読書環境を劇的に向上させる電子書籍の可能性

「読書アクセシビリティ」確保をめざして
電子書籍の課題を探り、政策提言を行っています。

私たちのプロジェクトがめざすのは、「読書アクセシビリティ(使い勝手・使いやすさ)」を向上し、高齢者や障害者を問わず誰もが等しく快適な読書環境を実現することです。そのための有望なツールとして、近年目覚ましい勢いで普及しつつある電子書籍に着目。“IRIS”(Integrated Research of Accessible Ebooks: Interfaces & Services)の名のもと、日本における電子書籍の普及に際し、読書アクセシビリティをいかに確保するか、諸問題の分析や国際比較を通じて課題を見出し、政策提言を行っています。電子書籍の特長を生かすことで、視覚を通した読書が困難な人々、また高齢となり文字が読みづらくなったり、麻痺など身体の障害で紙の本を利用しづらかったりする人々の読書環境の向上が期待されます。特に、これまで視覚障害をもつ人が書籍を読むためには、紙の書籍の文字をテキストデータ化し、音声読み上げソフトや点字ソフトで音声や点字に転換する必要がありました。しかし、この作業には多くの人手と時間がかかり、読みたい本を読みたいときに読めるものではありませんでした。こうした手間を一気に解消する可能性を秘めているのが、電子書籍です。電子書籍のテキストデータを活用し、デバイスでの自動音訳や点訳が可能になれば、視覚による読書が困難な人も、スムーズに読書することができるようになります。

読書アクセシビリティを向上するには、電子書籍デバイスの普及に加えて、音声読み上げのためのガイドラインの構築、テキストデータの読み取り技術の向上、さらにそもそも電子書籍の出版部数を増やすことなど、さまざまな課題を総合的に解決していく必要があります。

“IRIS” では、こうした電子書籍のアクセシビリティをめぐる課題を包括的に捉え、解決策を研究するだけでなく、政策提言を通じて実現に向けて具体的にコミットしていくことを重視しています。

課題は、要素技術が向上する中で、電子書籍デバイスに
音声読み上げ機能を搭載する機運を醸成すること。

プロジェクトがスタートした初年度は、若手研究者が中心となった研究においていくつかの成果を発表しました。その一つが、電子書籍のアクセシビリティを向上させる上で重要となる、TTSの機能を比較する実証実験です。6 種類のブラウザ・ビューア組み込み型の、TTS(Text to Speech:自動テキスト読み上げシステム)の機能を比較しました。「TTS対応電子出版制作ガイドライン」(電流協)にのっとり、読み上げの速度や抑揚など85項目にわたって検討した結果、いずれの機能もアクセシビリティを確保することが可能な水準を最低限有していることが確かめられました。しかしながら、今回の比較はPC向けに提供されたTTSが中心であり、そもそも日本語に対応したTTSを搭載した電子書籍デバイスがほとんどないという実情があります。電子書籍アクセシビリティ向上のハードルは、TTSといった個別の技術水準以上に、電子書籍の閲覧環境にいかにTTSを搭載する機運を高めていくか、という段階にあるといえます。また、従来、コンピュータの画面上の文字を音声読み上げするために、TTSと並んで不可欠なソフトウエアが、コンピュータ画面情報を読み取る「スクリーン・リーダー」でした。このソフトウエアの開発の歴史についても調査しました。これらの研究成果を、2011年6月に第28回情報通信学会、11月に第2回障害学国際研究セミナー、2012年3月にハワイで開催された“Pacific Rim Conference on Disability and Diversity” で報告しました。

*電流協:電子出版制作・流通協議会(AEBS)

多くの人にとって利便性の高い
読書アクセシビリティの追求が普及のカギです。

アクセシブルな電子書籍を出版するには、音声読み上げなどアクセシブルな機能に配慮したデータとして編集・制作する必要があり、それには出版社の役割が欠かせません。そこで、電子書籍関連団体に所属し、且つ『出版年鑑2010』に掲載されている出版社135社に対し、電子書籍のアクセシビリティに関する意識調査を実施。有効回答を得た71社の結果から、電子書籍のアクセシビリティ確保に向けての可能性と課題が浮かび上がってきました。

まず明らかになった大きな課題は、アクセシビリティ自体の認知度の低さであり、情報啓発の必要性を再認識しました。加えて、新しい制作方式やソフトウエアを導入しなければならないことに対する手間やコスト、あるいはテキストデータの読み取りが可能になった場合、転々流通する可能性に対する危惧や、利用における著作権の問題といった具体的な課題も浮き彫りになりました。アンケートを通じて、アクセシビリティ化に消極的な意見の多くが情報不足によるものであることなど、アクセシビリティ向上への光明が見えたことが収穫でした。この結果を2012年2月に電流協主催のシンポジウムで発表し、業界関係者からも熱い反響を得ました。従来、視覚障害者などのマイノリティを対象に進められてきた書物のアクセシビリティ向上の取り組みは、これまでほとんどがボランティアや行政の補助金に支えられてきました。しかしそれでは、支援者がいなくなったり、補助が途切れたりすると、途端に頓挫してしまいます。これらを持続的に発展させていくためには、一部の人に特化するのではなく、より大きな枠組みで考えていく必要があります。例えば電車の中で本を聞く、あるいは視力の衰えてきた高齢者にも使いやすい書籍を作るといった視点で、読書アクセシビリティの向上は誰にでも寄与するものだと認識してもらうことが重要です。それを現実のものにするべく、私たちのプロジェクト名も、これまでの「読書バリアフリー化」をめざすものから、より普遍的・標準的な「使いやすさ」を追求するものとして「読書アクセシビリティ」へと変更しました。

1年を経て、国内の電子書籍のアクセシビリティ向上に関わる産官学の関係者とのネットワークも構築されつつあります。今後は、アンケート調査を継続しつつ、国際的な調査や連携の模索も進め、刻々と変化する電子書籍をめぐる情勢にさらに積極的にコミットしていくつもりです。

Quarterly Report vol.09 2012年4月20日

参考文献/
1 山口翔,「電子書籍配信経路とアクセシビリティの考察―入手性と利便性向上のために」,『国際公共経済研究』,第22号,pp.112-128,(2011)
2 松原聡・山口翔・城川俊一・山田肇・藤井大輔「, 電子書籍の総合評価—プラットフォーム、デバイス、フォーマット」,『経済論集』,第37 巻1号,pp.143-156, (2011)

松原洋子 教授

松原洋子 教授

1998年 お茶の水女子大学大学院人間文化研究科博士課程後期課程修了。博士(学術)。‘98年 お茶の水女子大学大学院人間文化研究科文部教官助手、2001年 三菱化学生命科学研究所社会生命科学研究室特別研究員、’02年 立命館大学産業社会学部産業社会学科教授、03年 立命館大学大学院先端総合学術研究科教授、’12年 同研究科長、現在に至る。日本科学史学会、日本科学史学会生物学史分科会、日本生命倫理学会、科学技術社会論学会、保健医療社会学会、日本医史学会などに所属。’11年 日本学術会議史学委員会連携会員。

研究者の詳しいプロフィール
立命館大学研究者データベース:松原洋子
IRIS(Integrated Research of Accessible Ebooks: Interfaces & Services)公式サイト

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