心理学領域から社会へ。建築、医療、交通に貢献する錯視研究

「彩度同化」錯視を実社会に応用し
保育園の園舎の色彩デザインを改善しました。

錯視とは、実際の対象とは違うかたちで脳が認識してしまう「視覚性の錯覚」のことです。平行線が斜めに傾いて見えたり、止まっているものが動いて見えたり、同じ色が異なる色に見えるなど、形だけでなく、色や明るさ、補完、奥行きなどによるさまざまな錯視があり、その知見は、医療や福祉、建築、交通、環境デザインなど実社会の多様な領域に応用できる可能性を秘めています。私たちのプロジェクトでは、錯視についての基礎研究を積み重ねると同時に、その成果を実社会に応用することを目標としています。

すでに企業などから依頼や協力を受け、実用化を視野に入れたいくつかの研究プロジェクトが進んでいます。成果の一例が、ある保育所の園舎の色彩デザインを改善したことです。要望は、園舎のベランダに取り付けられた手すり(柵)の色が想定よりも鮮やかすぎるように見えるので、低コストでより優しい色合いに変えたいというものでした。そこで 「彩度同化」という錯視に着目し、色彩の改善を提案しました。彩度同化とは、地色や背景色が柄に影響を与え、柄が地色や背景色の彩度に近づいて見える錯視のことです。柵の黄色い格子が下に引かれた黄色い横ラインの彩度に誘導されてより鮮やかに見えると分析し、柵の下の黄色いラインを消すことを提案しました。その結果、地色であるクリーム色へ の彩度同化によって、柵の黄色の印象が緩和されるという効果を得ることができました [文献1] (松田の研究と実践)。また道路を正面から見た時、上り坂が下り坂に見えたり、その逆に見えたりする「縦断勾配錯視」を渋滞解消に役立てる研究についても、企業との共同による実用化を目指しています。下り坂から上り坂にさしかかるサグ部で渋滞が起こることは、よく知られています。私たちのプロジェクトでは、高速道路のサグ部の側壁にラインや模様を描き、縦断勾配錯視 [文献2,3] を緩和する方法を提案しています。実際に縦断勾配錯視が生じる道路の詳細なデータを集めて模型を作り、明治大学のCREST グループ「計算錯覚学の構築」(北岡は連携研究者)との共同研究でドライブシミュレーターを使った実験も予定しています(對梨の研究と実践)。さらには建築や土木のみならず、医療分野でも応用の道が開けつつあります。

参考文献/
1 松田博子,坂井安夫(2012)屋上園庭のある保育所(宇治市)の色彩計画-トータルなカラーコーディネートを目指した長期の取り組み-,日本色彩学会誌(投稿中)
2 對梨成一(2008) 縦断勾配錯視―周囲視環境と床の傾斜効果― 心理学研究,79, pp. 125-133
3 北岡明佳(監修)(2007)Newton別冊 脳はなぜだまされるのか? 錯視 完全図解ニュートンプレス

社会への応用の礎となる基礎研究で
画期的な成果を次々に挙げています。

基礎研究においても、画期的な成果を挙げています。その一つが、「フレーザー錯視」およびカフェウォール錯視」の構造を分析し、それらを包含する上位の錯視群「フレーザー錯視群」の概念を提唱したこと、さらには静止画が動いて見える錯視の随伴性をも説明できるモデルと、それによる傾き錯視と静止画が動いて見える錯視の分類に成功したことです。フレーザー錯視とは、斜線が繰り返し並べられている場合、その斜線の傾きの方位に全体の並びが傾いて見える錯視です。ラインだけでなく、エッジ部分(2つの領域が接するところ)でも同様の錯視が起こります。一方、カフェオール錯視とは、白黒の正方形列が2段積み重なっていて、その列の境界上に灰色の細い線が引かれている条件において、列を互いに4分の1周期ずらした時に灰色の線が傾いて見える錯視です。このフレーザー錯視群が線とエッジの組み合わせから3種類に分類できることを発見しました。明・暗と位相の異なる4 本のラインを組み合わせる「ラインタイプ」、明・暗と位相の異なる4つのエッジを組み合わせる「エッジタイプ」、そして明・暗のラインとエッジの4要素を組み合わせる「混合タイプ」の3種類です。また、それぞれ要素が斜線であるもの(フレーザー錯視など)と、要素の並びと平行な線分であるもの(カフェウォール錯視など)の2つに分類できました。これらの中で、フレーザー錯視とカフェウォール錯視は、フレーザー錯視群の3×2=6タイプの中に包摂されることとなりました(フレーザー錯視は要素は斜線でラインタイプ、カフェウォール錯視は要素は平行線分で混合タイプ)。加えて、それら6タイプすべてにおいて渦巻き錯視が実現できることも示しました。またフレーザー錯視やカフェウォール錯視のような傾き錯視の図形には、しばしば静止画が動いて見える錯視が観察されることがあります。これらを説明するために、大脳の第一次視覚野にある方向選択性と運動選択性の両方を持つ同一のニューロン群の関与を考えました。静止画が動いて見える錯視を4ストローク運動(ファイ運動とリバーストファイ運動の組み合わせ)に還元するという考え方です。このモデルから「トゲトゲドリフト錯視」という錯視量の多い静止画が動いて見える錯視図形が新たに創り出されました [文献4]。

別の研究としては、顔の錯視の研究があります。その一例として、たとえば輝度による錯視の一つを化粧に生かす可能性が見えてきています。アイシャドーによって見かけの視線方向を変える錯視です。例えば暗いアイシャドーをつけると、視線は暗いアイシャドーをぬられた部分とは反対方向に変位して見えます [文献5]。この手法を応用すれば、たとえば斜視を目立たなくする化粧法を開発することができるかもしれません。コンピュータの発達によって、近年、錯視領域は著しい進歩を遂げています。今後、新たに生まれた錯視のメカニズムを解明するとともに、社会のさまざまな場面に展開していくつもりです。

Quarterly Report vol.09 2012年4月20日

参考文献/
4 Kitaoka, A(. 2010)The Fraser illusion family and the corresponding motion illusions. Perception, 39, Supplement, #61, p. 178
5 北岡明佳(2012)顔の錯視のレビュー BRAIN and NERVE, 64(7)( 特集 顔認知の脳内機構), 医学書院(印刷中)

北岡明佳 教授

北岡明佳 教授

1991年 筑波大学心理学研究科博士課程修了。教育学博士。'91年 (財)東京都神経科学総合研究所主事研究員。'01年 立命館大学文学部助教授。'06年 同教授、現在に至る。日本心理学会、日本視覚学会、日本基礎心理学会、日本神経科学会、日本アニメーション学会、日本動物心理学会、日本顔学会、日本色彩学会、三次元映像のフォーラムに所属。'99年 上武学術奨励賞、'05年 第1回今井賞(錯視の館賞)、'06年 第9回 ロレアル 色の科学と芸術賞金賞、'07年 日本認知心理学会・第3回独創賞を受賞。

研究者の詳しいプロフィール
立命館大学研究者データベース:北岡明佳
北岡明佳の錯視のページ
応用錯視学のフロンティア

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