「法と心理学」研究拠点の創成 | 法と心理学の融合が実現するマイクロ・ジャスティス

法学、心理学をはじめ異なる学範の専門家が結集し
法にまつわる問題について学融的に研究しています。

このプロジェクトでは、法にまつわる社会的に重要な問題について学融合的に研究し、その成果を公平で透明性のある司法判断を支える一助として生かすことを目指しています。最大の特長であり、ここにしかない強みは、法学、心理学、情報学、社会学といった異なる学範(ディシプリン)の専門家が同じ課題と向き合い、意見を交わしながら共通のアウトプットを導き出そうとする点です。法に関わる諸問題への取り組みは、法学者をはじめとする法の専門家抜きには立ちゆきません。しかし一方で、問題や人間に対する理解を深め、実効性の高い対策を導き出す上で、他の学範の視点や見識も不可欠です。プロジェクトには、多様な学問領域で各々意義深い成果をあげている人材が結集し、幅広い研究を行っています。

法が拠りどころとする「ジャスティス」には、「司法」と「公正」「正義」という意味があります。しかし理想や概念ばかりを振りかざしても、現実の問題に対処することはできません。私たちは、より現実的なところから「ジャスト」な(誰にとっても納得のできる)状態を追求します。私たちが「マイクロ・ジャスティス」と呼ぶ、身近で小さなジャスティスを積み重ねることが、真の「ジャスティス」を手にするために有効な場合もあるはずです。

取調べの可視化を進めるにあたって
録音・録画の問題点を明らかにしました。

現在注力しているのが、取調べにおける可視化に関する研究です。誰からも強要されていない自白の任意性を立証する、あるいは取り調べ状況を外部から監視できる体制を作ることで捜査機関による違法・不当な取調べを防ぐという観点から、取調べの可視化の必要性を説く声は大きくなっています。冤罪事件の多くは、自白にいたるまでの過程が明らかにされないまま、裁判で自白の事実とその内容だけが語られ、その結果、誤った司法判断を招くことが起こっています。足利事件がその例です。私たちは、こうした取調べの「プロセス」を可視化することを目的に、地層モデリングを応用した三次元仮想空間システム「KACHINA(KTH)キューブ」を開発しました。被疑者がいつ、どこで、何を供述したのかを時間軸で地層のように重ねていくという仕組み。供述過程を明らかにすることが、自白の信ぴょう性などを判断する上での重要な材料となります。

また取調べの可視化の手だての一つである録音・録画についても探究しています。録音・録画は、可視化の前提ではあるものの、さまざまな問題点もはらんでいます。一つは、録音・録画された画像を視聴する際に発生する心理学的な問題です。現在日本で行われている録音・録画の試行においては、警察・検察における録画方法として、被疑者のアップ画面(全体の4/9)と、捜査官の肩越しに被疑者の顔が見え、かつ全体状況のわかる小さな画面(全体の1/9)の両方を視聴できるものにすることが例示されています。こうした形式で記録されれば、客観的な判断材料として十分だと思うかもしれません。しかし事実はそうではないのです。「カメラ・パースペクティブ・バイアス(CPB)」という現象が起こる危険性があるからです。アメリカの社会心理学者・ラシターらによって、人は一般に、自分にとって見やすい(目立っているように見える)人が、その場の行動の主導権を握っていると考えやすい傾向にあることが報告されています。そのため、まったく同一のやり取りを録音・録画しても、カメラの位置やアングルが、判断や推論に大きな影響を与えてしまうというのです。

私たちは、ラシターらの主張が日本の制度にも当てはまるかどうかを検討しました。取調べシーンを設定し、①カメラを被疑者のみに向けて、②取調官のみに向けて、また③被疑者と取調官の両方が映るようにと異なる方法で撮影。その映像を大小の組み合わせで見せたところ、やり取りのシーンはまったく同様であるにもかかわらず、被疑者を中心に撮影した画面の映像の方が、取調官を中心に据えた映像より「有罪だ」と判断される割合が、約2倍も高まることを実証しました。すなわち、日本人においても、映像の位置やアングルによって、心理的な偏りや歪みが起こる可能性が明らかになったのです(図1、2)。

加えてもう一つ、裁判員裁判の開始に伴って課題となるのが、「評議過程の可視化」です。現在、裁判において裁判員の評議過程は公開されません。私たちは、裁判員制度施行前の模擬裁判のデータや、模擬裁判による実験をもとに、裁判過程において裁判員がどう考え、どう判断を下すのか、その過程にどのような課題があるのか、検証を試みています。

産学連携による新型風力発電システム私たちは同じ模擬取調べ場面(被疑者が犯行を自白する場面)を日本の可視化試行スタイルを模して大小2つの画面で呈示した実験を行った(図1)。すると、大画面(図1・Ⓐ)に被疑者が映る条件では、大画面に取調べ者が映る条件と比べ有罪率が倍になった(45.5% 対22.7%)。

産学連携による新型風力発電システム 被疑者・取調べ者の両者が大画面に映った映像の有罪率は27.2%であったから、仮にこれを標準としても、被疑者の顔が大写しになる画面を見た場合には、有罪と判断する率がかなり大きくなることがわかる。

私たちの常識は「その人がウソをついているかどうかを確かめるには、顔を見るべきだ」ということを教えるかもしれないが、そうした常識は判断の歪みをもたらすかもしれない。取調べについて同じ画面をどのように撮影するかで、有罪判断率がこれだけ異なる可能性がある。これは私たちが日本で初めて明らかにし、何度か繰り返し得られたという意味で確実な実験結果である。録音・録画をどのように行うべきか、ということについて大きな問いを投げかけていると言える。

被害者支援のみならず、加害者臨床を進めなければ
抜本的な解決は望めません。

また、本プロジェクトでは、加害者臨床についても研究を進めています。日本の一般的な「公正感」においては、「加害者は罰せられるべきだ」というのが大勢で、行政も加害者臨床には消極的です。しかし加害者を刑務所に入れる―究極の場合死刑にする―といった懲罰的な方法だけでは、被害を減らす抜本的な対策にはなりません。性犯罪者など再犯率の高い人がいることはまぎれもない事実であり、また犯罪行為に社会・文化的な影響が関与していることも少なくないからです。もちろん、被害者支援をおろそかにすることはできませんから、そちらも研究を進めています。本プロジェクトでは、知的障がいや発達障がいのある犯罪者や非行少年を、適正な公正感を持つことのできない「ジャスティス・クライエント」として捉えて支援するオーストラリアやカナダの取り組みや、アメリカにおけるDVへの取り組みの変遷など、海外における先進事例も調査しています。

最後に、概念や言葉を発明することも人文社会分野の役割の一つです。「カメラ・パースペクティブ・バイアス」といった新たな概念や言葉を見出して社会に伝えることで、これまでにない考え方や手法を世に知らしめていくことも私たちの役割だと考えています。

Quarterly Report vol.05 2011年4月10日

佐藤達哉 教授

佐藤達哉 教授

1989年 東京都立大学人文科学研究科博士課程中退。博士(文学 東北大学)。'89年 東京都立大学人文学部助手。'94年 福島大学行政社会学部助教授。'01年 立命館大学文学部助教授、'06年 同教授。日本心理学会(評議員)、日本質的心理学会(理事)、法と心理学会(理事)などに所属。'00年日本発達心理学会論文賞、'09年 日本質的心理学会優秀理論論文賞を受賞。日本学術振興会「研究成果の社会還元・普及事業推進委員会」委員。「サトウタツヤ」名でも研究・執筆活動を展開している。

研究者の詳しいプロフィール
立命館大学研究者データベース:佐藤達哉
立命館大学 文学部 人文学科 心理学専攻 応用社会心理学研究室
「法と心理学」研究拠点の創成

このプロジェクトに関連する記事

プロジェクト概要

「法と心理学」研究拠点の創成

「法と心理学」研究拠点の創成
(サトウタツヤ 教授)

研究成果一覧へ戻る