている。

 噂を聞きつけたビシュリーも、友人や家族と連れ立って、夜半にザイトゥーン地区の教会まで出かけたことがあったのだという。しかし、現場では教会の内部から射す光が見えるばかりで、彼がマリアらしき存在を目撃することはなかった。代わりに彼の関心を引いたのは、エジプトの各地からはるばるカイロ郊外までやってきたのであろう、キリスト教徒の老若男女の姿であった。中には、車椅子に乗った老人たちの姿もあったという。

 ビシュリーは、この出来事が、思想家としてムスリムとキリスト教徒の関係という主題を追求しはじめる契機になったのだと語っている。

 マリアが顕現するという噂を聞いて教会に足を運んだ、ムスリムである自分。そして、マリアを一目見るべくやってきた、各地のキリスト教徒たち。宗教は異なれど、群衆がマリアへの信仰と思慕のもとに一堂に会している姿が、エジプト人の同胞性に対する深い感慨と新たな思索を彼にもたらしたのだろう。

 ところで最近、村山盛忠牧師による『コプト社会に暮らす』を読み返していて、同じ事件への言及があることに気付いた(同書は、1964年から68年までエジプトに派遣されていた村山牧師による、現地のキリスト教社会の息遣いを伝える名著である)。

 マリア顕現の噂が広がりはじめた最初期にあたる1968年4月に、村山氏は聖マリア教会を訪れた。好奇心に駆られてはいたものの、彼自身はこの現象に対して懐疑的であったし、教会を訪れたのも日中のことであった。

 村山氏が現場で目撃したのは、教会の庭に横たわる、一見して病人とわかる人びとの姿であった。聖母マリアをひと目見れば病が治ると信じて、地方から泊まり込みでやってきたのであろう。前述のビシュリーと、同じような光景を見ていたのだ。

 村山氏は、それまで聖書で語られてきた、イエスが病人を癒した出来事を、奇跡物語という範疇の中で解釈してきたという。しかし、ひと目でも見れば病が治るに違いないという思いを持ってマリアを待つ人びとを目の前にして、二千年前の世界に飛び込んだような錯覚と、聖書の解釈ではすまされない「動かしがたい事実に触れた思いがした」と語っている(159頁)。

 1960年代末のカイロを騒がせたマリアの顕現と、そこに集った人びとの姿は、ひとりのムスリムの文筆家には、その後の数十年にわたって、ムスリムとキリスト教徒の連帯について考える契機を与え、日本から派遣されてきたひとりのキリスト者には、信仰と癒しの関係や、奇跡物語の解釈をめぐる深い衝撃を与えた。

 書物を読み解く中で出会うこうした発見は、必ずしも論文の中に書けることばかりではないが、無上の喜びに感じられる。上の出来事を「二千年前の世界に飛び込んだような錯覚」と語った村山氏の表現にならえば、大げさではあるが、私もこうした読書を通じて、五十年前のカイロ、様々な人生の交差点に立っているような感覚におちいるのだ。

 感染症の拡大や収束状況に一喜一憂する日々に、不安や疲労感を感じることもあるが、先の見通しがつかない中で、わずかであっても喜びを積み重ねていくことが大切だと感じている。現地に行けないぶん、手つかずのまま山積しているアラビア語文献に向き合っていければと願うばかりだ。

(2020年7月1日)

〈参考文献〉
Ghanim, Ibrahim al-Bayyumi and Nadiya Mustafa, eds. 2019. Ḥiwarat ma'a Tariq al-Bishri: Sira Ma'rifiyya bayna al-Dhat wa al-Umma. Cairo: Dar al-Bashir li-l-Thaqafa wa al-'Ulum.
長沢栄治 2004.「エジプトから本を送る話」東京大学東洋文化研究所付属東洋学研究情報センター(http://ricas.ioc.u-tokyo.ac.jp/asj/html/es01.html) 2020年6月26日閲覧
村山盛忠 1974.『コプト社会に暮らす』岩波書店

〈プロフィール〉
黒田 彩加(くろだ・あやか)
立命館アジア・日本研究機構准教授。イスラーム思想研究、中東地域研究、エジプト研究。博士(地域研究)。著書に『イスラーム中道派の構想力――現代エジプトの社会・政治変動のなかで』(ナカニシヤ出版、2019年)。最近の論文に"Rethinking Discussions on "Islam" and "State" in Contemporary Egypt: The Community Based Approach in Tariq al-Bishri's Political and Legal Thought." Annals of Japan Association for Middle East Studies, vol. 34, no.2, pp.1-34, 2018.