STORY #2

誰もが介護する時代
しかし誰が主に担うかは
国によって異なる

大塚 陽子

政策科学部 教授

デンマークで高齢者介護を担うのは
「公務員」である
介護のプロフェッショナル。

「10年後、20年後の高齢社会で誰が介護の担い手となるのか? そんな未来に言及するまでもなく高齢者介護は10代、20代の若者も含めたあらゆる世代にとってまさに“今”直面する課題です」。
大塚陽子がそう語るように、現代では90歳代の親を抱えた子ども世代が60歳代、70歳代の高齢になり、介護負担がその孫やひ孫世代にまで拡大している現状がある。一方で共働き家庭の増加や晩婚化による独身者の増加などライフスタイルや家族形態も多様化しており、介護労働力の圧倒的な不足は「待ったなし」の課題となっているが、いまだ抜本的な解決策は見えてこない。
こうした課題に対し、大塚は他国の事例との国際比較から切り込もうとしている。中でも福祉先進国として名高い北欧、とりわけデンマークに焦点を当て、ジェンダーの視点から国際比較研究を行ってきた。

「高齢者福祉制度が充実しているデンマークでは、家族や家庭内の女性が高齢者介護の責任を負わされることは制度上なくなっています」と大塚は現状を解説する。
国家の福祉政策によって高齢者介護が家族の役割から切り離されているデンマークで、その担い手となっているのは正規の公務員として雇用された、看護・保健の知識をもつ専門の介護労働者である。高齢者介護が家族の役割とみなされ、伝統的に家庭内の女性が無償労働で担うことを良しとしてきた日本とは大きく異なっている。 「正規の公務員とはいえ介護労働者のほとんどを女性が占めている点はデンマークも日本と変わりません」と言う大塚の関心は、デンマークの女性介護ヘルパーの抱える課題から福祉国家における女性の役割を明らかにすることに向けられている。

加えて近年大塚は、デンマークのみならず人口大国中国にも関心を抱いている。「高齢者ケアの主体が家族にあると考えられている点では日本と共通するところがありますが、一方で介護労働者の多くが農村から出稼ぎに来た(有資格/無資格の)女性たちであるところなどには都市と農村の経済格差が激しい中国独自の現状が垣間見えます」。

福祉先進国としての北欧に対する認識は広く一般にも受け入れられている。事実デンマークでも長い年月をかけて日本や中国とは比較にならないほど介護福祉政策が整備され、進展する高齢化にうまく対応しているように見える。しかし「それを導入すれば日本の高齢者介護の問題を解決できると考えるのは短絡的だ」と言う大塚。一般の認識だけでなく北欧の福祉研究も「福祉先進国」という認識が確立した1990年代の知見に留まっており、「今」の北欧の実態を捉え切れていないと指摘する。政策研究だけでなく実際にデンマークの高齢者福祉施設などに足を運び、フィールド調査を通じて政策からは見えてこない実態を捉えようとしているのはそのためだ。

世界的な経済成長の鈍化はデンマークにおいても例外ではなく福祉政策にかけられる国家予算は減少しつつある。そんな中で本来安定した公務員であるはずの介護専門職も削減される傾向にあり、現場ではこれが介護の受け手の自立促進の難しさという新たな課題を引きおこしていることが大塚のフィールドワークによって明らかにされた。

「介護サービスの範囲や時間が削減された結果、自立が思うように進まない高齢者のケアが家族に押し戻される例も増えています」。

政策研究とともにリアルな実態も詳らかにする大塚の研究は、「福祉先進国」というイメージに隠れて見えなかった新たな側面に光を当てる。

さらに大塚は「デンマークだけでなく日本の高齢者介護問題も、もはや一元的な視点では捉えられなくなっています」と続けた。例えば介護の担い手だけでなく介護の受け手も圧倒的に女性が多くなっている「福祉社会の女性化」がもたらす課題もその一つだ。そうした中でこれまで家庭内の女性が担ってきた高齢者介護の役割が働き盛りの男性にも降りかかってきている現実も見逃せない。

「ジェンダーの視点が介護の社会化を早くから論じてきた功績は大きいものの、今後は多様な視点から高齢者介護の現実を捉えていきたい」と大塚は結んだ。

大塚 陽子

大塚 陽子
政策科学部 教授
研究テーマ:家族およびジェンダー視点からみた福祉政策(北欧中心)、福祉と貧困
専門分野:社会学、社会福祉学

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2016年12月5日更新