STORY #4

住民が主人公になる
健康づくり。

早川 岳人

衣笠総合研究機構 教授

「地域づくり」を要に
住民主体の健康づくり活動を普及させる。

いまや日本人の平均寿命は男女ともに80歳を超えている。しかし健康に支障なく元気に日常生活を営める期間、いわゆる「健康寿命」との間には約10年もの隔たりがあり、多くの人が数年にわたって介護を受けざるを得ないのが現実だ。
疫学や公衆衛生学を専門とし、社会の視点から疾病を考えてきた早川岳人は、要介護や寝たきりになる高齢者を防ぐためには臨床医が高齢者個人に対処するだけでなく、高齢者を取り巻く環境や社会を含めたアプローチが必要だと考えている。

「統計によると、高齢者が介護を必要とするようになる原因は脳血管疾患や高齢による衰弱、認知症の他、転倒・骨折や関節疾患など。中でも転倒・骨折や関節疾患の予防は誰もが、いつからでも始められます」と早川は言う。実際、介護保険認定者の45%が要支援・要介護1といった比較的軽度な症状の人たちでこれらの認定者を減らすことが介護保険の低減にもつながると考えられる。

そこで2016年、早川は立命館大学の産業社会学部、総合心理学部の教授とともに領域を横断した「地域健康社会学プロジェクト」を立ち上げ、寝たきりや要介護を予防するための研究をスタートさせた。

介護保険申請となる原因(出典:平成22年国民生活基礎調査)

介護保険申請となる原因
(出典:平成22年国民生活基礎調査)

主治医意見書に記載された要援助状態の原因と考えられる疾患[在宅](北九州市・2002/松田[産業医大]原図)

主治医意見書に記載された要援助状態の原因と考えられる疾患[在宅]
(北九州市・2002/松田[産業医大]原図)

要介護別認定者数の割合(出典:介護保険事業状況報告 月報/平成24年4月分)

要介護別認定者数の割合
(出典:介護保険事業状況報告 月報/平成24年4月分)

中でも早川が重視するのが「地域づくり」である。その実践として3年前から福島県で「地域の健康づくり」を目的に住民の健康増進を図る体操プログラムの普及に努めてきた。生活習慣病の予防をはじめ健康づくりに「運動」が効果を発揮することは周知の事実だ。プログラムは5~10名以上の参加者が週1回程度集まって運動機能の向上に効果のある適度な負荷の体操を行い、これを3ヶ月以上続けてもらうというものだ。「要介護にならないための健康づくりに必要な程度の運動なら、高齢になって身体機能が衰えても取り組むことができます」と早川は説明する。

住民が集まって健康のために運動する取り組みそのものは珍しいものではないが、このプログラムの肝は「住民が主人公」になるところにある。「重要なのは自治体やプロの指導者が主導するのではなく、住民自身が健康づくりを自分の問題として捉え、『自分の健康は自分で守る』という意識を持って主体的に取り組むこと」と説明した早川は、住民自身に「やりたい」と思ってもらう仕掛けとして体操を主目的に据えるのではなく、茶話会やお楽しみイベントをメイン行事としてその「ついで」に体操をするよう提唱している。健康のためとはいえ「運動しなければ」と義務感で参加しても続かないが「仲間と会って話す」といった楽しみがあれば率先して参加するようになる。福島市にある町内会で20名程度の人を集めて始まった取り組みが、今では市内にある16の町内会、30以上のグループが自主的に活動するまでに広がっている。行政のみならず住民にも自分達の問題であると危機意識を感じてもらいながら「自分の体は自分で守る」という意識のもとに行う地域づくりが、住民全体の健康増進につながっていくことが見事に実証されている。

福島市では市内にある16の町内会、30以上のグループが自主的に活動するまでに広がっている。

「地域健康社会学プロジェクト」で早川は福島県で成功したプログラムを京都府でも実践しようとしている。そうした実証研究を通じて地域健康づくりの課題や解決策を追求するとともに京都の地域健康づくりにも貢献し、最終的には地域健康社会学の基礎理論の構築にもつなげたい考えだ。
今早川の視野にあるのが、各自治体が持っている医療・健康データを活用しながら国全体の健康寿命の延伸に貢献するデータヘルス計画だ。各自治体のデータから見出した地域の健康課題や地域特性をエビデンスに、地域づくりを通じて多くの人の健康を増進するモデルを提示する。「それを通じて地域健康社会学の存在意義を実証していきたい」と早川は意気込みを語った。

早川 岳人

早川 岳人
衣笠総合研究機構 教授
研究テーマ:高齢者の寝たきりに関する研究、生活習慣予防
専門分野:衛生学・公衆衛生学、疫学、地域保健

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2017年1月30日更新