アスベスト被害と救済・補償・予防制度の政策科学 | 東日本大震災の復興に生かすアスベスト問題究明の道程

史上最悪の産業公害であるアスベスト災害の
実態と発生のメカニズムの解明に挑んでいます。

アスベスト災害は、史上最悪の産業公害であり、まさに今も人類が世界規模で直面する危急課題の一つです。アスベストとは、石綿と呼ばれる鉱物の総称で、戦前から戦後にかけて日本のみならず世界各国で建材などに用いられました。肺がん、中皮腫、石綿肺といった疾病を引き起こすことが確認された後、先進国を中心に徐々に使用禁止が進められてきたものの、アスベストによる肺がんや中皮腫による死者は、全世界で数百万人を上回るといわれ、日本でも数十万人が亡くなると推測されています。

アスベストは体内での潜伏期間の長さが特徴で、健康被害が発症するまでには、曝露後15年から長い場合は40年もかかるといわれています。早くからアスベストを使用してきた先進国では、すでにその被害が顕在化し、公的規制や被害の公的補償・救済制度の構築が対策の焦点になっています。しかし、現在経済成長著しいアジア各国では、いまだにアスベストの大量使用が続き、目に見えない被害が拡大し続けているのが現状です。将来甚大な健康被害が発生するのは明らかであり、一刻も早い対策が必要です。

私たちのプロジェクトでは、日本はもとより各国のアスベスト被害の実態と発生のメカニズムの解明に取り組んでいます。原因と責任の所在を科学的に明確にすることで、被害の補償や救済制度の充実、アジア各国の被害防止に寄与していくことを目指しています。

東日本大震災の被災地でのアスベスト被害を調査し
復興対策への提言を続けています。

現在、私たちが最優先課題として取り組んでいるのが、2011年3月11日に発生した東日本大震災の被災地でのアスベスト調査です。日本では、アスベストの約80%が建材に使用されており、被害の多くが、建築物の建設、解体・廃棄の過程で起こっています。阪神・淡路大震災の際、アスベスト被害に対する政府・自治体の対応は極めて不十分なものでした。その結果、建物の倒壊や解体・廃棄の際に多くの人々が被災し、すでに中皮腫による死者も発生しています。15年を経た今後は、さらに被害が増加していくと予想されています。このたびの東日本大震災の被災地で倒壊した建物や船舶にも大量のアスベストが使われており、その被害が懸念されます。今ここで対応を誤れば、阪神・淡路大震災の教訓を無に帰すことになりかねません。

私たちは5月上旬から中旬にかけて宮城県、岩手県の被災地各地を回り、アスベストが使われていたとみられる建物を視察し、大気中のアスベスト濃度、および建物に残留するアスベスト量を測定しました。その結果、予想した通り被災地で猛毒のクロシドライト(青石綿)やアモサイト(茶石綿)が出ていることが確認されました。被災地には、アスベストの吹き付けが禁止される1975年以前に建てられた建物が多く、津波によってアスベストの付着した建材部がむき出しになったものも少なくありません。また沿岸部にはアスベストが大量に使われた大規模な工場や2万隻に及ぶといわれる船舶が被災しています。この現状を早急に周知し、アスベストが飛散している可能性のある地域住民の方々に注意を喚起すると同時に、今後、解体やがれきの集積・破砕といった作業過程での粉じんの飛散を防ぐため、散水や遮蔽、固化などの対策を講じていかねばなりません。私たちは今回の測定結果を科学的に分析し、対応策の検討を行政や自治体に提言していくつもりです。また調査の過程で、被災地にある石巻赤十字病院の呼吸器科の医師との協力関係も構築することができました。今後は連携しながら被災地でのアスベスト被害の蓋然性をより精緻に見極めていく予定です。

アスベストが含まれるとみられる建材付近の大気を調査(5月7日 宮城県多賀城市)

復興作業は、一朝一夕に成し得るものではありません。今後数年にわたる継続的な調査・分析、対策が必要となるでしょう。それに備えて、被災地におけるアスベスト被害の「リスクマップ」を作成することも考えています。被災地の建物の建設年代や破損状況からアスベスト被害の危険度を推し量り、二次災害を防ぎながら迅速な復興を果たすための計画立案の一助としたいと考えています。

アスベストの大量使用が続くアジア各国に
日本の教訓を伝えることも責務です。

Asbestos Disaster:Lessons from Japan's Experience(Springer 2011)を出版 / 『終わりなきアスベスト災害 —地震大国日本への警告—』(岩波書店 2011)に執筆

その一方で、アジアにおけるアスベスト被害にも強い関心の目を向けています。日本のアスベスト研究を世界、とりわけ今も大量使用が続くアジアに発信するため、2011年3月、英文による書籍を出版しました。また2010年12月、私たちのプロジェクトの呼びかけで、アジア各国や国際機関の研究者が京都に集まり、二日間にわたってアスベスト問題を議論する国際シンポジウムを開催しました。シンポジウムでは、医学・疫学的アプローチによる被害に関するセッション、社会科学的アプローチからの制度・対策に関するセッション、さらにそれらを総合したパネルディスカッションを実施しました。アスベスト被害については、ほとんどが医学・疫学的な見地から語られてきましたが、現実には被害の究明はもとより、その後の公的制度の充実や予防策の立案においても、経済学や法学といった社会科学の見地を除外することはできません。今回、医学・疫学分野の他、社会科学領域からも多くの知見を得て、アスベスト被害に対する見識をいっそう豊かにできたことで、学際的研究の必要性が確認されたことは収穫になりました。何より大きな成果は、日本の教訓をアジア各国の研究者と共有し、ネットワークを構築できたことです。今後も継続的に国際会議を開催することを約束しています。

アジアのみならず、国内におけるアスベスト被害対策についても猶予はありません。中皮腫による死亡者数は年間千人、石綿肺がんによる死亡者数はその2倍に上るとみられています。こうした被害の補償・救済問題についての研究にも変わらず注力していく予定です。

Quarterly Report vol.06 2011年7月10日

森 裕之 教授

森 裕之 教授

1993年 大阪市立大学大学院経営学研究科後期博士課程中退。博士(政策科学)。'93~'97年 高知大学人文学部助手、専任講師。'97年~'03年 大阪教育大学教育学部専任講師、助教授。'03年~'08年 立命館大学政策科学部助教授、准教授。'08年~'09年 同副学部長。'09年同教授、現在に至る。日本地方財政学会、日本財政学会、日本地方自治学会、環境経済・政策学会、社会・経済システム学会、国際財政学会に所属。'09年 第9回日本地方財政学会佐藤賞(著作の部)を受賞。

研究者の詳しいプロフィール
立命館大学研究者データベース:森 裕之

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